月がもたらすもの
空より見守る三つの影があった。
レクスとカルツ、そしてスートである。
カルツはその魔力の現象に言葉を失い、スートは光の巨人の力に目を輝かせた。
やがて月の魔素が消え、再び暗闇に戻るとカルツはレクスに向き直った。
「これが……ウィル君の力だと……」
「幼子の持つ力にしては、度が過ぎるのぅ」
大幻獣の幻身体である少女は微かに笑みを浮かべ、カルツに視線を向ける。
「あれは月の魔法。あの坊やはあり得ない加護をその身に宿しておるのじゃ」
「あり得ない?」
復唱するカルツにレクスは「そうじゃ」と頷いて、闇夜に視線を向けた。
「月の加護は月の精霊に任ぜられ、後天的に得る加護で本来ならその使命を果たすための力となる。生まれながらに得られる力ではない」
「それでは、なぜ……?」
「それは分からん。月の精霊に聞くまでは、な……」
大幻獣であるレクスを以てしても、ウィルの加護に説明がつかない。それだけ月の精霊というのは特別なのだ。なにせ月の精霊は地上に存在する全ての精霊や幻獣の上に立つ存在なのだから。
「ただ、これだけは言える。救世の存在である月の使徒があり得ぬ手順で誕生した。不吉な予感しかしない」
「それは……ウィル君の存在が凶兆だということですか?」
「そうは言うておらん……おらんが、世界で何かが起こっているのは確実じゃろう。今回の飛竜の渡りがいい例じゃ」
「世界中で今回のような事が起きる、と?」
「その程度のことで済めばいいがな……」
カルツの疑問に応え、レクスが自嘲気味に笑う。彼女は再びカルツの方へ向き直ると宙を歩いてカルツとスートの間を通り過ぎた。
「妾はもう行く。人間よ、もしお主があの子の傍にいるのなら心せよ。あの幼子を正しく育てねば世界が滅ぶぞ」
「そ、それはどういう――」
カルツが慌てて振り返るが、レクスの姿はすでにない。
取り残されたカルツとスートは夜風にさらされながら、彼女の消えた場所をしばらく静かに見ていることしかできなかった。
「カルツ……」
「……戻りましょう、スート。ウィル君たちの無事を伝えれば、みんなが喜んでくれるはずです」
カルツもそう言うのが精いっぱいで、彼らはレクスの言葉を反芻しながらレティスへと戻っていった。
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精霊たちと別れ、村にたどり着いたセシリアたちは村の人々に歓迎された。
村長の案内で来賓用にしつらえられた建物を宿にあてがわれ、すぐにウィルを寝かしつける。
浅い呼吸を繰り返していたウィルもしばらくすると安定した寝息を立て始めた。
「これなら明日には元気になられるでしょう」
「そう……」
ウィルの体調を気にしていたセシリアも息を吐く。ルナには大丈夫だと太鼓判を押されたが、それでも心配なものは心配だ。
「なるべく、ウィル様には自重していただかないといけませんな」
トマソンの言うことももっともで、魔獣の討伐など出来るからやっていいとはならない。特にウィルはまだ年端のいかない子供だ。今回は頼るしかなかったかもしれないが、本来ならば頼りたくないところだ。
「そうね……」
セシリアもそう呟くのが精いっぱいだ。ドラゴンとの闘いのことで忘れそうになるが、セシリアもレンも遭難していたのである。精霊たちの下にいたとはいえ、疲れは相当溜まっているだろう。
「セシリアさま、もうお休みになられた方が……」
「そうはいかないわ、トマソン。今夜のこと、口外されないように村長さんにお願いしなければ……」
幼いウィルが見たこともない魔法で飛竜の渡りを全滅させたなどと、噂だとしても広まって欲しくないことである。無駄だとしても、願い出ずにはいられなかった。
「それならば、私が……」
セシリアを止めようとトマソンが前に出たところで扉を控えめにノックする音が響いた。
「どうぞ」
セシリアが促すと扉が開き、村長とルジオラが室内に入ってきた。
「この度は……」
「お顔を上げてくださいませ、セシリア様」
セシリアが頭を下げると村長が慌てた様子で止めに入った。
「きっとこの度のことで頭を悩ませているに違いないとルジオラが申すもので……二人、こうして参った次第です」
村長の紹介にルジオラが頭を下げる。
「愚息のルーシェがお世話になっております。ルジオラと申します」
「まぁ……」
セシリアが驚いた様子でルーシェとルジオラを交互に見た。ルーシェが恥ずかしそうに頭をかく。
「……父です」
その様子がおかしかったのか、周りから笑みがこぼれた。ルジオラも息子のはっきりしない態度に嘆息する。
「うちの出来損ないが、まさかセシリア様に雇われることになるとは……」
「なんだよ、出来損ないって……」
「ケンカ一つまともにできねーじゃねーか」
ルジオラの呆れたような物言いにルーシェが唇を尖らせる。その間にセシリアが笑みを浮かべて割って入った。
「まぁまぁ……ルーシェさんはよくやってくださってますよ。特に子供たちには大人気ですし」
「昔から子供の世話だけは任せられましたから……」
「それでも、ウィル様に気に入ってもらえるなど……そうそうないことです」
トマソンが助け舟を出すと大人たちの視線が寝息を立てるウィルへ向かう。こうして寝顔を見ると先程伝説の魔法を使っていた様子は見る影もない。ただのお子様だ。
「精霊を従え、見たこともない魔法を操るお子様、ですか……」
「ええ……」
村長の言葉にセシリアが少し心配そうな笑みを浮かべる。それを察した村長がセシリアに向き直った。
「村長さん、お願いが……」
「みなまで申されますな、セシリア様」
人懐っこい笑みを浮かべた村長が懇願しようとするセシリアに待ったをかける。セシリアが落ち着くのを待って村長は口を開いた。
「この老いぼれにも事態の深刻さはよく分かっております。この度のことは噂にならぬよう村人たちにもしっかりと言い聞かせますゆえ、安心してくだされませ」
「村長さん……」
安堵の表情を浮かべるセシリアに村長が頷いて見せる。セシリアがルジオラに視線を向けるとルジオラは照れたように頬を掻いた。
「村を守ってくれた英雄の為ですからね。全力で当たらせていただきますよ」
「父さん、照れてやんの……」
「うるせぇ!」
ここぞとばかりにやり返すルーシェの頭をルジオラががしがし撫でつける。
その様子が微笑ましく、使用人たちが思わず声を上げて笑った。思わぬところで味方を得たセシリアも笑みを深める。
ただ――寝ているウィルは少しうるさそうだった。




