ウィル、飛ぶ?
お世話になっております。綾河です。
「ウィル様は今日も魔法で遊んでいます。」をお読み頂き、ありがとうございます。
ウィル様の二巻が11月15日に発売されました。本屋さんにお立ち寄りの際はぜひ探してみてください。かわいい三姉弟が目印です♪
そのまま保護して頂けると嬉しいです。
((*_ _))ペコリ
「ん!」
ウィルが杖を振って魔法を発動させる。広がった風の魔力がウィルの周囲を包み込んだ。
それを確認したウィルは少し高い石の上から飛び降りた。
「とー!」
気合とは裏腹に、ウィルの体はゆっくりと地面に降りていく。
それをマークと並んで見守っていたネルがため息をついた。
『ウィル、その魔法では空は飛べませんわ』
ウィルが繰り返しているのは風の精霊に教えてもらった降下速度を下げる魔法だ。範囲内にある物質に干渉して緩やかに降りるこの魔法には浮力はなく、ウィル自身を持ち上げる事はできない。
ムキになったウィルはシュウに石の上へ運んでもらい、先程から同じことを繰り返していた。それを遠巻きに見守っている精霊たちもいる。
『シュウも分かってるんでしょ? その魔法じゃ無理だって……』
「んー?」
マークが呆れたような表情で腰に手を当てる。
だが、シュウはあまり気にしてないような曖昧な返事をした。
そもそも、人のみの力で空を飛ぶ魔法はない。
精霊の中でも空を自由に飛べるのは風の精霊と空の精霊。人が空を飛ぶためにはこれらの精霊と契約しなければならない。空を飛ぶ魔法は精霊魔法なのである。
(ふわふわはできるの……うえにはいけないのかなぁ……)
シュウに運んでもらいながらウィルは表情を曇らせた。
自分が飛べなければアジャンタが馬鹿にされたままである。それはウィルの勘違いなのであるが、その事に気づいていないウィルは悲しい気持ちになった。
そしてもう一度自分を奮い立たせる。
(だめ! あじゃんたはばかじゃないもん!)
それを証明するためにはウィルが空を飛んでみせるしかない。
何度でも何度でもチャレンジだ。
(このまほうでうえにいけないんだったら……)
ウィルは考えた。だったらどうするか。上に行けないのであれば他の魔法で上に進めばいいと。
「よし!」
ウィルが気合を入れて魔法を発動させる。ここまでは先程と同じだ。
ウィルは飛び降りる前に違う魔法を詠唱した。
「きたれかぜのせーれーさん、ぼーふーのちょくそー、わがてきをつらぬけかぜのこーじん!」
ウィルの掲げた杖に風の魔力が集まる。
「とー!」
ウィルは飛び降りると同時に地面へ向けて暴風の直槍を放った。緑光が地面に突き刺さり、更にはウィルを押し上げて――
「あ〜〜〜!」
『『きゃああああ!?』』
ウィルの体は空へとすっ飛んで行った。
「あはははははははっ!」
シュウがお腹を抱えて笑い転げる。
『笑い事ではありませんわ!』
『そうだよ! あんな高さから落ちたら……』
慌てるネルとマークにシュウは荒く息をつきながら目尻の涙を拭った。
「降下速度減少の魔法使ってるんだから大丈夫だろ」
シュウの言う通り、上昇を終えたウィルはゆっくりと下降を始めていた。
(あーあ、またしっぱいしちゃった……)
名案だと思ったのに。暴風の直槍では思い通りに、とはいかないらしい。
(せーれーさんみたいにかぜをうごかせたらなぁ……)
風の精霊たちは魔力で風を操りながら、自ら風の一部と化して空を飛んでいるのである。さすがのウィルでも精霊そのものを真似ることはできない。
ウィルがうんうん唸っているとウィルの体から緑光が溢れ、レヴィが姿を現した。
ウィルの発動した降下速度減少の魔法を受けたレヴィがウィルと並んで降下し始める。
「どうしたの、れびー?」
鼻先を向けてくるレヴィにウィルが首を傾げる。
どうやら魔法で上手く成果をあげられないウィルを心配して顔を出したようだ。
「しんぱい〜?」
ウィルがレヴィを抱き寄せる。
レヴィはウィルに擦り寄ると顔を上げた。それから体を強張らせる。
「なに〜?」
フルフルと腕の中で震えるレヴィにウィルは首を傾げた。
レヴィの体から弱い風の魔力が溢れ出して降下するウィルたちを支えようと動き出す。
「かぜ……」
下からそよそよと風が吹いてくる。
ウィルはその魔力に気を取られていて、横から飛来する者に気付くのが遅れた。
「ウィルー!」
ウィルが顔を上げるとアジャンタがウィルを目掛けて飛んでくるところだった。
「あじゃんたー」
「大丈夫、ウィル? なんで浮かんでるの?」
「えーっと……」
矢継ぎ早に聞かれたウィルが困ったように下を見た。
アジャンタがその視線を追うと心配そうに見上げるネルたちや可笑しそうに笑っているシュウの姿が見えた。
「まぁいいわ。シュウたちの所に戻りましょう」
「あい」
コクコク頷くウィルの手を取ったアジャンタがウィルを地上へと導いていく。
「おかえり」
「ただいまー」
ウィルが出迎えるシュウに元気よく応える。
その横からアジャンタがシュウの肩に手を置いた。
「アーシャもおかえり」
「ウィルのお家で事情を聞いて、急いで戻ってきたのよ」
心なしかアジャンタの手に力が篭もる。
だが、シュウの表情は余裕に満ち溢れていた。楽しんでいる節まである。アジャンタの表情が不機嫌であってもそれは変わらない。
シュウにはアジャンタから次に出てくるであろうセリフが予想できていた。
「それで、なんでウィルが精霊の助けなしに空を漂ってたの? 危ないじゃない!」
予想と違わぬアジャンタの言葉にシュウはニヤリと笑ってから彼女にソッと耳打ちした。
話を聞いたアジャンタが目を見開いて頬を朱に染め、それからまた不機嫌そうに眉を寄せる。
視線を少し離れたボレノに向けるとボレノはすくみ上がってアジャンタから目を逸らした。
「……まぁ、いいわ」
普段なら決して許しておかないところだが、今は非常時だ。ライアたち上位精霊に報告しておかなければいけない事もある。
その前に、ウィルだ。ウィルの家の使用人たちはウィルたちが崖から転落したと言っていた。
アジャンタが心配そうにウィルの顔を覗き込む。
「ウィル、怪我してない?」
「うぃるはへーきー」
「お母様たちは?」
「らいあたちのとこでねてるのー」
「そう……」
一先ずウィルの体調に安堵したアジャンタはネルに視線を向けた。
「大丈夫ですわ。気を失っているだけでしたから」
アジャンタの聞きたかったであろう事をネルが端的に告げる。
アジャンタは頷いてからウィルに向き直った。
「ウィル、お母様たちの様子を見に行きましょう」
「やっ」
ウィルがぷい、っと横を向く。
「うぃるががんばんないとあじゃんたがばかっていわれちゃう……」
「ウィル……」
アジャンタは困ったような笑みを浮かべた。
ウィルの気持ちが勘違いから来るものであったとしても正直嬉しい。
だが、空を飛ぶことが小さなウィルにはどれほど危険か、アジャンタには分かっていた。
「ウィル、人の身で空を飛ぶのは危険なの。私たち精霊の力が必要なのよ」
「でもね、でもね!」
なかなか引き下がらないウィル。ウィルは自分の腕の中のレヴィを掲げた。
「れびーがふーふーってしたの」
「ふーふー?」
レヴィが力を込めて先ほどと同じように風を操る。そよぐような風が精霊たちの間を吹き抜けた。
『珍しいですわね。肉食の姿をした幻獣は自身を強化させる魔法に目覚めることが多いですのに……』
ネルがレヴィの頭を撫でる。
レヴィの起こす風は攻撃に使えるものでも何かを強化するわけでもない。ただ弱々しく風を操っているだけだ。
「あじゃんた、おねがい! もういっかいだけ!」
ウィルが真剣な顔をしてアジャンタを見上げる。
「……わかったわ。もう一回だけよ」
結局、アジャンタは折れた。
ウィルを小高い石の上に運び上げる。ウィルがその縁に立ち、その隣にレヴィが寄り添う。
「れびー、いくよ」
ウィルはそう言うと手にした杖を振った。
降下速度を下げた状態でウィルとレヴィは体を投げ出した。それを支えようとレヴィが風を操る。
(まだ足りない……)
今のレヴィの力だけでは降下を支えるだけの風を操れない。しかし――
(れびーのふーふーなら、うぃるもつかえる!)
本来、幻獣と契約した者は幻獣の技を己の魔法として操ることができる。今のウィルはレヴィと同じように風を操ることが可能なのだ。
「うぐー!」
ウィルが懸命に体を伸ばす。
降下速度減少の魔法の範囲ごと下から支えているため、前への推進力は殆どない。浮かび続けることも難しいだろう。それでも――
「うぬー!」
ウィルは手足で漕ぎ出した。
その横のレヴィも手足をバタつかせてついていく。
跳躍でもなく、浮遊でもない。ウィルは確かにゆっくりと飛翔していた。
「おちるー」
風で支え切れなくなったウィルが地面に着地する。
宙を泳いでいたので息が荒い。だが、ウィルは疲れきった顔に会心の笑みを浮かべていた。
「どーだー!」
呆気に取られていた精霊たちが我にかえり、見る見る破顔していく。
『やったー!』
『ウィル、すごーい!』
『人間が飛んだー!』
ウィル、初飛行。その距離、およそ五メートル。
自力で飛んで見せたウィルに精霊たちが駆け寄った。
『んな、アホな……』
大盛り上がりの精霊たちを離れて見ていたボレノが呆然と呟く。
そんなボレノにウィルを始め、精霊たちがジーッと視線を送った。
『な、なんだよ……?』
たじろぐボレノ。ウィルたちの視線に晒されて顔を背けたボレノだったが、沈黙に耐え切れず屈した。
『あー! わかった、わかったよ! 俺の負け! 認めるよ! これでいいんだろ!』
『イエーイ! ウィルの勝ち!』
ボレノの敗北宣言にウィルの手を取った精霊がその手を高々と上げた。勝ち名乗りを受けたウィルが両手を上げて喜びを表現する。
「いえーい♪」
『『『イエーイ♪』』』
精霊の庭に興奮したウィルの声と精霊たちの喝采が響き渡った。




