古代遺跡で
一度部屋に引き返したウィルたちはエリスを伴って三人で古代遺跡の間へやってきた。
オルフェスにはいつでも通ってよいと許可を得ていたらしく、エリスは二つ返事で同行した。
レンが相変わらず黒いはずなのに見通しの効く不思議な空間をぐるりと見回す。
不思議な建造物には違いないが、レンから見てもそれ以上何かが見つけられるわけではない。
「ウィル様」
「んー?」
レンが呼びかけるとあちこち触り回っていたウィルから気のない返事が返ってきた。
「何が気になっているか、分かる範囲で教えて頂けませんか?」
率直に尋ねるレンにウィルは顔を上げるとパタパタと駆けて戻ってきた。
「ききたい?」
「はい」
「どーしよーかなー♪」
勿体ぶるという高等技術を披露するウィルの横でエリスが笑みを浮かべる。
「私も聞きたいですわ、ウィル様」
「しょーがないなー」
どこか嬉しそうにヤレヤレのポーズを取るウィル。
それから手を横にいっぱい広げた。
「あのねあのね。このおへやね、まほーがつかわれてるの!」
「「魔法?」」
「そー」
声を揃えるレンとエリスにウィルはこくこく頷いた。
レンが注意深く観察して、しかし不自然な所を見つけられず、ウィルに向き直った。
「それは、どこに?」
「おへや、ぜんぶ」
「部屋中に魔法がかけられている、ということですか?」
エリスが尋ねるとウィルはまた首を縦に振った。
だが、それなら魔力の流れを目で見て捉えるウィルには最初の段階で分かっていそうなものである。
不思議に思ったレンとエリスが顔を見合わせると答えはウィルの口から紡がれた。
「うぃる、これがまほーってわからなかったのー」
二人は納得した。
気付かなければ発見しようがない。
その辺りはウィルの感覚的なものなのでレンもエリスもどうすることもできない。
「どうして気付かれなかったのか、分かりますか?」
「んー、と……」
レンの質問にウィルが一生懸命考える。
「まそはゆっくりうごいてるのー」
魔素。この世界を満たしている魔力の基だ。
ウィルはゆっくり体を動かしてみせた。
「まりょくはもーちょっとはやくうごいてるのー」
魔力。魔素に触れて膨れ上がった魔法の源だ。
ウィルはもう少し早く体を動かしてみせた。
「まほーはもっともっとはやくうごいてるのー」
魔法。魔素と魔力をかけ合わせて意味を成した力である。
ウィルは髪の毛を振り乱しながら激しく体を動かしてみせた。
ぶるんぶるん。
動きを止めて肩で息をするウィルの髪をレンが苦笑しながら撫でた。
そのレンを見返して、ウィルは続けた。
「でも……ここのまほーはとまってるのー」
「止まって……?」
「そー」
ウィルが遺跡の天井を見上げる。
レンとエリスもそれに釣られて天井を見上げた。
「だからうぃる、これがまほーってわからなかった……」
ウィルがまた視線をレンに戻して申し訳なさそうに肩を落とす。
総合すると、ウィルが今まで見てきた魔法は魔力が激しく流動するのに対し、この部屋にかけられた魔法はそうした流動が見られなかったらしい。
故に、ウィルはこの部屋に満ちる魔力を魔法と認識していなかったのだ。
「いいのですよ、ウィル様。なんでもすぐに理解する必要はないのです」
落ち込むウィルの頬を撫でて、レンが笑みを浮かべる。
後ろから覗き込んでいたエリスも頷いてみせた。
「そうですよ、ウィル様。自信を持ってください」
「うん」
何も解明されていなかった古代遺跡の秘密を少しでも紐解いて見せたのだ。
それだけでも凄いことなのだ。
「うぃる、もーちょっとしらべてみるー」
気を取り直したウィルはレンとエリスから離れて、またうんうん唸り出した。
その背中を見て、二人が顔を見合わせて笑う。
「そういえば、この部屋に満ちている魔力ってなんの属性なんでしょうね?」
「それは……また、後で聞いてみましょう」
真剣なウィルの後ろ姿を見守りながら、レンもエリスもその時はそのように楽観していた。
(こうかな……それとも、こう?)
満ちる魔力に集中しながら、ウィルは試行錯誤していた。
ウィルは見ただけで魔法を再現してしまう器用な子であったが、その条件は魔法を発動時から見ていなければならない。
今のように発動し終えた魔法を再現する為には、その流れを想像して独力で構築するしかない。
(むぅ……)
当然それは魔力の流れを目で捉えられるウィルを持ってしても容易なことではなかった。
ただ、この意識的に魔力を組み上げようとする方法はウィルの魔力そのものを急速に鍛え上げていた。
詠唱の力に頼って無意識に魔法を使い続けるより、注がれる魔力を意識して魔法を行使する方が遥かに魔力を鍛えられるのだ。
そうとは知らず、ウィルは魔法を真似している。
目で見て。意識的に。
そしてそんなウィルの行動に引っ張られて家族や周りの者たちの魔力もまた、気付かない内に鍛えられているのである。
そんなウィルでさえ。
部屋を満たす魔法を再現するのになんの取っ掛かりも得られないでいた。
その理由は――
(これ、なにぞくせー?)
部屋を満たす魔法の属性が分からなかったからである。
ウィルは現在一般的に知られている全ての属性を見たことがあった。
だが、目の前に漂う魔法はそのどれにも当てはまらない。
見たことがないのだ。
(そうだ、ぜんぶつかってみよー)
魔法のランタンに魔力を灯す時などは全ての石が光り輝くが、本来の全色発光の魔力の色が違うことをウィルは知っていた。
魔力で全色光らせてみるウィル。
その光を見て、ウィルは唇を尖らせた。
(なんか、ちがうー)
それでも部屋を満たす魔力とは違う属性に変化したようだ。
魔力の形を意図的に変えて、形を近付けていく。
(これ、つかれるー)
全属性同時使用の上で魔力を操作するのは大変疲れるようだ。
それでも、ウィルはある取っ掛かりを見つけた。
(まほーにさわれそー)
魔法を再現することはできないが、全属性の魔力で魔法の一端に触れることはできそうだ。
このまま続けていても再現できないのならば、とウィルは方針を変えて魔力を魔法に伸ばし始めた。
(さわれる……)
そろそろと伸ばされる自分の魔力を目で追って、ウィルは遺跡の魔法に自分の魔力を接触させた。
「ふぁっ……!」
急激な魔力の喪失を感じて、ウィルが目眩を起こす。
「「ウィル様!?」」
いきなり声を上げてよろめくウィルを見たレンとエリスが慌ててウィルに駆け寄った。
そのレンの腕の中にウィルが倒れ込む。
「これは、魔力切れ……!?」
「そんな……」
驚きに目を見張る二人。
ウィルは別に魔法を使っていたわけではない。
それに成長著しいウィルは力をセーブすることも覚え始め、最近では簡単に魔力切れを起こすようなこともなくなっていた。
「とにかく、お部屋へ!」
「ウィル様、しばしご辛抱を……」
エリスが先導し、レンがウィルを抱え上げる。
その腕の中でウィルは意識を手放した。
(ここは……どこ?)
ぼんやりとした意識の中でウィルはのろのろと周りを見渡した。
暗いがなぜか遠くまで見通せるような気がしてウィルが疑問符を浮かべる。
そこは研究所で見た古代遺跡にそっくりだった。
(うぃる……まりょくなくなっちゃったんだっけー?)
ふわふわと漂うような浮遊感の中でウィルが自分の身に起きたことを思い出す。
「そう……あなたは遺跡の魔法に触れて魔力を切らしてしまったの……」
頭に思い浮かべただけのはずの疑問に明確な答えが返ってきて、ウィルは顔を上げた。
そこにはいつの間にか少女が一人立っていた。
暗い中に浮かぶ少女が静かに続ける。
「驚いたわ……まさか、私の魔法に接触してくるなんて……」
(…………おねーさん、だれー?)
「精霊よ。あの遺跡に使用された魔法属性の」
重大なことをさらっと言われた気がするが、ウィルの思考は追いついていなかった。
さして気に留めず、取り留めのないことを聞いていく。
(ここ、どこー?)
「ここはあなたの夢の中。あなたに私の魔力が残っている内に接触したの」
(うぃるのなかにー?)
「大丈夫。すぐに消えるわ……」
(きえちゃうのー?)
残念そうな雰囲気のウィルに精霊の少女が首を傾げる。
「そうよ……」
(それはさびしー……)
「寂しい……?」
(おしりあいになれたのにー……)
無念そうなウィルの様子にきょとんとした精霊の少女はふと頬を緩めた。
「大丈夫。いつも見守っている……それに、いつかまた会える……」
(あえるー?)
「ええ、いつかね…」
少女の言葉にウィルは渋々納得した。
「さぁ、そろそろ目を覚ましなさい……みんな心配しているわ」
精霊の少女がウィルの背後を指し示すと溢れた光がウィルたちの方へ近付いてきていた。
「ウィル、私の魔法……覚えているわね?」
(すこしだけ……)
向き直ったウィルが掌に魔力の塊を作る。
それを見た精霊の少女は一つ頷いた。
「それはプレゼント……簡単に使えるものじゃないけど、加護をあげるから練習するといい。単独では扱い難いから……そうね、最初は収納魔法と併せて使ってみるといい……」
(うん)
「それから、遺跡の魔法に触れてはだめ。人の身で扱えるようなものじゃないの。時期がくれば、自ずと使命を果たすわ」
(よくわからないけどー)
「とにかく、触っちゃダメ」
(わかったー)
ウィルが頷いて意思表示をする。
それを見て精霊の少女も頷いた。
ウィルの背後から迫っていた光が二人を照らす。
「時間ね……」
(またね?)
「ええ、また会いましょう。あなたの成長を楽しみにしてる」
(うん……うぃる、がんばるね。えーっと……)
「クロノよ」
(じゃーね、くろの)
「またね、ウィル……私たちはいつでもあなたたちを見守っている……」
ウィルは光に包まれ、クロノと名乗った少女を見失い、そしてまた意識を手放した。
「あ……」
「ウィル様!」
ウィルが薄っすらと目を開けると、傍に控えていたレンが慌てて顔を覗き込んできた。
「オルフェス様、セシリア様、ウィル様がお目覚めに……!」
エリスの声が聞こえてウィルが周りを見回す。
どうやらウィルはベッドに寝かされているらしい。
首を巡らすとセレナたちも心配そうに駆け寄ってくるのが見えた。
「ウィル!」
横からセシリアに抱き締められて、ウィルが顔を上げる。
「大丈夫?」
「かーさま……」
母を見上げて、また視線を周囲に向ける。
クロノの姿は当然なかった。
やはり夢だったのだ。
だが、夢の内容をウィルはしっかり覚えていた。
「ウィル、心配したのよ?」
「ごめんなさい……」
また心配をかけてしまった。
その事を悔いて、しかしウィルはセシリアを抱き返し、体を起こした。
「ウィルや、すまんかったな……」
オルフェスがウィルの頭を優しく撫でる。
オルフェスの顔にははっきりと後悔が浮かんでいた。
「わしが軽率であった……」
オルフェスもウィルの才覚を知る身である。
だが、今回ばかりはその才覚を見誤っていた。
オルフェスにとってはその類稀なる才覚で研究対象のヒントが掴めないかと思った訳だが、よもや魔力切れを起こすほどの何かに接触するなど思いもしなかったのだ。
頭を垂れるオルフェスの頭をウィルはよしよしと撫でた。
そして、セシリアとオルフェスを見て告げた。
「かーさま、じーさま、あのね……うぃる、くろのにあったの」
「「くろの……?」」
二人が顔を見合わせる。
「ゆめのなかで」
ウィルの言っていることが分からず、大人たちが首を傾げた。
それがどういう事なのか、簡単に説明しようとウィルがレンに視線を向ける。
「れん、おみずちょうだい」
「は、はい……」
ちょうど水を入れて持ってきていたレンからコップを受け取ると、ウィルはベッドの縁に腰掛け、右手にクロノから授かった魔力を練った。
夢と変わらぬ感覚を確認したウィルがその魔力の上に水を零す。
「な、なに……を――」
ウィルの行動に驚いたレンがそれを止めようとして言葉を失った。
零れた水はウィルの魔力に触れると水玉となってゆっくりと降下し始めたのだ。
その不思議な現象に一同が唖然と成り行きを見守る。
「みずのまほーじゃないよ」
断ってからウィルが零した水を今度はコップで受け止めた。
「これがあのおへやのまほーだよ」
「それは、どういう……」
辛うじて尋ねるオルフェス。
同属性の魔法が使えるようになった今なら、ウィルはあの部屋の魔法の属性がはっきりと分かった。
「あのおへやのまほーはね、ときぞくせーのまほーだったの」
四大属性と相反属性、それらが交わる複合属性。
さらにその全てを包むと言われる太陽、月、時の属性。
その内の一柱。
使い手の存在すら知られていない、お伽噺に出てくるような魔法をウィルは目の前で使ってみせたのだ。
「時属性……」
辛うじて呟くセシリアにウィルは照れ笑いを浮かべた。
「うぃるがつかえるの、これだけだけどー」
「いや、まぁ……」
オルフェスも二の句が告げないでいる。
正直、理解不能だ。
「くろのにあのおへやのまほーにさわったらだめ、っておこられちゃったの」
照れ笑いを浮かべたまま、ウィルは夢の中での出来事を語った。
クロノという時の精霊の少女に出会った事。
遺跡の魔法に触ったことを驚かれた事。
簡単な時属性の魔法を使えるだけの加護を与えられた事。
遺跡の魔法に触ってはだめと注意された事。
遺跡の魔法は時が来れば自ずと使命を果たすと告げられた事。
内容が内容だけに、ウィルの言葉足らずの説明では解読に難があったが。
「さいごに、くろのたちがいつもみててくれてるって。それでうぃる、ばいばいしてきたのー」
「「「はぁ……」」」
徐々にテンションを上げ始めるウィルと解読に疲れて気のない返事を返す大人たち。
「ウィル、そろそろ寝ましょう。あなたは魔力切れで倒れちゃったのよ?」
「はーい♪」
皆の心配は何だったのか。
嬉々とした返事を返したウィルは興奮冷めやらず、ベッドに潜り込んだあともしばらく話し続けていた。




