救援部隊、出発する
「いーい、みんな」
「うぃるはこれからおけがしてるひとたちをたすけにいきます」
「はやくしないと、みんなおけがでいたいとおもいます」
「だから、みんなはたくさんがんばってください」
ブヒヒン――?
「何してるんだ、ありゃ?」
「さぁ……」
門の前はレティス以南に向けて出発する救援部隊が編成されて最終確認が行われている。
一生懸命、馬に話しかけるウィルを見て、警備兵たちは微笑ましくも首を傾げていた。
「おお、やってるな」
「隊長……」
「救援部隊に子供がいるんですか?」
年配の警備隊長が現れて警備兵たちが姿勢を正す。が、表情は冴えない。
それもそうだ。怪我人が多数存在する場所に子供を連れて行こうというのだ。事情を知らない者達からすれば訝しんで当然である。
「あの子はシロー殿とセシリア様のお子さんだ」
「じゃあ、あの子が……?」
ウィルの成りは知らなくとも、兵士なら噂くらいは知っている。
合点がいって、警備兵たちがウィルに視線を戻した。
メイドに付き添われて馬に話しかける姿はどこにでもいるような普通の子供だ。
噂に聞くほどの武勇伝を打ち立てた子供には見えない。
「あんな小さな子が数日とはいえ旅を……」
「心配になるよなぁ……」
如何に魔法が達者であったとしても体が強くなるわけではない。警備兵たちの心配ももっともだ。
だが、ウィルはというと周りのそんな視線に気づきもしない。馬に向かって真剣に演説を繰り返している。
「その事に関しては、あまり言うなよ」
「どうしてです?」
隊長の言葉を不思議に思った警備兵が向き直る。
隊長は周りに聞いている人間がいないのを確認してから口を開いた。
「考えてもみろ。いくらセシリア様の回復魔法が凄かろうと、今は貴族の義務もないんだ。それなのに一家で救援部隊に同行している。幼いウィル様も一緒に、だ。セシリア様はお優しい方だが、年端もいかない我が子を連れて異国に向かうのはおかしいだろう」
セシリアほどの人格者が我が子の体調に気を配っていないとは考え難い。
警備兵にもその辺りはしっかりと伝わったようだ。
「確かに……」
「セシリア様に家族連れで救援部隊への同行を頼める方なんて限られてくる」
「国王陛下……?」
警備兵の一人が口にしてから慌てて周りを見渡す。幸いにも誰かに聞かれてはいないようだ。
「この話はここまでにしよう」
「そうですね……」
余計な事を口にして周りに聞かれるのも始末に負えない。世の中、知らない方が幸せなこともある。
幼過ぎる子どもに旅をさせる危険性は誰もが考えたであろう。その上での決定なら末端がどうこう言うものではない。
彼らは警備兵として心配しつつも暖かく送り出そうと心に決めた。何事もなく、救援活動が行われるように、と。
そう、暖かく見守って――
「きたれ、かぜのせーれーさん。はるかぜのぐそく、はやきかぜをわがともにあたえよ、おいかぜのこうしーん!」
杖を掲げ、詠唱するウィルを見て、警備兵たちは笑顔のまま固まった。
淡い緑色の燐光が優しい風に乗って待機する馬たちを馬車ごと包み込んでいく。風属性の速度上昇の魔法である。
「馬車に……?」
「見事なもんだな……」
魔法に詳しくない警備兵たちにもその凄さが分かった。
救援に向かう馬車が全て集合していることもあり、待機している馬の数は相当数いる。ウィルの魔法は余す事なく、全ての馬に行き渡っていた。
「これほどの魔法、王都でもどれだけの人間がかけられるやら……」
「素晴らしい精度だ……」
離れた所で作業していた魔法使いたちがウィルの魔法に舌を巻いている。王国に勤める魔法使いの目から見ても範囲、精度ともに申し分ないようだ。
「そういえば、聞いたことがある……」
「何をです、隊長?」
神妙な顔をして唸る隊長に警備兵が視線を向けた。
「その昔、戦時下において強襲や兵站の補給など迅速に行う際、ああして馬や騎乗獣に魔法をかけて負担を減らし、移動したのだとか……最大戦速ってヤツだ」
「最大戦速……」
「それって特に問題ないんですか?」
馬の速度が上昇してしまえば馬車の走行中の危険が増えると言いたいのであろう。警備兵たちは少し困惑していた。
「おそらく、な。早く走れるからといって、御者が暴走することはないだろうし……」
隊長にも細かい事は分からないようだが、馬にかかる負担が相当減るのは確かだ。それだけで一日の移動距離は違ってくる。
それに危険があるのであれば、お抱えの魔法使いたちが止めている筈だ。それをしないという事は問題ないのだ。
もっとも、ウィルは魔法で馬車の速度を上げても問題ないと精霊たちに聞いて知っていたのだが、周りの人間がその事を知るはずもない。
そんなウィルは自分の魔法の出来栄えに満足してホクホク笑顔を浮かべていた。
警備兵たちが最大戦速で走る救援部隊の様子を想像して苦笑いを浮かべる。
怪我人の救護を行う為、部隊を最大戦速にしてしまった幼子。これもまた噂の種となるだろう。
「俺、あの子が噂になる理由、分かった気がします……」
「私もだ……」
メイドに連れられて馬車に乗り込むウィルを見守りながら、隊長と警備兵はポツリと呟いた。
「しゅっぱつ、しんこー♪」
「大人しくしていてね、ウィル」
セシリアが動き出した馬車にテンションを上げるウィルを見て優しく釘を差す。
馬車の内装は立派な造りとなっており、それだけでも子供たちの目を引いた。
「すごくキレイな馬車ですね」
「一応、国王に任命された使者という立場だからな」
セレナの疑問にシローが答える。今回の馬車は王国より貸し与えられたものだが、王族の使用するものと遜色ない造りになっている。国王の使者のみが使用可能な特別な馬車なのだ。
セレナは賢い娘なので、シローのその言葉だけで思い当たることもあり、深く追求してこなかった。
ニーナとウィルは外に夢中である。外の景色もさることながら、ニーナなどは護衛についている騎士たちに興味津々のようだ。
「あの人、見たことあります」
「第三騎士団所属だからなぁ……」
因みにシローの部下である。ニーナが手を振ると騎士は手を振り返してくれた。
「むー……」
しばらく外を見ていたウィルが座り直して考え事をするように腕組みした。
その様子にセシリアが首を傾げる。
「どうしたの、ウィル?」
「おそい……」
ウィルの魔法のおかげもあり、行軍の足並みはいつもより軽い。
それでもウィルからすれば遅く感じるようで不満を顕にしていた。ウィルは早く魔法が使いたいのである。
それを知ってシローとセシリアが顔を見合わせ苦笑した。
「そーだ!」
名案と言わんばかりにウィルが顔を上げる。
何事かと注目を浴びる中、ウィルは嬉々として言い放った。
「かーさま、うぃるがごーれむさんではこんであげよーかー?」
「お願いだから、それだけは勘弁してちょうだいね、ウィル……」
ゴーレムが小脇に馬車を抱えて爆走するイメージを浮かべたセシリアは苦笑いのまま、やんわりとウィルの申し出を却下した。




