フラベルジュの村にて
フラベルジュ王国は周辺の山々を水源とする河川が多く走っており、平原が多い事もあって農産業や牧畜業などが盛んな大国である。
本来、街や村に近付けば、それなりに牧歌的な風景を目の当たりにすることになるのだが――
「ここも酷いわね……」
「ピー……」
馬車の窓から外を眺めていたニーナが悲しそうに呟く。
元は牧場であったのだろうか、柵で仕切られた草原は焼け焦げ、柵もところどころ吹き飛んだような痕があった。
フィルファリア王国を出てから、行く街や村はどこも飛竜の被害を受けている。その殆どが火球やブレスによるものだ。
火属性の幻獣であるクルージーンもニーナの頭の上でションボリとしていた。火で焼かれた痕に感じるものがあるのかもしれない。
「もうちょっとー?」
「ええ、そうよ」
暇を持て余したウィルがセシリアを見上げると、彼女は頷いて返した。
「うぃる、がんばる!」
「そうね」
村には怪我をしている者も多いだろう。回復薬で凌いでも、完治するほど効果の高い物は望めないからだ。人々は動くに問題ないくらいで我慢する。
そこでウィルたちの出番だ。ウィルたちの向かう方面に治癒術士が帯同していない事は事前に知れているので、怪我人が残っているのは明白なのだ。
「ウィルはセシリアさんの言う事をよく聞いて、ニーナはミーシャさんたちの言う事をよく聞いてくれ。セレナはエジルさんたちと一緒だ」
「「「はい!」」」
シローの言葉に子供たちが元気に返事をする。
今回のメンバーはトルキス家の他に治癒術士としてエリスとステラ、サポートにレン、ミーシャ、ラッツ、エジルが帯同している。
シローは他の騎士たちの指揮がある為、子供たちはセシリアや使用人たちの指示に従って行動することになる。
馬車の窓を開けて部下に指示を出すシローを見たウィルは目をぱちくりさせた。
「とーさまが、おしごとをしている……」
「ウィル、お父さんはいつもちゃんと仕事をしてるからな?」
我が子の言葉にシローが思わず苦笑いを浮かべる。昼間のパパはちょっと違うのである。
「もう到着だ。みんな、頼むぞ」
「はーい」
いまいち締まらない空気の中、ウィルたちを乗せた馬車は村の中心部へと進んでいった。
フィルファリア王国の救援部隊が野外キャンプに入る。
馬車から外へ出たウィルはそこで出迎えてくれた人物を見て驚いた。
「もーがんせんせー!」
「待ってましたよ、シローさん、ウィル様」
モーガンが笑みを浮かべ、ウィルの両手を取る。ウィルも繋いだままの両手をブンブン振って喜んだ。
「やぁ、モーガンさん。状況を伺ってもいいかな?」
「そ、それでは私が……」
シローに促されてモーガンと一緒にいた兵士が緊張した面持ちで前に出た。
彼はこの村の衛兵らしく、フィルファリアの使者として来たシローたちに少し緊張して顔を強張らせているようだ。
衛兵がモーガンに目配せをして、モーガンが頷いた。
「じゃあ、治癒術士の皆さんは俺が案内します」
「はい!」
ウィルが元気よく手を上げる。それを見た衛兵がウィルの子供らしい仕草に思わず頬を緩めた。
「負傷者、多いですから。宜しくお願いしますね」
「まかせてー」
自信満々なウィルの頭を衛兵が撫でる。彼がウィルの実力を知っているわけではないので、単純に言葉を合わせてくれているのだろう。
モーガンの先導でセシリアたちは治療院に向けて歩き出した。
「多いのですか?」
途中、セシリアがモーガンに声をかけると彼は真面目な顔をして頷いた。
「多いですね。近隣の村からも集まっているという事もありますが……」
居合わせた冒険者の機転が功を奏したのだとモーガンは説明した。被害以上に死者が少なかったのだ。その代わり、多くの怪我人が出た。
冒険者の中に一人、治癒術士がいた事も大きかった。
緊急を要する治療でも致命傷でなければなんとかなるケースもある。
その治癒術士が一人水際で奮戦していたのだ。
「今も死に瀕している夫婦をギリギリのところで食い止めてるんです」
「急ぎましょう」
「はい。ウィル様、こちらに」
セシリアの言葉にエリスが頷いてウィルを抱きかかえる。
治療院はキャンプからすぐの所にあったが、人が溢れかえっていた。村の小さな治療院では収まりきらないのだ。
(このまえとおんなじー……)
まるで野戦病院のようで、ウィルはレティスの魔獣騒動の時、トルキス邸の庭が同じようになっていたのを思い出した。
そんな状況の中、ウィルの視線が一箇所で止まる。
「あー、おしりのおじさんだー!」
「おお、ウィル様!」
ウィルが目ざとくガスパルを見つけるとガスパルは慌てて尻を隠して向き直った。
周りで回復薬を配っていた冒険者の中にもウィルに気付いて顔を綻ばせる者がいる。一部、緊張に表情を引き締める者もいたが。
「治療院の中へ」
「こっちだ」
ガスパルとモーガンに促されてウィルたちが室内に入ると一人の治癒術士が横たわる患者に魔法をかけているところだった。
「んー……?」
その様子を見てウィルが首を傾げる。
治癒術士は懸命な表情で魔法を使い続けているが、患者に変化はない。もう彼女の治療の限界まで回復しているのだ。
それでも治癒術士は魔法を止めようとはしなかった。
「もう何日も魔法を使い続けているんだ」
「そうですか……」
それは治癒術士が力及ばずも最後まで足掻く光景であり、治療の現場ではよく見る光景であった。
「あの子の両親だ……」
モーガンの視線の先に大人と混じってジッと治癒術士を見守る少女の姿がある。
治癒術士はあの子の為に頑張っているのだ。
「あれじゃ、だめー……」
ウィルがセシリアの顔を見上げて告げる。ウィルは治癒術士の魔法の欠点をもう見つけたようだ。
そんなウィルの頭をセシリアが撫でた。
「ウィル、お願いできる?」
セシリアの見立てでは、あの夫婦は自分でも治癒できるかどうか怪しいところまで追い込まれている。
ここはウィルの出番だ。
「まかせてー」
セシリアに頼られて、ウィルは快く頷いた。
ウィルを抱えたエリスが患者へと近付くと、治癒術士がウィルたちに気付いた。
彼女はウィルたちを見て、呆気に取られたように口を開けた。
「あの、派遣された治癒術士の方ですか……?」
治癒術士が驚くのも無理はない。なんせ現れたのが子連れのメイドさんなのだから。
そこにモーガンも近付いて、治癒術士の肩に手を置く。
「もう大丈夫だ。よく頑張ったな、嬢ちゃん」
「え……? はぁ……?」
知己に労をねぎらわれ、治癒術士の少女が反応に困る。
患者はまだ予断を許さず、大丈夫な要素が何一つないからだ。
壁際で様子を窺っていた大人や少女も展開に追いつけないのかポカンとしている。
「さぁ、ウィル様。支えておきますので」
「ん!」
ステラが椅子を見つけ出し、エリスがその上にウィルを立たせた。
「ウィル様……?」
「レティス界隈じゃ、【レティスの天使】として有名だ」
ガスパルが驚いたままの治癒術士に説明する。
もう一つ、【天使にして悪魔】という二つ名も囁かれているが、この場ではそぐわないし、トルキス家の人間を前にそれを言う度胸はガスパルにはない。
「もー、だいじょーぶ」
ウィルは苦しむ患者を見て、はっきりそう言った。
手にした杖を掲げると、首から下げたランタンの精霊石が光り輝く。
幼いウィルが魔力を込める姿に事情を知らない大人たちがざわめいた。
「きたれきのせーみずのせー、たいじゅのあさつゆ、なんじのりんじんをいやせせいめいのしずくー」
ウィルが精霊たちから教わった新しい魔法。
この魔法はそのまま回復魔法としても使え、その気になれば回復薬を生成することも可能だ。
元は樹属性と水属性の回復魔法を同時発動した相乗魔法である。その魔法の治癒力は群を抜いていた。
魔法を受けた患者が光に包まれ、穏やかな呼吸と顔色を取り戻していく。
その変化に見守っていた者たちが息を呑んだ。
おそらく、人の身で扱える世界最高峰の回復魔法である。
そんな事は気にも止めず、ウィルがもう一人の患者の方へ向き直る。
「こっちもー」
同じ魔法を発動して残りの患者もウィルの回復魔法に包まれた。
「かーさま、できたー」
「ありがとう、ウィル」
セシリアが歩み寄ってウィルの魔法の効果を確認して問題ないと判断すると、事態に追い付けていない治癒術士の少女に優しく微笑みかけた。
「よく命を繋ぎ止めてくださいました。ご夫婦はもう大丈夫ですよ。体力が回復するまでは動けないと思いますが、今はあなたもゆっくり休んでください」
「は、はは……」
命を背負い続けた重責から解放された治癒術士の少女は、小さな子供が現れて瞬く間に治療してしまった夢のような出来事と安心感からその場に座り込んでしまった。
たった一人、治療に立ち向かい続けた少女の戦いは一先ず幕を下ろしたのである。
見守っていた少女が駆け寄って治癒術士の少女に抱きつく。
「おねーさん、ありがとう!」
「私、何にもできなかったんだけどね……」
そう言いながら、治癒術士の少女は目に涙を浮かべながら安堵して小さな少女がすがりつくのに身を任せた。
だが、まだ全てが終わったわけではない。怪我人がいる以上、次の幕はすぐに開く。
それは治癒術士の少女にも分かっている事だ。
「ウィル、魔力は残ってる?」
「ちょっとつかれたー」
セシリアの確認に、ウィルはそう答えると椅子から降りてポーチから小瓶を取り出した。
これもウィルが新たに習った魔法から作られた魔力回復の回復薬である。
「にがいー……」
回復薬を飲み干したウィルが苦い顔をする。
その表情を見て周りの大人たちは苦笑した。
今し方、高難易度の回復魔法を使ってみせた者とは思えない、子供らしい仕草である。
「今日のうちに怪我の酷い人たちの処置を済ませてしまいましょう。エリス、ステラ、支度して。モーガンさんたちは受付をして頂いても宜しいですか?」
「かしこまりました。外の者にも手伝わせます」
セシリアの指示に従い、それぞれがすぐに動き出した。
「かーさま、うぃるはー?」
「ウィルも手伝って。でも、無理をしてはダメよ?」
「はーい」
セシリアの言葉にウィルが笑顔で返事する。
小さな子供が魔法で負傷者を治療する。その姿は村の住人たちからすれば驚きの光景になるだろう。
「みんなよろこんでくれるかなー?」
「きっと喜んでくれると思うわ」
「がんばるー」
母にも認められ、ウィルは戦場のような治療現場で遺憾なく魔法の腕を振るうことになるのだった。




