少年の贈り物
翌日――
朝の内に城からの使いがあり、シローとセシリア、旧【大空の渡り鳥】であるレン、カルツ、ヤームにトマソンを加えた六人が登城する事になった。
急ぎ支度を整える家人たちを目にして、ウィルが近くにいたメイドのアイカを見上げる。
「うぃるはー?」
「今回は難しいお話があるという事でシロー様たちだけですよ」
「むぅ……うぃるもいきたかったなー」
頬を膨らませるウィル。その横でアイカは苦笑いを浮かべた。王との面会など、本来は畏れ多いものだ。好んで志願する子供も珍しい。
「ウィル様。その代わり、今日はお外にお出かけしますよ」
「ほんとー?」
「ええ」
アイカの提案に満足したのか、ウィルは「しょーがないなー」と言いながらホクホクした笑顔でレヴィと戯れ始めた。
どうやら駄々をこねる事はなさそうで、アイカが一息つく。その横顔を見たマイナが含みのある笑みを浮かべて近付いた。
「お相手がモーガンさんから子供たちに代わっても、ちゃんと面倒みてあげてねー」
「ちょっ!? マイナ……!」
アイカが慌てて口に人差し指を当てる。マイナはそんな同僚の顔に満足したのか、ニヤニヤした笑みを掌で隠していた。
今回の飛竜の渡りは王都より北に被害がない。しかし、規模の大きさから南側の状況は混乱していた。大きな街になら幾分かの備えがあるのでまだマシだが、小さな村は一溜まりもない。幸いだったのは飛竜の渡る速度が例年より速く、一所に長時間滞留していなかった事だ。
そんな訳で、ギルドから発せられた緊急依頼を確認した多くの冒険者たちは早々と南へ旅立っていった。
モーガンたち【大地の巨人】もそんな冒険者パーティの一つである。
誰も聞いていなかったことに安堵したアイカが胸を撫で下ろし、マイナにじっとりとした視線を返す。
「マイナ、覚えてなさいよ……」
「奥手なアイカに発破かけてあげただけよ」
「マイナ〜、もうちょっと言い方ってものが〜」
肩を竦めるマイナに見兼ねたミーシャが苦言を呈する。
三人で和気あいあいとしそうなところで、マイナのペースに嵌まるまいとアイカがウィルに視線を向けた。
「ウィル様。お出かけはお昼が終わった頃ですから、それまでお庭で遊びましょうか」
「はーい」
元気よく返事をしたウィルがレヴィを抱きかかえる。外ではニーナとヤームの子供たちであるバークとラティが同じように風狼のゲイボルグと火鳥のクルージーン相手に遊んでいた。セレナは学舎があり、不在である。
ウィルもニーナたちの所へ混ざろうと駆け出そうとして――思い止まった。
「れびー、おうちのなかははしっちゃだめ」
不思議そうに見上げてくるレヴィにウィルが真面目な顔をして話しかける。それはいつもレンに注意されることだ。お家の中では走ってはいけません、と。
感心したアイカたちも胸中で頷き、ウィルの成長を讃える。
「だから、とんでこ!」
魔法を発動してふわりと浮き上がったウィルが風の後押しを受けて飛んでいく。その光景に事情を知らない使用人達が目を奪われて、リビングに珍妙な空気が広がった。
「おや……?」
リビングに姿を現したカルツがそんなウィルに気付いて声をかける。
「ウィル君も飛べるようになったんですね」
「なったんですー」
ウィルが得意げに返事をしながらカルツに向き直った。
ウィルの飛行魔法は自身の周囲を魔力で覆い、範囲内のモノを風で運ぶというものだ。故に速度はあまり出ず、小回りも効かない。
「およ?」
魔力の膜が窓に当たり、跳ね返されたウィルがふよふよとカルツの方へ飛んでいく。
「キャッチ♪」
空中で空の精霊スートがウィルを捕まえる。失敗して照れ笑いを浮かべるウィルをスートがカルツの前に運んだ。
「まだまだ、思うようには使えてないみたいですね」
「むずかしーです」
カルツがウィルの頭を撫でるとウィルが身を任せてくる。
しかし、ウィルは難しいと言いながらも飛べることが楽しくて仕方ないようだ。
「お家の中では狭すぎるので、今度広いところで教えて上げますよ」
「ほんとー?」
「ええ。それまでは飛ばないでください。みんな、ウィル君が魔法を使っても驚かなくなってしまいますから」
「わかったー」
カルツとの約束に気を良くしたウィルがレヴィを抱えて庭に向かう。
その後ろ姿を見送りながら、アイカはようやくポツリと呟いた。
「また新しい魔法……?」
「そういえば〜精霊様のところへお迎えに上がった時〜もう飛んでましたね〜」
ミーシャが顎に指を当てて思い出す。
カルツもそんなメイドたちを見て満足気に頷いた。
「あれはウィル君の魔法と言うより、レヴィの魔法ですね。レヴィがいないと使えません」
「レヴィ……ですか?」
マイナがウィルに抱きかかえられている小さな風狼の子供に視線を向ける。
「ええ。空を飛べる属性魔法はありませんから……」
「風を意のままに操れるのは幻獣か精霊だけだしな。大方、降下速度を減少させてレヴィの力で支えてるんだろうぜ」
カルツの説明にスートが付け加える。
感心するメイドたちにカルツが笑顔で更に補足した。
「ですから、飛んでいるウィル君を抱っこする時は気をつけてください」
「「「…………?」」」
意味が分からず首を傾げるメイドたち。
カルツは笑顔のまま、少し困ったように言った。
「ウィル君の周りは上昇する風が吹いているはず……ですので、迂闊に近づくとスカートが捲れます」
「「「…………!」」」
カルツの説明に思わずスカートを抑えてしまうメイドたちなのであった。
そもそも今回のお出かけは近々ヤームの一家が帰宅する為、王都を見学しようと計画されたものだ。本来は飛竜の渡り前に帰る予定だったのだが、色々とあって予定を遅らせている。
ヤーム一家はフィルファリア王国第二の都市クランメルンに居を構えている。別名、学術都市とも呼ばれ、セシリアの姉の領地――つまり公爵領になっていた。
王都と同じく国の内外から多くの人と品が集まり、国営やギルドの教育機関が集合している。その水準は高く、他国からの留学や将来有望な冒険者を受け入れていた。
そんな中で、ヤームの工房は人気を博しているのだが、今は妻ターニャの両親に任せきりになっているのだ。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにお土産を買わないと……」
「お兄ちゃん、何がいいかなぁ……」
商業区を訪れた一行はアレコレと品定めをしながら色々と見て回っていた。レティスの中央通りに並ぶ店は多く、更にはバザーもあり、見るに飽きない。
子供たちは目を輝かせながら品物を見て歩いた。
しかし、子供のお小遣いで買えるものはそんなに多くない。
「坊っちゃん嬢ちゃん、お土産かい?」
バザーに出店していた店主に声をかけられ、バークとラティが頷く。
声をかけてきた男の店は簡易のアクセサリーが並んでいた。
ウィルやニーナ、合流したセレナも興味津々だ。
付き添いにメイドのアイカがいたので貴族と思ったのか、店主がアイカに頭を下げる。
金額は高いものから安いものまで。高いのは精霊石をあしらった物が中心だ。
「お祖母ちゃんに髪留めとかどうかなぁ?」
ターニャとラティが銀の髪留めを見比べる。その横でバークが困った顔をした。
「お祖母ちゃんはそれでいいけど、お祖父ちゃんが読めない……」
バークたちの祖父は今でも現役の鍛冶師で歳の割に筋骨隆々なのだそうだ。とてもアクセサリーという柄じゃない。
「あら……?」
そんな中でセレナが脇に置いてある指輪に気がついた。派手な装飾はなく、中央に精霊石をあしらっているようだ。
セレナの様子に気付いた店主が困ったように頭を掻く。
「それは販売しようかどうしようか、迷ってまして……」
「売り物じゃないんですか?」
アイカの問いかけに店主が言い淀んでから答える。
「ええ……いわく付きで。持ち主が次々と体調不良になったそうで……ツテから引き取ってもらえないかと頼まれまして……」
店主も心配して色々と調べたらしいが、特に呪われているような品物でもないらしい。
「精堂に寄進するのも手ですが、商売なので買い取って貰えるのが一番好ましいんですよ」
「それはそうでしょうね……」
精堂とは精霊信仰における教会である。属性毎に別れており、人々は自分の加護や生活を支えている属性に寄付を収めたりする事が多い。
店主としては売れて儲けが出る方が当然いいに決まっている。
「それがどうかしたんですか、セレナ様?」
ジッと指輪を見たまま動かないセレナにアイカが声をかける。
持ち主が体調を崩してしまうような代物に興味を持たれては使用人として心配するのも無理からぬことであった。
「ちょっと見ていい?」
バークが指輪を手に取って透かす。バークも物の目利きはヤームに仕込まれている為、年頃以上のモノを持っている。
「どう、お兄ちゃん?」
「良いものだと思うよ。少なくとも、しっかりした職人が手掛けてるハズ……材質も悪くない」
本来なら価格によっては買いである。バークの目利きでもそれは確信できた。
「うぃるにもみせてー」
両手を上げてせがむウィルにセレナが指輪を受け取ってウィルの前に見せる。ニーナも一緒に覗き込んでジッと眺めた。
「なんか、こう……不思議な感じ」
ニーナの感想にセレナも頷く。セレナが指輪に気を取られたのもニーナと同じ理由のようだ。
その感じているモノをウィルの目は正確に捉えて、指輪を見て笑っていた。
「あはは、おねぼうさんだ」
「寝坊? そういえばその指輪をつけていた女性はだるくてなかなか起きられない、なんてこともあったようですが……」
ウィルの言葉に店主が首をひねる。だが、ウィルの言いたい事はそう言う事ではないらしい。
ひと通り見て楽しんだウィルは満足したようで、セレナが今度は自分の指にはめてみせる。
「どうかな?」
「とってもおにあいです」
小さな男の子の感想に思わず店主の顔も綻ぶ。
セレナは指輪をつけた手をバークやラティにも見せた。
「欲しいの?」
「ええ……」
バークの質問にセレナが頷く。とはいえ、精霊石があしらわれていれば当然子供のお小遣いでなんとかなる価格ではない。
「一応、オマケしても金貨二枚に銀貨五枚なんですが……」
「うぐっ……」
金額を聞いてバークが呻く。
引き取った分、元手は少ない筈だが。それでも店主の提示した額はこの手の装飾品としては良心的と言える。マジックアイテムなのだから大金貨を請求されても文句は言えない。
普通に考えて、家計を預かるターニャが文句を言わないのはバークがそれをセレナへの贈り物として考えているからだ。男として決断を迫られている息子に何かと口を挟むのは野暮だと母ながら見守っているのである。
「母さん」
「なに?」
振り向かない息子にターニャが平静を装って答える。
「前借りしていい?」
情けない発言だが、平民の、それも子供の財力でどうにかなるものではない。そこは言わぬが花だ。
「返す当ては?」
「父さんの仕事を手伝うよ」
「お祖父ちゃんのプレゼント代、吹き飛ぶわよ?」
「それは僕の決意でなんとかする」
その決意でなんとかなるかはともかくとして。
ターニャはため息をつくと旅費からプレゼント代を立て替えた。
「こんなこと言うのもアレですが……贈り物としてほんとに良かったんですか?」
気遣う店主を他所に子供たちは満足気だ。ラティも祖母のために銀の髪留めを買っている。
店主としては儲けが出て願ったり叶ったりなのだろうが、それでも聞かずにはいられなかったのだろう。
「ええ。男の子の決断に水を指すのは野暮ってもんでしょ?」
「毎度あり。いい奥さんだな。うちの嫁にも見習わせたいよ」
笑顔で褒めちぎる店主にターニャが笑みで応える。
ウィルたちは店主に見送られ、その場を後にした。
「ほら、バーク。他にセレナ様に言うことあるでしょう」
大人の目線ではそういった贈り物は当然自身のお金で賄うものだ。
その事に釘を刺され、バークがセレナに向き直る。
「今度はちゃんと自分で稼いでプレゼントするから……」
「うん。楽しみにしてるね」
照れ臭そうに頭を掻くバークにセレナが笑顔を見せる。バークの心遣いはしっかりとセレナに届いているようだ。
少し歩き疲れた一行はそれから行きつけの喫茶店に足を運んだ。割と静かな雰囲気で武装した冒険者よりも住人やオフの冒険者に愛用されてそうな雰囲気である。
「ところでその指輪、本当に大丈夫なんですか?」
アイカが指輪を身に着けたままのセレナに尋ねると彼女は笑顔で頷いた。ことの他、プレゼントを喜んでいるらしい。
「身につけていたら分かるし、魔力を注ぎ込んでても分かるわ。多分、だけど……」
セレナは自分の魔力が指輪に流れているのを実感していた。それをお子様席に座って見ていたウィルがうんうん頷く。
「せれねーさまのまりょくのほーがおーいからだいじょーぶ」
「どういう事ですか?」
本来、魔道具とは魔力を注げば何かしら効果があるものである。発動に大きな魔力を必要とする魔道具はあまり存在しない。使える者が限定的であるし、汎用性がないからだ。
指輪の効果が分からず、アイカが質問するとウィルは笑顔を浮かべて断言した。
「ゆびわのいし、せーれーさんのじゃないよ」
「精霊石じゃない?」
その言葉にはセレナ以外全員が驚いた。セレナはやっぱりという顔をしている。
ウィルは何気なく言葉を続けた。
「それ、げんじゅーさんだもん」
「まさか、幻獣石ですか」
思わず声を大きくしてしまいそうになり、アイカが慌てて口を噤む。
精霊や幻獣は魔力を使い切ると石になってしまうと言われている。扱われ方は普通の精霊石と同じだが、魔力を注ぎ込むと元通り復活する。
石はそのまま残り、幻獣は魔力を注いだ者と契約するのが通例だ。個人の技量が契約できるだけの器として足りなくとも元の石に留まるのだという。
「おそらくだけど、前の持ち主が体調不良になったのは属性が合っていなかったか、魔力量が足りなかったからじゃないかしら」
「なるほど……」
セレナの見解にアイカは頷きつつ、先程ウィルの言ったお寝坊さんの意味を理解した。
ウィルは幻獣が石になったまま眠っていると言いたかったのだ。そして幻獣の属性がセレナと合致していた事、セレナの魔力量なら問題なく幻獣を目覚めさせてあげられることが目に見えていた。
そうでなければウィルはセレナが指輪をつけることを反対しただろう。間違えても「お似合いです」とは言わなかった筈だ。
「なんの幻獣がついてるんです?」
「それはねー」
アイカの質問にウィルが答えようとした時、注文を受けた給仕係が戻ってきた。
「お待たせ致しました。パンケーキでございます」
「ぱんけーき!」
給仕係が並べるパンケーキにウィルが目を輝かせる。
回答を得ようとしたアイカたちであったが、パンケーキに心を奪われたウィルから続きを聞くのは至難の技であった。




