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ウィルベル精霊軍VSブラックドラゴン

「すまない、ルジオラさん……」

「気にすることはないよ、騎士さん。生きていれば、また立て直せる。生きてさえいれば……」


 ルジオラと呼ばれた男が頭を下げる騎士の肩に手を置く。

 ルイベ村の物見台に立った二人は飛竜の渡りをその目で確認し、そして即断した。戦うのは無理である、と。


 ワイバーンの一匹や二匹なら村の拙い装備でもやりようによっては落とせる自信があった。緊急措置としてルジオラが前線に立ち、腕に覚えのある男衆で狩るつもりでいたのだ。


 しかし、実際目にした飛竜の渡りは絶望に羽が生えたような一団だった。中央にブラックドラゴンが居座り、その周りを数多のワイバーンが飛び交っている。城近くにある南の砦でも抑えられるかどうかという一団だ。村の装備でどうにかなる相手ではない。


(今回ばかりはオババの占い通りだな……)


 村のご意見番の皺くちゃ顔を思い出し、ルジオラが苦笑いを浮かべる。

 ルジオラの横で騎士が手を振り、門の前に陣取った男衆に解散するよう指示を出した。


「無理なんかー? ルジオラさーん?」


 男衆の中から声が上がってルジオラがガシガシと頭を掻く。


「無理だー! 命がいくつ有っても足んねー!」


 ルジオラの言葉に声を上げた男が手で大きく丸を作ってみせた。ルジオラの顔はそれなりに利いており、非常時の判断は全面的に信用されている。


 本当のところ、男衆は村を守る為に戦いたかっただろう。だが、彼らは不満を言うでもなくルジオラに従い、当初予定をされていた避難所への移動を開始した。


「ルジオラさん、我々も……」

「ああ……」


 騎士に促されて返事したルジオラが目にしたモノを疑って思わず舌打ちした。騎士もすぐそれに気付く。


「おババ様……」

「あのババァ……」


 男衆の向かう先から避難していたはずの老婆が歩いてくるのが見えた。しかも付き添っているのは自分の子供だ。

 老婆は男衆を押し退けるように門の方へ近付いてきていた。


「何やってんだぁ! 早く戻れ!」

「父ちゃーん! ババ様、ボケちゃったー!」

「ボケとらんわ!」


 親子のやり取りに老婆がしわがれた叫び声を上げる。


「森が騒いでる、って言うこと聞いてくれないのー!」


 子供の悲鳴じみた声にルジオラが深々と嘆息し、横にいた騎士も苦笑いを浮かべた。


「騒いどるから騒いどるってゆーとんじゃー! ルジオラー、なんか来寄るぞー!」

「来てるよ! 飛竜の団体様が!」


 ルジオラが老婆に向かってヤケクソ気味に叫び返す。いつまでも櫓の上に陣取っているわけにはいかない。こんな所にいれば、飛竜のいい的だ。

 そう思い、飛竜の群れに視線を向けたルジオラは怪訝そうに眉根を寄せた。


「何だ、ありゃ?」


 先程までは気付かなかった光がワイバーンの周りで輝いていた。その光に反応してワイバーンが飛び回る。


「魔力光……?」

「父ちゃーん!」


 目を細めるルジオラの思考を我が子の声が遮った。


「森の木がー!」

「な、なんだぁ!?」


 騎士が狼狽えたような声を出し、ルジオラも周りを見渡して息を呑んだ。森の木々が枝を伸ばし、村の上空を被っていく。


「一体、何が……」


 訳が分からず頭を抑えるルジオラの横に淡い緑光が現れ、一人の女性を形作る。その女性はルジオラたちに気がつくとにっこり微笑んだ。


『お邪魔しますね』

「せ、精霊様……?」


 愕然と呟くルジオラを無視して、樹の精霊フルラは村を木々で覆い隠していく。その視線の先でこちらの異変に気がついたブラックドラゴンが恐ろしい咆哮を上げた。大きく開けた口の前に巨大な火球が生み出される。


『こちらを狙いますか……無駄なことを……』


 フルラは余裕の表情で枝葉を伸ばし続ける。

 この囲いは防御結界であるが、火属性の魔法とは相性が悪い。それでも余裕なのはドラゴンの火球がまともに届かないと理解しているからだ。


「精霊様、樹の防御結界でドラゴンの火球は……」


 相性を正しく理解しているルジオラの言葉にフルラがまた笑みを浮かべて見返す。


『ご心配なさらずに。この屋根はただの火避けです』

「はぁ……?」


 意味が分からず、曖昧に頷くルジオラと騎士。

 呆気に取られる二人の前で無情にもドラゴンの火球が村へ向かって放たれた。火球が空気を焦がしながら突き進み、見る見る迫ってくる。

 喉の奥で悲鳴を上げそうになりながら見守る二人の前で異変はすぐに訪れた。


『オーッホッホッホ! オーッホッホッホッホ!』


 若い女の高笑いが耳に届き、村の前を流れる小川の水が盛り上がる。次の瞬間、それは天に向かって伸び上がり、大きな壁となって村と火球を隔てた。

 火球が水の防御障壁に衝突し、蒸気を上げながら消滅する。


 防御障壁の頂点に立った水の精霊ネルが豪奢な髪を揺らしながら笑い続け、ドラゴンを睥睨した。


『トカゲ如きの火球など、この水の精霊ネルにはまったく効きませんわ!』

『いや、けっこーギリギリ……』

『そんなに何回も防げないよー?』


 他の水の精霊の異論に、しかしネルは自信満々の笑みを崩さなかった。


『支流の水を引き込めばまだまだ余裕ですわ!』

『幻獣様に怒られても知らないからね』

『そんなもの、些末な事ですわ』


 笑みを浮かべていたネルが一変して怒りを顕にし、髪を後ろに払い除ける。怒りの咆哮を上げるブラックドラゴンを煩わしげに見下ろしたネルが鼻で笑った。


『黒トカゲ……あなたはやってはならない事を三つ犯したのですわ。一つ目はウィルを悲しませた事。二つ目はウィルを怒らせた事。三つ目は――』


 ネルが目を細め、一層冷たい視線をブラックドラゴンに投げかける。


『ウィルを泣かせた事。万死に値しますわ』

『それなー』


 同意とばかりに水の精霊たちが頷いた。

 全く知らないところで幼い男の子の怒りを買ったブラックドラゴンだが、同情の声は上がらない。

 ネルが腕を振ってブラックドラゴンに手をかざす。


『舞踊れ、水の大蛇! 身の程を分からせて差し上げなさい!』


 防御障壁の魔力が変質し、捻れて伸びる。

 枝分かれした水の蛇頭が次々と牙を剥き出してブラックドラゴンに襲い掛かった。巻き付き、噛み付き、ブラックドラゴンの行く手を阻む。

 プライドを害されたブラックドラゴンは吠え散らし、薙ぎ払うように火を吹き出した。しかし、水属性の魔法に対してそれはあまり効果がない。


『無駄ですわ!』


 ドラゴンを捉えた大蛇たちが力任せに押し込んで、ドラゴンの進行を止めた。

 後は地面に叩き落とせば相当の時間を稼げる筈だ。

 ワイバーンの群れも風の精霊に翻弄され、ネルの方まで手が回っていない。だが、まだ相当の数のワイバーンが宙を舞っている。時間はかけられない。


『ボレノ!』


 ネルが空を見上げると緑光の大玉が膨らんでいた。

 中央で風の精霊の魔力を纏めたボレノが苦々しげに呟く。


『分かってるよ……ったく、どいつもこいつもウィルウィルウィルウィル言いやがって……』

『みんな、ウィルが大好きだからねー』

『俺は好きじゃねーし! 一緒にすんな!』


 慌てて否定するボレノだが、他の精霊たちは取り合ってないのかそんなボレノを見て含みのある笑みを浮かべた。


『くそー、腹立つなぁ……全部アイツのせいだ……』


 ボレノが眼下で身をよじるブラックドラゴンを睨みつける。ブラックドラゴンも周りのワイバーンも、まだボレノたちに気付いてはいない。

 完成した風の大玉を掲げたボレノがブラックドラゴンに狙いを定めた。


『これでも喰らえー!』


 振り下ろされた手に従って、風の大玉がブラックドラゴンへ向かって一直線に飛んでいく。頭上から不意打ちを食らったドラゴンの高度ががくんと下がった。


『今よ、みんな!』


 土の中から姿を現したフルラの号令で身を潜めていた樹の精霊たちが次々と姿を現し、地中から太い樹の根を伸ばす。ブラックドラゴンまで届いた樹の根はそのまま絡みつき、抗うブラックドラゴンを地面まで引きずり降ろしていく。


『後は残ったワイバーンを処理すれば……』


 上空から見下ろしたネルが一息つくが、ブラックドラゴンはまだ諦めていないのか、空に向かって大きく咆哮を上げた。


『なんですの!?』


 耳を塞いだネルが周囲を見渡してハッとなる。

 ワイバーンがブラックドラゴンの咆哮を聞いて標的を風の精霊から樹の精霊と変えていた。


『危ない!』


 ネルが叫ぶと同時にワイバーンの口から次々と火球が吐き出される。


『みんな、逃げて!』

『うわあー!』

『あつ、熱い熱い!』


 フルラが伸ばした樹の根で火球を防ぐ。火に巻かれた樹の精霊たちが慌てて退散するとブラックドラゴンを捉えていた樹の根が緩み、ブラックドラゴンが僅かばかり自由を取り戻した。


『させませんわ!』


 大きく羽ばたこうとするブラックドラゴンをネルの大蛇が上から押さえつける。ここでブラックドラゴンを上空に逃せばブラックドラゴンは村まで一直線だ。そうなれば村人が避難する時間が少なくなる。


『ネル、危ない!』

『くっ……』


 ワイバーンの群れの標的が樹の精霊からネルへと移る。旋回し、ネルに狙いを定めたワイバーンが次々と火球を吐き出してきた。


『こんなもの!』


 ネルが枝分かれした水の大蛇を操って火球を撃ち落としていく。しかしブラックドラゴンへの圧力は弱まり、ブラックドラゴンがまた力強く羽ばたいた。


(なんとかしなければ……!)


 押し返される感覚にネルが焦って周りを見渡す。

 ボレノの風玉は時間がかかる。

 風の精霊たちがワイバーンを攻め始めたが全てに手は回らない。

 戦線に復帰した樹の精霊たちもなんとか樹の根を伸ばしてブラックドラゴンに絡みつくがワイバーンの横やりがあっては効果が限定的だ。


(このままでは……)


 胸中で呟いたネルの視界の端に何かが映り、彼女は顔を上げた。


『えっ……?』


 砂煙を巻き上げて爆走する何か。それが土属性の魔法ゴーレムであると気付くのにネルは少し時間がかかった。魔法ゴーレムは普通、そんな爆走しないからだ。


『えええええっ!?』


 脇目も振らずこちらに突っ込んでくるゴーレム。その頭上に乗る小さな人影に気付いてネルが更に絶叫する。


『ウィル!?』


 確かに。その頭上には口を引き結んだウィルの姿があった。




「ねる、ぴんちだ! たすけなきゃ!」

「このまま突っ込むわ……」


 ウィルの言葉に操作を手伝っているシャークティが提案する。だが、ワイバーンも舞う戦場に単身突撃するのはリスクが多過ぎる。


「ウィル様、ワイバーンをなんとかしませんと」


 落ち着いた様子で告げるトマソンにウィルが唇を尖らせる。


「ごーれむさんうごかしながらだと、ちょっとー」


 ドラゴンとワイバーン、両方同時の相手は今のウィルには少し荷が重いのかもしれない。

 ウィルの反応にトマソンは手にした棍を握り直した。


「ならば、爺めが加勢に向かいましょう。少しならばワイバーンの目を引きつけられるでしょう」

「じぃ、とべるのー?」


 ウィルの質問にトマソンが頷く。もっとも、トマソンは意のままに宙を飛べたりしない。連続した雷速歩法で宙を走るつもりでいた。


『ちょっと待ったー!』


 算段をつけようとするウィルたちの間に精霊の声が割り込んでくる。


「どうしたの、せーれーさん?」

『ウィル、副腕の魔法の型だけ発動してくれ!』

「かた……?」

『ああ! 後は俺達が副腕を動かす!』


 首を傾げるウィル。代わりにシャークティがその声に答えた。


「行けるの……?」

『任せろ! 風の精霊と土の精霊でワイバーンを落としてくる!』

「分かった……ウィル、お願い」

「よくわかんないけど、わかったー」


 シャークティに促されたウィルが真面目な顔をしてコクコクと頷く。その小さな手で杖を掲げ、舌っ足らずな声で詠い上げた。


「あつまれ、つちのせーれーさん! だいちのかいな、われをたすけよつちくれのふくわん!」


 ウィルが魔力を練り上げ、副腕のイメージを土の精霊たちに伝える。

 ゴーレムの駆け抜けて行った後に落とし込まれた魔力の型が精霊たちの手で整えられていく。

 土を凝縮し、巨大な岩の手を作り出した土の精霊たちが三対六本の副腕に乗り込んだ。

 その後ろに今度は風の精霊たちが乗り込んでいく。精霊たちが乗り込むことにより核を不要とした副腕が出来上がる。


『目標はワイバーンだ! 追い立てて黒トカゲから切り離せ!』


 土の精霊の指示の元、風の精霊の旗の合図で副腕が次々と飛び立ってゴーレムの頭上を追い越していく。


「これは、なんとも……」

「みんながんばれー!」


 呆れ顔で呟くトマソンの足元でウィルが手を振って精霊たちを送り出す。そしてそのまま前方のドラゴンに視線を向けた。

 距離はぐんぐんと近付いている。ネルが押し込まれているが、大丈夫。間に合う。


「ごーれむさん!」


 ウオォォォォォン!


 急き立てるウィルの声に反応してゴーレムが咆哮を上げる。

 急速に近付いてくるゴーレムに気付いたブラックドラゴンがそれを遮るように巨大な防御壁を展開した。

 幾重にも張られた強固な防御壁を前に、しかしウィルは魔力を込めて加速する。


「ぶ、ぶつかる!?」

「だいじょーぶ!」


 セシリアの慌てた声にウィルが落ち着いて返す。それがどれほど強固でも、ウィルには分かっていた。


「ごーれむさんのほーがつおいー!」


 加速の魔力を加えたゴーレムの力がドラゴンの防御壁の強度を上回っていると。その目でしっかりと捉えていた。


「いけー、ごーれむさーん! ぐるぐるー!」


 身構えるブラックドラゴンに向かってゴーレムが拳を引き絞る。腕が高速で回転を始め、唸りを上げた。


「ぱーんち!」


 ウィルの掛け声に合わせてゴーレムが踏ん張って拳を振り被る。止まることなく地を滑ったゴーレムが胸を反らし、最大限に溜めた力を一気に開放した。高速回転したゴーレムの拳がドラゴンの防御壁を触れる端から消し飛ばす。そしてそのまま突き抜けて、ドラゴンの脇腹に深々と拳を突き刺した。


 強烈な一撃を受けたドラゴンの巨躯が、くの字に曲がる。あまりの衝撃にドラゴンを拘束していた樹の根と水の大蛇がいくつかちぎれ飛び、ドラゴンが泡を吹く。

 しかし、ウィルはそこで止まらなかった。


「ごーれむさん、どこまでもぱーんち!」


 高速で回転し、貫通力を増した拳が密着状態で解き放たれる。拘束されたままのドラゴンは逃げることもできず、そのまま磔になった。

 藻掻くドラゴンの前脚が虚しく空を切る。

 ゴーレムの拳ははっきりとドラゴンに傷を与え、しかし命を奪うには至らない。


「いけー!」


 ウィルが魔力を込めて吼える。

 磔にされたドラゴンが拘束を完全に引き千切って宙を舞った。

 態勢を保つことができず、吹っ飛ばされたブラックドラゴンが地面でバウンドしてゴロゴロと転がる。

 大きく旋回したゴーレムの腕がウィルの下へ舞い戻り、再びゴーレムの腕へと接続された。


「「「……………………」」」


 横たわったブラックドラゴンが痛みに藻掻く。そんな見たこともない光景に大人たちが唖然とする中、ウィルは怒りに満ちた表情でそれを見下して杖先をドラゴンへ向けた。


「おうちをもやしちゃうわるいどらごんさんは、うぃるがやっつけてやる!」


 ウィルの宣言に身を持ち直したブラックドラゴンが四肢に力を込める。先制の一手で深手を追ったドラゴンだが闘志はまだ萎えておらず、唸り声を上げてゴーレムを威嚇した。

 しかし、ウィルもゴーレムもそんな事では微動だにしない。真っ直ぐにドラゴンを見返して対峙する。


 ウィルとブラックドラゴンの第二ラウンドが静かに幕を開けようとしていた。


【人物】

ルジオラ……ルイベ村の村人。顔が広く、他の村人の信頼を集めている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高速ぐるぐるぱんちでも一撃では死なないとはさすがドラゴン…まぁ時間の問題ね。 唖然とする大人達が…(笑)
[一言] 「みんなに ごめんなさい するまで なぐるのを やめない!」 「いや、もう死んでいるから」
[一言] 再び書くことになるとは… まっくのうち!!まっくのうち!!()w
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