子どもたちの遊び場
「とーさま、ここはおうちににてます」
「家にか?」
「そーです」
「どこが?」
「まそが」
救援に来て数日経った夜、ウィルはシローにそんな事を伝え、シローは首をひねった。
「どう思う、一片?」
「他の村よりかは魔素が濃いとは思うが……」
一片もそれくらいの感想らしい。田舎の村だと自然が多く、そういう事もあるそうだ。
「ウィルは少し違うと思うのか?」
「うんー……ちょっとー」
歯切れの悪いウィルの返事を考えるに、ウィルも理由が分かっているわけではなさそうだ。
一片は魔刀の鞘に視線を送ると鼻先でつついた。
「アロー、起きておるか?」
「旦那様を置いて妻だけが寝ないわよ」
「お主、明日はウィルに付き添え」
「なんで、私?」
「お主しか空いとらん」
「他の人間でも……」
「人間は忙しいのだ。それとも、お主が代わりに魔獣を狩ったり、柵を作り直したりするか?」
「……しょうがないわね」
肉体労働派ではないのだろう。アローは渋々承諾すると、翌日ウィルに付き添うと約束してくれた。
朝の内に治療の手伝いをしたウィルは同じように魔法で土木作業を手伝っていた姉たちとアローを連れて村を見回った。
「うーん……確かに」
自分を見てギョッとする村人たちを眺めたアローが一人納得したように頷く。
「よく気付いたわね……」
「ちりょーにたくさんきたからー」
「いったい、なんの話なんです?」
セレナがアローを見上げると彼女は髪を掻き上げて村人たちを見回した。
「多くの村人に魔素が付き纏ってるの。これはちょっと不自然ね」
アローによると偶然満ちていると言うには不自然な魔素を村人たちが纏っていると言う。
「それって良くない事?」
ニーナが心配そうな顔をするがアローは首を横に振った。
「いいえ、村人に悪影響はないわ。ただ、加護と言うには弱いし、見守っているって表現が妥当かも……」
「見守っている……?」
アローの言葉を反芻したセレナがすぐに気付く。
「ひょっとして、村のどこかに精霊様がいらっしゃるのですか?」
「幻獣かも知れないけどね」
セレナの推測をアローは否定しなかった。
しかし、気配が弱すぎて不思議な魔素の発生源を上手く突き止める事ができない。
ウィルもアローも困ってしまった。
「あの子たちに聞いてみましょ!」
ニーナが指差す先に村の子どもたちが集まっていた。
ウィルが命を救った夫婦の子どもも混ざっている。どうやら気分転換に年長者が音頭を取ってこれから何処かへ向かうようだ。
「子供に聞くの?」
「大人より子供の方がいい気がするの」
アローの質問に答えるニーナだが根拠はなさそうだ。しかし――
(ナチュラルに正解選んじゃうタイプかしら……)
アローはニーナをそう評価した。
村人たちが纏う微量の魔素だが、大人よりも子どもたちの方が含む量が多いのだ。これは子どもたちの方が精霊に近い場所にいることを示している。
また、大人たちは何人かに一人という割合だが、子どもたちは全員微量の魔素を纏っていた。
(おそらく、この村の子どもたちがよく行く場所に精霊か幻獣がいるのね……)
「おーい」
アローが推測している間にウィルたちは子どもたちに歩み寄って声をかけていた。
ウィルたちに気付いた子どもたちがウィルたちの頭上を見上げてポカンとする。みんな初めて見る精霊に驚いているようだ。
「少しお尋ねしたいのですが……」
続けてセレナが子どもたちに問いかけると年頃の男の子たちが色めきだった。
セレナは控えめに言っても整った容姿をしている。都会育ちの上、偉ぶったところのない物腰柔らかな美少女の姿は村育ちの少年たちに眩しく映ったのだろう。
「くねくねしている……」
そんな少年たちを見て端的な感想を漏らすウィルは子どもたちを笑いに誘った。
話を聞くと、子どもたちは村の外れにある草原に向かうらしい。
そこは年中ずっと何かしらの草花が咲き誇っており、子どもたちの遊び場になっているようだ。
「かーちゃんも、じーちゃんも子供の時はここで遊んでた、って……」
子どもの一人がそう説明してくれた。
ウィルの救った夫婦は体力的な問題でしばらくは動けないらしく、子どもたちはその子も連れてお見舞いの花を摘もうという事になったらしい。
「みんな、優しいんですね」
「いやぁ……」
セレナが感心すると男の子たちは照れて、また身悶えしていた。
女の子たちはそれが面白くなさそうで、セレナが思わず苦笑いを浮かべてしまう。と、言ってもセレナが邪険にされる事はなく、女の子たちの矛先はだらしない表情を浮かべる村の男の子たちに向いていたが。
「着いたわよ」
先導していた女の子が指差す先に件の花畑があった。
「おー!」
「きれー!」
ウィルとニーナが感嘆の声を上げる。多種多様な花が咲き誇り、穏やかな風にその身を揺らしていた。
「私たちはいつもここで駆け回ったり、お花を摘んだり、お話したりしているのよ」
傍から見ても十分楽しめる景色にアローも満足気に目を細める。
「どう? ウィル、アローさん」
元の目的を思い出し、セレナがウィルとアローを交互に見る。
ウィルとアローは同時に頷いた。
「いるー」
「いるわね」
花畑は魔素に満たされており、その奥からウィルたちを伺うような気配があった。
「あなた達は分かる?」
「「なんとなく……」」
アローの質問にセレナとニーナが自信なさげに答える。
ウィル程ではないにしても、二人は幻獣の契約者である。
慣れれば精霊や幻獣の気配を感じ取れるだけのポテンシャルは秘めている筈だった。
「そういう時は幻獣を表に出して触れ合わせるのがいいと思うわ。魔力的に知覚し合うのはとても重要だから」
「「はい」」
アローのアドバイスにセレナとニーナが風狼を召喚する。
初めて幻獣を見た村の子どもたちが驚きに声を上げた。
「れびーもでてきていーよ」
ウィルも魔力で促してレヴィを召喚する。
我が子三匹を見たアローが満足気に頷いた。
「あなた達、契約者の為に精霊と話をつけてきなさい」
アローの指示にセレナのフロウ、ニーナのゲイボルグが花畑に駆け出す。
ところが、ウィルのレヴィは途中まで行って、ウィルがついてこないので帰ってきてしまった。
「過保護……」
「かほごー?」
端的なアローの評価に意味が分からなかったウィルが首を傾げる。ウィルがもう一度レヴィを走らせようとするが、レヴィはウィルの傍から離れようとしなかった。
「あの、これはどういう……?」
ウィルの足下で寝そべってしまったレヴィとそれを興味深そうに眺める村の子どもたちを見て、セレナがアローを見上げる。
「自分の主が幼いことを理解しているのよ。だから必要以上に離れたがらないの。ウィルは魔素の探知に長けているから無理に自分が行く必要はないと判断したみたいね」
そのせいで村の子どもたちに取り囲まれる羽目になるのだが。
「はい、どーぞー」
ウィルに抱きかかえられたレヴィはウィルが一番元気のないと思っている少女の腕の中へ手渡された。両親をウィルに救われた少女だ。
「れびーてゆーんだよ」
「レヴィ、ね」
ウィルの発音にニーナが訂正を入れる。
レヴィは少女の腕の中で顔を上げると少女の顔に鼻先をくっつけた。
くすぐったそうに身をよじる少女の表情が自然と笑顔になる。彼女もレヴィを気に入ってくれたようだ。
「わたし、いりーな。よろしく、れびー」
「レヴィ、だよ」
少女もウィルと同じように村の子どもに発音を訂正された。
そんな挨拶を皮切りに、レヴィが次々と子どもたちに抱き上げられていく。
その様子を見守っていると、花畑を満たす魔素の反応が少し変わった。
ウィルとアロー、召喚者であるセレナとニーナも視線をフロウたちが向かった方へ戻す。
ゲイボルグがウィルたちの方へ勢い良く駆け、その後をフロウが追いかけている。
「ボルグ、何を咥えているの?」
戻ってくるゲイボルグの口元を見て首を傾げるニーナ。
その正体に気付いてその場にいた全員が呆然としてしまった。
戻ってきたゲイボルグが自慢げに咥えたモノをアピールする。
そこには襟を咥えられた小さな精霊がぶら下がっていた。
精霊がウィルたちの前に突き出されて困った笑みを浮かべている。
「捕まえて来いとは言ってないわよ……」
誇らしげなゲイボルグを見てアローが額を抑えて嘆息する。
周りの反応に首を傾げたゲイボルグは後ろから追いついて来たフロウに肉球で思いきりしばかれるのだった。
【精霊】
アロー……真名、アウローラ。風の一片と魔素を交わし、風狼の子供たちを生み出した風の上位精霊。




