ルーシェの悩み
「水属性、とは……?」
トルキス邸の中庭で悩める少年が一人。
ルーシェは腕を組んだり、頭を抱えたりしながらウンウン唸っていた。最近は見慣れた光景と化しつつあるその姿に近くにいた同僚のモニカが苦笑を浮かべながら歩み寄る。
「相変わらず大変そうね」
「いいですよね、モニカさんは……手本になる人がいっぱいいて……」
ひとしきり悶えたルーシェが深々と息を吐いて肩を落とす。
彼を悩ませるもの、それは長く課題である属性武技の習得である。
基本的なブースト系の魔法とは違い、属性武技というのは、魔力を戦闘技術に取り入れ、技として昇華させることをいう。強くなる為には避けて通れぬ道だ。
しかし、前衛職になる者が少ない光と水属性の加護を持つルーシェはずっと手探りで試行錯誤を続けていた。
「あぅ……」
壁にぶち当たり、剣術の基礎を繰り返しながらルーシェは頭を抱える日々を送っている。
上達している手応えはある。だか、次の段階に踏み出せないルーシェは未だトルキス家に仕えている者の中では最弱なのであった。
「るーしぇさん、どうしたのー?」
そんな悩めるルーシェに届く幼い声。
ルーシェが顔を上げるとそこには廊下から顔を覗かせるウィルの姿があった。
「ウィル様……」
「るーしぇさんがこまってるならうぃるはほっとけませんな!」
ルーシェが悩んでいるのを子供ながらに察したのだろう。ウィルはルーシェの前まで来て偉そうに胸を張った。
「ええっと……」
「なんでもうぃるにきいてみて?」
雇い主の子供に迷惑をかけたくないルーシェが言い淀むのを他所に、ウィルはとても乗り気であった。おそらく暇だったのだろう。でなければわざわざ使用人達に開放されている中庭にまで足を運ばない。
「ウィル様、廊下は走らないでくださいと何度も……」
遅れて姿を現したレンが忠告するとウィルはあからさまに不服そうな面持ちで唇を尖らせた。
「だってぇ……るーしぇさんのなさけないこえがきこえてきたんだもん」
「すいません、情けなくて……」
ウィルのあんまりな物言いに肩を落とすしかないルーシェであった。
その様子を見かねてレンがウィルの傍にしゃがみ込み、正面から顔を覗き込む。
「そんな言い方はいけませんよ、ウィル様。ルーシェは今、剣士として重要な事に向き合っているのです」
「じゅーよー?」
小首を傾げるウィルにレンは頷いてみせた。
「はい、とても大事なことです。彼が剣士としてどのように魔力を使っていくのか、どのような技を編み出すのか。今後のルーシェの人生に大きく関わる問題なのです」
「ほぅほぅ……」
分かったのかどうなのか、神妙に頷いてみせるウィル。ウィルはくるりと向き直ってルーシェの肩を叩いた。
「るーしぇさん、なさけないこえをだしてるばあいじゃないよ!」
「……ほんと、すいません」
ウィルの容赦ない追い打ちにルーシェが心の中で涙する。
もちろん、その難しさを理解する大人たちがルーシェを責める事はない。
「ほら、ウィル様。ルーシェの邪魔になりますから……行きますよ?」
「いやっ」
「ウィル様?」
「やー! うぃる、るーしぇさんをほっとけないもん!」
いつもの我が儘かと一瞬目を細めたレンであったが、ウィルの行動が優しさから来るものだと悟って小さく笑みを浮かべた。
だが、魔法に関して異才を見せるウィルでも、属性武技はまた別の話だ。
基礎的なブースト系の魔法をもう一段発展させた属性武技には決められた形がない。各々が得意な技に魔力を取り入れるため、魔法よりも個性が出るのだ。
多くの剣士は先人の技を参考に、己の技として昇華していく。ポピュラーな武技なら冒険者ギルドで調べることもできるし、中には道場を開いて指導する者もいる。
しかし、水属性の武技は参考例も少なく、使い手も稀の為、その習得は困難を極める。貴族も一目置くトルキス家の家臣団でさえ、大した助けにはならず、ルーシェは一から水属性の武技を編み出さなければならないのだ。
ウィルがそんな複雑な事情、理解できるはずもなく。レンはウィルの優しさだけを汲み取った。
「ウィル様のお気持ちはルーシェにも届いていますよ。ですが、こればかりはルーシェ自身の力で解決しなければなりません」
「むー……」
レンから色よい返事が得られず、ウィルが頬を膨らませる。その頭をレンが優しく撫でた。
「さぁ、参りましょう」
「やー。うぃる、もうすこしるーしぇさんといっしょにいるー」
己にできることはない、と理解しても納得できずにウィルはその場に座り込んだ。小さな抗議である。
頑固な一面を見せるウィルにレンが少し困った顔をしてルーシェに目配せをした。ルーシェが頷いたのを確認して、レンがウィルの傍に屈む。
「では、少しだけですよ?」
「ん……」
レンの提案にウィルがこくんと一つ頷く。
それから少しの間、ウィルとレンはモニカと一緒に悩むルーシェを見守っていた。
そんなウィルたちを離れて見守る人物が一人。
「心配ですかな?」
二階の廊下から中庭の様子を伺っていたシローは背後からかかったトマソンの声に向き直った。
「いえ。それほど心配してないですよ。ただ、まぁ……高い壁にぶつかったものだ、と」
シローが苦笑してみせるとトマソンも思わず笑みを溢す。二人とも、無から有を作り出す事の大変さを当然理解していた。そして希少な技の使い手というのが他者に対してどれだけ有効であるのかも。
「確かに。ですが……壁が高ければ高いほど、それを乗り越えた時の成長も大きくなるものです」
「経験者は語る……ですね」
トマソンの雷属性も扱いが難しく、前衛職は多くない。しかし、彼は弛まぬ努力と研鑽を積み重ね、二つ名を与えられるほどの人物に成長したのだ。
編み出す技にもよるが、ルーシェもそれだけの人物になる可能性を十分に秘めていた。
「ルーシェにはこの一年、しっかりと基礎を叩き込みました。実戦経験は少ないですが、剣術だけならそこらの中級冒険者よりも上でしょう。時間はかかるかもしれませんが、長い目で見て頂きたく」
「分かっていますよ」
トマソンの願い出にシローが快く頷いて返す。
ルーシェの頑張りはトルキス家の誰もが知るところである。実力者が揃うトルキス家の修練は一般の貴族家と比べてもかなり厳しい。使用人たちの長であるトマソンがしっかりと叩き込んだ、というのであれば、尚更だ。
だが、ルーシェは心折れる事なく、懸命に修練をこなしてきた。剣術の初心者で最初は足腰立たなくなっていたルーシェも今では修練の後に動けるだけの体力も身についている。
そんな彼の成長ぶりを見れば、その将来に思いを馳せてもなんら不思議はない。それはシローも同じ事であった。
「どんな剣士になるのか、今から楽しみですよ」
期待を込めて、シローは中庭のルーシェたちへ視線を戻した。




