滅びに向かう村
「とーさま、みてみてー」
馬車の窓に張り付いていたウィルが窓の外を指差しつつシローを見上げる。ウィル越しに窓の外を見たシローが目を細めた。遠目に冒険者たちが魔獣と対峙しているのが見える。
「戦ってるな……村に近づいた魔獣を追い払ってるんだ」
「がんばれー」
声援を送るウィルの姿に同じモノを見たニーナとセレナはキョトンとしてしまった。
「ウィルもお父様もよく見えるわね……」
「豆粒にしか見えない……」
戦っている冒険者たちまではそれなりに距離があり、二人の目には小さな影が動いてるようにしか見えない。そんな二人に助言をしたのはシローの魔刀から姿を現した一片であった。
「ウィルもシローも我々風狼と同調して遠くを見ているのだ。セレナとニーナも試してみるといい。我が子たちもそれができるくらいには成長していよう」
「「はい」」
よい返事を返したセレナとニーナが己の幻獣を召喚してジッと目を凝らす。
「力は込めなくてよいぞ。あくまで風狼との同調を意識するのだ」
一片のアドバイスを受けて成長する娘たち。見守るセシリアの目も細まる。同じような表情のシローも一片の頭を一撫でしてセシリアの隣に腰を下ろした。
「子供たちはどんどん成長していきますね」
「そうだね。この旅でも文句ひとつ言わずに、本当に偉いよ」
実際、家では学べないようなことを体感して素直に吸収している。その成長度合いは身内のひいき目ではないはずだ。
「あとは子供たちの体調に気を配ってあげられれば……」
「そうですね」
シローの心配にセシリアも同意する。
いくら旅を楽しんでいるとはいえ、子供たちにとって長旅は過酷だ。いつも以上に気を配っておく必要がある。
「うぃるはだいじょーぶ!」
元気よくウィルが反応するが、それは全く当てにならない。が、言って聞かせてもウィルはたぶん納得しないだろう。
「わかった、わかった。でも村に着いてからウィルにはお願いしたいことがたくさんあるんだから、力は温存しておいてくれよ」
「はーい」
結局、シローは理解を示したフリをしてウィルをうまくコントロールするのであった。
「ようこそ、お越し下さいました」
親善使節団の到着の報を受け、トルキス家を出迎えてくれたのは年配の村長であった。
村長はデンゼル、シローと挨拶を交わすと家臣たちの中に並んだモーガンの前で足を止めた。
「まさか、本当にお前が貴族様の家臣になっているとは……」
「なんだよ、村長。ちゃんと手紙送っただろう?」
「そうは言うが、この目で見るまでは安心できぬよ」
村長は人の良さそうな笑みを浮かべてモーガンや家臣たちも丁寧に労った。
前もって訪問を知らせていたモーガンは少し憮然としていたが、村長からしてみれば村の子であったモーガンの事を案じずにはいられなかったのだろう。周りで見守る者たちにとっては微笑ましい光景であった。
その中に在って、ウィルはこの場の魔素の異変をしっかりと感じ取っていた。それは休息所で感じたモノとは別種で、より強い。
(まそがすわれちゃってる……?)
(そうね……)
大地を通して村の魔素がどこかに吸い取られている。恐らく、森の方角だ。
そう感じたウィルの胸中に土の精霊シャークティの同意が返ってきた。
「シロー」
顔を上げたウィルがシローに何かを言う前に、顕現した一片がシローに声をかけた。本来、人前に出ることを嫌う幻獣の出現に出迎えた村の人々やソーキサスの兵士たちが感嘆の声を上げる。
「ああ」
一片の一声だけで理解を示したシローは軽く頷いて村長の前に進み出る。代わりに一片はトルキス家の子供たちの傍に寄り添った。
「ひとひらさん」
「ウィルは何か感じ取ったか?」
「うん……」
はっきりと反応を示すウィルに一片が小さく頷く。そして視線をセレナとニーナに向けた。二人も異変を感じ取っているのか、表情が少し硬い。だが、露骨に顔に出さないようにしているのが見て取れて、一片は思わず表情を緩めた。
「大丈夫だ。お前たちの感じ取っているモノは正しい」
ただ感じる気配を飼い慣らせていないだけだ、と。一片が経験の差を説いて聞かせる。
契約者は魔素や魔力といった目に見えぬ気配に対して敏感になる。感じ取った気配は精度を増せばそのままセンサーとして機能する。磨き上げられた契約者特有のセンサーは熟練の戦士が備える直感を凌駕するものだ。
「学ぶのだ、子らよ。その感覚はいずれお主たちの力になる」
一片の言葉に子供たちが力強く頷く。それを見た一片は視線を近付いてくるシローに向けた。
「一片、まずは宿に案内してもらう。それから冒険者ギルドに行こう。村長さんに話はつけた」
「わかった。三人とも付いてくるがいい」
「「「はい」」」
全ては子供たちに学ばせる為。感じ取った気配の答え合わせである。それはトルキス家の子供たちだけではなく、子供たちと契約した我が子たちの成長を促す為にも必要不可欠な事だ。
(一片……ホント、子供好きになったよなぁ……)
一片自身は自分の変化に気付いているのだろうか。
そんな風に思いながら自分の幻獣と子供たちの背中を見たシローは思わず頬を緩めてしまうのであった。
「わ、我々も手をこまねいている状態でして……」
冒険者ギルドの応接室に通されたシローたちは緊張気味のギルドマスターから現状の報告を受けた。すでにテンランカーから退いているとはいえ、シローやレンの素性を知れば平静を保てるギルド職員は少ない方だ。
「ひと月ほど前から魔獣が増え始め、調査依頼を出したのですが調査対象となる森に近づくこともできないのですよ」
攻撃的な魔獣が多く、すぐ足止めされてしまうという。無理をして突き進めば背後を取られる冒険者も危険だし、刺激された魔獣が村を襲う可能性もある。調査するにはそれなりの数の冒険者パーティーか、帝国の部隊が必要なようだ。
「問題は外ばかりではございません。普段は大人しい草食の魔獣が村に入り込み、畑を荒らしたという報告も受けております」
「うーん……」
説明を聞いていたシローが顎に手を当てて唸る。本来、人に慣れていない野生の魔獣というのは人間を警戒しており、村や街を遠巻きにする傾向にある。氾濫でもないのに村へ侵入してくるのは違和感のある事だ。
「囲いはなかったのですか?」
黙ってしまったシローの代わりにセシリアが質問する。いくら小さな村でも魔獣に備えて防備を固めている。歩哨も立てていたはずだ。
「それがどういう訳だか、朽ちてしまったようで……」
「朽ちて……?」
「はい。老朽化が進んで、そこを突き破られたようです……ただ、村人は囲いを建て替えてからそれほど経っておらず、老朽化するのは不自然だと」
魔獣の増加、それによる魔獣の侵入、不自然な老朽化など。何やら不可解な事がたくさん起きているようだ。過去の記録を掘り返してみても、このような出来事は村始まって以来だと言う。
静かに話を聞いていたシローがギルドマスターの顔を見た。
「ギルドマスター、森にはどんな魔獣が生息しているんです?」
「だいたいは動物系の魔獣ですね。昆虫系はいません。領域のボスも動物系の魔獣ですから深部に入らなければそれほど難易度も高くはない森になっています。あと……トレントが確認されています」
「トレント……?」
トレントとは森に住まう魔法生物の一種で木に意思が宿り森を徘徊している。あまり好戦的な種ではなく、冒険者が森で出くわしても興味を示さないことが多い。
(判断に迷うところだな……)
不可解なことは多いが、緊急性があるかと問われれば難しい。冒険者ギルドがすでに動いている案件であり、だとすれば親善訪問中の貴族であるシローが介入するべき事ではないのだ。今回の一件が緊急性の高い案件だと判断されれば別の話なのだが。その調査はまだ完了しておらず、さりとて予定している数日の滞在中に調査が完了するとも思えない。
シローとしては、自分の家臣になってくれたモーガンの故郷に少しでも恩返しできればと思っていた。しかし、勝手な行動は他の冒険者たちの仕事を奪う事にもなり、シローの一存で決行できるものではない。
そんな風にシローが黙考していると、ウィルが自信ありげに胸を張っていた。
「うぃる、とれんとしってる。まいごのおとこのこをおうちにつれてかえってあげるんだよ」
そんな本を読んでもらったのだ、とウィルが言うと大人たちの表情も綻んだ。
シローも思わず笑みを浮かべる。
しかし、それとはまた少し違った反応を見せる者がいた。
(トレント……)
ウィルの中にいた樹の精霊クローディアが呟いて、ウィルが自分の胸に視線を落とす。
(どーしたの、くろーでぃあ?)
(ウィル……お父様と話がしたい)
不思議に思ったウィルが心の中で尋ねるとクローディアはそう伝えてきた。
(今回の件はトレントが関係していると思うの……)
この中ではだれよりも森に詳しいクローディアの言葉だ。ウィルも信頼している。だが、トレントを優しい存在だと思っているウィルは少し首を傾げた。
(とれんと、いいこじゃないのー?)
(いつもはいい子よ。でも、悪いことが重なると人に迷惑をかけてしまう事があるの……そうなったら……)
ウィルの疑問に答えてクローディアが言葉を少し詰まらせる。
(この村は滅んでしまうかもしれない……)
「えっ!?」
ウィルが思わず声を上げてしまい、慌てて口を押さえた。
何事かとみんなの視線が集まる中、ウィルとシローの視線が合う。
「どうかしたかい、ウィル?」
「なんでもないです」
ぶんぶんと首を横に振るウィル。うっかりクローディアの声に反応してしまったウィルは精霊たちの存在を気取られないかと慌てているようだ。
「なんでもないけどたいへんなのでおはなしがあります」
本当に慌てているようだ。なんでもないのか、大変なのか、どっちなのか。
おかしなことを言い出したウィルにギルドの職員たちもくすくすと笑い出す。
だが、トルキス家の人間は知っている。ウィルのその反応が子供ながらの戯言ではないという事を。
シローがウィルと視線の高さを合わせ、落ち着かせるように、しかしはっきりと尋ねた。
「ウィル、それは急ぎかな?」
(できるだけ早く)
「とっても!」
「わかった。今日は宿で旅の疲れを癒すからその時でいいかな?」
(ええ、いいわ……)
「いいって」
シローの質問に一拍遅れて答えるウィル。妙なやり取りはウィルの言葉遣いも伴って、ギルド職員たちの緊張を溶かしていく。
だが、彼らは知らない。ウィルがシローとやり取りしたことでトルキス家の緊張度合いが一段増したことを。
「よし。じゃあ、後でゆっくりお話ししような」
シローが周りに緊張を伝えぬよう笑みを浮かべ、ウィルの頭をポンポンと撫でる。
そして、ウィルから離れたシローはこれからの予定をギルドマスターと少し詰めるのであった。




