新しい魔法と小さな騒動
お世話になっております。綾河です。
「ウィル様は今日も魔法で遊んでいます。」をお読み下さり、誠にありがとうございます。
11月15日発売予定の第二巻の表紙が公開されました。よろしければ一二三書房様の公式やネット予約などで確認してみてください。
2巻の表紙もめっちゃかわええねん!
「つどえきのせーみずのせー、たいじゅのあさつゆ、なんじのりんじんをいやせせいめいのしずく」
手をお椀のような形で上向けたウィルが目の前のフルラとネルに手を差し出した。
詠唱が意味を成し、発動した魔法がウィルの掌に少量の水を生み出す。
その様子を見ていたフルラとネルは徐々に対称的な表情へ変わっていた。
歓喜のフルラと絶望のネル。
そんな二人にウィルがニコリと笑みを浮かべる。
「できましたー♪」
『ちょっと失礼……』
少し前へ出たフルラが長い髪をかき上げて、ウィルの手の中の水に口をつけた。
緊張した面持ちで見守るウィルに魔法の効果を確認したフルラが顔を上げて微笑む。
『合格。素晴らしいわ、ウィル』
『ああああああ……』
やったー、と喜びに手を上げるウィルの横でネルがガックリと項垂れる。水の上位精霊、完全敗北の図である。
「これで、おててなおるかなー?」
ウィルから回復魔法へのこだわりを聞いていたフルラが困ったような笑みを浮かべた。
『その魔法では無理ね。やっぱり世界樹の恩恵を受けた樹の精霊に再生魔法を教わらないと……』
「そっかー」
『でも、その魔法は大怪我をした人をあっという間に治すことができるわ。消費する魔力も大きいけれど、きっとウィルのことを助けてくれるはずよ』
「うん」
少し肩を落としたウィルだったが、新しい魔法を習得した喜びが勝ったのか、再び笑みを浮かべる。
それを少し離れて見ていたシュウは視線をネルへと向けた。
「だから言ったろ? ウィルには魔力の流れが目に見えてんだ、って……」
『有り得ません、有り得ませんわ……』
うわ言のように呟くネルをライアが静かに見つめる。
(確かに有り得ない……)
ライアもまたネルと同じ気持ちでいた。だが、その理由は別だ。
(ウィルが魔力を目で見て捉えていることは疑いようのない事実だろうが……)
シュウの言葉には一定の理解を示せる。
見ただけで魔法を再現可能にする方法はそう多くない。
問題はその手段である。
(ウィルは魔力を手足のように使っている……我々、精霊と同じように)
本来、人間種というのは魔力を知覚する訓練を得てようやく魔法を使えるようになる。
だが、ウィルはその過程を飛ばしているように見える。
まるで生まれた時から魔力を扱う力を有しているかのようだ。
その証拠に、ウィルは初見の魔法を無詠唱で発動することがある。
無詠唱は魔力を正しく操作しなければ発動しないのだが、詠唱の補助を体験したことのない状況で成功させるのはとてつもなく難易度が高い。
ウィルの再現レベルは異常なのだ。
(この事をウィルの身内に話しておくべきなのかどうか……)
ライアが未だ眠ったままのセシリアとレンに視線を向ける。
人間の社会に疎いライアではその判断を正しく行うことが難しかった。
(どちらにしろ、二人が起きてからだな)
セシリアたちに話を聞いてから判断しても遅くはないと結論づけたライアの横にウィルが歩み寄る。
「らいあ、みてた?」
『ああ、凄かったぞ。ウィル』
覗き込んでくるウィルの頭をライアが優しく撫でる。
ウィルはご満悦な様子でライアに身を任せた。
ウィルの視線がふとセシリアたちの方へ向く。
「かーさまたち、まだおきないね……」
『そうだな。だが、大丈夫だ。私もフルラも見ている。安心していい』
「うん」
ウィルは少し心配そうな表情をしていたが、ライアたちへの信頼は厚く、コクリと頷いて見せた。
その様子に頷き返したライアが視線を洞穴の外へと向ける。
『ウィル、せっかくだ。気分転換に広場を見てきてはどうだ?』
「おそとー?」
『そうだ。ネルとシュウを連れて一緒に見ておいで』
『ちょっ!? 何勝手に決めてるんですの!?』
打ちひしがれた状態から立ち直ったネルが顔を上げる。
その顔を見返してライアが目を細めた。
『こんな小さな人間種の子供を世界最高峰の回復術師に仕立て上げた責任は誰が取るんだ、ネル?』
『ううう……いつもと立場が逆ですわ』
観念したようにノロリとネルが立ち上がる。
ウィルが先程詠唱した魔法は樹の回復魔法と水の回復魔法を同時に発動した相乗魔法だ。
同種の魔法を同時に発動することでその効果を何倍にも高めることができる。
ここまでウィルに見せる必要はなかったのだが、単体の水魔法をモノにされてしまったネルの願いでフルラが協力したのだ。
結果は見ての通りである。
「ねる、いっしょにおそといってくれるのー?」
傍に来たネルを見上げてウィルの表情が華やいだ。
そんなウィルの反応に観念したネルが手を伸ばす。
『えーえー、どこへでも一緒に行って差し上げましてよ?』
「えへー♪」
嬉しそうにネルの手を取るウィル。
「しゅうも、はやくー」
「分かった分かった」
ウィルがパタパタ手招きすると笑みを浮かべたシュウがウィルの手を取った。
三人が並んで歩き出す。その後ろをついて歩くようにレヴィが追いかけた。
ウィルたちが洞穴を出ていくのを見送って、フルラが笑みを浮かべる。
『ウィル、ホントに凄い子ね……』
『そうだな』
『なにか気にかかることでも?』
『ん……』
フルラに見透かされてライアが言葉を濁す。
だが、フルラは無理に追求してこなかった。
『気が向いたら話してね』
『分かった』
ライアの返事を聞いたフルラが笑みを深めて立ち上がる。
『いつまでも川に魔獣を放置しておくわけにもいかないから回収してくるわね』
『ああ……』
ウィルたちの後を追うように洞穴を出ていくフルラを見送って、ライアはまた黙々と思考を巡らせた。
「すごーい♪」
小高い場所にある洞穴の前から一望したウィルは日に照らされた広場に歓声を上げた。
『さぁ、降りますわよ』
ネルがウィルの手を引いて歩き出す。
広場にいた精霊たちは興味深そうにウィルのことを眺めていた。
その中に見知った顔を見つけてウィルが立ち止まる。
ウィルと一緒に川を流れてきた精霊たちだ。クララの姿もある。
「あれー?」
『なんか様子が変ですわね』
精霊たちが集まって、何やら言い争いをしているように見えた。
「行ってみようぜ」
シュウに促されてウィルが歩き出す。
クララたちと向かい合っているのはどうやら風の精霊たちのようだが、ウィルはその顔に見覚えがなかった。
「なんだ。ボレノか」
「かぜのせーれーさん?」
ウィルがシュウを見上げる。
シュウの冴えない表情から察するに、あまり仲のいい精霊ではないようだ。
ウィルたちが近付くとボレノと居並んだ精霊が声を荒げているところだった。
『なんで人間なんか連れてきたんだよ!』
『『そうだそうだ!』』
『しょうがないでしょ! ウィルたち、困ってたんだから!』
ボレノと真っ向から対峙しているのは水の精霊の少女でその影にクララが隠れるように立っている。
周りの精霊たちも何事かと遠巻きに様子を伺っていた。
ネルはため息をつくと、様子を伺っていた精霊たちの中でも一人で佇んでいた精霊に話しかけた。
『何の騒ぎですの、マーク?』
『一部の精霊が人間を招き入れた事に反発してるんだよ』
マークと呼ばれた火の精霊が赤い髪を揺らして向き直り、ウィルを見下ろす。
なんとなく自分たちが責められてると気付いたウィルがしょんぼりしてネルを見上げた。
「ねるー、うぃるたち、きちゃだめだった……?」
『そんなこと、ありませんわ。ウィルたちは精霊に誘われてこの地に辿り着いたのです。ですからそんな顔、なさらないでくださいまし』
「うん……」
『騒いでいるのはいつもの連中さ。気にすることないよ』
マークの言葉には自分に言い聞かせるようなニュアンスも含まれている。
火属性の精霊であるマークは森においては滅多に現れない存在だ。そんな精霊に対してはぐれ者扱いする精霊もいる。
そんな連中から見ればウィルもマークも似た者同士だ。
尚も横柄な態度で水の精霊と言い争いを続ける風の精霊ボレノ。
堪りかねてウィルと一緒に川を下った風の精霊たちが口々に抗議した。
『ウィルはアーシャのお気に入りなんだよ!』
『そうだそうだ! アーシャに言いつけてやるー!』
『ふ、ふんっ!』
若干旗色を悪くしたボレノがそっぽを向く。
それを見たシュウが思わず噴き出した。
「ブフッ! ボレノも惚れてるアーシャには告げ口されたくないよな」
「あーしゃ、だれー?」
不思議そうに見上げてくるウィルにシュウが「悪い悪い」と笑みをこぼした。
「アーシャはアジャンタの愛称だ」
「あじゃんたー?」
納得したウィルを見て、ネルが驚きの表情を浮かべる。
こんな幼いウィルにもう真名を告げてしまった精霊がいるのか、と。
ボレノがそんなやり取りをしていたウィルたちの存在に気付いて口の端を歪めた。
わざとらしく声を大にして言い放つ。
「アーシャもバカだよなっ! あんな人間に肩入れするなんて!」
横柄な態度でウィルを見下すボレノに、ウィルと関わりのある精霊たちが眉根を寄せる。
ウィルに肩入れしているのは、何もアジャンタだけではない。
あからさまな敵意を向けられたウィルの手に力が篭もる。
手を繋いでいたシュウとネルがその事にすぐ気付いてウィルに視線を向けた。
先程歓迎されてない雰囲気に落ち込んでいたのだ。シュウたちが心配するのも無理はない。だが――
『ウィル……?』
ネルはウィルの表情に僅かばかり戸惑った。
頬をプクリと膨らませ、眉を釣り上げていたからだ。
あからさまな怒りを顕わにしたウィルがシュウとネルの手を振り切る。そのままボレノに向かって駆け出した。
『なんだよ?』
宙に浮いたまま、ウィルを見下ろすボレノ。
ウィルは両足を広げ、肩を怒らせてボレノを睨みつけた。
「あじゃんたをばかにするな!」
『『『…………?』』』
精霊たちの間に妙な沈黙が訪れる。
ボレノでさえ、ウィルの言葉の意味が分からなかった。
『おまえ、何を言ってるんだ?』
「あじゃんた、ばかじゃないもん! うぃるのたいせつなおともだちだもん!」
ボレノがフンフンと鼻息を荒らげるウィルを見て呆気にとられる。
確かにアジャンタを引き合いには出したが、馬鹿にしたのはウィルの事である。アジャンタを見下したわけではない。
しかし、その辺りのニュアンスが幼いウィルにはまったく伝わっていなかった。
ウィルは言葉通り、アジャンタが馬鹿にされたと思って怒ったのだ。
さらにボレノを混乱させたのはウィルがアジャンタの真名を発したことだった。
『おまえ、なんでアーシャの真名を……』
「だいすきなおともだちだからだいっ! うぃる、せーれーおーになるんだもん!」
『なっ……!?』
ボレノは絶句した。
周りの精霊たちも今までの雰囲気を忘れたように色めき立つ。
ウィルの発言の意味が分からない精霊はこの場にいなかった。
『えーっ!? なにそれ!?』
『マジマジマジッ!?』
『ウソォーッ!?』
突然の話題に興奮した精霊たちが声を上げ、騒ぎが波及していく。その様子にウィルの肩を持つ精霊たちが便乗した。
『ホントだよー! アーシャ、ウィルの事が大のお気に入りなんだよー!』
『アジャンタの他に土の精霊のシャークティも真名を教えたんだからー!』
やんややんや。
騒然となる精霊たちの中でウィルは変わらずボレノを見上げていた。
精霊たちの興味がウィルに向いたことで孤立する形となったボレノが歯噛みする。
『認めない、認めないぞ! 空も飛べない人間のくせに!』
「おそらをとべたら、あじゃんたにあやまってくれるの!」
『だから! お前はさっきから何を言ってるんだよ!』
「よーし、わかったー!」
なんにも分かってない。
噛み合わない買い言葉を一方的に発したウィルはやる気を漲らせて走り去っていた。
『いや、待てって!』
置き去りにされたボレノが思わず手を伸ばす。が、それでウィルが戻ってくるわけでもなく。
その場には呆然としたままのボレノだけが残った。
(なんなんですの?)
おかしな話の流れにネルが呆れていると、その両隣にいたシュウとマークが体を震わせ始めた。
「み、見た? ボレノのマヌケ面……!」
『見た、僕も……!』
「くっくっ! さすがウィル!」
『ボレノ、いつも威張ってるから、いい気味……ふふ』
噴き出しそうになるのを必死に耐える子どもたちに、ネルは「やれやれですわ」とため息混じりに呟いてウィルの後を追いかけた。




