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新しい仲間

 不思議な夢を見た。


 苦しくて蹲っていた私の下へどこからともなくウィルちゃんがやってきた。

 ウィルちゃんが私の手を取ると私の苦しみが徐々に和らいでいく。

 もーだいじょーぶ、と笑いかけてくるウィルちゃん。

 私はウィルちゃんに手を引かれるまま歩き出した。二人の前方には光が近付いてくる。

「あにあおねーちゃん、こっち!」

 私はウィルちゃんと一緒に暖かく心地良い光の中へ進んでいく。


 視界が光で満たされ、なんの不調もなくなった私はそこで目を覚した。




「アニア、起きた?」


 アニアが横を向くと姉のモニカが身支度を整えていた。

 とても清潔な部屋にいる事に気付いてアニアは自分の置かれた立場を思い出した。トルキス家という人気の貴族屋敷へ招待され、そこでいつものように倒れてしまったのだ。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」


 姉に迷惑をかけてしまったかと思い、アニアが謝る。

 いつもならそんなアニアに優しく寄り添うモニカなのだが、今朝は様子が少し違っていた。


「アニア、まだどこか苦しい? ウィル様はもう大丈夫だって言ってたのだけど……」

「ウィルちゃんが……?」


 どことなく焦る姉にアニアが身を起こして首を傾げる。

 言う事を真に受けるにはウィルは幼すぎるとアニアでも思ったのだ。しかし――


「あれ……?」


 自分の体を見下ろしたアニアが不思議そうな顔をする。

 体が軽い。いつもは起きるなり、自身の体調を気にかけていたのだが。今日はどこも悪い気がしない。

 布団から出て立ってみるが、やはり具合の悪い所は感じられなかった。それどころか、調子がいいように感じる。こんな事はいつ振りだろうか。


「アニア、今日は治癒術士の先生に診てもらうからね」

「はぁ……?」


 幾分興奮したモニカにやはり首を傾げてしまうアニアなのであった。




「なんてこったい……」


 トルキス家の屋敷へ赴いたアニアの主治医はアニアの状態を診察して思わずそう呟いた。

 治癒術士の権威であるマエルもアニアの様子に興味津々だ。


(なに……?)


 驚きを隠せない治癒術士たちや固唾を呑んで見守る大人たちの中心でアニアは少し居心地悪そうに身じろぎした。


「アニアちゃん、魔力の流れが分かるかい?」

「…………?」


 マエルの言葉にアニアが首を傾げる。

 自分は魔暴症に罹っている。魔暴症とは魔力を一切感じず、行使できなくなる病だ。自分に分かるはずがない。それに幼い頃から魔暴症だったアニアには元々魔力の事が分からないのだ。

 アニアが答えに窮していると、隣にいたウィルが笑顔でアニアの手を取った。

 ウィルもアニアが魔力を知らないとは思っていない。が、持ち前の親切心からアニアに魔力を流した。


「あにあおねーちゃん、これー」

「あっ……」


 ウィルから流れてくる暖かく優しい魔力にアニアが思わず声を出す。それは夢で感じた優しい魔力と同じものだった。


「分かるわ、ウィルちゃんの魔力……」


 アニアの反応に大人たちが感嘆の息をつく。

 主治医も思わず両手を上げて降参の意を示した。


「参ったな、これは……」


 主治医も噂には聞いていたウィルの規格外っぷりに苦笑いを浮かべるしかない。

 マエルは嬉しそうなウィルに目線を合わせていつもの優しげな声をかけた。


「ウィル様、よく魔暴症を治せましたな……」

「あにあおねーちゃん、くるしそーだったからー」


 ウィルにしてみれば苦しんでいる人を助けずにはいられない、優しさから出た行動だった。そして、それ以外にも理由があった。


「まほーはしあわせのちからなんですー」


 その魔力が使えず、悲しんでいる姉妹を放っておけなかったのだ。

 マエルが優しくウィルの頭を撫でるとウィルは照れたように身を任せた。


「ウィル様、アニアちゃん以外にもこの病で苦しんでいる人は沢山います」

「たくさんいるのー?」

「はい」

「じゃー、うぃるがみんななおしてあげるねー」


 当然と言わんばかりに答えるウィルにマエルがほっほと声を出して笑った。


「それではウィル様も大変でしょう。このマエルにも魔暴症を治す事はできますかな?」

「まえるせんせーもなおすー?」

「はい」


 首を傾げるウィルにマエルが頷いてみせる。

 ウィルはコクコクと首を縦に振った。


「できるとおもうー」


 ウィルにしてみれば、特別何かをしたというわけではないようだ。

 ウィルの見た魔素や魔力の動きを聞いていたマエルが魔暴症の治療について整理していく。

 それによると、魔法薬で魔素を落ち着かせ、その上で根気よく魔力を流し、動かなくなった魔力を揺り動かしていく必要があるようだ。特別な魔法薬と一定以上の揺り動かしが必要な為、ある程度の実力を備えた治癒術士が適任だろうという結論に至った。


「後は実践あるのみですか……」

「そうじゃな……」


 主治医の言葉にマエルが頷く。

 治癒術士たちは治療の最前線で患者の命を預かる。死の病に立ち向かう覚悟は並々ならぬものであった。


「マエル先生……」

「問題ないですよ、セシリア様」


 己の師を気遣うセシリアにマエルが笑みを返す。その表情はやる気に満ちていた。


「このマエル、後は老骨を土に帰すばかりと思っておりましたが……なんの、最後にこんな大仕事に関われるとは。年甲斐なく、漲ってきておりますわ」


 元々、マエルは市井の民を多く救いたい想いから仕官を蹴った逸材だ。それが多くの命を救う機会を得た。


「これでエカ様の仇も討てる」


 ジョンの妻――エカテリーナの最後を看取ったのもマエルであった。トルキス家と深く関わり合いのあるマエルだからこそ、その想いも強い。

 そんなマエルにセシリアも強く頷いた。


「先生、及ばずながら……私も手助けさせて頂きたく」

「感謝します、セシリア様……先ずはこの件を国王に報告せねばなりますまい」

「はい!」


 意気込んで返事をするセシリアだったが、気付くものがあって視線をウィルへと向けた。


「かーさま、なにー?」


 セシリアの視線に気付いたウィルが首を傾げる。

 魔暴症の治療方法を見つけてしまった我が子の存在を国王のアルベルトはまた隠蔽しようとするだろう。

 国王がまた頭を悩ませる事案が一つ増えた事を確信するセシリアであった。




「ふぅ……」


 書斎に入ったオルフェスは机に置かれた書類の束を見てため息をついた。公爵としての位を退いた彼だが、名誉公爵である彼にはそれでも仕事の量が多い。

 精霊魔法研究所付近で起こった襲撃事件の後始末の為、長く研究所に篭っていたオルフェスには、その間に溜まった仕事が机に山と積み上げられていた。


(いっその事、シロー殿にいくつか仕事を振ろうか……いや、セシリアに怒られるか?)


 そんな事を考えつつ、椅子に腰掛けようとしていたオルフェスは廊下から響いてくる忙しない足音に動きを止めた。

 主の返事を待たず、書斎の扉が開く。


「だ、旦那様! 大変です!」


 息を切らせて駆け込んできた執事にオルフェスが眉をしかめ、椅子に座り直そうとする。


「なんじゃ、レギス。騒々しい……」

「ウィル様が魔暴症の治療を成功させてしまいました!」


 執事の言葉をしっかり理解しようと背もたれに身を預けたオルフェスはそのまま椅子ごと後方にひっくり返った。


「な、なん……!? いったい、どういう事だ!」

「その、ですから! ウィル様が魔暴症を治してしまわれたのです! 治るんですよ、魔暴症は!」

「ほ、本当なのか……?」


 絶対に死ぬと言われていた病を幼い孫が解決してしまったと言うのだ。

 オルフェスにしても古代遺跡の謎に近付いたウィルならば不可能ではない、と思わなくもないが。それにしてもである。


「何ということだ……」


 倒れた椅子に掴まって、なんとか身を起こしたオルフェスは思わず天を仰いだ。

 ウィルの歴史にまた1ページ加わる事になった。なんと濃密な時間を過ごす幼子であろうか。本人にその気はないだろうが。

 だがしかし、今回ばかりは驚きだけでなく喜びも大いに湧いてきた。


「エカテリーナはこの事を喜んでくれるかのぅ……」

「ええ、きっと……」


 起こした椅子に座り直したオルフェスは窓から見える青空を遠い目で見つめるのだった。




「なぁ、エカ……ウィル様がお前の仇を討ってくれたぞ……」


 写真の前に置いたコップに酒を注ぎ、ジョンは手にした酒を煽って一息ついた。

 妻の命を奪った魔暴症。ジョンは戦争に参加していた為、その死に目には会えなかった。

 急な報を聞き、王都に戻った彼が見たのは息を引き取った妻とその傍らで泣きじゃくるアイカの姿。力が抜け、膝から崩れ落ちたのを覚えている。

 エカテリーナは元々騎士の名門コトフ家の出身で下級貴族の次男であったジョンとは幼馴染の間柄だった。

 凛として自信に溢れ、しかし笑顔を忘れない――まるで太陽のような女性で、そんな彼女の従者として白羽の矢が立ったジョンは嬉しくもあり複雑でもあった。彼女は男性にとても人気があったからだ。

 身分違いとはいえ、ジョンも惹かれるものがあり、そんな彼女が他の男と結ばれる所を見るなど気持ちのいいものではない。

 だから、エカテリーナが自身の両親に「ジョン以外とは結婚しない」と宣言した時は正直度肝を抜かれた。

 因みにその時、ジョンが彼女の両親より先に発した言葉は「エカ様、何言ってんの?」であった。

 そんな紆余曲折がありながらも、めでたく結婚したジョンはとても幸せだった。エカテリーナも、きっと。間違いなく愛し合っていた。

 だからこそ、その喪失感は半端じゃなかった。現実を受け止められなかったのだ。

 彼女の死後、ジョンは死地を求めて戦場を駆け回り、無謀とも言える突撃を繰り返して血にまみれ、その狂犬ぶりから敵国に紅い牙と恐れられた。

 残されるアイカはどうなるんだと憤ったトマソンに殴り倒される、その時まで――

 殴り倒されたジョンは戦場のど真ん中で仰向けになり、泣いた。

 やがて戦争が終わりを迎えると、ジョンは残りの人生をアイカの為に送ろうと決意する。妻を弔いながら。

 ふと昔を思い出し、少し寂しげな笑みを浮かべたジョンが手酌で酒を注ぐ。それをまた煽ろうとした所で部屋の戸が叩かれた。


「アイカか?」

「ああ! やっぱり!」


 扉が開かれ、姿を見せたアイカが乱暴な足取りで室内に入ってくる。

 ジョンはその後に続いて入ってきたセシリアとエリスに驚いて思わず立ち上がった。


「セシリア様、エリスさんまで!? どうして!?」

「アイカに聞きました。何かあるとジョンさんはこうしてエカとお酒を飲んでいる、と」

「ずるいですよ、ジョンさん。一人でエカさんと飲んでるなんて。めでたい席なんですから、ご一緒に」

「え? はぁ……?」


 まくし立ててくるセシリアとエリスにジョンが曖昧な返事を返す。

 考えてみれば、彼女たちにとってエカは姉のような存在だ。そんなエカの命を奪った不治の病を克服した時に一人で写真を眺めていてはずるいと言われてもしょうがないのかもしれない。


「お母さんの写真、没収!」

「さぁ、行きましょう。ジョンさん」

「はやくはやく!」

「お、おい……」


 アイカに写真を取り上げられ、セシリアとエリスに背を押されたジョンは強引に部屋から連れ出された。

 食堂へ連れて行かれたジョンは全員集合した有り様に目をぱちくりさせた。

 普通なら使用人たちが主人たちと食事をすることはない。しかし、つい最近まで貴族ではなかったトルキス家は、たまにこうして皆で食事をする機会があった。

 今、食堂のテーブルには皆で食事ができるように準備ができている。


「えー、それでは……」


 シローがコホンと一つ咳払いをして音頭を取る。


「アニアちゃんの全快と新しい仲間に乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 全員の唱和で小さなパーティが始まった。

 アイカがエカテリーナの写真をテーブルに飾ると皆がその写真を見にやってくる。


「この方が、ジョンさんの……?」

「凄い美人……」

「若い頃は、な。生きてりゃとっくにオバさんだ……」


 エカの顔を知らないエジルとルーシェが感嘆の声を上げるとジョンが照れたように頬を掻いた。

 その視線が遠くで子供たちの輪に加わるアニアで止まる。

 アニアも自分を苦しめていた病が治ったと知り、心から笑っている。トルキス家の子供たちといい仲になれるだろう。


「あ、あの……」


 そんなジョンの視線に気付いたモニカが声をかけてくる。


「なんと申し上げてよいか……」


 同じ病でもエカは亡くなり、妹は生きている。

 そんな複雑な心境に申し訳なさそうな表情を浮かべるモニカ。

 ジョンは思わず笑みを浮かべてモニカの頭を撫でた。


「気にするな、ってのも無理か。でも、仕方ないことさ……それにな、俺はあんたが俺たちと同じ悲しみを味わわなくて良かったと思ってる。だから、そんな顔すんなよ」

「はい……」


 顔を上げたモニカの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。それを見たジョンの笑みが優しさで深くなる。


「あー! もー! お父さん、なにモニカさん泣かしてるの!」

「え!? いや、違う! 俺のせいじゃない!」


 アイカに脇を小突かれて、ジョンが慌てて弁明する。

 その慌てぶりに周りから笑いが溢れて、夜は段々と深まっていくのであった。


【人物】

マエル……ウィルが回復魔法の練習に度々訪れている治療院の治癒術士。セシリアたちの師でもあり、身分を問わず命と向き合う治癒術士の権威。


オルフェス……元公爵でウィルたちの祖父にあたり、セシリアの父。規格外のウィルを何かと心配する良き祖父である。

レギス……オルフェスの執事。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 押忍!番長?
[良い点] なんてこったい!(゜o゜)\(-_-) [一言] それは言いたくなるよね! マエル先生燃えるし!目がメラメラしているのが浮かびます! ウィルのおじいちゃんがひっくり返った! →それは王城で…
[一言] 思わず泣いてしまいました。 悲しい事もあるけど優しい世界。ありがとうございました。
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