ウィルへの招待状
久々の更新で申し訳ございません。
またちょっとずつ書いていきます。
「これは壮観であるな……」
フラベルジュ国王が戯れる幻獣の仔らを見て、感じ入ったように唸り声を上げる。
幻獣を目にする機会などそうはない。それがトルキス家の子供たちの間には五匹もいるのである。
王族のプライベートルームに場所を移したウィルたちはアルベルト国王の許可を得るなり、レヴィたちを解放した。
それがウィルなりの気遣いだと理解して大人たちが笑みを浮かべる。ウィルは一番にレヴィをテレスティアに手渡した。
「はい!」
「ありがとう、うぃる……」
嬉しそうにレヴィを抱き寄せるテレスティア。
知り合ってから何度となくテレスティアと顔を合わせているウィルはテレスティアの人見知りを子供ながら理解しており、レヴィを抱かせて緊張をほぐそうとしているのだ。
レヴィも慣れたものでテレスティアの腕の中にすっぽりと収まっている。
ルシアンとカレッカも幻獣を取っ掛かりに初対面のテレスティアと普通に会話できていた。
「不思議な子だな……」
「そうであろう」
フラベルジュ国王の言葉にアルベルトが小さく頷く。
小さなウィルの姿がいつの間にか子供たちを見守る位置にある。その背中を大人たちも思わず見守ってしまうのだ。
「どうだ? うちにも娘がいるんだが、ウィルのお相手に……」
「その辺でやめとけよ、ギリアム」
「ウィルを取られたくないからって……それはないだろう、アル」
アルベルトとフラベルジュの国王であるギリアムは仲がいい。お互い国を背負って立つ身の上、年も近く同盟国どうし。昔から親交があり、気を許せる友となっている。何より、義理の兄でもある。
「ウィルの可能性を閉ざしたくないだけだ」
これはアルベルトの本心だ。余計なしがらみを増やすより、今は子供らしく伸び伸びと育ってほしい。その先にあるモノを見てみたいのだ。
「シロー殿やセシリア殿も苦労が絶えぬな」
「「あはは……」」
アルベルトのウィルへの入れ込み様に肩を竦めて見せるギリアム。
いきなり娘を押し付けようとしたギリアムも同じようなもので、シローとセシリアは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「まぁ、困った奴はギリアムだけではないのだがな……」
「アル、何かあったの?」
頬杖をついてため息をつくアルベルトに姉のナディナルが首を傾げる。
アルベルトは懐から一通の手紙を出し、姉に手渡した。
ナディナルが手紙の内容に視線を走らせ、納得したように同じようなため息をついた。
「あの子は、もう……」
「この行動力は間違いなく父上譲りだな」
先王のフットワークの軽さを思い起こして姉弟揃って再びため息をつく。そんな様子に興味を持ったギリアムが許可を得て手紙をナディナルから受け取った。
同じようにギリアムも視線を文章に走らせていく。
「あの姫様らしい、っちゃらしいがな」
納得したような笑みを浮かべて、その手紙をセシリアに手渡した。
手紙とアルベルトを交互に見るセシリアにアルベルトが頷く。王の承諾を得て、セシリアはシローと共に手紙に視線を走らせた。
「アル従兄様……これって」
「ああ、そうだ。正式な招待状だ……ウィル宛の、な」
差出人はアルベルトの妹、シャナル。シャナル・ウルナ・ソーキサス。ソーキサス帝国王妃からトルキス家――とりわけウィルに会ってみたいという招待状であった。
ソーキサス帝国は十数年前まで戦争状態にあり、今は和睦への道を歩んでいるもう一つの隣国である。
フィルファリア王国には東に巨大なロコウ連峰があり侵入困難で、ソーキサスとは東北の一部で隣接している。位置的にフラベルジュよりも遠く、移動に時間がかかる為、大人には少しの我慢でも、四歳になったばかりのウィルには厳しい旅路だった。
「大方、冒険者か商人伝いでウィルの噂を聞いたのであろうが……」
ソーキサスの大使はフィルファリアにいない。シャナルがフィルファリアの話を耳にする方法はいくつもないのが現状だ。
手紙にはトルキス家の小さな男の子が市井の民や冒険者を回復魔法で癒して噂になっている、と書かれている。
好奇心旺盛なシャナルの興味を引いたとしても不思議ではない。
「新皇帝も苦労してそうね……」
「まったくだ……」
揃ってため息をつくナディナルとアルベルトの姉弟にギリアムやシローたちも苦笑する。
「それで……?」
腰掛け直したギリアムが真っ直ぐアルベルトを見た。
「どうするつもりだ?」
ウィルをソーキサスに向かわせるのか、否か。
戦争が終結したとはいえ、ソーキサス国内の治安がフィルファリアの王族にとって安全かどうかは分からない。嫁いだシャナルのように守られているわけではないのだ。
『難儀しておるようじゃな……』
突如響いたその声に大人たちがハッとして顔を上げる。
ウィルも感じるものがあったのか、声の主に向き直った。
特異な衣装に身を包んだ少女――レクスの幻身体が淡い光を伴って姿を現す。その様子に大人だけでなく子供たちも息を呑んだ。
ただ一人を除いて――
「おー……?」
しげしげとレクスを眺めて回るウィルの姿にレクスが小さく笑みを浮かべた。
『お主がウィルじゃな』
「そーです」
『妾の名はレクスじゃ』
「れくす……?」
「ウィル、様をつけなさい。様を!」
こくんと首を傾げるウィルにセシリアが慌てて注意する。が、レクスはやんわり遮った。
『よいよい。ウィルも分かっておらなかろうて』
「そんなことはございませんが!」
分からないと言われたことに反応したのだろう。頬を膨らませて否定するウィルにレクスが頬を緩ませた。
『ほう、妾が何者か分かっていると?』
ならば言い当ててみよ、と促すレクスにウィルが「うーん」と考えるような素振りをする。そして勿体つけるようにチラリとレクスを見上げた。
「すっごいげんじゅーさん?」
『……ほう』
これにはレクスも内心驚きを隠せなかった。
自分の今の見た目は人のそれで、魔素の反応があるにせよ精霊に近い。であるのにウィルはレクスが幻獣であり、その力も幼いなりに推し量ってみせたのだ。
『なぜそう思った? お主の大好きな精霊とは思わんのか?』
「えー?」
レクスの問いかけにまた首を傾げるウィル。
「げんじゅーさんとせーれーさんはちょっとちがうー、こー……」
ウィルがレクスに幻獣と精霊の違いを説明しようと両手を広げ、固まる。その先の言葉を待つ大人たちに注目される中、ウィルは少し困ったように続けた。
「ちょっとー」
どうやら良い言葉が思いつかなかったらしい。
肩をこけさせる大人たちに対し、微かに苦笑いを浮かべたレクスはウィルの頭をポンポンと優しく叩いた。
『よいよい』
「よい」
レクスのお気に召したと感じて、ウィルがこくこくと頷く。
レクスはそんなウィルに視線を合わせて端的に尋ねた。
『ウィル、お主に会いたがっている者がおる。会いにゆくか?』
「だれー?」
『隣国の、お転婆な王妃じゃ』
「おてんばなおーひ?」
首を傾げるウィルの前でレクスがチラリとアルベルトに視線を向ける。その視線に恐縮したアルベルトが肩を縮こまらせた。
『現国王の妹でもある。そ奴がお主に会いたい、と。遠い道のりになる』
「とーい?」
『ああ、遠いな。子供に旅させるのはちと酷じゃ……』
距離的な問題はレクスも懸念しているのだろう。旅の行程は一月近く、とても子供に旅させられる距離ではない。が、ウィルにレクスや大人たちの懸念は当然伝わっていない。
「うぃる、おにーちゃんになったんだからだいじょーぶ!」
ウィルは胸を張って応えるときっぱりと言い放った。
「うぃるはこくなおーひさまにあいにいきます!」
「こら、ウィル!」
色々と混ざり合って失礼な物言いになってしまったウィルをシローが慌てて叱責する。
その間に入ったのは他ならぬアルベルトであった。
「まぁまぁ……あながち間違ってはおらぬよ」
よく見ればナディナルも口元を抑え、笑うのを堪えている。
肉親である二人がこの調子であれば、シローがそれ以上何か言える筈もない。
「シロー、セシリア。申し訳ないのだが、行ってもらえるか? 王国としても最大限の協力をしよう」
「はっ」
王命を受けてシローが頭を下げる。セシリアも不満はあるが、顔に出すような真似はしない。
その雰囲気を察して、アルベルトは苦笑いを浮かべた。幼い頃から可愛がっているセシリアの怒りを買うのはアルベルトにとっても不本意なのである。
「二人は相変わらずね」
ナディナルがアルベルトの表情を見て、また笑う。思えば、アルベルトの親類は女が大半であった。一国の王という立場になっても女に頭が上がらないというのは今も昔も変わらないようだ。
そして、久方振りに誕生した王族の男児であるウィルに甘いのも、彼女にはまた理解できる事であった。
「ウィルに渡しておきたい物があるのだが、よいか?」
「何をです?」
アルベルトの申し出にセシリアが不思議そうな顔をする。彼は脇に置いてあった小箱を取るとその蓋を開いてみせた。
「これは……!」
「なにー?」
シローに抱き上げられたウィルが驚きを隠せないでいるセシリアと同じように小箱を覗き込む。
小箱の中には綺麗な石が四つ並んでいた。
「うぃる、しってる。ませきだ!」
「そうだ、魔石だ」
魔石は一部の魔獣の体内に存在する最も高価な素材だ。子供に対する贈り物としてはあまりにも不釣り合いなのだが、アルベルトがそれをウィルに差し出したのには理由があった。
「この魔石はキマイラとブラックドラゴンから摘出された物だ」
「そういうことですか……」
不審がるセシリアの横でシローが納得する。
キマイラもドラゴンも、討伐したのはウィルだ。魔獣の討伐において、為政者がその素材を無理に徴収する事はない。そんな事をすれば冒険者はいなくなってしまう。
買い取るにせよ、ウィルがこの魔石を一度手にする事は当然の権利であり、高価であるため今までアルベルトが預かっていたのである。
「本来、キマイラは三つの魔石が融合して一つの魔石となっているそうだが……摘出されたものは三つに分かれておった。キマイラが苦しんでいたという報告があったがこれが原因かもしれぬな」
「へー……」
魔石を指差して解説を加えるアルベルトにウィルが興味深そうな視線を向ける。その横で、セシリアが少し表情を曇らせた。
「……これをウィルに持たせるのは心配です」
セシリアの意見ももっともで、子供に持たせるにはあまりにも高価過ぎる。悪意ある者が知れば、黙って見過ごすことはないだろう。
アルベルトがレクスに視線を向けるとレクスは頷いて前に出た。
『ウィルは空間魔法で物を収納できるのだろう? 人前で見せなければ問題ないと思うが……』
「ウィル、分かった?」
「みせちゃだめなのー?」
魔石から顔を上げたウィルがセシリアに視線を向ける。
セシリアは優しく微笑んで、ウィルの頬を撫でた。
「そうよ。約束できる?」
「できるー」
ウィルが頷いて両手を前に出す。
「きたれ、くーのせーれーさん。たわむれのこばこ、わがたからをだけ、かくへきのま」
「おおっ……」
ウィルの手の前の空間が歪んで魔力で作られた倉庫の入り口が姿を現す。
アルベルトから魔石の入った箱を受け取ったウィルがその中へ箱を押し込む。
「便利なものだな……」
「ウィールー……」
感心するギリアムの横でシローがウィルの頭を掴んだ。
「その魔法、人前で使わないようにカルツが言わなかったか?」
「はっ……」
約束を思い出したのか、ウィルの肩がビクリと震えて固まる。汗をかきつつ、ゆっくり視線を逸したウィルは唇を尖らせた。
「だっ……だれもみていませんでしたー」
目の前で使っておいてそれはないだろう。苦しい言い逃れを口にするウィルに大人たちが思わず噴き出した。
「ウィル……」
「ごめんなさい……」
セシリアに窘められてウィルがしゅんと項垂れる。
『まぁ、ばらしたのは妾じゃし……そう咎めるな』
「はぁ……」
レクスにそう言われてしまえばシローもセシリアもそれ以上何か言える筈もなく。
『それはもしもの時のために妾が持たせるよう、王に勧めたものだ。そして、お主たちを旅立たせるならば妾にも用意するモノがある。道中の事はお主らに任せよう』
含みのある笑みを浮かべるレクスにシローが頬を掻いた。
シローには旅路を短縮させる心当たりがあり、大幻獣であるレクスがそれに気付いていないはずがない。
「畏まりました」
シローは頷くとウィルを子供達の方へ戻し、帝国訪問へ向けての簡単な打ち合わせを始めた。
【人物】
アルベルト……フィルファリア王。
テレスティア……アルベルトの娘。第三王女で少し人見知り。
レクス……フィルファリア王国を見守る地の大幻獣。幻身体で度々国王の前に姿を現している。
ギリアム……フラベルジュ国王。アルベルトとは個人的な付き合いもある。
ナディナル……フラベルジュの王妃でアルベルトの姉。
ルシアン……ギリアムとナディナルの子供でフラベルジュの王子。
カレッカ……ルシアンの許婚。ルシアンとの仲は良好。
シャナル……隣国ソーキサス帝国の王妃でアルベルトの妹。アルベルト達からの評価はお転婆らしい。行動力は父親である先王譲り。




