昔話
「むかしむかし、この地には小さな村がたくさんあり、人々は助け合いながら静かに暮らしておりました。しかし、平和な生活はある時を境に終わりを告げました。どこからともなく現れた白いオーガの群れが村を無差別に襲い始めたのです。村人たちは力を合わせ白いオーガに対抗しようとしましたが白いオーガの力は凄まじく、村は一つ、また一つと滅ぼされていきました」
「たいへん……」
「村人たちはこのまま白いオーガに滅ぼされることを覚悟しました。その時です。一人の若者がこの地を訪れました。若者は精霊さまと共にあり、人々に迫る白いオーガをあっという間に退けてしまいました」
「おお……」
子供たちが年老いた女性の語りに目を輝かせる。
ウィルたちが聞いているのはこの地方に伝わる昔話で、そういう類の話はどこでも大抵一つか二つは伝わっているものである。
「俺も子供の頃によく聞かされましたよ」
ウィルたちの背中を見守りながらモーガンがセシリアたちに説明する。
「だからこの辺りの子供たちは『悪さをすると白いオーガが攫いに来るぞ』、と脅かされたりするんです」
「まぁ……」
肩を竦めるモーガンを見たセシリアが上品な笑みを浮かべた。
モーガンの様子からモーガンも子供の頃に散々脅されたのだろうと推察できたからだ。
「若者は村人たちを救うだけでなく、白いオーガたちが二度と悪さをすることがないように封印してしまいました。そして、この土地の人々と共に村を再び築き上げ、繁栄を祈りながら旅立っていったのでした」
「ぱちぱちー」
ウィルが満足そうに拍手すると周りの子供たちも語り終えた女性に拍手を送る。女性も嬉しそうに目を細めていた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ウィル」
ホクホクした笑顔で戻ってきたウィルをセシリアが出迎える。
「満足した?」
「まんぞくしましたー」
セシリアはウィルの髪を梳くように優しく撫でると前に出て、ウィルに語り聞かせてくれた女性に頭を下げた。
それを見た女性が慌てて、より深く頭を下げ返す。
「我が子のために貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございます」
「そんな、滅相もございません。こんな小さな村の年寄りの話に耳を傾けて下さるお嬢様方やお坊ちゃまの優しさに私も感無量でございます。それに……」
女性が背後に視線を向け、セシリアもそれに続く。そして困った笑みを浮かべた。
そこにはウィルの手によって綺麗に修復された村人たちの家がある。新築とまではいかないが老朽化した場所は丁寧に補修されており、修復前とは雲泥の差だ。
「古くなっていた民家をこんなにも綺麗にして頂いて……お坊ちゃまの魔法の力にただただ驚くばかりでございます」
「えへへぇ~」
褒められたウィルが嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。ウィルが民家を修復した魔法は土の精霊であるシャークティーと樹の精霊であるクローディアの魔力を使用した、いわゆる精霊魔法である。
女性はその事に及びもつかないだろうが、精霊魔法だと知っているセシリアは魔法の効果を見せつけられて冷や汗を浮かべるしかない。下手をしたらウィルは勝手に新しい家を建ててしまう可能性すらある。地域の経済を考えれば、それは簡単に許されることではない。
隣にいるレンも同じ危惧をしているのか、魔法の詳細を後でウィルたちに確認すべくメモを取っている。場合によってはこの修復魔法も禁呪指定である。
セシリアたちは改めて女性に礼を言うと、村の巡回を再開した。
「つぎ、どこいくー?」
ご機嫌で見上げてくるウィルにセシリアが笑みを返す。
「次は精堂にお邪魔するのよ」
「せーどー?」
精霊を祀る精堂は大きな街であれば属性ごとに分かれているが、小さな村では一か所にまとめられている。そして大抵は孤児院としても運営されていた。
「自分の育った家でもあります」
モーガンがそう付け加えるとウィルが驚きに声を上げる。
「もーがんせんせいのおうち!」
「ええ」
「これはあいさつしなければ!」
なぜかやる気を漲らせるウィル。そのままウィルが走り出しそうになったので気を利かせたレンがウィルの手を取った。どうも先程の女性の話にまだ興奮しているようだ。
そんなウィルとは対照的に考え込むセレナに気付いたセシリアが不思議に思ってセレナに声をかけた。
「セレナ、どうかした?」
「あ、いえ……」
セシリアの視線に気付いたセレナが慌てて顔を上げる。
「おばさまのお話に出てきた若者って、ひょっとしたら精霊王のことなのかなって……」
セシリアとセレナがモーガンへ視線を向けるとモーガンは首を傾げた。モーガンも村に伝わる話の若者が精霊王であると聞いたことはない。
「どうしてそう思ったんです?」
素直に聞き返してくるモーガンにセレナがはっきりと答えた。
「家の書庫には精霊王の物語もいくつかあるのですが、よく出てくるんですよ、白い悪魔とか白い仮面の魔獣とか……白い敵と戦っている描写が」
もちろん毎回白い敵と戦っているわけではないが、精霊王の話の中でも割と有名な描写である。精霊王にまつわる多くの謎。この白い敵もその一つだ。
セシリアも白い敵の件は知っており、セレナの推察に頷いて返した。
「セレナがそう思うのであれば、精霊王なのかもしれないわね」
実際のところは分からない。類似の話も数多く語り継がれているからだ。
「はやく! はーやーくー!」
急かす声にセシリアたちが顔を上げると待ちきれないウィルがレンに窘められていた。
「ウィル様、そんなに急かさなくてもすぐにいらっしゃいますよ?」
「えー?」
「騒いでいるとウィル様も白いオーガに攫われてしまいますよ?」
「じゃー、うぃるがしろいおーがをやっつけてあげる」
「……おばけさんが――」
「それは、むり」
ウィルは大人しくなった。おばけは怖いのである。
そんなやり取りを眺めていたセシリアたちが笑みを溢す。
「私たちも行きましょうか」
「はい」
セシリアに促されてセレナも頷く。一緒にいたニーナもウィルを気遣って駆け出した。
「ウィル、待って」
「ウィルもニーナも元気ですね」
駆けていく妹とそれを待つ弟を見ながらセレナがぽつりと呟く。旅は順調に進んでいるがそれでも幼い弟妹には大変な道のりだ。だが、二人が弱音を吐く素振りはない。常に元気である。
「セレナは大丈夫?」
「はい」
セシリアの気遣いにセレナは笑顔で答えた。
「見るのも聞くのも新鮮で。疲れなんて忘れてしまいます」
ひょっとしたらウィルやニーナもセレナと同じなのかもしれない。忘れているだけで疲れはあるのだろう。ただ、大人も精霊たちも無理させないように目は光らせている。
そしてセレナも姉の視点からウィルたちに目を光らせていた。
「気付いたことがあったら教えて頂戴ね」
「はい」
セシリアはセレナを頼りにしている。その事を理解して、セレナも笑みを深くして頷き返すのであった。




