青の正体
(面白い……)
ご立腹なウィルを見た男が胸中で素直に呟いた。ネルから仔細を聞いていたが、実際目にするまでは納得半分といったところであった。しかし実際戯れてみると、その異常な才能には目を見張るものがある。
ウィルと呼ばれる子供は、魔法が始動した瞬間に合わせて防御壁をぶつけてきた。明らかに魔法を見てから反応した動きではない。魔素や魔力の動きに反応していなければ魔法の初動を潰すなんて芸当、子供にできるはずがないのだ。
(精霊たちが惚れ込むのも頷ける)
そして、興味を抱いたのは自分も同じ事であった。自分の笑みが嫌でも深まっていくのが分かる。
(どれ、人間たちにも何が起こったのか……分かるようにしてやるか)
男は、今度は分かりやすいように左手を高く掲げて見せた。そして、ウィルの防御範囲外に魔法を構築していく。
(先程は一つ……今度は二つ同時だ。さて、防げるかな?)
ウィルがどんな反応をするのか、男はワクワクしながら魔力を解き放った。
「あー! またー!」
「これは……!」
ウィルが叫んだと同時にレンが身構える。正面の少し離れた所に出現した水属性の魔法が渦を巻いていた。
その形状を見て判断したレンが叫ぶ。
「水簾の鎖縛!」
水属性の拘束魔法である。飲み込むように溢れ出た水が鎖となってウィル達に襲い掛かる。
それに無詠唱で対抗したウィルは防御壁をドーム状に展開した。
(お見事です、ウィル様)
レンが素直な賞賛をウィルに向ける。いつものウィルなら防御壁を部分的に展開して防ぐだろう。ウィルはそういった魔法の器用さにも長けている。では、なぜそうせず、全体を覆ったのか。
「うしろぉ!?」
「きゃっ……!?」
前方で発動した拘束魔法とは違い、後ろで静かに発動していた拘束魔法がルーシェとモニカの際まで迫っていた。当然、それもウィルの防御壁に阻まれる。
「あんな分かりやすい誘導に引っかかるとは……二人とも精進が足りません」
レンにダメ出しをされて、ルーシェとモニカが苦笑した。だが、それも仕方ない。ウィルは魔力の動きで、レンは場数で背後の魔法を察知できたが、二人にはどちらもないのだ。
『すまない。悪気はないのだ、あの方には……少し、悪戯が過ぎるというか……』
ライアはそう弁解するとウィルの傍によって頭を優しく撫でた。
「らいあ! あのひと、いたずらっこだ!」
『ふふっ、返す言葉もない』
ふんすふんすと鼻を鳴らして憤るウィルをライアが抱き上げる。
『ウィル達にも紹介しよう。こんな悪戯をして、いまさら顔を合わせませんもないだろう』
「…………?」
いまいち状況が呑み込めず、不思議そうな顔をするウィル。だが、ライアに抱っこされるのは嬉しいようで、抵抗もなく運ばれていく。その後に付き従って、レンたちも精霊の庭へ降りて行った。
『はっは、見事見事』
『戯れが過ぎます、ユルンガル様』
拍手をしながら出迎える男にライアは一言たしなめると、ウィルを地面に下した。
ウィルはというと警戒するようにじっと男――ユルンガルを見上げていた。
『申し訳ございませんわ、ウィル』
間を取り持つようにネルがウィルと目線を合わせる。
ウィルは髪を撫でてくるネルに身を任せると、もう一度ユルンガルを見上げた。
「げんじゅーさん、わるいひとー?」
『そうではないの。少し悪戯好きなのですわ』
ウィルの質問にネルが答えると、ユルンガルが笑みを深める。
『ウィルといったな、童。魔法で遊ぶのは楽しかったであろう?』
「いきなりそんなことするのはどーかとー」
幼子に正論で切り返されて、ユルンガルはとうとう声を出して笑い始めた。
『愉快な童だ』
ひとしきり笑ったユルンガルがウィルの頭に手を乗せる。幾分、警戒心も薄れたのか、ウィルはその手を拒まなかった。
『俺が幻身体だとすぐ気づいたという事は、ロリババァ――レクスにはもう会ったのか?』
『ユルンガル様、そのような言い草、ウィルの成長に悪影響ですわ』
窘めるネルにユルンガルが肩を竦めて返す。
『……だから、言い直したであろうに。それに、レクスの姿にも問題はあろう? あれで俺より千年以上年上なのだからな』
「…………?」
話について行けず、首を傾げるウィル。それを見たユルンガルが膝をついてウィルと視線を合わせた。
『すまんすまん。レクスには会ったか、ウィル?』
「あったよー?」
『そうかそうか。俺もレクスと並ぶ大幻獣の中の一柱、大海を守護する水の大幻獣ユルンガルだ。よろしくな』
「よろしくおねがいします」
ウィルはぺこりと頭を下げたが、ユルンガルの言葉を後ろで聞いていたレンたちは驚きに目を瞬かせた。水の大幻獣とは遥か南方の海を根城にしていると言われ、その地方の人間たちからは海竜と崇められている存在である。それがこんな遠くの陸地に姿を見せるなど、想像もできないことだ。
だというのに――
「ゆるんがる、ごめんなさい、は?」
『ん?』
「いたずらをしたらごめんなさいしないといけないんだよー?」
大幻獣相手にいきなり説教し始めたウィルにレンたちの背筋が凍り付く。
相手が誰であれ、物怖じしないウィルの胆力には将来性を感じるが、今回は相手が相手だ。下手に刺激すればどうなるか、想像もつかない。ウィルは理解していないだけかもしれないが。
(ウィル様……)
いつでも動き出そうと身構えるレンに対し、ライアがそっと手で制した。心配はいらない、と。
それを裏付けるように、ユルンガルは堰を切ったように笑い出した。
『そうだな。そうだ。悪戯をしたらごめんなさい、だな』
よほど可笑しかったのか、肩で息をするほど笑ったユルンガルはウィルの頭をポンポンと撫でた。
『悪かったな、ウィル』
「どーいたましてー」
『これで俺とウィルは仲直りだな』
「おともだちー?」
ウィルの質問にユルンガルが「おうとも」と答えて同意するとウィルはまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。
ユルンガルもその笑みに頷きを返す。
『詫びと言ってはなんだが、ウィルに何かプレゼントをやろう』
「ぷれぜんとー?」
ユルンガルの提案にウィルは首を傾げた。
『ああ、珍しい魔道具から実用的な魔道具まで、なんでも用意してやるぞ? どんな魔道具が欲しい?』
「ユルンガル様……」
話を聞いていたレンが間に割って入る。
あまり強力な魔道具、ウィルに手渡されても困るのだ。ただでさえ、ウィルは用途以上に魔道具の力を引き出したりする。ウィルが分別を付けられるようになるまで、そういった類のモノはできるだけ遠ざけた方がいい、とレンは考えていた。例えそれが一財産築くような価値がある魔道具であっても、だ。
しかし、レンの心配を他所に、ウィルは唸るように考え込むと踵を返して歩き出した。
『…………?』
「ウィル様?」
レンが声をかけるとウィルは足を止め、顔を上げる。
「……あの、ウィル様?」
ウィルの視線の先――見上げられたルーシェがどうしたものかと戸惑っていると、ウィルはルーシェのズボンを掴み、ユルンガルに向き直った。
「じゃあ、るーしぇさんにぶぎをおしえてあげてー」
『なに?』
ウィルの言葉の意図を理解できなかったユルンガルが眉根を寄せる。
「るーしぇさん、みずのけんしになるんだけど、ぶぎができないんだってー。だからうぃる、ねるにぶぎのことききにきたのー」
「ああ……」
ウィルの言いたいことを理解したレンが胸中で相槌を打つ。確かに、最初はそのような用向きだった。ユルンガルの登場ですっかり忘れていたが。
ウィルの言いたいことをレンが代弁すると、ユルンガルはキョトンとしてしまった。
『難しい事ではないが……よいのか? 一財産築けるような魔道具もあるのだぞ?』
「それはウィル様の望むところではないのでしょう」
『ウィルはこういう子なのですわ』
レンの言葉をネルが優し気な笑みを浮かべて後押しする。
良い悪いは別として、ウィルは自分の利益に無頓着なことがある。自分が何かを貰うよりも自分の周りの人が喜んでくれる方が嬉しいらしい。
『ふむ……』
顎に手を当てたユルンガルがじっと見上げてくるウィルを見返す。ウィルの目はユルンガルを信じ切っていて、断られるとは微塵も思っていないように見える。
『分かった。友の頼みだからな。そこの人間に武技を教えよう』
「ありがとー」
諸手を上げて喜ぶウィルの頭をユルンガルが優しく撫でた。
『だが、ウィルよ。お前に武技はまだ早い。精霊たちと遊んでこい』
「わかったー」
ウィル自身も武技の習得はまだ早いと思っているようで、特に文句もなくネルの手を取って精霊たちの下へ歩いていった。
ウィル達を見送ったユルンガルがルーシェへと視線を戻す。
『さて、ルーシェと言ったか?』
「は、はい!」
ユルンガルに呼びかけられたルーシェが背筋を伸ばす。相手は水の大幻獣だ。緊張するのも無理はない。
そんなルーシェを見てユルンガルが思わず笑みを浮かべた。ウィルの反応を見ていると忘れがちだが、ルーシェの反応の方が圧倒的多数なのだ。
そうと理解していても二人のギャップに笑いを堪えられないユルンガルであった。
『仮にも、このユルンガルから教えを受けるのだ。相応の剣士になってもらうぞ』
「はい!」
相変わらず緊張で凝り固まったルーシェの背中をユルンガルは期待を込めて叩いてやるのだった。
ユルンガル……南方の海に住まうとされる水属性の大幻獣。幻身体は水色の髪の偉丈夫である。




