飛行魔法補助付き
起きて状況を理解したセシリアたちはライアとフルラの案内で洞穴を出た。
少し日が傾き始め、広場が薄っすら色付いて見える。
「かーさまー! れーんー!」
広場を一望していたセシリアとレンが聞き慣れた男の子の声に向き直った。その口元が自然と綻ぶ。
「ウィル……」
息を切らせて駆けてきた我が子をセシリアは優しく抱き締めた。
「心配かけたわね、ウィル」
「しんぱいしたー」
セシリアの腕の中でウィルが擦り寄る。
それに満足するとウィルはセシリアから離れた。
「れんもへーき?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
見上げてくるウィルにレンが頷いて返す。
まだ万全とは行かないものの、ウィルを安心させるには十分だったようだ。
「ほっとしたー」
ウィルがニヘッと笑みを浮かべる。
代わりに今度はセシリアがウィルに問いかけた。
「ウィルは怖い目に合わなかった?」
ここに至るまでを精霊に聞いてもウィル自身がどうであったか知る由もない。
だが、ウィルの答えはあっけらかんとしたものだった。
「んーん。みんないてくれたし、うぃる、たのしかったよ♪」
心底楽しそうに手を振って答えるウィルにセシリアたちが苦笑する。
それなりの窮地を体験したはずなのだが、ウィルにとっては大した問題ではなかったらしい。
セシリアたちはその理由をすぐに知れた。
「あのね、うぃるね、たくさんまほーおぼえたの!」
自慢気に胸を張ってみせるウィル。
窮地の恐怖よりも新しい魔法に触れ合えた喜びの方が勝っていたのだ。
ウィルらしいといえばウィルらしい。
しかし、ライアからウィルに魔法を見せたことを伝え聞いていたセシリアたちに動揺はなかった。
ウィルの覚えた魔法はどれも危険なものではない。
ウィルが怖い思いをして怯えているより遥かに良い事のように思えた。
「いーい? みててね、いーい?」
セシリアたちが目覚めたことでテンションが高くなったウィルは忙しなく確認するとアジャンタにお願いして宙に持ち上げてもらった。
その様子をセシリアとレン、ライアたちも笑顔で見守る。
「せーの!」
掛け声に合わせてウィルがアジャンタから飛び立つ。
ウィルは先程と同じように一生懸命風を操ってセシリアたちの前まで泳いだ。
笑顔のまま固まる大人たちを前に荒く息をついたウィルが会心の笑みを浮かべる。
「どお! うぃる、とべるようになったんだよ!」
どうもこうもない。
知らされていた魔法とは全く違うものを見せられ、反応に困ったセシリアはそのままゆっくりと後ろにひっくり返った。
「セシリア!」
倒れる前に抱き留めたレンがセシリアの顔を覗き込む。
セシリアは弱々しく微笑みながらレンの顔を見返した。
「ごめんなさい、レン……私、頭の打ち所がちょっと悪かったみたい……」
「諦めて、セシリア。これは現実です」
ウィルに治療され、樹の精霊に診てもらったセシリアの状態はすこぶる良好である。
現実逃避しようとするセシリアにレンは微妙な笑みを浮かべて首を横に振るしかなかった。
『これはいったい、どういう事なのか説明してくれないか?』
見守っていたライアが視線をネルへ向ける。
ネルは呆れたように肩をすくめ、こちらへ向かってくる精霊たちを見やった。
『ボレノがウィルに突っかかったのですわ。それを勘違いして受け取ったウィルが力尽くで飛んでしまいましたの』
『それは……』
ライアが何かを言わんとして口を開けたまま思考を巡らし、諦めた。
『勘違いするにも程があるな……』
普通に考えたのでは勘違いで空を飛んでしまう場面が想像できない。それは周りの大人たちも同じだ。
勘違いの末という事であれば、ボレノだけに責任があるとは言い難い。
少し話を聞く必要がある。
『ボレノ、ちょっといいか?』
『うっ……』
ライアに呼びかけられたボレノが身をすくめる。
それを見ていたウィルが慌てて大人たちとボレノの間に割って入った。
「だめ!」
『ウィル……?』
真剣な顔をして背にボレノを庇うウィル。
大人たちが不思議そうにしていると、ウィルは大真面目に言い放った。
「ぼれのをいじめちゃだめ! うぃる、ぼれののおかげでとべるようになったんだから!」
この瞬間、犯人が確定した。
「ねー、ぼれの、ねー?」
『あ、はい、そうね……』
ウィルに同意を求められるも素直に頷きづらいボレノである。
『まぁ、いい……』
小さくため息をついたライアがポンポンとウィルの頭を叩く。
それから再度ボレノに視線を向けた。
『ボレノ、責任を持ってウィルに新しい魔法を用意するように』
『はい……』
乾いた笑みを浮かべたボレノが肩を落とす。
その様子に周りの精霊から笑みが溢れた。
『ウィルはもう少し遊んでこい』
「かーさまたちはー?」
促してくるライアとセシリアたちをウィルが交互に見る。
ライアはウィルの頬に触れると小さく笑みを浮かべた。
『少し話が残ってる。これからの事とか、な。それに二人はまだ起きたばかりだ』
「うん……」
少し残念そうな笑みを浮かべるウィル。
それをあやそうと地に降りたアジャンタがハッとして顔を上げた。
「違う違う! 大変なのよ! ウィルが大変なことになってたからうっかり忘れてたわ!」
突如騒ぎ出したアジャンタにウィルを始め、全員が唖然としてアジャンタを見る。
「大変なの!」
『わかった。その話も一緒に聞こう。ネルも来い』
ライアに促されたネルがウィルに視線を向ける。
『それは構いませんけど……ウィルは誰が見るんですの?』
どうやら、あまりにも無軌道に魔法を習得するウィルの事を心配しているらしい。その様子にカシルが笑みを浮かべた。
「僕たちで見てるから大丈夫だよ。ウィル、飛行魔法を一緒に考えよう」
「うん!」
魔法と聞いて元気を取り戻したウィルがカシルの手を取る。
そして反対側の手をボレノに伸ばした。
「ん!」
『な、なんだよ……』
「ん!」
ボレノが伸ばされた手を前にして戸惑う。
「手を繋げ、ってアピールだろ? 繋いでやったらいいんじゃねーの?」
『なんで、俺が……!』
嘆息しながら促すシュウにボレノが抵抗する。
しかし、こういう時のウィルは頑固である。
逡巡したボレノが根負けしてウィルの手を恐る恐る取るとウィルが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「えへへぇ♪」
『くっ……!』
とろけるようなウィルの笑顔に敗北感漂うボレノ。
「いこー!」
『お、俺は騙されないからなぁ!』
ウィルの手に引っ張られ、ボレノは情けない声を上げて追従していった。




