精霊の庭
【お知らせ】お世話になっております。綾河です。
「ウィル様は今日も魔法で遊んでいます。」をお読み頂き、ありがとうございます。
この度、「ウィル様」の2巻の発売予定日が2019/11/15と発表されました。
書影の公開はまだですが、お楽しみにして頂けると嬉しいです。その他も準備ができ次第お伝えできればと思っております。
住処としている洞穴を出て体を伸ばす。
空は晴れ渡っており、日差しが少し鬱陶しいくらいだ。
深い森の中、この場所だけはくり抜かれたような広場になっている。
澄み切った魔素が広場と外界を隔て、自然の結界として外敵を阻む。それ故、この場を好む精霊も多い。
『ん……』
体をほぐし終えた私は広場をゆっくりと歩き始めた。
思い思いに過ごしていた精霊たちに声をかけられ、返事をする。いつもの光景だ。
一通り広場を散策し終えると水を浴びに川へと向かう。
これもいつの頃からか、私の日課になっているものだ。
知り合いの水の精霊が勧めてきたのだが、案外気に入っている。
精霊の身で汚れたりはしないが気分の問題だ。
衣服を構成している魔素を解いて川へ入る。
程よい深さになったところで水に体を預けた。
時折、楽しげに泳ぐ水の精霊の子供たちを見かけるのだが、今日はいないようだ。
(なんだ……?)
しばらく川の流れを堪能していると上流から何かの気配を感じた。
精霊のものとは違う。だが、邪気はない。
不思議な感覚だ。
段々と近付いてくるその気配が気になって岸へ上がる。
程なくして、その気配の持ち主は姿を現した。
どんぶらこ、どんぶらこ、と。
寄せ集めの木材で作った筏の先頭に小さな人間の男の子が立っていた。
よく見れば風の精霊や水の精霊、樹の精霊も一緒だ。しかし、周りの精霊たちが警戒している様子はない。まるでお互い一緒にいるのが当たり前のように振る舞っている。
そんな男の子や精霊たちの後ろには人間の大人が横たわっており、さらに筏の横を温厚そうな魔獣が気持ちよさそうに泳いでいた。
(なんだ、これは……?)
ある種、異様な光景に思わず呆けてしまう。目で得た情報を正しく理解しようとするが、できなかった。
しばらくその様子を眺めていると顔を上げた男の子が私の方を振り向いた。
基本、精霊は心を許さなければ人の目に見えることはない。その子供から私が見えないのが道理だった。
「おおーい!」
目を輝かせた男の子が見えないはずの私に向かってブンブンと手を振る。
まさか。そう思い、わたしは背後を振り向いた。誰もいない。
もう一度、子供の方に向き直るとその子はまだ私の方に手を振っていた。
(私なのか……?)
半信半疑で自分自身を指差すと、子供は一生懸命首を縦に振った。
「おおーい!」
男の子がまた私に手を振る。
『はぁ……?』
釣られた私は思わず、小さく手を振り返した。
それを喜んだのか、男の子が一層激しく手を振る。筏から落ちそうな勢いに慌てた精霊たちが男の子をなだめた。
精霊たちに誘導された筏が私の方に向かってくる。
「せーれーさん、こんにちは!」
『ああ、こんにちは……』
元気いっぱいに挨拶してくる男の子に釣られてつい返事をしてしまう。
それに気を良くしたのか、男の子は嬉しそうにお辞儀をした。
「うぃるは、うぃるべる・はやま・とるきすです! さんさいです!」
男の子が顔を上げ、そして邪気のない笑みを溢す。
それが私――闇の精霊ライアと不思議な男の子ウィルの初めての出会いだった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
ウィルが接岸した筏から降りようと弾みをつける。
寄せ集めの材料を用いた筏は陸に上がればそこそこの高さがあった。
「せーの……」
腕を振って飛び降りようとしていたウィルがピタリと動きを止めた。
どうやら飛ぶには少し高かったらしい。
「ちょっとびみょー」
困り顔で振り向くウィルに精霊たちが苦笑する。
『手を貸そう』
ライアはそう申し出るとウィルに手を差し出した。ウィルがその手に摑まって筏を降りる。
「ありがとーございます。えーっと……」
『ライアだ』
「ありがとー、らいあさん」
『ライアでいい』
礼をのべるウィルにライアはそう告げるとウィルはコクコク頷いた。
そんなウィルの頭を一撫でしたライアがシュウたちに向き直る。
『これはいったいどういう事だ? 誰か説明してくれ』
「ちょっと待って、ライア」
シュウがライアに答えて魔力を操る。セシリアとレンの体が風の魔力に包まれて浮き上がり、それを風の精霊たちが岸へと誘導した。
「おまたせ」
作業を終えたシュウが筏から降りてライアを見上げる。
「ライア……?」
『しっ……』
川の上流の方に視線を向けたまま、ライアが人差し指を口の前で立てた。
『余計なモノまで連れて来たな』
ライアの目が細まる。視線の先の水面で気泡が上がり、巨躯の魔獣が飛び出してきた。
「結界の中まで!? なんで!?」
『さぁな。滅多にないことだが、まったく無いわけでもない』
驚くシュウに対してライアが冷静な言葉を返す。
その横でウィルが頬をプクリと膨らませた。
「あいつ、まだおっかけてくるー!」
「ライア。アイツが山の上でウィルたちを襲ったんだ」
『そうか……』
シュウの言葉にライアが短く応じる。
本来、シュウの言う山の上に魔獣は生息していない。
それだけでウィルたちが異常な事態に巻き込まれたのだと想像ができた。
『詳しい話は後で聞こう』
ライアはそう告げるとウィルたちを庇うように前へ出た。
興奮した魔獣が咆哮を上げ、岸へと迫る。
『招かれざる客よ、控えよ』
ライアが白い手を掲げると魔獣の周囲から何かが飛び出し、その体を拘束した。
「やみまほー!」
今度はウィルが興奮して目を輝かせる。
影から伸びた闇の魔力が魔獣を絡め取って離さない。巨躯の魔獣が一歩も動けなくなった。
ライアがそのまま魔力を込める。
『闇よ、断罪せよ』
拘束していた闇の魔力が鋭利な刃へと姿を変え、身動きの取れない魔獣に襲い掛かった。
次々と闇の刃に突き刺された魔獣が断末魔の声を上げ、川の中に崩れ落ちる。
「おつよい!」
ライアを見上げたウィルがパチパチと拍手した。
そんなウィルを見てライアが微かに笑みを浮かべる。
『そうか?』
「とーっても!」
大きく手を広げて凄さを伝えようとするウィルに周りの精霊からも笑みが溢れた。
「ライアは闇の上位精霊だ。とても強いんだぜ?」
「うぃるはかんしんしました!」
シュウの言葉にウィルがうんうんと頷いて、精霊たちから笑い声が漏れる。
『さて……』
ウィルと精霊たちのやり取りを見ていたライアが視線をセシリアたちの方へ向けた。
『そのままにはしておけないな。歓迎しよう、ウィルベル』
「うぃるってよんでー、らいあ」
『分かった、ウィル』
愛称で呼ばれたウィルが嬉しそうな笑みを浮かべる。
そうしてライアに促されるまま移動しょうとしたウィルたちの横から声が上がった。
『なんですの、なんですの? 水の精霊たちが騒がしいと思って来てみれば!』
声を上げた女性の精霊がライアの方をキッと睨む。
『またあなたですの、ライア!? こんな不細工な魔獣の死骸を川に放置しないでくださいまし! 川が汚れてしまいますわ!』
『まぁまぁ……』
騒ぎ立てる精霊の横に並んだもう一人の精霊が笑顔のまま騒ぐ精霊をなだめる。
その笑顔の精霊を見て表情を綻ばせたのはクララと呼ばれていた樹の精霊の少女だった。
『フルラ!』
『クララ、ここにいたのね。川に流されてしまったと聞いて心配していたのよ?』
フルラと呼ばれた精霊に抱き締められて、クララがその体に顔を埋める。
いきなり現れた精霊にウィルがポカンとしているとシュウがソッと耳打ちした。
「クララが抱き着いているのが樹の精霊のフルラ。その横でキーキー言ってるのが水の精霊のネル。どっちも上位精霊だ」
「ふるら……ねる……」
ウィルが反芻するように呟く。
するとネルと紹介された水の精霊が鋭い視線をウィルたちの方へ向けた。
『聞こえていましてよ! 誰がお猿さんですって!』
「言ってねぇ!」
思わぬ言いがかりにシュウがわめく。
ウィルはというとネルの勢いにびっくりしてライアの後ろに隠れてしまった。
ヒョコ、っと顔を出したウィルとネルの視線が合う。
そんなウィルの様子に怖がらせてしまったと理解したネルが気まずそうな顔をした。
『それで? なんで人間の子供がこんなところにいるんですの?』
後ろに隠れたウィルと視線を逸らすネルを見たライアが小さく嘆息する。
『それを今からねぐらで聞くところだ』
怯えたウィルを抱き上げて、ライアが歩き出す。
他の精霊たちもその後に追従した。
渋々、ネルも歩き出す。
『その気絶した人間、ゴツゴツの岩場に寝かせる気ですの?』
『ちょうどフルラがいるだろう。草でも敷いてもらうさ』
『それは構わないけど……』
ライアとネルのやり取りに笑みを浮かべたフルラが後ろを振り返る。
『さっきの魔獣、もらっていいかしら? 後で御馳走したいから』
『げっ!? 正気ですの?』
『もちろん。アレ、人間は食べるのよ?』
『……理解できませんわ』
フルラの言葉にネルがげんなりした表情になる。
そのやり取りをウィルはライアに抱えられて不思議そうに眺めていた。
●キャラクター
ライア……闇の上位精霊。精霊たちの集まる広場に住んでいる。
ネル……水の上位精霊。少し騒がしい。
フルラ……樹の上位精霊。クララを心配して捜しに来た。
クララ……樹の精霊の少女。川に落ちて流されてきたところ、ウィルと出会う。レンを解毒してくれた。




