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飛竜の渡りとウィルたち

 不審者による安全地帯での襲撃。

 そして、セシリアたちの転落。

 アイカたちからもたらされた情報はフェリックスたちに衝撃を与えるには十分だった。


「幸い……居合わせた精霊様がセシリア様たちについてくださっておりますが……」

「なんてことだ……」


 沈痛な面持ちのメイドたちの前でフェリックスは頭を抱えた。

 絶対に安全だと思っていた場所での魔獣襲撃――それも人の手で行われたなどと。

 まるで先日の騒動そのままだ。

 ダニールが報告を終えて顔を伏せるアイカの肩に手を置く。


「……とにかく、お嬢様たちが無事であったことを今は喜ぼう」

「はい、叔父様……」


 ダニールも自分の言葉が適切でないことは理解している。

 だがまだ何も終わってはいないのだ。

 下を向いている場合ではない。


「元気出せよ。精霊が任せろって言ったんなら絶対に大丈夫さ」

「…………」


 アイカと同じように下を向くニーナにスートが声をかける。

 ニーナは下を向いたまま、自分のスカートを握り締めた。


「……私、お母様もウィルも、ピンチだったのに……何もできなかった」


 涙を滲ませて言葉を詰まらせるニーナにスートとカルツが顔を見合わせる。

 実力者であるエリスやアイカが何も動けないまま起きた事態だ。

 幼いニーナに何かできる筈もない。


「ニーナさん、君はまだ幼い。これからですよ。これから強くなればいいのです。そのために今は私たち大人がいるのです」

「……はい」


 ニーナが小さく頷いて涙を拭う。

 その頭を隣にいたセレナが優しく抱き締めた。

 心配したのか風狼のゲイボルグも彼女の肩の上に姿を見せてニーナの頬に擦り寄る。

 カルツがその様子に目を細め、それからフェリックスに向き直った。

 セシリアたちの救助に向かうなら早いにこしたことはない。

 精霊の力で空を飛べるカルツ以上の適任はこの場にいないだろう。


「フェリックス宰相――」


 自分がセシリアたちの救助へ行く、とカルツが告げようとした時だった。


「伝令っ!」


 息を切らせて飛び込んできた騎士にカルツの言葉は遮られた。


「次から次へと……何事ですか?」


 渋面を作るフェリックスの前で踵を揃えた騎士が略式の礼を取る。


「冒険者ギルドより報告です! シュゲールの竜域観測拠点が壊滅致しました」

「なんですって!?」


 詳細を聞かんと詰め寄るフェリックスの下に更に騎士が駆け込んできた。


「伝令! 南の砦の物見より報告! ワイバーン接近中! 数、十!」


 次々ともたらされる報告にフェリックスが奥歯を噛みしめる。

 彼の人となりをよく知るダニールでさえ、その表情はあまり見たことがなかった。

 フェリックスは一度大きく息を吐くと落ち着いて頭を働かせた。


「陛下への伝令は?」

「すでに別の者が向かいました!」

「同じく!」


 フェリックスの質問に居並んだ騎士たちが答える。

 フェリックスは頷くとカルツに向き直った。


「カルツ様、お力添えをお願いできませんでしょうか?」

「どちらに、です?」


 カルツとフェリックスの視線が交差する。

 セシリアたちの救助か、ワイバーンの迎撃か。

 問いを理解したフェリックスは言葉を濁さずはっきりと答えた。


「ワイバーンの迎撃です」


 全員の視線がフェリックスに集中する。

 カルツがセシリアたちの救助に向かえばどれほど心強いか、子供にだって分かる。

 だが、フェリックスはその視線を真っ向から受け止めた。


「わけをお聞かせ願えますか?」


 沈黙してしまった場でカルツが静かに促す。

 フェリックスは小さく息を吐くと口を開いた。


「王都にこの規模を抑える対竜装備がありません」

「え……?」


 驚きに声を漏らしたのはターニャだった。

 王都には城もある。当然一番の防衛機能が備わっていると考えるのが普通だ。


「飛竜の渡りの災害は波状に訪れます。そしてその規模は第一波の飛来数に比例します。もしこれが飛竜の渡りであるなら、その規模は計り知れません。今までは地竜様の加護で魔獣被害を最小限に抑えていましたが……」


 先日、それが全く機能していなかった事は記憶に新しい。


「大規模の飛竜の群れが王都を襲うということですか?」


 アイカの質問にフェリックスは首肯した。


「飛竜の渡りによる災害の殆どが炎のブレスによる火災です。森林とて例外ではありません」

「渓谷の下は川……そして森が広がっている……」


 エリスの言葉に全員が押し黙る。

 もし森林火災に発展すれば探索どころではない。

 セシリアたちの身も当然危ない。


「少なくとも迫りくるワイバーンの群れを南の砦に釘付けにし、他への被害を抑えなければ……」


 飛竜の渡りの被害が他に拡大しないように。


「シローの不在が完全に裏目に出ましたね……」


 カルツが小さく嘆息する。

 だが、今回の事態を予見するのは難しかっただろう。

 あまりに時期が早く、規模が大き過ぎる。

 竜域観測拠点も破壊され、気付くのが遅れて準備する時間もなかった。

 そういう意味ではシローの判断は正しかったと言える。

 ここにカルツたちを残したことだ。

 セシリアたちの遭難というアクシデントはあったが、戦力として王都にカルツを残していたことは大きい。


「分かりました。ワイバーンは私が抑えます」


 カルツはフェリックスを見返して頷いた。

 ワイバーンの飛行速度を考えても、これ以上判断に迷っている時間はない。

 すぐにでも行動を起こさななければ。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるフェリックス。

 カルツはエリスたちに向き直って申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「申し訳ございません。そういう事で私はワイバーンを迎え撃ちます」

「いえ、こちらこそ、お気遣い感謝致します」


 エリスとアイカが頭を下げる。


「代わりと言っては何ですが、王都は必ず死守します。皆さんはこの事を一刻も早くトマソンさんに伝えてください」

「はい……」


 カルツはメイドたちと視線を交わすと彼女たちの傍にいたセレナとニーナの頭を撫でた。


「少し騒がしくなりますが、大丈夫です。あなた達の母上や弟君ともすぐに再会できますよ。大人たちの言うことをよく聞いて、今自分に何ができるかを考えてみて下さい」

「「はい!」」


 揃って返事をする姉妹の表情に力強さを感じたカルツは眩しいものを見るように目を細めた。


「後はよろしくお願いします」


 フェリックスたちにそう言い置いたカルツは魔法を発動して虚空へと消えた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



『いやー、ホント。一時はどうなるかと……』

「ほんとにな」


 頭を掻きながら笑い声を上げる水の精霊をシュウが半眼で睨む。

 滝を無事に下りたウィルたちは急拵えの筏に揺られていた。

 寄せ集めの材料で安定性を欠く為、精霊たちの魔力に支えられているがなかなかの乗り心地である。

 重量のあるオルクルは載せられないが、そのオルクルは気持ちよさそうに筏の横を泳いでいた。


「はー……」


 ウィルが周辺を見回しながら感嘆の声を漏らす。

 陽の光が高い木々の隙間から差し込んで所々を照らしている。

 幻想的な風景にウィルの目は奪われた。


『樹と光が織り成す風景よ……綺麗でしょ?』


 ウィルの視線の先に気付いた樹の精霊の少女がウィルに微笑みかける。

 ウィルは精霊の少女と風景を交互に見た。


(たしか、らてぃおねーちゃんが……)


 ふと山の上でのことを思い出したウィルが真面目な顔をして精霊の少女に向き直る。

 ウィルの様子を不思議に思った少女は笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「きみのほうがきれーだよ!」

『ゴフッ!?』


 いきなり爆弾を投下された精霊の少女の顔が見る見る朱に染まる。

 その反応を不思議に思ったウィルが首を傾げた。


「……どうしたのー?」

『な、なんでもないわ……なんでも……』


 あわあわしながら顔を隠してしまう樹の精霊。

 ウィルが気になってその顔を覗き込もうとしていると、水の精霊の少女がニヤニヤしながら顔を出した。


『いいないいな、クララ! 私も言われたいなぁ』

『そ、そんなんじゃ……』


 水の精霊の言葉に樹の精霊がモジモジする。

 その表情には嬉しさと恥ずかしさが混在していた。


(よろこんでるー♪)


 ウィルの目にもそれは明らかで、ウィルはラティの言っていたことが正しかったのだと学習した。

 だから、その後の言葉も躊躇いがなかった。


「だいじょーぶ! みずのせーれーさんもきれーだよ!」

『あ、あらあらあら……』


 臆面もなく告げてくるウィルに今度は水の精霊の少女が赤面する。


「ふたりとも、とってもきれー!」

『『あぅぅ……』』


 ウィルが大きく手を広げて嬉しそうな笑みを浮かべる。

 それだけでも精霊の少女たちはまいってしまった。


「やれやれ、何やってんだか……」


 シュウが耳まで赤くして羞恥に耐える精霊の少女たちを見て肩をすくめる。


「ウィルにデレデレするのは勝手だが、気は緩めないでくれよ? ここはまだ危険なんだ」

「しゅうー、まだきけんー?」


 ウィルがシュウに向き直ると彼は首を縦に振った。


「ああ、この辺の魔獣は強くて獰猛なやつも多い」


 森は深くなれば深くなるほど強い魔獣がひしめき合っている。

 ウィルたちのいる場所はまだ森深く、気付かれて狙われれば危険なのだ。


「このまま何事もなきゃいいケド……」


 そう呟かずにはいられないシュウである。

 しかし、そんな判断をウィルができるはずもなく。


「せーれーさん、まかせて!」


 ウィルは精霊の少女たちに向き直って力強く言い放った。


「うぃるがせーれーさんたちをまもってあげる!」

『『は、はい……』』


 謎の自信を披露するウィルに精霊の少女たちが思わず頷く。

 セシリアやレンはまだ目を覚まさない。シローとの約束もある。

 ウィルはやる気満々だった。


(みんなみんな、たすけないと!)


 しかし、そこは幼いウィル。何をすれば助けになるのかはよく分からない。


「しゅうー、うぃるなにしよっかー?」

「んー? そうだなー、静かに周りを見といてくれると助かるかな?」


 シュウにはウィルの魔法の凄さも幼さ故の危うさも分かっていた。

 だから今は少し大人しくしておいて欲しいと言うのが本音だ。

 なにせ加減を知らずに魔法を放って橋から牛車ごと落ちてきてしまう子である。

 そんな魔法、この場で使われたら魔獣が大挙して押し寄せてきてしまう。


(しずかに……まわりを……?)


 シュウの言葉を反芻したウィルが周りを見回す。

 木々が生い茂り、どこから魔獣が現れるか分からない状態だ。


(あ、そうだ!)


 ウィルは閃いて意識を集中し始めた。

 そして魔力的な知覚を一気に広げる。

 幻獣ブラウンの真似をした探知魔法である。

 この魔法ならウィルたち以外の動いているモノがあればすぐに感づける。

 驚いたのは特に期待して発言したわけではないシュウだった。


「器用なことすんなぁ……」


 シュウがウィルの魔法の概要を理解して、その再現力に思わず目を丸くする。

 ウィルはそんなシュウに気付いた風もなく、意識を魔力の感覚に集中した。

 そして、見つけた。


「しゅー! うしろになんかいる! みずのなか! わるいの!」

「――――っ!」


 ウィルの言葉にシュウが筏の後方へ回る。

 同時に川の中心から気泡が現れ、次いで巨大な何かが飛び出してきた。


 ブモォォォォッ!


 川の底から姿を現したのはウィルと共に橋から落下した牛型の魔獣であった。


「あーっ! こいつ、うぃるたちをおとしたやつだー!」


 違う。ウィルが落とした魔獣である。

 見当違いな憤慨を見せるウィルとは対象的にシュウは焦った声を上げた。


「やべぇ! こんなところで暴れられたら他の魔獣が来ちまう!」

『みんな、逃げるわよ!』


 すぐさま反応したのは水の精霊の少女であった。

 かざしたその手で魔法を放ち、魔獣を水の鎖で絡めとる。


「もーもーさん!」

『任せて!』


 悠々と筏の隣を泳いでいたオルクルが風の精霊により宙に浮かされる。


「よし、脱出!」

『『ガッテンだ!』』


 シュウの合図で筏の両脇を支えた水の精霊が一気に速度を上げた。


「ひゃー!」


 風を切って爆走を始める筏にウィルが喜声を上げる。

 その声を残して筏は瞬く間に魔獣から離れていった。


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