南の砦の始末
【人物】
カルツ……シローの元パーティメンバーで冒険者ギルド最強の十傑【テンランカー】の一人。魔法図書の二つ名を持つ空属性の魔法の使い手。
スート……カルツと契約している空属性の精霊。
レクス……レクス山に住まう地属性の大幻獣。少女の姿は魔力で創った幻身体。レクス山周辺に住まう土属性系統の精霊たちの主。
「今だ、竜撃弩! 撃てぇ!」
隊長の合図で備え付けられた巨大な弩から次々と鋼の矢が放たれる。標的になったワイバーンの一団が鋼の雨に打たれて身をよじる。
ウィルたちより早くワイバーンの群れの本隊と接触していた南の砦では水際での攻防が激化していた。
「火球来るぞ! 備えろ!」
ワイバーンの口元に火の気配を感じて物見が叫ぶ。それに合わせて魔法使いが防御魔法を広域に展開した。
「くっ……」
展開された防御領域を見て、隊長が苦悶の表情を浮かべる。明らかに規模が縮小していた。竜種の火球を防ぐ為の防御壁を広域に展開するには膨大な魔力がいる。連戦の影響で魔法使いたちの魔力が枯渇しかけているのだ。
火球が次々と防御魔法に衝突し、爆発する。火球を防ぎ切った防御魔法が輪郭を失って消滅する。もう何度も防ぐ事はできそうもない。それでも、
(ここまで保っているのは魔法図書殿のお陰だな……)
隊長が空を仰ぎ見る。砦の僅か上空に立ち、ワイバーンを見据えるカルツの姿があった。
カルツは驚くべきことに、たった一人で散発的な火球を防ぎ、上空に滞留するワイバーンを撃ち落としている。
砦が未だに無傷なのが彼のおかげであることは誰の目にも明らかだ。
(テンランカー……これ程とは……)
応援に来た時はたった一人で何が出来るのかと思ったものだが、ここ数日の戦いぶりを見ればその評価を一変せざるを得ない。
(人は魔法を極めればここまで強くなれるものなのか……)
彼の後ろ姿を見ているだけで隊長の気持ちが高揚していた。おそらく他の団員たちも奮い立っているに違いない。窮地だというのに彼らの戦意は全く衰えることを知らない。
気分のまま、隊長が檄を飛ばす。
「竜撃弩、装填急げ! カルツ殿の負担を少しでも減らすんだ!」
「「「おうっ!」」」
異論を唱える者などいやしない。全員が一丸となってカルツの援護に奔走していた。
「カルツ、下が空いた!」
「わかりました。スート、力を貸しなさい」
カルツが天にかざした杖に魔力を注ぎ込む。
「従え、スノート! 過重の槌撃、
我が敵を叩け、沈下の波紋!」
上空の大気が目に見えて歪む。それらが波打ち、上空を飛翔するワイバーンを飲み込んでいく。魔力の波紋に触れたワイバーンの体が膨大な重力で軋んだ。
耐え兼ねたワイバーンが次々に墜落して地面に叩きつけられる。重力の枷はワイバーンを解放せず、さらに地面へ押し付けた。
「今だ、首を狩れ! 一匹たりとも討ち漏らすな!」
地上で待機していた騎士団が飛び出して、身動きの取れないワイバーンの群れに次々とトドメの一撃を加えていく。
ワイバーンの数は次第に増していて、カルツはそれを叩き落とす事に専念している。
フィルファリア騎士団はそれだけでも十分戦果を挙げられた。
だが、問題はその先にあった。
「どうしたもんですかねぇ、あれ……」
カルツの視線の先にはこちらに向かってくるブラックドラゴンの姿があった。悠々と進むその姿には途中で進路を変更する様子はない。もう間もなく戦闘領域に侵入してくる。
カルツの実力を持ってすれば単独でドラゴンを狩る事も可能である。ただし、周囲の被害を気にしなければの話だ。
特にブラックドラゴンは魔力の耐性が他のドラゴンよりも高い。カルツには相性の悪い存在だった。
それに加え、カルツとスートはウィルの魔力の波紋も感知していた。
ウィルから送られてきた村へ向かうドラゴンの姿。普通に考えれば、ウィルたちは行く手を絶たれた事になる。
急いで助けに向かいたいが、侵攻してくるドラゴンを前にそれはできない。
「カルツ、なんとかなんねぇのかよ」
「難しいですね。ワイバーンも全滅したわけではありませんし」
無理をしてワイバーンに突破を許せば王都に被害が出る。王都を守る為には飛竜相手に粘り強く戦い、勝機を得るしかない。
「スート、ウィル君が心配なのは分かります。私も同じです。ですが、ここを放って駆けつけるという選択肢はありません。セレナさんやニーナさんを守る為には……」
「分かってる」
スートも承知のことだ。結局、ワイバーンとブラックドラゴンを葬らなければ自分たちはここを動けない。
『ふん……手こずっておるようだな』
不意に響いた声にカルツとスートが背後を振り向く。
そこには腕を組んだ少女がカルツやスート同様、宙に浮かんでいた。
少女が視線をカルツとスートの間から迫りくるブラックドラゴンへ静かに向ける。
「あ、あなたは……」
問いかけながらカルツは息を呑んだ。
精霊と契約しているカルツは見ただけで少女の異様な魔力を察する。当然、精霊であるスートはカルツ以上にその少女の格を感じ取って身震いした。
そんな二人を気にした風もなく、少女が間を割って前に出る。
『トカゲ風情が……人の寝所を荒らしおって……』
少女が不機嫌そうに呟き、目を細める。
カルツたちに気付いたブラックドラゴンは砦ではなくカルツたちを目掛けて飛行する速度を上げた。
『このレクスの怒りに触れたこと、後悔するがいい!』
ブラックドラゴンを睨みつけたまま、少女――レクスがスッと手を掲げる。同時に膨大な魔力が彼女の手の先へ集中し、大気が震え始めた。
『地霊の聖歌、巨人殺しの大槍、
主の命により我に仇なす存在に大地の刃を立てよ! 聖櫃の墓標!』
凝縮された大質量の魔力が瞬く間に巨大な石柱と化して空に横たわる。
レクスが勢い良く腕を振り下ろすと山の如き石柱が矢のように放たれ、ブラックドラゴンの頭上から襲い掛かった。
魔法を目視したブラックドラゴンが体躯を覆うように巨大な防御壁を展開する。
『無駄じゃ!』
巨大なブラックドラゴンよりもさらに巨大な石柱の矢がブラックドラゴンの防御壁を貫通した。石柱の矢がそのままブラックドラゴンを押し潰して地面に衝突する。
轟音が空気を震わせ、膨大な土煙が吹き荒ぶ。
『……ふん』
つまらなさそうに鼻を鳴らしたレクスが振り下ろした手を引くと、大地に突き刺さった石柱が魔力を失って消滅した。
沸き立つ砂埃が収まる。魔法が突き刺さった場所には潰れたブラックドラゴンの死骸が転がっていた。
「あ、ありがとうございます」
圧倒的な威力にカルツが辛うじてそれだけを呟く。
レクスが向き直ると、怯えたスートが慌ててカルツの後ろに隠れた。
スートを庇いつつ、カルツが頭を下げる。
「これでウィル君の下に駆けつける算段がつきます」
『ふん。その必要はない』
「えっ……?」
レクスの答えにカルツが間の抜けた声を漏らす。
レクスは視線をウィルの波紋の中心地と予測される場所へ向けた。
『人の子の呼び声に精霊総出で出かけて行きよったわ……滅多なことは起こらんじゃろう』
「し、しかし……」
『とっとと残りを始末するぞ。まぁ、物足りんがな』
有無を言わさぬレクスにカルツが反論を諦める。目の前の少女にはそれだけの力があった。
『些事を終えれば、お主には見世物の同席を許してやろう。面白いものが見れるやも知れぬぞ?』
「は、はぁ……」
不遜な態度で言ってのけたレクスが標的を残ったワイバーンに定める。ワイバーンも脅威を感じて目標をカルツたちの方へと切り替えていた。
曖昧な返事をする事しかできず、カルツが共闘の姿勢を取る。
(ウィル、か……)
レクスは迫るワイバーンを凝視しつつ、全く違う事を考えていた。
(せめて、このレクスに興味を抱かせるだけのものを見せてみよ、ウィル……)
心の中でそう望みながら、レクスは込めた魔力でワイバーンをぞんざいに叩き落とした。




