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静なる剣士

「ダメだダメだ、そんなんじゃ!」

「はいぃ……」

「どうも、上手く行かんな……お前は」

「返す言葉も……」


 いつも通り、地に伏してルーシェが悶える。

 その様子に木剣を担いだジョンもやや呆れ気味だ。


「魔法も習い始めたんだろう?」

「そうですが……剣に活かすとなると、イメージが出来ず……」

「そりゃあ、まぁなぁ……」


 ルーシェの加護は水と光の属性であった。

 水属性、光属性というのは一般的に遠距離支援の魔法使いになる傾向が強い。回復魔法を習得可能で、且つ防御に秀でており、遠距離から相手を圧倒できるからだ。支援においても実に多彩な魔法を有している。

 しかし、剣士として身を立てようとしているルーシェは己の加護を正直持て余しており、剣の稽古において一つの壁にぶち当たっていた。

 水の加護を持つ剣士が希少という事もある。トルキス家にはいないタイプであった。


「だが、徹底的に基礎はこなしているんだ。その内、なるようになるだろ」

「はぁ……」


 今日は終いとばかりに踵を返すジョン。

 その後ろ姿にルーシェは力なく返事する他なかった。

 ここ最近のトルキス家は主人のシローが貴族になったこともあり、多くの家臣が採用されている。

 ルーシェもその中の一人に数えられている。

 しかし、中でもルーシェは一番弱かった。つい最近召し抱えられることになったモニカでさえ、従来の身体能力を発揮してラッツやマイナからお庭番の戦闘術や投擲術、魔法などを教わり着実に力をつけている。

 ルーシェが焦るのも無理からぬことであった。


「るーしぇさん、まほーはじょーずだよー?」

「そうなんですがね……」


 傍から見守っていたウィルの評価にジョンが頭を掻く。

 ルーシェという少年はとにかく器用だ。幼い頃から森で狩猟していたこともあり、気配を殺す術や罠の張り方など、父に習ったにしても猟師顔負けである。

 それが少しでも剣技に活かせればもう一歩先に進めると、ジョンも思うのだが。


「いかんせん、水属性の戦闘術の参考になる人物がいないのが問題だなぁ……」

「むぅ……」


 ジョンを真似てウィルも考える素振りを見せるがウィルの場合、大半が素振りだけである。当然、妙案は持ち合わせていない。


「今は辛抱強く教えて行く他、ないんじゃないかな?」

「とーさま」


 様子を見に来たシローも落ち込むルーシェの姿を眺めつつ、そう口にする。


「何か一つ、キッカケが掴めれば、化けると思うんだけどね……彼の場合、生来の優しさが邪魔している気がするな」

「やさしいの……?」


 ウィルが首を傾げるとシローはその頭を撫でた。


「そ、優し過ぎて力を発揮できない人がいるんだよ」

「…………?」


 よく分からなかったのか、ウィルが首を傾げたままルーシェの背を見送る。

 その背中を他の場所から見送るもう一つの影があった。



(皆、強くなってるのに……僕は……)


 その夜、ルーシェは渡り廊下の縁にしがみつき、項垂れていた。

 トルキス家の厄介になってしばらく経つが、自分が強くなっている実感は全くない。飛竜の渡りの時は少し役立てたが、それも剣技とは程遠い所でだ。戦力と見なされていたわけではない。

 正直、ルーシェは自信を失い掛けていた。元々、そんなに自信があったわけではないが。少なくとも、トルキス家で教えを受ければもう少し強くなれると思っていた。

 だが、トルキス家の面々の実力は少しどころの騒ぎではない。どうすればあの強さに少しでも近づく事ができるのか。


「ルーシェさん〜」

「わっ!?」


 散々悩んで何度めかのため息をついた頃、不意に背後から声がかかってルーシェは飛び上がった。


「ミーシャ、さ……」

「こんばんわ〜」


 向き直ったルーシェがミーシャのネグリジェ姿に慌てて視線を逸らす。

 ミーシャは特に気にした風もなく、いつものニコニコ顔だ。


「悩んでいらっしゃいます〜?」

「えぇ、まぁ、その……」


 ルーシェの悩みは目の前のミーシャの姿に半分くらい持って行かれた。

 ルーシェが慌てているとミーシャは笑顔でルーシェの顔を覗き込んだ。


「よければ、お姉さんが相談に乗りますよ〜」

「あの、いえ、えっと……」


 なるべくミーシャの方を見ないようにしながら、ルーシェが言葉を紡ぐ。


「僕、このままここにいていいのかなぁ、って……」

「……どうして、そう思うんですか〜?」

「やっぱり、弱いし……魔法とかも、特に凄いわけでもないですし……お荷物ではないかと……」

「そんな事はないと思いますけど〜」


 俯いてしまうルーシェにミーシャが応えるが、彼は顔を伏せたままだ。そんな様子にミーシャがルーシェの手を取った。


「え、えっ!?」


 ルーシェの手を胸元で握り直すミーシャにルーシェが慌てて顔を上げる。

 ミーシャは真剣な顔をしてルーシェを見返した。


「みんな、ルーシェさんが頑張っているの、しっかりと見てますよ〜」

「…………」


 頬を朱に染め、無言で見返すルーシェにミーシャは柔らかな笑みを浮かべた。


「みんな、凄すぎて自信を失くしちゃうのも分かる気はしますケド〜私も頑張ってますし〜」

「ミーシャさんだって、凄いんじゃ……」


 トルキス家のメイドにあってミーシャの戦闘力は折り紙付きだ。その実力はレンさえも認める程だ。

 しかし、ミーシャは首を横に振った。


「ルーシェさんがどう思うか知りませんが……私はアイカやマイナに比べて優秀ではないんですよ〜」

「えっ……?」


 そんな事はない、とルーシェは思った。

 少なくとも、彼女はメイドとしての仕事もしっかりと熟すし、戦闘力もある。飛竜の渡りの時は自分の護衛をしてくれていたし、先の魔獣騒ぎの時も前に立ってみんなを守っていたと聞いている。

 そんな彼女が優秀ではないと言っても信じられる事ではなかった。


「ルーシェさん、私は〜……」


 そんなミーシャは笑顔を絶やすことなく告げた。


「放出系の魔法が使えないんです〜」

「え……?」


 ルーシェは驚きを隠せなかった。

 放出系――魔弾などに代表される遠距離攻撃の要だ。彼女はそれが使用できないと言う。


「体質的なものか、魔力の質のせいなのかはよく分からないのですが、とにかく苦手で〜逆に身体強化は強過ぎて人にはあまり使えませんでしたし〜」


 ミーシャも学術都市の学舎に在籍していたが、その時の成績は下から数えた方が早かったらしい。メイドの実技はともかく、対人戦闘や魔法の実技で成績が残せなかったからだ。

 それでも、彼女がトルキス家のメイドとして雇われる程になったのはアイカとマイナのおかげだという。


「二人が私の力を認めてくれて、試行錯誤してくれたからなんですよ〜」

「そんな事が……」

「ルーシェさんは、そんな私より器用に魔法も使いこなせますし、潜在能力は絶対にあります〜」


 胸を張ってそう伝えるミーシャ。

 ルーシェは目のやり場に困りながらも笑って頷いた。


「そうですね。もう少し頑張ってみます」

「はい〜折角ですから、その力で私を守れるくらい強くなって下さい〜」

「えっ!? それって……?」


 ルーシェの疑問に答える前に、ミーシャはおやすみなさいと告げてその場を去ってしまった。

 取り残されたルーシェがポカンとミーシャの後ろ姿を見送る。

 どうやら、彼女はわざわざルーシェを励ましに来てくれたらしい。


(……やるか!)


 女性に励まされてやる気を出さないのも男がすたる。できるだけのことをやって、それで駄目ならその時だ。

 ルーシェは密かにやる気を漲らせて、自分にできる事を考え始めるのだった。



 翌日――


(なんだ……?)


 ルーシェとの打ち合いにやり辛さを覚えたジョンが胸中で訝しむ。昨日とは明らかに手応えが違った。

 ルーシェの気力が充実しているという事もある。だが、それ以上にルーシェの打ち所が捉えにくい。攻めても守っても。


(何か掴んだか……?)


 そう思うと嬉しくなって力の入ってしまうジョンである。構えた木剣の二刀を続け様にルーシェへ繰り出す。

 攻め手が徐々に厳しさを増していくが、ルーシェはそれを落ち着いて捌いていく。


(昨日までのバタバタした感がねぇ……)

(見える。見えてる。落ち着いていれば剣の軌道が……)

「へぇ……」


 一心不乱に捌くルーシェの姿を遠目に見守っていたシローが感嘆の声を漏らす。

 シローだけでなく、その場にいた全員がルーシェの豹変ぶりに息を呑んでいた。


(こうまで捌かれると流石にカチンとくるな……)


 ジョンも訓練のために加減はしているが、そんなに簡単に捌かれる剣撃を放っているわけではない。

 撃ち合いながらもジョンの手に力が篭もる。


「ルーシェ! 心を落ち着けたまま、前に出ろ!」


 突如、シローから檄が飛んで、意を決したルーシェが前に出た。


(あっ……)


 ルーシェがその一歩で自分の間合いに入った事を知る。今までは防ぐ一方だった剣撃の合間に一瞬の隙を見つけて咄嗟に剣を振った。

 カツンと乾いた音が響き、ジョンの剣が弾かれる。そのまま、返す剣でジョンの首に木剣を突きつけた。


「まぁまぁだったな」

「あっ……」


 取ったと頬を綻ばそうとしたルーシェだったが、ジョンのもう一刀がルーシェの首筋にあり、ルーシェはガックリと膝をついた。

 痛み分けに見えるが、突きつけたルーシェに対し、ジョンは振り切る位置にある。

 ルーシェの完敗だ。しかし、周りからは惜しみない拍手が生まれた。

 ジョンも思わず苦笑いを浮かべる。


「なかなか、どうして……昨日とは別人じゃねぇか」

「それは、その……」


 ルーシェは一度、チラリとミーシャの方を見てから答えた。


「今、自分にできることを落ち着いてやろうと思っただけです」

「それで……?」


 ジョンが続きを促すと、ルーシェは自分のやっていたことを話し出す。


「まず、森に入った時のように心を鎮めました。それから周囲と同化するように魔力を放出して……自分に迫る剣の気配に集中しようと」

「少し独特だな……」


 シローも感心したように声を漏らした。


「達人になればなるほどお互いの間合いをいかに制するか、という戦いになる。ルーシェはそれに加えてハイディングを使って気配の同化を計っていた。ジョンさんもルーシェとの間合いが取りづらかったんじゃないかな?」

「違いない……これで攻撃を誘われていたらと思うとゾッとするな」


 ジョンも素直に認めてルーシェの頭をガシガシ撫でた。最大級の賛辞だ。


「静なる剣士か……この調子で修練に励めば今より数段強くなるな。目指すべき方向性が見えてきたんじゃないかな?」

「はい!」


 シローの評価に自信を深めたルーシェが明るく応える。

 その視線の先で小さくピースサインを送るミーシャの姿をルーシェは見逃してはいなかった。


【人物】

ルーシェ……冒険者登録初日でトルキス家に雇われることになった少年。一流になる為、訓練の日々を送っている。

ミーシャ……メイド三人娘おっとり担当。土属性魔法の身体強化を操り、重量武器を扱う怪力の持ち主。ウィルたちに手作りの紙芝居を作ったりもしている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 水の剣士 [一言] 剣技は水の型?! 冨岡さんか?! と思ってしまった。息子の影響で鬼滅の◯を連想してしまった(~_~;)
[良い点] ルーシャとミーシャ……姉ショタですね! いいですよっ!
[一言] お疲れ様ですm(*_ _)m 頑張れルーシェ!魔法もね!
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