裏で動く者たち
ご無沙汰しております。久しぶりの投稿となります。変な箇所もあるかもしれませんが、平にご容赦を……。
レクス山の中腹には祭壇がある。初代フィルファリア国王が造らせたもので、そこへは城内からの山道を登る他、参拝する手段がない。基本、王族のみが使用可能な特別な祭壇だ。貴族から一般の国民、または冒険者たちが参拝する祭壇は別にある。
その王族の為の祭壇の更に奥に常人では辿り着けない高原があり、大きな洞があった。その高原こそ精霊たちの住処の一つであり、洞は大幻獣レクスの寝所と通じる唯一の場所だ。
『今、戻った』
高原に姿を現したレクスに対し、精霊の子らが頭を下げる。その間を抜け、洞へと向かうと地属性の上位精霊であるジーニも頭を下げ、洞の傍から離れた。
すべての精霊が離れるのを見送ってからレクスが洞へと入る。そのまま奥へ進み、外から見えなくなったところで彼女は足を止めた。
『これで良かったのじゃな、レヴィ?』
『ええ……』
レクスの問いかけに返事が返る。すると一点に光が集まり、一人の女性が姿を現した。
満ちる太陽の魔素を最小限に留めて、女性――太陽の精霊レイがふわりと降り立つ。
レイは魔素を通してレクスたちの様子を窺っており、話し合いの結果を既に知っていた。
『各国の関係改善は急務なのよ』
『ウィルはまだ人の歳で四つじゃぞ?』
ウィルの遠征はレイの進言であった。
本来であれば、そんな幼子に長旅など進められる事ではない。
それはレイも当然分かっていて、僅かに申し訳なさそうな顔をする。
『……それは、分かっているわ』
『それでも、か?』
『ええ、それでもよ……』
レクスが見上げ、レイが見下ろす。どちらも視線を逸らさない。
しばらく二人を沈黙が包み、ややあってレクスは小さく息を吐いた。
『理由は……聞かせてもらえんのじゃな?』
『ごめんなさい……』
今度はレイが俯いて息を吐き出した。
『先代の守護精霊の出る幕ではないの。今世の問題は今代とその守護精霊の手によって導かれなければならない』
『そう、か……』
それだけ呟くとレクスはそれ以上追求しなかった。彼女はレイの性格は知っているし、これ以上の問いかけは無駄だと判断したのだ。
しかし、得るモノもあってレクスは頬を緩めていた。
『相変わらず、優しいな』
『ふふっ……』
レイが自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
彼女は彼女と並ぶ加護である月の精霊の守護を否定しなかった。その上で、ウィルに旅をさせるよう助言したのだ。レイたちはウィルの事を認めているということになる。
『近い内に、ルナ自身が説明に出向くでしょう。それまでは……』
レイがそれだけ言い残して、現れた時と同じように魔素に包まれる。その光が収まる頃には彼女の姿はなく、レクスがただ一人、立ち尽くしていた。
「見学、ですか……?」
「そうだ」
控え室でギリアムからフラベルジュ側の申し出を聞いたレンが顎に手を当てた。
今日はウィルがルシアンたちに魔法を教える日である。安全を考慮してレンとエリスの他に精霊魔法研究所の職員とフィルファリア王国の宮廷魔術師たちが数名、監督の任につくことになっていた。その様子をフラベルジュ王国の貴族たちが見学したいと打診してきたのだ。
ウィルにとって、魔法は広めるものであり、その様子を隠す必要はないのだが、一つ懸念事項があった。未だトルキス家の者たちと一部の人間にしか明かされていない秘密の内の一つ――ウィルが魔法を目で見て再現してしまう事である。
ウィルの前で迂闊に魔法を使ってはいけない、と注意喚起する事は可能だ。だが、その理由までは簡単に説明できるものではないし、説明不足で魔法を使われてしまっては目も当てられない。
「アルベルト様はどう思われますか?」
「派遣されているフラベルジュ側の人材はギリアムが信頼を寄せている者たちだ……ここで抱え込めれば一番いい」
「そうですか……分かりました」
ギリアムには先んじてウィルの能力と信じ難い功績を話して理解を得ている。それから周りの者にどう説明するかを皆で思案していたのだが、今回が渡りに船という事なのだろう。
両国の王を伴って貴族たちの控え室に行くと貴族は雑談を辞め、レンたちの前に立ち並んだ。
「みな、待たせたな」
「アルベルト国王陛下。この度は無理な申し出をお聞き届け頂き、誠にありがとうございます」
フラベルジュ側の貴族を代表するようにミラルド侯爵が一歩前に出て頭を垂れる。
それに対し、アルベルトは一つ頷いた。
「気にすることはない。むしろ、気にならない方がおかしいだろう」
「みな、噂のお子様魔法使いに興味津々なのだよ。可愛いものではないか」
はっは、と笑ってみせるギリアムに釣られて貴族たちも安堵に胸を撫で下ろしつつ笑みを浮かべる。
急な申し出によりアルベルトの機嫌を害したのでは、と心配もあったのだろう。魔法に関する詮索というのは何処でもそういうものなのだ。
「なんなら、こちら側も魔法の実演致しましょうか?」
「そうですな。見せてもらうだけではこちらも心苦しい」
安堵からだろう。そう軽口を叩いてしまう貴族にレンの眼光が鋭く光った。
「それだけは絶対お辞めください……」
レンが思わず武人としての圧力を発してしまう。さすがの凄みに貴族たちも閉口してしまった。
ギリアムが軽口を叩いた貴族に視線を向けると貴族たちが一層萎縮する。
我に帰ったレンはこほんと一つ、咳払いをした。
「失礼致しました……」
相変わらず、ウィルの事となると過剰になってしまうレンである。しかし、ウィルに対しての彼らの好意は下手をすると大災害になりかねない。
「ウィルベルの前で魔法の使用はお控え下さい。攻撃的な魔法や火属性系統、秘伝にしているような魔法は特にです」
「それは、何故です……?」
レンの徹底ぶりにフラベルジュの貴族たちが首を傾げる。普通の子供なら魔法を見せてあげれば嬉しい楽しいと目を輝かせる。たまにびっくりして泣く子もいるが、ウィルはお子様魔法使いだ。きっと喜んでくれるに違いない。
「使用してはならない、理由があるのですよ」
「シロー殿……」
遅れて姿を見せたシローに貴族たちの視線が集まる。
シローは小さく息を吐いて、貴族たちを見返した。
「皆様は不思議に思われませんか? 我が子が様々な魔法に精通している事を……」
「確かに……優秀な子供、という言葉で括ってしまうには疑問が残る」
普通に考えて、ウィルの魔法の修得数は年齢に釣り合っていない。優秀な魔法使いでさえ、ウィルほど魔法を修得できるか怪しいものだ。
ウィルが物心ついた年から計算すれば、魔法を覚え始めた期間は短すぎる。
「ギリアム陛下には既にご説明させて頂いておりますが……」
「うむ……」
シローの視線を受けて頷いたギリアムが自国の貴族たちをひとりひとり見回す。
「シロー殿。ここにいる我が国の貴族は私が心から信頼している者たちだ。彼らなら両国の繁栄の為、そしてウィルベルの将来の為、心を砕いてくれる者たちだと信じている」
「陛下……?」
親戚とはいえウィルベルは他国の子供だ。そんなウィルベルに対して想像以上の肩入れするギリアムに貴族たちが顔を見合わせる。
ギリアムはその場の貴族たちにはっきりと告げた。
「フラベルジュ王国はウィルベル・ハヤマ・トルキスの良き友である事をここに誓おう」
「「「…………!」」」
フラベルジュ王国の貴族たちが息を呑む。ギリアムの宣言は国王が一個人に向ける最大級の親愛であり、ウィルに害をなす事がフラベルジュ王国に害をなす事と同義であることを意味する。
「誰か、反論はあるか?」
「……陛下のお言葉であれば。何か理由がお有りなのでしょう」
ギリアムの静かな問いかけにミラルド侯爵が応え、貴族たちが倣うように次々と略式の礼を取る。その表情はギリアムの決定を真摯に受け止めるものであった。
全員の従う意志を確認したギリアムがシローに視線を向ける。
「頼む、シロー殿」
「……かしこまりました」
シローは頷いてフラベルジュの貴族たちの方に向き直った。ひと呼吸置いて、シローがウィルの秘密を話し始める。
「我が子、ウィルベルは魔素や魔力の流れを目で見て、それを再現する事ができます」
貴族たちが一瞬ざわめく。が、そこは国王に選抜された者たち。すぐに気を取り直し、シローの続く言葉を待った。
「ウィルベルが言うには、魔法の発動を見れば真似するのは簡単なのだそうです。四歳にして多くの魔法を修得しているのは魔法を真似して使う事があの子にとって楽しい事である為です」
とんでもない話である。誰もが苦労して修得すべき魔法の修練を遊びだと思っているのだ。
「まだ舌っ足らずで言っていることが理解できない事もありますが、その恩恵は各所で芽吹き始めています」
「ああ……」
シローの視線がミラルド侯爵に向き、全員が理解する。彼の領地にある村で急激に治癒術士が育っている件、それもウィルの恩恵の一つだ。
「回復魔法だけではありません。魔法の義手の作製、魔暴症の治療法の確立、王都レティスを襲った魔獣騒動の鎮圧、昨年の大規模な飛竜の渡りの制圧……その全てにあの子が関わっています」
「ちょっと待ってください。それはいくら何でも……」
フラベルジュの貴族たちは件の飛竜の渡りを目の当たりにしている。普通に考えればあの進行を止めるのは不可能だ。いくら魔法の修得が容易であり、知識があったとしても人の身で数百匹規模の飛竜を相手にするなど、テンランカーならまだしもウィルは四歳になったばかりの子供なのだ。
フラベルジュ側の貴族たちもあの大規模な飛竜の渡りを地の大幻獣レクスが制圧したと報告を受けて納得していた。
「ま、まさか……」
ある考えに思い至ったミラルド侯爵が声を震わせる。
「あの子を守る為にレクス様が動かれたのか……」
「実際にあの子を守りに動いたのは精霊たちであったと聞いております」
「飛竜の渡り以降、レクス様は頻繁に姿をお見せになり、ウィルベルの為に心を砕いていらっしゃる」
シローの言葉を継いだアルベルトが一歩前に出る。
国どころか、人々の信仰の対象である精霊や幻獣までもウィルを守ろうとしているのだ。
黙って聞いていたギリアムが自国の貴族たちを見回して告げる。
「ウィルベルは素直で良い子だ。その恩恵は国を越えて、人々に利をもたらすだろう。しかし、年端もいかぬウィルベルがそんな巨大な価値を秘めていると知れ渡っては良からぬ事を考える者も当然現れよう……」
明かされた秘密の重大性を前にギリアムが何を言わんとしているか、フラベルジュの貴族たちはすぐに理解した。自分たちは本当に国王の信頼を得てこの場におり、そしてフラベルジュの代表として共にウィルベルを守れ、と言っているのだ。
貴族たちの表情に先程以上の責任感が見えて、シローも笑みを浮かべる。
「……立ち話もなんですから、そろそろ参りましょうか。あとは皆様の目で我が子のご判断頂ければと思います」
シローはそう言うと控え室の戸を開けて、その場の全員を促した。
キャラクター
・レイ……太陽の精霊。親しい者からはレヴィと呼ばれることも。
・アルベルト……フィルファリア王国の現国王。セシリアのいとこであり、ウィルにあまあま。
・ギリアム……フラベルジュ王国の現国王。アルベルトの義理の兄でもあり、親友でもある。
・ミラルド……フラベルジュ王国の侯爵。代々フィルファリアとフラベルジュの友好関係を支えてきた忠臣。




