ソーキサス帝国の使者
ソーキサス帝国辺境伯領。迎賓館の中庭にて、頭を抱える男が一人。
「ぬぉぉぉ……なぜなんだぁ……」
「おもしろそう! うぃるもやるね!」
「あ、これは見苦しい所を……」
「あああああ!」
「えっ? 私、そんな感じでしたか?」
「だいたいー」
頭を抱えて前後するウィルの姿に己の無様な姿を想像した男が頬を引きつらせる。
男はソーキサス帝国の貴族デンゼル。爵位は子爵だ。この度、トルキス家の案内役を任された若手の有望株である。
ソーキサス帝国の辺境伯に挨拶をしたシローたちはその場でデンゼル子爵と引き合わされ、今回の訪問経路や戦力などの詳細を詰めることになった。
「ウィル様……」
「はっ!」
撫でるのではない、レンの手の感触を頭に感じてウィルがピンッと姿勢を正す。これは怒っている時のレンだ。
「失礼ですよ、ウィル様」
「ごめんなさい……」
「いえ、こちらこそ……」
しゅん、と項垂れるウィルに対し、デンゼル子爵も申し訳なさそうに頭を下げる。貴族だがどうにも腰が低いのは彼がシローと同じ新興の貴族家であるからだ。元テンランカーであるレンに対しても、デンゼルは当然のように敬意を以って接していた。
「何かお悩みのようでしたが……」
差し出がましいと思いつつも、レンがデンゼルに尋ねる。彼の苦悩っぷりはウィルでなくても気にかかるところだ。
レンの足元でウィルも気を取り直して胸を張る。
「うぃるになんでもきいてみて!」
「ありがとう」
そんなウィルの様子に笑みを浮かべたデンゼルがウィルの頭を撫でて、少し躊躇った。
本来であれば迎え入れる側のデンゼルが来賓であるレンたち相手に悩みを相談する事はないだろう。相手を不安がらせてしまう恐れもある。しかし、事が事だけにデンゼルにはどうしても聞いておきたいことがあった。
「今回の訪問経路のことです」
訪問経路については事前に申請を出している。シローたちが指定した経路は帝都に向かう一般的な経路とは異なっており、その事にデンゼルは疑問を持っているのだ。
「今回ご希望の経路はお世辞にも整備されてるとは言い難く……」
内乱の中心地となったソーキサス帝国の西側では人手や物資の不足により未だ支援の行き届いていない場所も多い。トルキス家の提示した訪問経路にはそういった村も含まれていた。
「このままでは大変なご不便をかけてしまうのではないかと……」
仮にも相手は王国の貴族であり、夫人のセシリアは公爵令嬢で皇妃の親戚関係にある。接待を取り仕切る者としてデンゼルが不安に駆られるのも頷ける話だ。
「その点に関してはご心配なく」
デンゼルの話を聞いたレンが特に気にした様子もなく答える。トルキス家の者たちには今回の訪問経路について、事前の説明がなされていた。
「トルキス家の家臣に一人、今回の訪問先出身の者がおりまして……」
こんな機会でもない限り、なかなか挨拶にも来れぬだろうとシローとセシリアが気を利かせた結果なのである。
ウィルもその事をきちんと覚えていた。
「もーがんせんせーのおうちがあるんだよー、ねー」
「モーガン、先生……?」
見上げて笑みを浮かべるウィルの頭をレンが優しく撫でる。その前でデンゼルが首を傾げた。
「その……家庭教師の方かなにかですか?」
「ちがうよー、うぃるにごーれむさんのまほーをおしえてくれたのー」
新たにトルキス家の家臣となったモーガンはウィルにとってお気に入りの魔法を教えてくれた一人であり、土属性の精霊シャークティと出会うきっかけを与えてくれた人物でもあり、今も変わらず大好きな先生なのだ。
そんなモーガンの故郷へ赴くことをウィルはとても楽しみに思っていた。
「へぇ、面白そうな話をしてるじゃないか」
突如横から入った声にウィル達が振り向く。
「ああ、ガーネットさん」
「やぁ、デンゼル卿」
歩み寄ってきた女性とデンゼルが挨拶を交わす。銀髪に褐色肌の大柄な女で冒険者を思わせる衣服を引き締まった筋肉が押し上げている、なかなか雰囲気のある女性だ。実力も相当にあるだろう。
「こちらの方は……?」
初対面のレンがデンゼルに目配せをするとガーネットと呼ばれた女性が笑みを浮かべて進み出た。
「初めまして、ガーネットだ。今回、帝国の騎士たちと一緒に護衛させてもらう冒険者さ」
「恥ずかしながら、帝国にはまだまだ女性騎士は少なく……」
トルキス家には女性が多いこともあり、デンゼルが気を利かせたようだ。
ガーネットがパーティーリーダーを務める【荒野の薔薇】は女性冒険者のみで構成されている。とはいえ、他国の来賓を出迎える任務に指名されるなどなかなかない事で、ガーネットたちが如何に帝国とギルドの信頼を得ているかが窺い知れる。
ガーネットは笑みを浮かべるとウィルの前へしゃがみ込んだ。
「ゴーレムの魔法が使えるんだって?」
「つかえるよー」
「それは頼もしいな」
嬉々として答えるウィル。そんなウィルの頭をガーネットが撫でまわす。
本来であればゴーレム生成のような高度な魔法をウィルほどの歳で操るのは不可能だ。ガーネットはウィルの発言を子供の見栄として受け取って話を合わせていた。
「みたいー?」
「見たい見たい」
「ほんとー?」
「ああ、本当だよ」
ウィルの事を知らないガーネットからしてみればそれは貴族の子供に対しての単なる接待なのだが、ウィルを知る者たちからすれば冗談では済まない。しかし、レンが止めるには少々遅すぎた。
我が意を得たり、と笑みを深めたウィルがガーネットに抱き着く。
「じゃー、みせてあげるー」
そう応えるなり、ウィルは勢いよくレンに向き直った。
「れんー、うぃるはやくそくしました」
「はぁ……」
気のない返事を返すレンにウィルが胸を張って続ける。
「だから、うぃるはごーれむさんのまほうをつかいます!」
一応はゴーレム生成の魔法を使うには許可がいると学習しているのだろう。約束を盾にするのがいい証拠だ。
どこか勝ち誇った様子のウィルを見て、レンは小さくため息を吐いた。
「分かりました。ですが使用するのであれば、まずはシロー様に許可を取ってからにしてください」
きっぱりと言い切るレンに、今度はウィルがきょとんとした表情を浮かべる。それから怒ったように頬をぷくりと膨らませた。
「れん、ずるい! いつもやくそくはまもりなさいってゆーのに!」
「そうは言いましても……私に魔法の使用を許可する権利はございませんので」
口を尖らせて抗議するウィルを涼しい顔で受け流すレン。
そんな二人のやり取りにデンゼルとガーネットが顔を見合わせる。
「いーもん! とーさまにおはなしするもん!」
横を向いてプンプンしているウィルを宥めるようにレンがウィルの髪を梳く。それからデンゼルたちの方へ向き直った。
「なんだか、申し訳ない……」
何に謝っているのか分からなそうな表情で謝罪してくるガーネットにレンが表情を和らげる。本来であればガーネットの対応の方が一般的なのだからレンに含むところはない。
「いいえ、お気になさらず……いつもの事です。それよりもそろそろ会議なのでは?」
「そ、そうですね」
レンに促されて気を取り直したガーネットがデンゼルと共にこの場を後にする。
レンはというと、ウィルの機嫌を取るのにしばし時間を要するのであった。




