【閑話】とある治癒術士の誇り
私達がこの村にいたのは、ほんの偶然だった。
たまにはダンジョン攻略から離れて違う依頼でも、と引き受けた商隊の護衛依頼の帰り道――そこでたまたま立ち寄っただけだった。
ダンジョン攻略は危険が多く、気が張り詰める為、実績のあるパーティでもこうした依頼で気分転換を図ったりする。それをせずに根を詰め過ぎたパーティは大抵ろくな事にならないのだ。
そんなわけで、たまたまその村に滞在していた私達はそこでとんでもない事態に見舞われた。
【飛竜の渡り】である。
例年ならこの飛竜の渡りはもう少し遅い時期にやってくる。私達もそれを見越して護衛依頼を引き受けていた。
もちろん、警戒を怠ったわけではない。冒険者ギルドが掲示するシュゲール共棲国からの報告も確認して行動していた。
にも関わらず、だ。
見たことのないような数の飛竜が南の空から飛来した。
情報にない到来に村人たちは混乱した。もちろん、私達も。だが、私達には冒険者としての知識と経験がある。
私達は全員すぐに避難させた。
ワイバーンが一匹ならなんとかなったかもしれない。だが、複数の飛竜をなんとかできる冒険者パーティは少ない。
下手に抵抗してワイバーンに居座られでもしたら、それこそ村が壊滅する。
私達は村人たちを助けられるだけ助けて息を潜めた。火球が家を吹き飛ばし、田畑を焼いても。
飛竜が興味を失えば、小さな村など気にせず飛び去るはず。
私達が想像した通り、飛竜の群れは気が済むと何処かへと飛び去って行った。例年通りなら、フィルファリア王国だけど……
今の私達にそれをどうにかしてあげられるような力はない。
すぐに村の火を消して、被災した人の救助を行わないと。
私は治癒術士なんだ。一番頑張らなきゃいけない。
そう言い聞かせて仲間と共に村を駆け回った。
「なぁ、嬢ちゃん。元気だせよ……」
私が冒険者たちの野外キャンプで座り込んで俯いていると、見かねて他のパーティのリーダーが声をかけてきた。
確か、フィルファリア王国から救援できてくれた【大地の巨人】のモーガンさん。
私達のリーダーより少し年上の魔法剣士らしく、フィルファリアから派遣された冒険者たちのまとめ役もしている。
フィルファリア王国は大きな被害にはならず、冒険者ギルドがすぐに救援を送ってくれたと聞いている。
よくよく考えてみればフィルファリア王国は元テンランカーである【飛竜墜とし】葉山司狼がいる事でも有名だ。
あれを切り抜けられるのだから実力は本物なんだろう。
テンランカーなんて雲の上の存在過ぎて、いまいち想像のつかない冒険者は沢山いる。
「生きてりゃどうしようもない事にぶち当たっちまう時もある」
モーガンさんは優しい。
私が傷つかないように言い聞かせるのではなく、独り言のように呟いている。
彼はきっと、私も気付いていることを承知の上で諭してくれているのだ。
治癒術士にも救えない命がたくさんあるって事を。
ある子供の両親が崩れる家屋から我が子を守るために自らを犠牲にし、大怪我を負っていた。
治癒術士と言っても、その力量には個人差がある。
治療を施す術士の能力を超える傷の場合、その魔力以上は回復できないのだ。しかも、死に近い傷になるにつれ、回復量は少なくなっていく。
彼らの深手に対し、私の魔力では僅かな延命措置がせいぜいであった。その事を知った子供は横たわる両親の前で泣いた。
この村に治癒術士は私しかいない。
致命傷に効果のある回復薬など滅多になく、たまにダンジョンから発見されて目の飛び出るような高値で取引されたりするレベルなのだ。当然、救援物資に積まれているはずがない。
ならば、私の魔法効果が高まればいいのだが、ただでさえ使える人間が少なく難易度の高い治癒魔法が簡単に上達するはずもない。
それでも一縷の望みに賭けて、他の人の治療を終えた後に魔力切れ寸前まで治癒魔法を子供の両親にかけ続けた。
「物事には諦めも肝心だ……」
モーガンさんの手が私の頭を撫でる。
不覚にも泣きそうになった。
飛竜による被害は周辺の村にも出ていて、怪我人も多くいる。
救援部隊の話を聞きつけた他の村の人が集まってきているが、私のわがままで回復薬を多用してもらっていた。
モーガンさんが私の所に来たのは、回復薬の在庫がなくなってしまう可能性があるからなのだと思う。
回復薬だって安くはないのだ。そんなに数が揃えられるとは考え難い。
「嬢ちゃんは、よくやった。誰も責めたりはしないさ」
そんな事はない。
きっと残された子供は私を恨むだろう。
そう思うと胸が締め付けられた。
私は自分が治癒術士である事が誇らしかった。
怪我した仲間に「万能じゃないんだから」「限度があるのよ」と口を酸っぱくしながら、治療してあげる事に喜びすら感じていた。
だが、実力以上の怪我を前にして最初に浮かんだのは後悔だった。
もっと努力していれば、目の前の人を救えたんじゃないか?
本当に自分は努力していたのか?
努力したつもりになっていただけではないのか?
この世には私より優秀な治癒術士は何人もいる。沢山とは言わないが。
それなのに私は何をそんなに誇っていたのだろうか。
「……ごめんなさい」
散々、悪い風に考えて、辛うじてそれだけ呟くとモーガンさんは小さく笑ってくれた。
モーガンさんの言うとおりだ。
これ以上、私にはどうすることもできない。治療を待っている他の村人も怪我が元で大きな病気にかかってしまう可能性がある。
そう考えて顔をあげた時、冒険者ギルドに行っていた他の冒険者が慌てて戻ってくるのが見えた。
「リーダー、朗報ッス!!」
「どうした、ポー?」
跳ねるように駆けてきた若手の冒険者にモーガンさんが眉根を寄せる。今し方、私と話をしていた内容を考えてのことだろう。
だが、ポーと呼ばれた若手の冒険者はそんな空気を読まないどころか蹴飛ばす勢いで私達の前まで飛び込んできた。
「フィルファリア王国が緊急で派遣してくれた救援部隊なんスけど!」
数日前、フィルファリア王国は冒険者ギルドとは別に救援部隊を派遣してくれていた。
だが、時間がない。
普通に考えればあの子の両親は間に合わないだろう。
それは誰もが知るところであった。
「それが、どうかしたのか?」
「なんと昨日には中継の街を出発してたらしいッス!」
「はぁ……?」
「速さから考えたら今日には到着するッス!」
モーガンさんたちが到着したのは昨日だ。
フィルファリア王国の部隊はギルドより二日遅れで出発したそうなので、丸一日時間を短縮した事になる。
そんな事をしたら馬車が保たないのは私にでも容易く想像できた。あまりに非常識過ぎる。
そして、それだけ早く来ても救援部隊に優秀な治癒術士が乗っている保証がない。少なくとも国お抱えのレベルの治癒術士が必要なのだ。
そんな簡単なことを見落としているのか、と私が若手冒険者に苛立ちを覚えていると期待したような表情でモーガンさんが食いついた。
「もしかして……」
(え? なに……?)
モーガンさんだけではない。フィルファリア王国から来た冒険者達はみんな若手冒険者の言葉に向き直ってざわついていた。
「若いの、もったいぶらずに言え!」
「ひょっとして、ひょっとして……!」
他の冒険者パーティから促される事態にも怖じけず、若手冒険者は高らかに告げた。
「なんと救援部隊にウィル様が乗ってるッス!」
ウオオオオオ――
飛竜の被害を目の当たりにして暗い表情をしていた冒険者までもが天に向かって歓声を上げる。あと、一部の冒険者はお尻を抑えていた。
「えっ……? ええっ……!?」
何事か分からず、混乱する私たちを置き去りにフィルファリアから来た冒険者たちが今までにないほど活気づく。まるで魔獣との激戦を制したような盛り上がりっぷりだ。
「ポー! ウィル様が乗ってるってことは、あの方たちも乗ってるな!?」
「もちろんッス! 治癒術士フルメンバーッス」
「おっしゃ! ガスパルさん!」
「任せろぃ! お前ら、出し惜しみはなしだ! 全部、持ってけ!」
モーガンさんが声をかけるとお尻を抑えていた厳つい顔の冒険者が部下たちに次々と回復薬を運ばせ始めた。
「嬢ちゃん!」
「はっ、ひゃい!?」
勢い良く向き直ったモーガンさんに肩を掴まれ、変な声が出た。
しかし、モーガンさんは視線を逸らさず真っ直ぐ私を見ると腰元のポーチから小瓶を取り出した。
「餞別に頂いた試作品だが飲んでくれ。ちょっと苦いらしいが効果は抜群だ」
「は、はい……」
手渡されるまま、小瓶の液体を飲み干す。
飲んでから、変な薬だったらどうしようと考えてしまったが、すぐにその考えは吹き飛んだ。
「魔力が……」
枯渇していた魔力が急激に回復しているのが実感できる。
全快には至っていないが、治癒魔法を使う分には問題ない量だ。こんな薬、聞いたことがない。
驚きを隠せない私にモーガンさんは言った。
「いいか、簡単に諦めるなんて言うな!」
いや、諦めるって言ったの私じゃないんですけど。
「若い頃には挑戦し続ける事も大事なんだ!」
さっきと言ってることが真逆じゃありませんか?
「なんでもいい! 死にかけているあの子の両親の命、繋ぎ止めてやってくれ! 一分でも、一秒でも長く!」
「は、はい……!」
大事なのは、あの子の両親は助かるかもしれない、って事。
モーガンさんたちのテンションはよく分からないが、これはチャンスだ。あの子の両親を救う、最後のチャンス。
自分の力の無さを嘆くのは後でもできる。
今はこの手に入れたチャンスでなんとしても命を繋ぎ止めてみせる。
私にも治癒術士としての意地があるのだから。
【人物】
モーガン……【大地の巨人】リーダー。ウィルが魔法ゴーレムを使うきっかけを作った人。
ガスパル……ウィルに【土塊の副腕】でお仕置きされた冒険者。今は真面目に働いている。




