会議
フィルファリア城内の一室でアルベルト国王は頭を抱えていた。
王国に飛来した飛竜の渡りの結末を聞けば誰でもこうなっただろう。現に集められた国の重鎮たちは皆一様に頭を抱えていた。
何度めかのため息をついたアルベルトが報告書に目を走らせる。
飛来数……ブラックドラゴン二頭。ワイバーン二百余(集計中)
進路……ブラックドラゴンは一頭ずつ南の砦と、その西部に展開。ワイバーンもブラックドラゴンを中心に展開し、随伴していたものと思われる。
概要①……南の砦にて。砦の防衛部隊と救援に駆けつけた【魔法図書】カルツ・リレにより波状に飛来した飛竜を撃破。第五波目に飛来したブラックドラゴン①は顕現された大幻獣レクス様の幻身体から放たれた魔法により、討伐。レクス様、カルツ・リレの活躍により残存していたワイバーンの一群、殲滅。南の砦に損害なし。
大幻獣レクスの顕現――これだけでも信じられないような報告だ。
フィルファリア王家は建国以来、地の大幻獣レクスを祀っている。初代フィルファリア国王がこの地を解放する為に共闘したからだと言われている。以来、レクスはその魔力で魔獣を退け、フィルファリアの大地に恵みを与えてきた。
そんな崇拝する対象が自ら赴いて祖国を守ったのだ。一国の主としても胸が熱くなる出来事である。
だというのに――
アルベルトは指先をちょいちょいと動かしてもう一枚の報告書を手繰り寄せ、視線を向けた。
概要②……南西の街道にて。遭難中であったウィルベル・ハヤマ・トルキスの呼びかけにより数多の精霊が顕現。ウィルベル・ハヤマ・トルキス、街道上にて群れと分離したワイバーンの一群と開戦。これを殲滅。
概要③……ルイベ村近辺にて。ウィルベル・ハヤマ・トルキス、魔法ゴーレムを用いて移動。村に接近中であったブラックドラゴン②及びワイバーンの一群と開戦。同敵、殲滅。負傷者なし。事無きを得たルイベ村より帰還。
ため息が出た。魂まで一緒に抜け出てしまいそうだった。
(この三歳児は……ドラゴンと戦争して圧勝とか……)
しかも、現在孤立状態にある精霊魔法研究所からの魔道具による伝達で未知の魔力光まで観測している。それは場所も時間もウィルの戦闘と一致していた。
(やれやれ……)
アルベルトもウィルたちが遭難したと聞いて心配した一人だ。居ても立ってもいられずに自分で捜索隊の指揮を執ろうかとも思った。
それが蓋を開けてみればこれである。
正直、どんな顔をすればいいか分からない。叔父のオルフェスの気持ちが少し分かった気がした。
「陛下……いかが致しましょうか……」
隣でそう呟くフェリックス宰相もアルベルトと同じような顔をしていた。フェリックスだけではない。その他の重臣も皆似たりよったりだ。
「ダニール、どう思う?」
アルベルトが第一騎士団長に話を振ると彼は唸ってから答えた。
「……国防の観点から見れば予想されうる被害の殆どを未然に防げたのですから、なんの問題もないですね……防いだのがウィルベル様でなければ」
アルベルトは力無く唸って今度はフェリックスに視線を向けた。それに気付いたフェリックスも額を揉みながら所感を述べる。
「……飛竜の素材は国で買い取る事になりますから、素材の代金で国庫が潤ってウハウハですね……支払先、ウィルベル様ですが……」
「いや、まぁ……それはセシリアが預かるだろうが……」
当然の事ながら、竜種の素材は高価だ。子供のお駄賃にする訳には行かない。国だって一括で纏めて引き取る元手が無い程の金額なのだ。
アルベルトが深々と嘆息する。
「問題は各国の大使にどう説明するかだな……」
「流石に三歳児がドラゴンを葬ったなんて説明できませんしね……」
フェリックスが同意するが、アルベルトにはまた違った心配があった。
「それもあるが、良からぬことを考える者も出てくるかもしれん」
ウィルの才気は目を見張るものがある。その価値に目が眩む者が現れたとしても不思議ではない。只でさえ、ウィルはもう王都で噂になっているのだ。他国の貴族にはあまり知られない方がいいだろう。
「なんとかシロー殿が討伐した事にできないでしょうか?」
「どうだろうな……シロー殿が他国で任務をしていた事を知っている者もいるし……」
重臣たちが色々と意見を出し合うが妙案と呼べる物はなかなか出ない。
国の最高幹部が顔を突き合わせ、一人の男の子を守る為の会議が長々と続いたが結局結論には至らなかった。
「まぁ、昨日の今日だ。この辺にしておこう。フェリックス、話が広まらぬようにだけは手配をしておいてくれ。それと関係者の謁見の手配も……」
「かしこまりました」
「皆、ご苦労であった。下がって休んでくれ」
臣下たちが頭を下げ、部屋を退室していく。後にはアルベルトとフェリックス、それと御庭番衆の頭目であるエドモンドだけが残る。
「陛下……」
憂うアルベルトの表情を気遣うフェリックスにアルベルトは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「きっとセシリアもウィルを伸び伸びと育てたい筈だ。しかし、ウィルは何も知らない幼子だ。純粋過ぎる……良くも悪くも、な。到底、野放しになど出来ぬ……」
「陛下のお心遣い、重々承知しております」
エドモンドが軽く頭を下げて応える間もアルベルトはまっすぐ前だけを見ていた。国王としてウィルを監視下に置くのが正しいのか、親族として行く末を楽しみにしてやるのが正しいのか、葛藤は尽きない。
『悩んでおるようじゃな……』
室内にいきなり声が響いて三人が体を強張らせる。
「誰だ!」
エドモンドが国王の前に立って誰何すると、室内の影から染み出すようにして一人の少女が姿を現した。少女の身に纏う燐光が、彼女が人ではない事を如実に物語っていた。
『儂はレクスの幻身体だ』
「レ、レクス様……!」
レクスの言葉に面食らったアルベルトたちが慌てて膝をつこうとするのをレクスが手で制する。
『落ち着け。そのままでよい』
「は、はぁ……」
レクスが呆気にとられるアルベルトたちの前に歩み寄る。アルベルトたちの反応に愉快げな笑みを浮かべたレクスは一変、真面目な顔をしてアルベルトを見据えた。
『フィルファリア国王よ。今後の事について相談がある。ウィルという童についてじゃ』
レクスの口からウィルの名を聞き、アルベルトは驚きを隠せないままフェリックスと顔を見合わせた。
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トルキス邸では大人たちが食堂に集まり、向かい合って座っていた。
「それじゃあ会議を始めようか」
ヤームが司会を務めているのはトルキス家の主だった人物が全員、今回の事件の関係者になっているからだ。
他国で任務を遂行していたシロー。
レクスの幻身体と砦を防衛したカルツ。
ドラゴンを倒したウィルに付き添っていたセシリアたち。
それぞれに報告すべきことがあって、王都に残っていたヤームが進行役を買って出たのだ。
「後で擦り合わせるのも面倒だし、まずは要点だけ発表してもらおうか。シローから順番に……」
「分かった……」
シローが頷いて大人たちを見回す。全員の視線が自分に向いていることを確認し、シローは口を開いた。
「共棲国の森を騒がせていたキマイラの出処、レティスを襲った組織と同じだった」
静まり返った食堂で使用人達が息を呑む。考えてみれば先日の魔獣騒ぎのみならず、今回もウィルたちを襲ったのは同一の組織だ。良くない話に必ずと言っていいほどついて回る白ローブの組織に全員が警戒感を持っても不思議ではない。
ヤームが今度は視線をセシリアに向ける。
「次はセシリアさん、どうぞ」
「はい」
静かに頷いたセシリアがシローと同じように話し始める。
「遭難している間に月の精霊であるルナ様とお会いする機会を得て、ウィルの加護が月属性だと教えて頂きました」
セシリアの口からウィルの加護が語られて聴き入っていた大人たちの目が点になった。月の加護といえば、伝承やお伽噺に出てくるような属性である。前もって聞かされていた者もいるとはいえ、やはり信じられないことであった。
「で、カルツは?」
気を取り直して促してくるヤームにカルツが微かな笑みを浮かべる。
「地の大幻獣レクスの幻身体と遭遇し、そのウィル君のことについて興味深い話を聞けましたよ」
食堂をなんとも言えない空気が支配した。大人たちは自分たちが伝説の一端に触れていることに少なからず動揺していた。
「まぁ……お前たちが絡んで、でかい話になるのは慣れちゃあいるが……今回はまた、とびっきりだな……」
ヤームが頭を掻いて嘆息する。その横でカルツの表情が変わらないのは彼の好奇心故だろうか。いつも通りの笑みは、少なくともこの場の不安を取り払っている。
発言者のいなくなった食堂でカルツが静かに話し始めた。
「本来、ウィル君の月の加護は後天的に授けられる物なのだそうです。しかし、ウィル君は生まれながらにその力を有してしまった。何かの前触れかもしれない、というのがレクスの見立てです」
「なにか、と言うのは……もしかして白ローブの組織と関係が?」
挙手して発言するエリスにカルツが笑みを深めた。
「可能性の話ですが……奴らの技術も不可解な点が多いですし……」
レクスの言葉を借りれば戦争どころではなく、もっと大きな何かということだ。その事をカルツはよく噛み締めていた。
「なにせウィル君の育て方を間違えば世界が滅ぶ、とまで言われましたからね……結論は慎重にしなければなりません」
「世界が……」
「確かに、ウィル様がお使いになった月の魔力はとんでもない力でしたが……」
エリスと後を継いだレンも話の規模の大きさに呆然とするしかない。月の属性がそれほど大きな使命を帯びているということだろうか。それが三歳の――それも自分たちの仕える子供の双肩にかかったとなれば、自分たちの使命もまた大きなものとなる。
カルツは難しい顔をしたまま押し黙るシローに視線を向けた。
「シロー、ウィル君に伸び伸びと育ってもらいたいという考えは私も同じです。しかし、それを為すには多くの理解者や仲間が必要です。まずは国王に相談してみるのが賢明かと。幸い、アルベルト国王はウィル君にメロメロだと聞いておりますし……」
一国の王が理解者となればこれ程心強いことはない。シローもセシリアも特に反対はしなかった。
「あとは仲間か……」
「誰でも、というわけではありません。少なくともシローとセシリアさんが信用できる人物が好ましいですね」
ヤームがぼやくとカルツが丁寧に付け加える。
大人たちも頭を捻るがすぐにそういった人物には思い至らない。ただ一人――シローには味方に引き入れたい人物がいた。
「カルツ。その事で会ってもらいたい人物がいるんだが……いいか?」
「私が……? それは構いませんが……」
王都にいる者ならトルキス家の使用人達の方が顔は効く。自分に話を振られて不思議そうな顔をするカルツをおいてシローはまた周りを見回した。
「ウィルの事は心配もあるが、まずは国王に相談しようと思う。実際に動き出すのはそれからだ」
シローの言葉に使用人達が頭を下げる。
トルキス家の面々はそれからしばらくウィルの今後についてアレコレと意見を出し合うのだった。




