どらごんさん
「あれは、いったい……」
村人は誰ひとり避難していなかった。それどころか避難していた女子供まで戻ってきて門や物見台に登っている。
突如、夜闇に出現した光の柱と可視化された淡雪のような魔素に言葉を失い、ただただその光景に見入っていた。
「きれー……」
「優しい光……」
子供たちが可視化された魔素を掌で掬って目を輝かせる。
村人たちはそれがなんの魔素であるのか理解はできなかったが、光の柱が自分たちを守ろうとしている事だけはなんとなく理解できた。あんなに優しく、見るだけで力が湧き出てくる光が自分たちを害するはずない、と。
「おお……おお……」
老婆が膝をつき、涙を流しながら光を拝む。
「なんと美しい光景である事か……」
「…………」
そんな老婆を無言で見ていたルジオラが視線を光の柱に向けた。
(いったい何が起こっているというのだ……)
正しく状況を把握しようと努めるが、彼の知識はなんの答えも導き出せない。もどかしく、今すぐにでも光の柱に向かいたい衝動に駆られる。
「あれは……」
物見台を降りようかと迷うルジオラの視界に信じられないモノが飛び込んできた。
光を纏う馬の一団が村の中を横切り、こちらに向かってくる。
貴族が愛用するレイホースだと気付いたルジオラはそれに跨る人物を見て、更に驚いた。
「父さん!」
「ルーシェ!」
一団の先頭にいた我が子が物見台の脇に馬を止め、ハシゴを登ってくる。
「ルーシェ! なんでここに……」
息子は冒険者になる為、王都に向かったはずだった。それなのにこうして仲間を引き連れ、村に舞い戻ってきたのだ。
「何でも何も! どうして誰も逃げてないのさ!」
ハシゴを駆けのぼったルーシェの為にルジオラが場所を開ける。次々と登ってきたトルキス家の使用人たちが村人たちを釘付けにしている光の柱を見て絶句した。
「あ、あれは……」
状況判断に長けるエジルがその魔力を感じ取って体を震わせる。幻獣と契約を交した彼にはその銀色の魔力から放たれる雰囲気に覚えがあった。とてもとても優しい、小さな男の子を思い起こさせる魔力。
それを言葉にしようか迷っていたエジルの体から黄色い光が溢れ、ツチリスのブラウンが飛び出した。
「きゅー! きゅー!」
エジルの掌に乗ったブラウンが懸命に何かを訴える。その様子にエジルは確信した。あの光の柱が誰の魔法なのかということを。
「ウィル様……」
エジルの呟きに使用人たちが驚いて光の柱とエジルの顔を交互に見る。
取り残されたルジオラがルーシェの肩に手を置いた。
「ルーシェ、いったい何が起こっているんだ……」
「そ、それは……」
どのように説明すればよいものか、迷ったルーシェは使用人たちと顔を見合わせるのだった。
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月の魔力に包まれたゴーレムが光の巨人へと変貌する。
その頭部で銀色の魔力を身に纏ったウィルがジッとブラックドラゴンを見下ろしていた。
咆哮を上げたブラックドラゴンが闇の霧を巨人へ伸ばす。巨人を覆うように広がった霧は、しかし巨人へ届く前に月の魔力で打ち消された。
《バ……カナ……》
魔力に長けた己の攻撃を受け付けもしない巨人にブラックドラゴンの呻く声が響く。
戦慄いたブラックドラゴンが一気に後方へ飛び退いて、同時に上空へと羽ばたいた。
浮力を得て宙に留まったドラゴンが目を細めて巨人を見下ろす。
《ニン……ゲン、ゴトキ、ガ……ズニ、ノルナ……!》
大きく息を吸い込んだドラゴンが巨大な火球を巨人に向けて放つ。夜空を紅く焦がしながら火球が巨人に迫る。
「危ない……!」
思わず叫ぶセシリアに、しかしウィルは微動だにせず杖を振った。
「とんで、ごーれむさん!」
ウオォォォォ!!
巨人がドラゴンへ向かって飛翔し、背面から伸びた残光がまるで翼のように伸びる。すれ違った火球が後方で爆炎を上げ、空気を震わせた。
「いけー!」
光の巨人が拳を固め、ドラゴンの脇を突き抜ける。殴打されたドラゴンが宙でよろめいた。
「まだまだー!」
切り返した光の巨人が今度は後方からドラゴンに襲いかかる。幾度も突撃と離脱を繰り返す巨人の速度が徐々に加速していく。
《グオオ……》
「ぱんちぱんちぱーんち!」
光の巨人が残像する勢いでドラゴンへ突貫し続ける。翼での浮力を失ったドラゴンはあろうことか、巨人の与える衝撃のみで宙に浮かされていた。
「んんんきぃぃぃぃっく!」
トドメとばかりに急降下した巨人がウィルの命令に従ってドラゴンを蹴りつける。巨人と共に墜ちたドラゴンが地面を削るように滑って土砂を巻き上げた。
十分に威力を伝えた巨人がドラゴンから飛び退く。
摩擦で煙を上げたブラックドラゴンはボロボロの体をなんとか持ち上げた。
「まだ生きてる……」
驚異的な生命力にレンが呆れたように呟く。
ウィルは真っ直ぐドラゴンを見たまま動じない。
「ちゃんとごめんなさいしたら、もりへおかえり!」
「ウィル……」
ここに至ってもウィルは優しさを失っていなかった。その事にセシリアが感嘆の息を漏らす。非常時で心配も尽きない中、我が子を誇らしく思い目を潤ませる。隣に控えるレンもトマソンも感じ入っていた。
《フザ……ケルナ……》
しかし、ウィルのそんな優しさもブラックドラゴンには届かなかった。なんとか立ち上がり、震えたドラゴンが力を込める。
《ワレハ、サイキョウシュ……ヒトタビ戦場ヘ立ッタノデアレバ、負ケテ逃ゲ延ビルコトナドデキヌ……》
ブラックドラゴンは圧倒的な力に晒され、死に瀕してもなお誇りを失っていなかった。
荒く息を吐き、最後の力でウィルを見上げる。
《精霊ニ愛サレシ人ノ子ヨ……オ前ノ勝チダ。サァ、トドメヲ……》
負けを認め、潔く死に向かうドラゴンにウィルが肩を落とす。その後ろ姿は少し悲しそうだ。そんなウィルをドラゴンが後押しした。
《ソンナ顔ヲスルナ……ワレガ許サレルニハ人ヲ手ニカケ過ギタノダ。コレハソノ報イダ……》
「うん……」
静かに頷くウィルの背にルナが手を添える。ウィルが杖を天に翳し、ルナがその想いに応えて魔法を発動する。
『誇り高き魂に救済を。月の剣よ、断罪せよ』
光の巨人が手を掲げ、その手に月の魔力が収束する。光はひと振りの光剣と化した。
「どらごんさん、じゃあね……」
巨人がゆっくりと腰を落とし、構える。ドラゴンは抵抗することもなく、ただ佇んで最後までウィルから目を離さなかった。
巨人が地を蹴る。瞬く間に肉薄した巨人がすれ違いざまに光剣を振り抜いた。実態を持たない月の光剣がブラックドラゴンの体に吸い込まれ、魔力を切り裂く。
巨人の背後でブラックドラゴンはゆっくりと崩れ落ちた。光剣による外傷はない。しかし、その命は尽きて、ただ静かに眠りについていた。
「ウィル……」
我が子の小さな背中を気遣って、セシリアが声をかける。全てを終えたウィルは杖を下げた。
「なんだか……うぃる、ちょっとかなしい……なんでだろーね、かーさま」
人に害なす魔獣は殺さなければならない。それはこの世界に生きる人間にとっては至極当然のことだ。
しかし、ウィルは言葉を交わせたドラゴンと分かり合えなかったことが少し悲しかったのだろう。それがルールだったとしても。
『ウィル、そろそろ魔力を解きなさい』
「ん……」
ルナに従うまま、ウィルが力を抜くとウィルから溢れた銀色の魔力が霧散した。同時に急激な疲労感に襲われてウィルが崩れ落ちる。
光の巨人が消え、残った月の魔力がその場にいた者たちを優しく地面へと導いていく。
「ウィル!」
「「ウィル様!」」
地面に降り立ったセシリアたちがルナに抱き上げられたウィルの顔を覗き込む。ウィルは少し苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。
『魔力切れです。いくら加護があっても、まだ幼子……月の魔力を自在に、とはいきません』
ルナがセシリアの腕の中にウィルを横たわらせる。それから視線をライアたちへと向けた。
『ライア、ジーニ。私はまた消えなければなりません。ウィルたちのこと、お願いできますね?』
『『はっ』』
ルナの言葉にライアとジーニが頭を下げ、ルナはウィルへと視線を戻した。
『ウィル、本当によく頑張りました。今はただ、ゆっくりとおやすみなさい……』
笑みを深くしたルナが一歩後ろに下がって、月の魔素と共に姿を消す。再び夜の闇に包まれそうになって、マークが火を灯した。
ライアがセシリアの下まで歩み寄り、汗で張り付いたウィルの前髪をソッと流す。
『私の魔法で村まで送ろう。ウィルを早く休ませてやってくれ』
「は、はい……」
セシリアがウィルを抱え直し、レンたちと頷き合う。
セシリアたちはトマソンを先頭にライアの展開した闇の転移魔法の中へと足を踏み入れていった。




