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ウィルの失敗

「魔法は防がれたか……まぁ、いい」


 フードの奥で口の端を吊り上げた男が手を前にかざす。


「ゆけっ! 下僕たちよ!」


 男の声に反応した四足歩行の魔獣たちが咆哮をあげる。

 中央に召喚されたひと際巨大な牛型魔獣が角を牛車に向けて地面を蹴った。

 その体躯からは想像できないような速度で牛車に迫る。


「こっ、のぉ!」


 レンが牛車の床を踏みしめて片膝を上げる。

 黒炎を纏った足裏が真っ直ぐに突き出され、魔獣の顔面を捉えた。


「――――っ!」


 勢いに乗った魔獣がレンの蹴りを喰らいながらも牛車に激突する。



 ブルゥァァァァァァッ!



「っっっ!」

「危ない! ウィル!」


 衝撃の瞬間、セシリアが腕を伸ばしてウィルの体を捕まえる。

 牛車が吹き飛ばされ、橋の欄干にぶつかって止まった。


「ぐっ……!?」

「かーさま! かーさま!」


 ウィルを庇ったことで無防備になったセシリアが牛車に強く頭を打ち付けてそのまま意識を手放した。

 焦るウィルの声を背後で聞きながら、レンが目の前の魔獣の対処に追われる。


「放せ!」


 幾度目かの蹴りを喰らって、巨躯の魔獣がようやく牛車から後退する。

 だが、それは再度突進するための準備行動だ。

 付き合って牛車の中で迎撃するわけにはいかない。

 そう判断したレンが牛車から身を乗り出す。

 その横から猛スピードで別の魔獣が跳びかかってきた。


「くっ!?」


 咄嗟に反応したレンが魔獣の一撃を腕で捌く。

 レンの障壁を突破した魔獣の爪が捌くレンの腕を僅かに切り裂いた。


「ハァッ!」


 交差するように放たれたレンの拳が魔獣の胴体を捉え、吹き飛ばし、燃え上がらせる。

 それを目の端で捉えながら、即座に牛車から降りようとしたレンが思わずたたらを踏んだ。

 全身を激痛が駆け巡り、膝から力が抜ける。


(しまった……毒……)


 朦朧とする意識の中で自分に起こった異変をすぐに察する。

 だがそんな異常に関わっている暇はない。

 魔獣の突進をもう一度でも喰らえば牛車はバラバラに砕け散る。

 当然、中にいるウィルたちは一溜まりもない。

 霞む視線の先で巨躯の魔獣が前脚を掻く。

 その時、横から飛来した魔法の球が魔獣たちに直撃して爆炎を上げた。


「セシリア様、ウィル様!」


 後方の異変に気付いたアイカとエリスが牛車から降りて引き返してくる。

 彼女たちの乗っていた牛車は橋を渡り切ったところで止まり、彼女たちとレンの間には振り落とされたレンたちの牛車の御者が横たわっていた。


(いけない……)


 痛みに苦しみながら、レンが声にならない声を発する。

 アイカの火属性魔法を受けた魔獣が態勢を整えていく。

 大したダメージがないのはアイカの能力が低いからではない。

 レンたちがいる場所が橋の上だからだ。

 アイカがまともに魔法を放ったら橋が崩れる。

 そうならないように加減をしているのだ。

 それでなくても、レンたちメイドは護身用の精霊石以外持ち合わせていない。

 強力な魔法をコントロールするのは難しい。

 魔獣が出現するはずのない場所で強襲を受けて、レンたちは完全に後手に回ってしまった。


(せめて、ウィル様たち……だけでも……)


 レンが懸命に思考を巡らせる。

 だが、レンもセシリアも動けないとあってはウィルだけをアイカたちの下に向かわせるわけにはいかない。


「構うな! 壊れかけた牛車が先だ!」


 アイカたちに向きかけた魔獣たちの注意を上空の男が押しとどめる。

 魔獣たちはまたレンたちの牛車へ向き直った。


「来たれ水の精霊! さざ波の剣、

 我が敵を薙ぎ払え飛沫の斬撃」


 エリスが二つ三つと魔法の斬撃を放つが巨躯の魔獣はウィルたちの牛車に狙いを定めたままだ。

 このままではウィルたちが危ない。


 ブフォォォォォォ!


 焦燥にかられるアイカたちの前で巨躯の魔獣が咆哮を上げ、牛車に襲いかかる。


「くっ……」


 レンが両足を踏ん張り、巨躯の魔獣を迎え撃つ。

 だが、毒に侵された体でそれ以上何かできるわけでもない。

 捨て身で飛び出したところで魔獣の巨体を支えるだけの余力は今のレンにはない。それでも――


(かくなる上は……)


 最後の切り札をもって刺し違えようとレンが前に乗り出す。

 躊躇っている暇はない。

 だが、それをウィルが許さなかった。


「れん、どいてー!」


 レンの覚悟は後方から響いたウィルの声にかき消された。

 否、物理的に消された。


「…………!」


 土塊の副腕で襟首を捕まれたレンが奥の座席に放り込まれる。


(ウィル、様……)


 ままならぬ体でウィルに視線を向けると、ウィルは杖と精霊のランタンを手に気絶したセシリアの前に陣取っていた。


(危ない、ウィル様……)


 もがくようにレンがウィルに手を伸ばす。

 そんなレンに気付きもしないで、ウィルは牛車の外に迫る魔獣を見返していた。


(かーさまとれんをいじめたな!)


 ウィルは怒っていた。

 いきなり襲い掛かってきて大切な人たちを傷つけた。

 目の前の魔獣たちに。


「あっちいけー!」


 突き出した杖の先端から眩い緑色の光刃が放たれる。

 一直線に伸びたそれが牛車の入り口ごと吹き飛ばして巨躯の魔獣に襲い掛かった。



 ゴアァッ!?



 いきなり目の前に迫った大出力の魔法に巨躯の魔獣が身をひるがえした。

 魔獣をかすめた風の光刃が橋の石畳を破壊して突き抜ける。


「にげるなー!」


 魔獣の動きを感じ取ったウィルが杖先を動かして魔獣を追う。

 回避行動に切り替えた魔獣のあとをウィルの光刃が牛車と石畳と他の魔獣を巻き込みながら追尾する。

 焦れたウィルが魔獣に向かって吼えた。


「なんでにげるのよー!」


 当たったら死ぬからである。

 必死に回避行動を取る魔獣たちを追ってウィルの魔法が乱れ飛ぶ。

 興奮した魔獣たちも危険過ぎて牛車に近付くことさえできない。


「な、なんだ、ありゃー……」


 上空から伺っていたローブの男もそう呟くのがやっとであった。

 なにせ牛車は橋の上である。

 放たれる魔法の規模には驚かされるが、あんな恐ろしい威力の魔法を所構わず撃ち込めば橋が崩落するのは火を見るより明らかだ。


(死に直面して錯乱したのか? それとも相当な馬鹿なのか……?)


 彼がその魔法の使い手が三歳の子供だと知っていたら、あるいはその行動もすぐに納得したかもしれない。


「あぶねぇ!?」


 とばっちりを喰らってフードの男が慌てて身をひるがえす。

 この威力の魔法を喰らえば障壁を展開していたとしてもただでは済まない。

 背筋に冷たいものを感じながら、男は強力な魔法を吐き出し続ける牛車を見下ろした。


「ウィル様! お辞めくださいまし!」

「危ないです! ウィル様!」


 崩落の危険を思って叫ぶエリスとアイカの声も魔法の破壊音にかき消されて届かない。

 残念ながら、ウィルの傍にはその行動を止める者がいなかった。

 そして、とうとうその時は訪れた。


「あや……?」


 がくん、と牛車が傾いてウィルが間の抜けた声を上げる。

 軋むような耳障りな音が響いて、牛車の傾きが段々と大きくなり――



 ガコォォォォン!



 何かが外れるような音がして橋が崩落した。


「あー!」

「ウィルッ……!」


 最後の力を振り絞ったレンが傾く牛車の中で体を伸ばし、ウィルとセシリアを抱え込む。



 ブモォォォォォ!



 同時に牛車は巨躯の魔獣もろとも谷底へと落下していった。


「セシリア様、ウィル様! そんな……」

「なんてこと……」


 あまりの出来事に顔を蒼白にするエリスとアイカ。

 だが、彼女たちに悲しんでいる時間はない。

 残った魔獣の群れがゆっくりと二人の方へ向き直った。

 次なる標的に狙いを定めるように。


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