救援
●人物
ダニール……第一騎士団長。
カルツはフィルファリア城にある客員室にいた。
先日の騒動に使用された魔道具に興味を持ったところ、アルベルト国王の厚意により解析の一助を担うことになった。
もっとも王国側からすればカルツほどの知識人が解析に加わるのは願ったり叶ったりだっただろう。
そうして城に招かれたカルツは王国の客員として一室を与えられ、こうして未知の魔道具と向き合っていた。
(装着型は一先ず置いておくとして、こちらは一度試しておく必要がありますか……)
カルツの目の前のテーブルには件の魔道具が所狭しと並べられている。
中にはヤームの手によって綺麗に解体された魔道具もあった。
カルツがテーブルから筒型の魔道具を手に取る。
「試すにもまずは許可を得てからですね……スート、行きますよ」
「んあ……?」
プカプカと宙を漂いながら居眠りしていたスートに声をかけ、カルツは客員室を出た。
「カルツ様、スート様」
「これはこれはフェリックス宰相」
廊下でばったり出くわしたフェリックスにカルツが笑みを浮かべる。
その表情を見てフェリックスも笑みを返した。
「どうですか? 進んでますか、解析の方は」
「ええ」
カルツが解析に加わって、まだ日が浅い。
フェリックスに急かすつもりはなかったが、カルツは笑顔のまま続けた。
「魔獣を召喚していた魔道具の方はいくつか仮説が立てられましたよ」
「……もうですか?」
驚きに目を瞬かせるフェリックス。
「はい。ただ、まだ仮説ですので……どこかで実験できないかと」
「はぁ……」
「できれば害獣がいて人気のない所がいいのですが」
「分かりました。場所を見繕いましょう」
「お願いします」
約束を取りつけたカルツが丁寧に頭を下げる。
その姿にフェリックスがまた表情を綻ばせた。
「本当に食えないお人だ」
フラッとやってきたかと思えば宮廷魔術師が頭を抱えるような問題に道筋をつけ、かといって驕ることなく相手を敬う。
けして頑なに無く、ときにユーモアを感じさせる所作で相手の警戒も解いてしまう。
カルツからすればそれは最大の賛辞だ。
「まぁ、レンにはよく胡散臭いと言われますが……」
「ふふっ……」
容易にその場面が想像できて、フェリックスは思わず笑ってしまった。
「それでは、実験の場所の候補は近い内に……」
そう言ってフェリックスがその場を辞そうとした時である。
急に廊下が騒がしくなり、数人の騎士が血相を変えてカルツたちの方へ走ってくるのが見えた。
騎士たちの中に見知った顔を見つけた、フェリックスが表情を強張らせる。
「ダニール殿、何事ですか?」
先頭を切って走る第一騎士団長ダニール・コトフがフェリックスの前で足を止めて姿勢を正した。
「失礼、フェリックス様。物見から研究所に至る山道で魔力光と爆発音を確認したと連絡が」
「なんですって!」
思わぬ報告にフェリックスが声を上げる。
レクス山には魔獣がおらず、許可のない魔法の使用は禁止されている。
フェリックスが驚くのも無理からぬことだった。
「行きましょう」
「私もご一緒します」
駆け出すフェリックスたちの後をカルツも追走する。
研究所に至る門は城内にある。
中庭を抜けたカルツたちはすぐに門へと辿り着いた。
それに気付いた騎士たちが敬礼をして出迎える。
「様子はどうか?」
「はっ! 未だ断続的な魔力光を確認しております」
ダニールの言葉に騎士の一人が答える。
門の位置からでは確認し辛いが、確かに遠雷のような爆発音が響いていた。
「他には?」
「そ、それが……」
ダニールの疑問に騎士が躊躇いがちに告げる。
「研究所からの連絡では二台の牛車が出たそうなのですが、物見からでは一台しか確認できず……」
「誰が乗っていた」
「その……」
騎士はチラリとカルツを見た。
嫌な予感を覚えたカルツが目を細める。
「まさか……」
「はい。セシリア様御一行でございます」
その報告に他の騎士たちも微かにざわついた。
王家の血筋の女子供たちに異変が起こっているのだ。
忠誠心の高いフィルファリアの騎士たちが何も思わないはずがない。
だが、そこは精鋭の騎士たちである。必要以上に取り乱したりはしなかった。
「せめて状況を確認したいが……」
「時間がありません、フェリックス様。私が騎士を率いて出ます」
山道を見上げるフェリックスにダニールはそう言い置くと騎士を指揮しようと向き直る。
そんなダニールにカルツが待ったをかけた。
「お待ちください、騎士様」
「なんでしょう、カルツ殿」
「私が見ます」
「…………?」
カルツの言葉の意味が分からずダニールが振り返る。
カルツは気にした風もなく両手を広げた。
「従え、スノート。虚空の絵画、
我が前に映せ千里の眺望」
真名で呼ばれたスートが魔力を正しく導いて、カルツの前に板状の魔力が展開されていく。
その板に上空から見た風景が映し出されて騎士たちが驚きの声をもらした。
「カルツ殿、これは……」
「空属性魔法の一つです。遠くを見渡せるので索敵や情報収集に便利で……見つけました」
カルツがフェリックスの質問に答えながら魔力を操作する。
魔力光の原因となる牛車を拡大するとダニールが目を見開いた。
「ア、アイカ……!?」
牛車は猛スピードで走行し、その屋根の上にはメイドが立っている。
更には牛車を追走するように駆ける魔獣の姿も確認できた。
魔力光はその魔獣を追い払うために放たれたモノだった。
「トルキス家のメイドさんですね」
「そ、そうです! 私の姪っ子なんです!」
カルツの言葉にダニールが慌てて返す。
映像では今にも牛車が取り囲まれそうであった。
(おかしい……あのメイドさんはウィル君に魔法を真似されないように魔法の使用を控えていたはず……)
状況は思った以上に悪いのかもしれない。
疑問に思いつつ、カルツはダニールに向き直った。
「騎士様、救援には私が参ります。騎士様は駆け下りてくる牛車を迎える準備を」
「しかし! あ、いや……」
食い下がろうとしたダニールが空属性魔法の特徴を思い出して留まる。
「かたじけない、カルツ殿」
素直に謝るダニールにカルツは笑みを浮かべた。
「お任せを」
そう短く告げるカルツの体が魔力操作で宙に浮かび上がると、騎士たちがざわめいた。
「スート!」
「任せろぃ」
「従え、スノート! 空転の瞬き、
我が身よ踊れ蒼穹の回廊」
呆然と見上げる騎士たちの前でカルツとスートの姿が転移魔法によって忽然と消えた。
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「くっ……!」
爆炎でマンティコアを追い払うアイカの表情が硬い。
アイカ自身に問題はない。
走り通しのオルクルに限界が近いのである。
牛車を引きつつ全力で走っているのだ。
いかに屈強な騎乗獣とはいえ無理がある。
(囲まれたら中の子供たちが危ない……)
そうなる前に手を打たなければならない。
なんとかエリスに合図を送って自分は牛車を飛び降りるか。
魔獣の数はかなり減っている。
ふた手に別れて魔獣を分散させた方がまだ安全な気がした。
(一人でなんとかなるかな……)
正直怖い。
アイカにはまだ戦闘経験が少ない。
武器もなく護身用の精霊石でどこまでやれるかは未知数だった。
だが、やるしかない。
アイカは意を決して中への連絡しようと足元に視線を落とした。
エリスなら靴を鳴らせばアイカの意図に気づいてくれるだろう。
(エリスさん、後は……)
そう思ってアイカが足を上げようとした時、突然何者かがアイカの背後に姿を現した。
「間に合いましたね」
「カルツ様! スート様!」
振り向いたアイカが驚きに目を見開き、安堵して緩みそうになった頬を無理やり引き締めた。
「大変なんです、カルツ様!」
アイカの剣幕にカルツは目を瞬かせ、それから微笑んでアイカの肩に手を置いた。
「まずは魔獣を片付けてしまいましょう。こちらも相応に大変そうですよ」
「あ……」
落ち着きを取り戻したアイカが頬を朱に染める。
カルツはスートと共に前に出て牛車の最後尾から見下ろした。
狂ったように追走してくるマンティコアを一瞥し、目を細める。
「これが召喚された魔獣ですか……」
カルツはふむ、と小さく唸ると片手を前にかざした。
「サンプルに一匹くらいとも思いましたが……止めておきます。ちょっと醜悪過ぎです」
カルツの掌に魔力が凝縮されていく。
その様を背後から見ていたアイカが息を呑んだ。
「従え、スノート。隔離の狭間、
我が敵を捕らえよ空列の牢獄」
静かな詠唱が型を成し、空属性の囲いが牛車に迫っていたマンティコアの群れを捕獲する。
高く持ち上げられた魔獣たちが隔離の狭間から逃れようと暴れまわった。
「無理ですよ。あなたたち如きではその囲いを破ることはできません」
カルツがそう告げて残った手をマンティコアに向ける。
「従えスノート。断空の刃、
我が敵を切り裂け大気の光剣」
魔法の斬撃が隔離の狭間の中で荒れ狂った。
逃げ場を失い為す術もないままマンティコアの群れが切り刻まれていく。
「すごい……」
瞬く間に全滅したマンティコアに、圧倒されたアイカがポツリと呟く。
カルツはいつもの笑みを浮かべてそんなアイカに向き直った。
「さぁ、帰りましょう。みんな心配しています。そこで何があったのか説明してください」
「は、はい……」
アイカが思い出したかのように表情を曇らせる。
スピードを落とした牛車が城の門に辿り着くまで、もうしばらく時間を要した。
●人物(追記)
ダニール……第一騎士団長。アイカの叔父でジョンの義理の弟に当たる。
スート……カルツと契約している空属性の精霊。真名はスノート。




