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川へ行こう

「よし、追ってきてないな……」


 追手の有無を確認したシュウが宙に漂いながら一息つく。

 こっちが追われていないということは諦めたか、牛車の方を追ったかどちらかだろう。

 後者であった場合、心配も残るがなんとか逃げ切ってもらうしかない。


「急がねーと……」


 自分は自分でやるべき事がある。

 シュウは注意を払いながらも保護されている筈のウィルたちを探した。


「いた」


 眼下に広がる谷をゆらゆらと揺れて、半ば壊れた牛車が降下している。

 シュウは急いで牛車の下へ飛んでいった。


「ウィル!」

「しゅーうー」


 シュウに気付いたウィルが大きく手を振る。

 牛車には精霊たちの魔力の他にウィルの魔力も感じられた。

 上手く協力して浮かしているところを見るとウィルも物質を浮遊させる魔法を覚えたようだ。


「しゅうー」

「ん? どうした、ウィル?」


 シュウが近寄ると、ウィルは今にも泣きそうな顔をしていた。


「れんが……れんが……」


 目に涙を浮かべて声を詰まらせるウィル。

 ただ事ではない様子にシュウがレンを覗き込むと、レンは苦しそうに唸ってびっしょりと汗をかいていた。


「かーさまはなおったの……でも、れんはおけがなおしてもくるしそーなの……れん……れん……」


 ウィルはそう言うとレンの横に座ってレンの名前を呼び続けた。

 シュウにはレンの不調の理由がすぐに分かった。


「ウィル……レンは毒に冒されてる」

「どく……」

「ウィル、解毒の魔法は使えないか?」


 シュウの問いかけにウィルは首を横に振った。


「うぃるはまだちっさいから、ごびょーきなおすまほーとかはだめって……」


 毒や病気を治療する魔法はあるが、そういったモノの中には空気感染したり、接触感染したりするものも多い。

 いくら魔法が使いこなせるからといって体力も免疫力も弱いウィルがその手の治療を施すのは危険なのだ。


「かーさまがおきてくれれば……」


 ウィルの中でセシリアは回復魔法の天才だ。

 きっと毒を浄化する魔法も知ってるに違いない、と思っていた。

 しかし、いつ目を覚ますか分からないセシリアを頼るのもリスクがある。


「しゅう、どーしよー……」


 グスグスと泣き始めたウィルの頭をシュウが撫でる。

 シュウの目からもレンに余裕があるようには見えない。


(やれる事は全てやっておくべきだな……)


 シュウが上空の壊れた橋を見上げる。

 ウィルたちを山の上に戻したところでそこからの行き道はない。

 何より先程のローブの男に見つかれば大変危険だ。

 シュウたちがなんとか山越えするのも同じ理由で危ない。

 それにこの人数を運ぶのは今のシュウたちでは時間がかかりすぎる。

 シュウは一通り考えを巡らせてウィルに向き直った。


「ウィル、川を降ろう」

「……かわ?」


 涙を拭いて見返してくるウィルにシュウは一つ頷いた。


「そうだ。川を降れば森がある。その中には精霊が集まる場所があるんだ」

「せーれーさん……」

「ああ、精霊の中に毒を浄化できるヤツがいるかもしれない」

「…………わかった」


 ウィルはシュウの提案に頷いた。

 それを見てシュウが笑みを浮かべる。


「大丈夫だ、ウィル。俺たちがなんとかしてやるからな」

「うん」


 こくんと頷くウィルの表情が少し晴れる。

 それを横で見ていた小さな精霊たちがはやし立てた。


『ウィルを精霊の庭にごあんなーい』

『でも大丈夫かなー?』

『なにがー?』

『他の精霊、怒んないかなー?』

『わかんなーい』


 結論に至らず、ウィルと精霊たちがシュウを見る。

 その視線を受けてシュウが胸を張った。


「友達が困ってるのにほっとけないだろ」

『そだねーウィルは友達だもんねー』

『私たちもお願いすればいっかー』

「そういう事。任せなって」

「うん……!」


 力強く頷くウィルに精霊たちも笑みをこぼす。

 ウィルと精霊たちはそのままゆっくりと谷を降りていった。

 谷の底には川が流れており、その先は森に繋がっている。


「もーもーさんもいっしょ」

「ああ……」


 ウィルの視線の先にはまだ牛車を引いていたオルクルが繋がれていた。

 精霊の一人がそれを解いてやるとオルクルは満足そうに鳴き声を上げた。

 谷を下へ下へ。川がだんだんと迫ってくる。


「しゅう、あれー?」

「ん……?」


 ウィルが指差す先を見たシュウが目を細める。

 上流の方から何かが流れてくるのが見えた。


「おんなのこ……?」


 流れてくるのは折れた木であった。

 その上に女の子が座って顔を伏せていた。


「ありゃぁ……樹の精霊だな」

『周りに水の精霊もいるよー』

『面白そー。何してんだろー?』


 降下するウィルたちと折れた木の距離がだんだんと近付いてくる。


「おーい!」


 ウィルが立ち上がって木の方に両手を振る。

 それに気づいた精霊たちがウィルたちを見上げてポカンと口を開けた。

 よく見れば、木に腰を下ろした精霊の周りを三人の水の精霊が囲んでいる。


「何してんだ?」


 シュウが精霊たちに近付いて声をかけると水の精霊たちが顔を見合わせ、順番に答え始めた。


『樹の精霊が魔獣の喧嘩に巻き込まれて川に落ちちゃったんだってー』

『泣いてたから心配して声かけたのー』

『僕たちで精霊の庭まで運んであげるつもりー』


 全然面白そうじゃなかった。

 樹の精霊は川に流されて困っていたのだ。

 が、シュウたちからすれば都合が良かった。

 水の精霊の助けが借りられて樹の精霊までいる。


「悪いけどさ、俺たちも助けてくれね?」

『えー? だってあの子、人間の子だよー?』


 不思議そうにする水の精霊にシュウが笑みを浮かべた。


「そうだ。あの子は俺たちの友達なんだ」


 そう言うと、シュウは着水した牛車に魔力を込めて沈まないようにした。


「ウィル、こっちへ来な」

「ん……」


 ウィルが促されるまま牛車の縁に立つ。


「うぃるべる・はやま・とるきすです。さんさいです」


 ぺこりとお辞儀するウィルに精霊たちはまたポカンとしてしまった。

 代表して今度は樹の精霊の少女が尋ねる。


『私たちが見えているの?』


 例外はあるが、精霊というのは認めた人間の前にしか姿を現さない。

 当然、精霊たちは初見のウィルの前に姿を晒すような真似はしておらず、ウィルには見えない筈だった。


「みんな、みえてるよ」

『うそー』

「ほんとー」

『かわいー♪』


 水の精霊の一人が牛車に乗り上がってウィルに抱き着く。

 川の中にいたのに不思議と濡れていなかった。


「ウィルの家には強い幻獣がいてな。その子供を託されてるからそのせいじゃないかな?」

「あっ、れびー!」


 呼ばれたと思ったのか、ウィルから緑光が溢れてレヴィが姿を現した。

 珍しい幻獣の出現に精霊たちが目を輝かせる。


『あれ? この人、毒……?』


 牛車に立った水の精霊がレンの様子に気付いて顔を覗き込む。

 それにウィルがハッと顔を上げた。


「そーなの! れん、どくになっちゃったの!」

「ああ、上の山に魔獣が現れてな」


 シュウが精霊たちに掻い摘んで説明すると精霊たちは不安そうに表情を曇らせた。


「れん……」


 しょんぼりと肩を落とすウィル。

 それを見た樹の精霊が決心したように口を結んだ。


『私に見せて……』


 顔を見合わせた風の精霊たちが樹の精霊をウィルの横へと運ぶ。

 樹の精霊はすぐにレンの状態を見た。


『大変……でも、これなら……』


 樹の精霊が両手をレンにかざすと柔らかな淡い緑色の光がレンを包み込んだ。

 その輝きにウィルが目を見張る。

 苦しげだったレンの表情が次第に落ち着いたものへと変わっていく。


『これで毒は浄化したわ。でも、毒のダメージは治りが遅いから、しばらくは安静にしておいて……』


 樹の精霊の言葉にウィルがシュウを見上げる。

 するとシュウは笑みを浮かべてウィルの頭を撫でた。


「良かったな、ウィル。レンはもう大丈夫だってよ」


 シュウの言葉にウィルが今度は樹の精霊の方へ向き直る。

 すると目の合った樹の精霊は遠慮がちにはにかんだ。

 ウィルの表情が見る見る明るさを取り戻していく。


「ありがとー!」

『きゃっ……!?』

「ありがとー! せーれーさん! とってもありがとー!」


 ウィルが樹の精霊に正面から抱きついて喜びを爆発させる。

 樹の精霊は戸惑いつつも落ち着くとウィルを抱き返した。

 見守っていた精霊たちも安心して涙をこぼし始めたウィルに暖かな視線を送る。

 その中でシュウも満足そうに頷いて次の方針を固めた。


「ウィル、このまま精霊の庭を目指そう。来た道は危険で引き返せないし、魔獣が出たことはどのみち他の精霊たちにも伝えなきゃならない」

「……うん」


 樹の精霊の腕の中から顔を上げたウィルがシュウに顔を向けて頷く。

 それを横から見守っていた水の精霊が『あっ……』と思い出したように顔を上げた。


「そうそう、言い忘れてたんだけど……」

「……ん?」

『『なになにー?』』


 向き直る風の精霊たちに水の精霊はしれっと言ってのけた。


『この先、滝があるから。風の精霊がいてくれると助かるよ』

『「「…………!」」』


 思わず固まるウィルと精霊たち。

 いつの間にか大量の水が放出される音が響き、川の流れが速くなっていた。


「そっ……!」


 牛車が宙に投げ出されるのとシュウが慌てて浮遊の魔法を発動させるのはほぼ同時だった。


「そういう事は先に言えーっ!」

『いやーははは』


 わめくシュウに水の精霊が照れ笑いを浮かべる。

 ウィルたちは滝をゆっくり降り始めた。


「おーっ♪」


 周囲に広がる広大な世界を見渡して、不安から解放されたウィルは感嘆の声をもらしていた。


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