大人たちの苦悩
「シロー・ハヤマ・トルキスに男爵位を叙するものとする。国の為、民の為、更なる尽力を期待する」
「ありがたくお受けさせて頂きます」
「これにて、謁見を終了する。皆の者、下がるがよい」
アルベルト国王に叙爵され、フェリックスが謁見の終了を告げる。
謁見の間から出たシローはその足で城内の会議室へと向かった。通された会議室には既に何名かの重臣がおり、シローも席を勧められる。
重臣が全員揃ったところでアルベルトとフェリックスが姿を現した。
「シロー、すまぬな」
「お止めください、国王陛下」
「セシリアにも詫びねばならん……」
この場にいない従姉妹に詫びるアルベルトの姿に重臣たちが笑みを浮かべる。
セシリアはシローに対する王家や貴族の介入を警戒していた。シローの実力は【飛竜墜とし】の二つ名の示す通り、誰もが認めるところである。自己の利益のために近付こうとする者もいれば、カルディのように目の敵にする者もいる。
そんな勢力から夫を守る為にセシリアは心を砕いていた。アルベルトもシローが騎士としての勤めを果たしてくれていれば問題なかったので王国に深入りさせるような真似はしていない。
だが、表立ってシローを睨んでいたカルディ一派は倒れ、代わりにウィルがその才覚を表し始めた。
ウィルの力は凄まじく、これを護るとなれば実績だけでは不都合な事もあるだろうというのが国王や重臣たちの意見であった。
そこで貴族として叙爵させ、その立場を王国で保証しようと考えたのだ。今までのシローの貢献度に対して爵位が低いのは他の貴族たちに混乱を招かぬよう配慮された結果だ。
「新設される外交特使の仕事内容や権限については後ほどご説明致します」
「任せる……とはいっても、しばらくは急ぐ仕事もあるまい」
現状、シローは法衣貴族の扱いで所属は外交官となる。国王の特使として、ある程度の権限が与えられる予定だ。その殆どがウィルの存在を有益な者として認知させる為に使用される。
とはいえ、ウィルがもう少し成長しなければ遠い異国の地に赴くなどできる筈もなく、しばらくは新生の貴族家として体制を固めていく事になる。
「ところで……」
話が一段落したところで報告書に目を通したアルベルトが深々と嘆息した。
「これは誠か?」
報告書を持ち上げ、指差すアルベルトにシローが苦笑いを浮かべる。指差された箇所に書かれていたのはウィルが村人たちに回復魔法を教え、それが定着してしまった経緯だ。
「事実です……」
「後々、かの土地の領主から問い合わせが来そうですな」
「羨ましい……うちの領地にも是非お教え願いたい」
同じように報告書を眺めていた貴族たちが頭を掻くシローに視線を送る。
どんな人間であろうと魔法の知識は喉から手が出るほど欲しい。それが得難い回復魔法で、しかも他国の領地で振る舞われては重臣たちの反応も当然と言えるだろう。
「まぁ、待て。ここにはウィルが伝えた内容も記されている。それを元に宮廷魔術師たちに整理させてから国内に普及しても遅くはない」
「「はっ!」」
アルベルトが色めき立つ重臣に釘を差すと彼らは素直に従った。
本来であれば魔法の知識は秘匿され、それを知る一部の人間の利益となる。しかし、ウィルの与えた魔法の知識を元に王国貴族が直接的な利益を得ることは暗黙のルールとして御法度になっていた。
なぜなら、報告に上がってくる魔法の知識はウィル自身が皆に教えたいと願ったものであり、国王がその立場を尊重しているからだ。
故にウィルの魔法の知識を独占し、金銭のような直接的な利益を得る事は国王の意に反することとなり、罰せられることはないにせよ方々から不評を買うのは目に見えていた。今後、有益な知識が出ても蚊帳の外に置かれる可能性もある。
それならば、初めからウィルのもたらした魔法の知識を広く公開して後々の利益に還元した方がいいと考えるのが利口だ。
「しかし……叔父上が頭を抱える理由が分かったような気がするな……」
国王の発言に貴族たちが苦笑いを浮かべる。その手にある報告書だけでどれだけの利益が生み出されたのか、考えただけで目眩がするレベルだ。
「それで、当の本人はどうしている? 慣れぬ旅で疲れただろうに……」
「ええ、それでしたら……昨日は流石に旅の疲れからかぐっすり寝ておりましたが……」
それとなくウィルを気遣うアルベルトにシローは困った笑みを浮べた。
そして、その内容に国王を初め、貴族たちが頭を抱える。
「今朝は精霊様のところへ遊びに行くと意気込んでおりましたので、おそらく……」
「精霊様に会いに行ったのか……」
人々の信仰対象が友達感覚である。精霊たちもそんなウィルを歓迎しているのだから特に問題ないのだろうが。
普通の人間なら畏れ多くて理解できない行動だ。
「ウィルは器のデカさもとびっきりだな……」
国王の呟きにシローも重臣たちも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そんでね、おはなばたけにきのせーれーさんがいてね!」
「そんな所に樹の精霊が……」
「そー! うぃる、おともだちになったんだよ!」
ハイテンションで捲し立てるウィルにフルラが笑みを浮かべる。その表情が若干引きつっているのは、これでこの話が二回目だからである。因みに一回目はライアに向かって一生懸命話していた。
「それにしても便利ですね……」
「あっという間に着いちゃった」
一緒についてきたセレナとニーナが洞窟の奥に視線を向ける。そこには闇属性の魔力溜まりが壁に張り付いていた。この魔力溜まりはトルキス邸の地下――主に一片の寝床になっている倉庫に繋がっている。
ライアがウィルたちに渡した魔道具を元に生成された闇属性の転移魔法である。
「座標を明確にできれば長距離転移を可能とする魔法はいくつかあるんだ」
「そうなんですか!?」
ライアの説明にセレナが驚いた声を上げる。空間転移は一般的に知られてはいるが使い手は稀だ。ほぼ伝説的な扱いになっているような魔法である。
「空属性を始め、闇属性と水属性にそういった魔法があると聞いています」
付き添いのレンが説明を補足するとニーナがうーんと唸った。
「空属性? カルツさんは?」
カルツは空属性の精霊スートと契約している。で、あれば空間転移の魔法を使えるのではないかと思ったらしい。
その考えは正しく、レンは首を縦に振った。
「ええ、使えますよ。ただ、色々と制約があるような事を言っておりましたね」
使えれば大変便利だが、簡単に使えるものではないらしい。
「座標を特定する必要があるし、魔力の消費も半端じゃないからな」
「へー……」
ニーナが曖昧に頷く。細かい事は分からないし、使えないのであれば今考えても仕方がない。
ニーナがそう割り切って視線をウィルに戻すと、ウィルはフルラに語り終えて満足げに戻ってきた。
「上手にお話できた、ウィル?」
セレナが尋ねるとウィルはこくこく頷いて、セレナとライアの間に腰掛けた。
「ねるにもおはなししなくっちゃ!」
ここにいない水の上位精霊もターゲットらしい。
ウィルが期待に満ちた目でライアを見上げると彼女は小さく笑みを浮かべた。
「今日はネルはいないぞ」
「えー……」
ネルの不在を告げられてウィルが不満の声を上げる。
そんなウィルの頭をフルラが優しく撫でた。
「飛竜を相手にした時、支流から小川に水を大量に引き入れたから……海竜様に呼び出されたのよ」
「むぅ……」
「ウィルを助けた事をお話に行ったんですって」
セレナが分かりやすいように噛み砕いて説明するが、ウィルはしょんぼりして膝を抱えた。口を尖らせてうーうー唸っている。
「うぃる、ねるともおはなししたかったなー……」
「ふふっ……ウィルが残念がっていたと伝えておくよ」
「今頃、くしゃみの一つでもしてるかも知れないわね」
フルラに代わってウィルの頭を撫でたライアが懐から何かを取り出した。
「それよりも……ほら。ウィル、頼まれていた物ができたぞ」
「おー?」
ウィルの目の前に二つのネックレスが垂らされて揺れる。
それはウィルがライアと約束した姉たちのネックレスだ。精霊の魔素から生み出された魔道具になっている。
ライアとフルラがそれぞれセレナとニーナの首につけてやると姉妹は目を輝かせてネックレスを手に取った。
「きれい……」
「お揃いね、ウィル」
「おそろいー」
ウィルもネックレスを取り出して姉弟で見せ合う。ウィルも姉たちが喜んでいるのを見れて満足したようだ。
その様子を大人たちが微笑ましく見守る。
「「ありがとうございます、ライア様、フルラ様」」
「ありがとーございます」
セレナとニーナが揃って礼を言い、ウィルがそれを真似するとライアとフルラが代わる代わる子供たちの頭を撫でた。
「庭の精霊たちも手伝ってくれたんだ。皆にもお礼を言ってやってくれ」
「皆、ウィルたちに会えるのを楽しみにしていたわよ?」
「「はい」」
「わかったー。ねーさま、おそとにいこー」
「はいはい」
テンションを上げたウィルがセレナとニーナの手を引いて洞窟から出ていく。
そんな三人の後ろ姿を見送って、レンは小さくため息をついた。
「申し訳ございません、ライア様」
「なーに。気にする事はないさ」
レンの謝罪にライアが笑みを返す。ウィルの姉想いから出た頼みごとであったが、精霊たちの手を煩わせてしまった事に変わりはない。
ウィルの教育係としては謝らずにいられないレンなのであった。
「それにしても、大冒険をしてきた後のようだったな」
救援部隊の話をしていたウィルの様子を思い出してライアとフルラが笑みを零す。
幼いウィルにとっては初の遠出だ。充実していたのか、話している時のウィルはとても生き生きとしていた。
「ただ、少し気が早い気もするな。ウィルの体はまだそんなに強くない」
「はい……」
ライアの苦言にレンが素直に頷く。魔法の才能ばかりが注目され、忘れられがちだがウィルはまだ三歳だ。無理のできる歳ではない。
今回は比較的近場であり、ウィルの力が最大限発揮させられる環境だったため行動に移したが、レンも素直に賛同できないでいた。
ただ、これからしばらく遠出の予定は組まれていない。特に何かがない限り、ウィルを連れての仕事が回ってくることはないだろう。
「心配ね……」
「はい……しかし、シローもセシリアもわきまえていますので」
フルラの言葉にレンがはっきりと答える。二人とも子供たちのことを一番に考える夫婦である。それはレンにも自信を持って言える。
「今はまだ、魔法を楽しむ子供でいい。その協力なら惜しまない」
「ありがとうございます」
精霊たちの心遣いにレンは深々と頭を下げるのだった。
【精霊】
ライア……闇属性の上位精霊。
フルラ……樹属性の上位精霊。
ネル……水属性の上位精霊。




