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ルーシェの評価

 森には人の行き来があったことを示すような、微かな小道が見て取れる。鬱蒼とした感じはなく、ところどころ木漏れ日で煌めく草木の様は美しく、心が洗われるようだ。

 ぞんざいに扱われた様子は微塵もなく、村人たちが森を大切にしてきたことがよく分かる。村人たちはこのトレントの棲まう森に敬意を持って接し、多くの糧を得て生活していた。しかし魔獣の生息域が変動してからそれもままならないらしい。


「静か過ぎるな……」

「そうだな……」


 ぽつりと呟く一片にシローが同意する。

 森には魔獣の気配がまるで感じられない。魔獣の生息域が拡大し、中央の魔獣の流入も警戒していたが、どうやら異様な気配を感じ取って息をひそめているらしい。力の弱い魔獣に比べると露骨な動きは見せていないようだ。


「エジルさん」


 先頭に立ってブラウンと共に気配を探っているエジルにシローが声をかける。見通しの悪い森においてエジルの索敵ほど心強いものはない。トルキス家においても絶大な信頼を得ている。それは風の一片を有するシローも同じだ。

 そのエジルは警戒したまま眉をひそめていた。


「シロー様、侵入に気付かれました」


 死者は生者に対して敏感である。だが、エジルが眉をひそめる理由はそれだけではないようだ。


「葉を踏む音、歩調、布がこすれる音……これは少し厄介なことになりそうですね」


 エジルの懸念はシローたちにもすぐに知れた。木陰から姿を見せた一体のゾンビによって。


「人間……!?」


 ルーシェの驚きがそのまま答えだ。兵士然とした人間のゾンビ。それが生気のない目でシローたちを見ていた。


「詮索は後だ。進むぞ」


 シローが覚悟を決めてルーシェを促す。

 当然、ゾンビはシローたちを襲うべくゆっくりと近付いてきた。


「点在しているゾンビたちがこちらに移動してきています。結構な数だ……」

「まばらな間は前衛で処理する。エリスさんはいつでも動ける準備を」

「はい!」


 エジルの報告にシローが指示を出し、一行が前進を再開する。

 ゾンビは人間と魔獣の混合であり、それに紛れて時折スケルトンが姿を現した。


「ふっ……!」


 人型のゾンビを相手取っていたルーシェが一体二体と連続で浄化させる。兵士たちのゾンビに生前の機敏さはなく、物量で押されなければ今のルーシェでも十分に渡り合える相手だ。


「ルーシェさ~ん、頑張ってくださ~い」

「あ、はい……」


 ルーシェの横にいたミーシャから声援を受けて、間の空いたルーシェがミーシャを流し見る。彼女は両手にメイスを構え、突進してきた熊型のゾンビを片手で受け止めると空いたもう片方のメイスで頭部を殴り倒した。

 致死量に至った強烈な一撃が光属性の聖水と相まって熊の巨体を浄化し、消滅させる。


(熊、一撃で殴り倒しちゃったよ……)


 それが光属性に弱くなったゾンビとはいえ、熊と張り合える膂力を有したミーシャにルーシェの頬が若干引きつった。彼女はその後も普段のおっとりとした印象を微塵も感じさせない動きで魔獣ゾンビ叩き伏せていた。


「来たれ、光の精霊! 明けの福音、彷徨える不浄の夜を祓え、暁光の波紋!」


 エリスの詠唱により発動した光属性の波動が周囲を優しく照らし、包み込まれたゾンビたちが抗う事なく浄化され、消滅していく。


「今のうちに進むぞ!」


 周囲からゾンビの気配が消えた事を確認したエジルが一行を森の奥へ誘導する。そしてゾンビの気配が強くなるとまた足を止め、交戦状態に突入した。


「木が……」


 何度か前進と交戦を繰り返している内に森の景色が一変してモニカが表情を曇らせた。木々が枯れたように変色し、異様な気配がより強くなっていく。


「中心に近づいた証拠だ……」


 足を止め、油断なく周囲を見渡すラッツ。だが、これまでと違ってゾンビたちはすぐに襲い掛かってこなかった。


「ここから少し先に開けた場所があって、そこにターゲットがいます」


 不死化したトレント。今はこの森の主となっているはずである。

 注意深く観察するエジルが一行をこの場に留まらせる。ここから先はボス戦だ。規模を正確に推し量る必要がある。無防備な突撃はパーティーを壊滅させかねない。

 もっとも、その精度に関して、エジルの右に出るものはそうそういない。なにせ幻獣のブラウンと感覚を共有できるエジルには筒抜けなのだ。


「最奥にトレント。向かって左手に元領域の主らしき熊型ゾンビ。後は人型ゾンビと魔獣ゾンビが20体ほど。トレントと領域の主は大型ですね。どうしますか?」

「ふむ……」


 状況報告を受けたシローが小さく唸る。大きさの異なる魔獣や魔法生物を相手にするときは距離感や視野に差が出てくる。ゆえに乱戦を避けるのがセオリーだ。


「俺が主を抑えます」

「シロー様がですか?」


 シローの言葉にエジルが難色を示す。シローの強さはトルキス家の誰もが知るところだ。しかし、当主が一人で領域の主に立ち向かうなど歓迎する家臣はあまりいない。それに――


「あまり派手に戦うとセシリア様も良い顔しませんし~」

「絶対心配しますよね」


 ミーシャとモニカの言う事ももっともでセシリアが心配しないはずがないのである。シローもその事は理解しているので苦笑いを浮かべるしかない。


「その辺は上手くぼかしてくれると嬉しいなぁ……」

「そうはおっしゃいますが、我々メイドはセシリア様に報告の義務がありますので」


 懇願するシローだが色よい返事は得られず、エリスに断られてしまう。どうやらシローの行いはセシリアに報告されてしまいそうだ。


「あのー」


 そんなやり取りの中、重要な事に気が付いてルーシェが手を上げた。


「誰がトレントを倒すんですか?」


 元凶であるトレントを誰が倒すのか、話し合われていない。

 ルーシェの疑問に一同が顔を見合わせた。


「誰、って……適任がいるじゃないか」


 シローがそう告げると周りの視線はルーシェへと集まった。


「えっ!? ぼくですか!?」

「光属性の加護があって武技も使える」

「ルーシェの長所と短所を考えれば一番の適任だな」


 驚きを隠せないルーシェにラッツとエジルが頷き合う。エリスやモニカも同意見のようで頷いて見せた。

 正直、いきなり大役を振られたルーシェに自信はない。

 ルーシェは最後の助け舟とばかりにミーシャを見た。


「ルーシェさん~」

「ミーシャさん」

「頑張ってください~」

「あ、はい……」


 助け舟は戦場への特急券であった。

 そもそもミーシャはルーシェの努力をずっと見てきているのである。ルーシェにできる事、できない事の判断はしっかりとできていた。


「ルーシェさんなら大丈夫です~」

「はぁ……」


 自分より自信ありげなミーシャにルーシェも頷くしかない。

 結局、トレントの担当はルーシェになった。


「心配じゃないの?」


 すごすごと引き下がって装備の確認を始めるルーシェの背中を見ながらエリスがミーシャの顔を見る。彼女はいつものにこにこ顔を少し困らせた。


「それは~心配ですよ~」


 まだ若いルーシェの背中は小さい。ミーシャの視線も少し揺れている。できる事なら代わりたい。そう思っているようにも見える。


「ルーシェさんはまだ粗削りですけど~間違いなく強くなってます~。でも、自信を持てず、自分自身で過小評価してしまってるんです~」


 実のところ、ルーシェの努力もその実力もトルキス家の誰もが認めるところであった。

 ルーシェが大幻獣ユルンガルの教えを受け、努力の末に習得した武技は優秀なものであり、その能力は生半可なモノでは太刀打ちできない。


「そうなってしまっているのは~、私たちの責任だと思うんです~」


 問題はそんなルーシェの武技に対してトルキス家の殆どの人間が対応できてしまう点にある。基礎的な修練が未だ発展途上なルーシェからすれば、自分はトルキス家では下から数えた方が早いのである。


「ですから~ルーシェさんに自信をつけてもらう為にも~私が後押ししなければ~」


 ミーシャはそれが自分の使命だと感じている。間違いなく、ルーシェの為に一番心を砕いているのは彼女だろう。


「ルーシェさんにできる事はルーシェさんに任せて~、もし失敗しても~私が助けてあげれば~」


 ルーシェがトレントと対峙する事は賛成で、それが失敗だったとしても一番に駆けつける。ミーシャはヤル気に満ちていた。


(((なんというか……姉さん女房の貫禄……)))


 誰もがそう思わずにはいられなかった。

 そんな家臣たちを遠巻きに見ていたシローの目がスッと細まる。シローから見ればその実力もまだまだな彼らだが微笑ましくも頼もしいのだ。


「ご機嫌だな」

「そう見えるか?」


 一片の言葉もシローは否定しない。一片も仲間の温もりに頬を緩めてルーシェの傍へ歩み寄った。


「緊張しているか、小僧」

「え、ええ、まぁ……」


 突然、一片に話しかけられたルーシェが曖昧な返事を返す。


「でも、言われたからにはやるしかありませんし……」

「そうだな。シローはできない事を他人に押し付けるような真似はしない」


 ルーシェにトレントと戦えるだけの実力が備わっているとシローは判断したのだ。


「緊張するのは致し方ない事だ。そこで、儂がアドバイスをやろう」


 これは一片なりの応援であった。

 その事を理解してルーシェが向き直って姿勢を正す。幻獣や精霊の教えがどれほどためになるか、ルーシェは身をもって理解していた。家臣たちも興味を持って一片の言葉に耳を傾ける。


「小僧はウィルのゴーレムを見た事があるな?」

「はい」


 ウィルの操る超重量なのに走ったり飛んだりするとんでもない魔法ゴーレム。トルキス家の者なら知らぬ者はいない、破壊の権化である。


「トレントの相手をするのはウィルのゴーレムを相手にするよりも100倍マシだ」

「「「あー……」」」


 声を揃えて納得する家臣たちにシローが苦笑いを浮かべる。確かに、どう見積もってもトレントの方が遥かに格下であった。アレを相手にするくらいであればトレントの方が断然楽だ。


「ちょっと自信が出てきました」

「であろう」


 頷き合うルーシェと一片。家臣たちの意見は一致した。

 本来、ボス戦の前ともなればそれなりに緊張感が増し、気負いなども出てくるものだ。そうならなかったのは彼らの実力もあるが、ウィルの非常識さのおかげでもあった。

 とはいえ、緩んだ空気のまま領域の主へ突撃するわけにもいかず。


「準備は整ったな。それじゃあ、行こうか」


 シローが全員の気を引き締め直し、一行はボスの領域へと足を踏み入れるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 前回と続けて読ませてもらいました。 お兄さんぽい発言のウィルに癒されました。 今回の話はウィルの実際の活躍はなかったけどみんなが認める非常識に笑いが溢れました。 次回も楽しみにしています。
[一言] 一片さんの説得力がすごい
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