ウィルと王太子
フィルファリア、フラベルジュ両国の親善訪問は古くから交互に行われており、両国の友好の証となっている。
とはいえ、全ての貴族が参加できる訳もなく、訪問する側もされる側も参加可能な貴族に限られており、その選別は両国の王の選定である。
その出席者に新進気鋭の貴族が選ばれる事は稀で、呼ばれる意図としては隣国へのお披露目に他ならない。
そんな訳でシロー達トルキス一家は自国のみならず、フラベルジュ王国の貴族からも注目の的であった。
もっとも、シローやセシリアの知名度はフラベルジュにも広く知れ渡っており、先の救援部隊の件を合わせても邪険に思う者はいなかった。
昨年、救援に向かった村を治めている中年の領主などは真っ先にシローの下へ訪れて礼を言ったほどだ。
「シロー殿の救援以来、かの村では多くの治癒術士が育っておる。それどころか、村でコツを聞いた騎士や兵、冒険者たちの中にも回復魔法を習得する者が現れ出して……おかげで魔獣討伐に向かった者の生存率も格段に上がったと報告を受けている。本当に有り難い」
もちろん、彼はその功労者がウィルだということを知っている。だから、シローの足下から見上げるウィルの存在も無視しなかった。
「ありがとう、幼き天使よ」
彼はウィルに対して『レティスの天使』という二つ名を素直に受け入れていた。ゴーレムの話も聞いていた筈だとしてもだ。
その事で胸を撫で下ろすシローを気にした風もなく、ウィルは満面の笑みを浮かべた。
「むらのみんなにやさしくしてあげてね」
「勿論だ」
「ミラルド侯爵、そろそろ王の御前に……」
ウィルと快く約束してくれた貴族は家臣と思しき者に呼ばれ、ウィルたちの下を離れていった。
「いーひとだね、とーさま」
ホクホクした笑みを浮かべるウィルの頭をシローが小さく笑ってから撫でる。
「ミラルド・ハイゲン侯爵……長く続く両国の友好に尽力してきたハイゲン侯爵家の当主だ。領民の信頼も厚い」
「そんな感じがしますね」
ミラルドの背中を見送りながらセレナも素直に頷く。堂々歩くその姿は他の貴族に紛れても確かな存在感を放っている。
「『全ての貴族はミラルド侯爵を倣え』……今のフラベルジュではそう言われているのだそうですよ」
「アルティシア様!」
いつの間にか横に立っていたフィルファリア王国第一王女アルティシアにシローたちが慌てて頭を下げる。彼女の隣にはいつもの護衛の他に貴族の子弟が混ざっていた。
アルティシアは優しく微笑んでシローの前に進み出た。
「トルキス卿、子供たちをお借りしてもよろしいですか? 引き合わせたい方がいるのです」
「引き合わせたい……?」
アルティシアの言葉を聞いて周りにいた子弟の表情に微かな緊張が浮かぶ。
シローがそれを見逃す筈もなく、すぐにアルティシアの意図に勘付いた。
「よろしいのですか?」
「ぜひ……」
シローの問いかけにアルティシアが嬉しそうに頷く。その表情に一片の曇りもない。最初から決めていたのだと言わんばかりだ。
その決意にシローも頬を緩める。そして自分を見上げてくる子供たちの背を押した。
「行っておいで、セレナ、ニーナ、ウィル。粗相の無いようにな」
「は、はい……!」
何となく察したのだろう、緊張を顔に滲ませるセレナ。
やはりセレナは賢い子だ。今のやり取りで何も言われずとも状況をあらかた理解している。
「はい、お父様!」
ニーナはいつも通り元気だ。初めからそうだが、ニーナは物怖じしない。色んな貴族の大人を見て目を輝かせていた程だ。
「とーさま?」
ウィルも特に物怖じしない子だ。年の割にびっくりするぐらい人見知りしない。が、不思議そうな顔でシローを見上げていた。
「どうした、ウィル?」
「そそー、てなに?」
「あー……」
忘れがちではあるが、ウィルは貴族の社交場に出るにはまだ幼い。粗相の意味を理解していなかった。
「失礼のないように、って事だ」
シローが言い直すとキョトンとしていたウィルの頬がプクッと膨れる。
「ないもん! あるてぃねーさまとうぃるはなかよしなんだもん!」
「「「あー……」」」
大人であればアルティシアの言い回しで勘付くが、当然ウィルは理解していない。
アルティシアにはウィルたちを紹介したい人物がいるのだ。王女に付き添う人物として。
それは王国貴族の子弟にとってはとても名誉な事であると共に代表としての責任もある立場だ。
ウィルとアルティシアの仲良しとは、また別の話だ。
それなのにウィルはすまし顔で続けた。
「それにうぃる、おにーちゃんになったんだもん」
「ええっ!?」
驚いたアルティシアがセシリアのお腹を見る。
それに気付いたセシリアが慌てて手を横に振って否定した。
「違いますよ、家臣の夫婦の間に子供が産まれたんです」
「ああ……」
納得して笑みをこぼすアルティシア。それからウィルの頭を優しく撫でた。
「よかったわね、ウィルちゃん」
「よかったです」
撫でられて嬉しそうに表情を綻ばせたウィルは自然とアルティシアの手を取った。
「さぁ、一緒に行きましょう」
「はーい」
元気よく返事をして、ウィルたちはアルティシアの後をついて歩いた。
社交場の一角にはウィルたちの他にも子供たちが集まっていた。
フラベルジュの貴族の子弟を代表する子供たちである。歳はアルティシアやセレナより少し高そうだ。
その中心にいた少年がアルティシアに気付いて笑みを浮かべた。
他の貴族の子弟よりも豪華な衣装を身に纏う、その存在感は彼が幼いながらも一廉の人物だと伺わせるのに十分であった。
「久しぶりだね、アルティ」
「ルシアン従兄様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「アルティこそ」
優雅な礼をしてみせるアルティシアにルシアンと呼ばれた少年が礼を返す。
それを後ろから見ていたウィルが首を傾げた。
「……だれー?」
「ルシアン・セイザル・フラベルジュ王太子殿下よ。次のフラベルジュ国王様ね」
流石にセレナは知っていた。
小声でウィルに教えてあげるとウィルは「おー」と感心したように声を上げた。
それを見ていたルシアンがアルティシアを伴ってウィルたちの前に進み出る。
「ご紹介致しますわ、ルシアン従兄様。彼女たちが我がフィルファリア新進気鋭の貴族、トルキス家の子供たち……それから、今の私を支えてくれている者たちです」
アルティシアの紹介にフィルファリア王国貴族の子弟たちが揃ってルシアンに礼をする。
ウィルも遅れて礼をしてみせるとルシアンのみならず、フラベルジュ王国貴族の子弟たちの優しげな笑みが深まった。
普通はウィルほど幼い子供は貴族といえど人前に立たない。貴族的な付き合いなど望めないからだ。
そんな幼子が拙いながらも礼をしてみせたのだ。
懸命なウィルの姿はフラベルジュ側のみならず、フィルファリア側の子弟たちの緊張も溶かしてしまった。
「見事な礼だね、感心したよ……えーっと?」
「ウィルベル・ハヤマ・トルキス、ですわ。ルシアン従兄様」
「君が……?」
アルティシアの紹介にルシアンが素直に驚きをあらわにする。
彼もウィルの偉業を伝え聞いていたのだろう。しかし、実際に目の当たりにして、あまりのギャップに驚きを隠せなかったのだ。
ウィルがアルティシアに勧められて一歩前に出る。
屈んで視線を合わせてくるルシアンにウィルは満面の笑顔で言い切った。
「うぃるってよんでー」
「…………プッ」
偉業に対する容姿のギャップ。容姿通りの幼いセリフ。ぐるりと一周回って落ち着いて、ルシアンは思わず噴き出した。
「なるほど……ね。これは騒がずにはいられないわけだよ」
「…………?」
不思議そうに首を傾げるウィルの頭をルシアンが優しく撫でる。
「ごめんごめん、ウィル君。僕のことはルシアンと呼んでおくれ」
「わかったー、るしあんにーさま?」
「それでいいよ」
「えへー」
ルシアンが満足気に頷くとウィルはまた嬉しそうに笑みを浮かべた。
「さて、私もフラベルジュの子弟たちを紹介させて貰おうかな」
そう言うと、ルシアンは最後にウィルをもう一撫でして、後ろに控えていたフラベルジュの子弟たちの方に向き直った。
他国との顔合わせは自然と緊張するものだ。
しかし、両国ともウィルとルシアンのやり取りに当てられたのか、必要以上に緊張することもなかった。お互い、和やかに自己紹介を済ませていく。
そんなやり取りの流れを見ていたウィルはふと気付くものがあって、視線を一か所で止めた。
「ウィル、どうかした?」
ウィルの様子に気付いたニーナが小声でウィルに尋ねる。
ウィルは一人の少女をジッと見ていた。
ニーナの目から見てもとても美しい少女だ。ルシアンの婚約者でカレッカだと名乗っていた。
「どうかしまして?」
アルティシアもウィルの様子に気付いて顔を覗き込んでくる。そして見る間に子弟たちの注目の的となった。
ウィルは意を決すると同じように見守っていたカレッカを真っ直ぐ見上げた。
「あのね、かれっかおねーさま……しんどい?」
「えっ……?」
急に話しかけられてカレッカが目を剥く。
全員の視線がカレッカに集まる中、セレナがウィルを促した。
「どうしてそう思うの、ウィル?」
「だって……まりょく、げんきないの」
「魔力が……」
ウィルが魔力を目で見て判断している事を知っている人間は限られている。だからこの場でそれを言及する者はいない。
しかし、その秘密を知る者はウィルのその能力が本物であることを理解していた。
なにせ不治の病とされていた魔暴症すら解明してみせたウィルの目である。
「カレッカさん……?」
「大丈夫なのかい、カレッカ?」
アルティシアに続いてルシアンが問いかけるとカレッカは観念したように困った笑みを浮かべた。
「馴れない長旅で少し……ですが、折角の親善訪問ですし……皆様のお目に、と……」
深く息をつくカレッカは確かに少し元気がない。今までは気を張っていたようだ。
それを見抜けず、ルシアンの表情が曇る。
「申し訳ございません、ルシアン様。ですが、貴方は優しいから……」
申し出れば出席させなかったはずだ、と。
今回の訪問でルシアンは自分をアルティシアたちに紹介するのをとても楽しみにしていたのに、だ。
そしてカレッカもルシアン同様、今日を楽しみにしていた。だから言い出せずにいたのだ。
「セレナ様、どうなされました?」
「エリスさん、ウィルが……」
双方の護衛がにわかに騒ぎ始めて異変に気付いたエリスが歩み寄ってきた。
「ウィル様?」
「えりす、ん!」
顔を覗き込んでくるエリスにウィルが手を差し出す。
セレナの説明を聞いてウィルが何を要求しているのか、すぐに悟ったエリスがポーチからある物を取り出す。
「ウィル様、どうぞ」
「ん……!」
手渡された物――小さな杖と精霊のランタンを身につけたウィルがカレッカの前に立った。
準備を整えたウィルに皆が注目する。
ウィルは静かに集中すると杖をカレッカの前に掲げた。
「きたれきのせーれーさん、はなぞののうた、わがともをいわえはるひのといき!」
解き放たれた魔法がふわりと広がるようにカレッカを包んで通り抜けていく。
清らかな香りを感じて吸い込んだカレッカが落ち着いたように自分の体を見回した。
「すごい……体が軽くなったみたい」
明らかに様子の違うカレッカに周りから感嘆が漏れる。
それを見たウィルが嬉しそうに杖を下ろした。魔法の効果にも満足しているようだ。
「さすが神童……『レティスの天使』」
目の前で見せられても未だに信じられない幼いウィルの魔法にルシアンはカレッカとウィルを交互に見た。
「この魔法は、いったい……」
「私も聞いたことがありません……」
ルシアンとカレッカの疑問はおかしなことではなく、魔法の知識とは秘匿されている事が多い。特に上位属性だと見る機会が無いこともある。
更に言えば、この魔法はウィルが樹の精霊であるクララから教わった魔法だ。
ウィルの使った魔法を知っている者はトルキス家に関わりのある者たち以外では、まだフィルファリアの精霊魔法研究所の所員くらいであった。
「これはね、おきもちがよくなるまほーなのー」
拙い語彙力で魔法を説明するウィルにエリスが助け舟を出した。
「正確には精神的な疲労を改善する魔法で、樹属性ではありますがそれほど難易度の高くない魔法です」
「そー、それー」
エリスの横でウィルもうんうんと首を縦に振る。そしてまだ驚きを隠せないでいる両国の子弟に対し、ウィルはとんでもない事を言い出した。
「おしえてあげよっかー?」
「え、ええっ……!?」
秘匿されるべき魔法の知識を伝授しようかと言うのだ。
これにはエリスも思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「申し訳ございません、ルシアン殿下。ウィルベルはどうも魔法はみんなが使えた方がいいと考えているようで……」
使える使えないに関わらず、教えてもらわなくていいとなるとウィルは逆に拗ねてしまうのだ。
それを聞いて、その場にいた全員がポカンと口を開けてしまう。
「かんたんだよー、それにかいふくまほーのれんしゅーにもなるし!」
一生懸命誘いをかけるウィル。その言葉にまたとんでもないものが含まれていて、ルシアンが驚いた顔のままエリスに視線を向けた。
「ウィルベルの言うとおりです。この魔法は魔力を膨らませるように優しく放つイメージなのですが、それを放たずに循環させ続けると回復魔法のイメージに近づくのです。フィルファリアでも回復魔法の下位互換として先に習得するのが良いのでは、と研究が進められています」
現にセレナやニーナはこの魔法を覚えることで、他の者よりも数段早く回復魔法を使えるようになった。効果の程は既に出ている。
「折角だし、みんなで教えてもらおうか……」
「ルシアン従兄様、これから晩餐会なのですから後日にでも……ウィルもそれでいいかしら?」
ルシアンの提案にアルティシアが待ったをかけて、ウィルに確認を取る。
教えられると知ったウィルは満足気な笑顔で手を上げた。
「はーい!」
「ふふっ……それじゃあお父様とフラベルジュ国王陛下の下へ挨拶に参りましょうか。多少の予定の変更もお伺いしてみないといけないわ」
アルティシアが笑顔でウィルの手を引いて、両国の子弟たちはこの後一番の緊張を味わうのであった。
【人物】
アルティシア……フィルファリア王国第一王女。聡明でトルキス家の子供たちと仲がいい。
ルシアン……フラベルジュ王国の第一王子。アルティシアの従兄にあたる。
カレッカ……ルシアンの婚約者。
ミラルド……フラベルジュ王国の侯爵。フィルファリア王国に隣接した領地を持ち、その友好関係に尽力している貴族の当主。フラベルジュ国王の信頼も厚い。




