ウィルと遺跡
良薬は口に苦いと言う。
誰が言ったかは知らないが、ウィルのお茶魔法はまさにそれだったらしい。
他の研究者に見せたところ、一部の地域で伝わる飲み物と成分や味などが酷似しているそうだ。
飲んで害あるどころか、健康にとても良いとのこと。
「但し、ウィル様の魔法はお茶としての純度が高く、現地の人たちが工夫するような味の調整がされていません。それがウィル様の経験によるものなのか、魔素の作用なのかは分かりませんが……」
そんな風に丁寧に解説してくれた研究員さんだが、ウィルの思いつきで作ってしまったお茶魔法を見て子供のように目を輝かせていた。
「うーん、苦い! もう一杯!」
興奮したように三杯目を所望する研究者に子供たちは戦慄するのだった。
研究所はいくつかのブースに別れていて、チーム単位で研究していたり、個室を与えられて一人で研究したりと様々であった。
その中にはウィルが先日精霊たちと開発した【土塊の副腕】を研究するチームもあり、ウィルは喜んで実演する機会を得た。
「ウィルや、満足したか?」
「まんぞくー♪」
オルフェスの問いかけにウィルがホクホク顔で頷く。
空属性の精霊スートによって完成に近づいた【土塊の副腕】だが、その魔法はまだ未完成であり、これからさらなる研究が進められていくらしい。
いずれはウィル以外の使い手も現れるかもしれない。
「後世の人はこの魔法が小さな男の子によってもたらされたものだと知ったらどんな顔をするんでしょうね?」
そう呟くシエラの横顔はとても感慨深げだ。
その様子に大人たちも遠い未来に思いを馳せた。
「これであらかた、見て回ったかの……」
オルフェスが小さなウィルの頭を優しく撫でながら、笑みを浮かべた。
「お前たち、最後に取っておきの場所を見せてやろう」
「ほんとー?」
「お、お父様!?」
嬉しそうに破顔するウィルにセシリアが慌てて待ったをかける。
「子供たちにあの場所を見せるのですか!?」
「うむ。国王の許可は得ておる。そう心配するな」
我が子の慌てようにオルフェスは笑みを深めた。
オルフェスに連れられて一行が向かった先には重厚な扉があった。
脇にある魔道具でその扉を開けると階下に降りる階段が姿を現した。
「地下へ……?」
不思議がるセレナにオルフェスがほっほと笑う。
外観からではこれほど大掛かりな下層があるなど想像がつかなかったのだろう。
「足下に気をつけてな」
オルフェスに促されて一行が階段を降っていく。
ウィルは危ないからレンに抱きかかえられた。
ウィルが不思議そうに周りを見回していると階段を降りきった一行の前に不思議な空間が広がった。
「暗い……? 黒い……?」
呆気に取られたニーナが素直な感想を口にする。
階段の明かりも殆ど届いていないというのにその空間は光を失うことなくウィルたちを照らしていた。
異様な空間にトッド家の母子も言葉を失っている。
ここに訪れたことがあるのは案内したオルフェスとセシリア、それからメイドのエリスだけだった。
「これはな、古代遺跡じゃ」
「「「こだいいせき……?」」」
子供たちが揃って首を傾げる。
オルフェスは満足げに頷いて話し続けた。
「そうじゃ。いつからここにあるかは誰も知らぬ。どんな技術で作り上げられたものなのかもな」
「上の建物もですか? お祖父様」
「いや……」
セレナの質問にオルフェスが首を横に振る。
「記録によれば、上の建築物は初代国王が地竜様の頼みに応じて建てたものじゃ。この遺跡を隠すためにな」
「なんの為に……?」
「分からん。地竜様もその事は教えてくれなんだ。じゃが、調べるな、とも言うておらん……この遺跡はな、フィルファリア王国始まって以来、ずっと研究対象なのじゃ」
「ずっと……?」
「そうじゃ……未だ何一つ解明されておらん」
オルフェスは少し落胆の色を見せると視線をレンに抱えられたウィルへと向けた。
「ウィルならば、儂らには見えない何かが見えるやもと思うてな……」
「うぃるー?」
「さぁ、ウィル様……」
レンから降りたウィルは促されるまま遺跡を見回した。
広い空間の中央に台座があり、天井は球形に閉ざされている。
ウィルは台座に触れたり、地面に触れたりしてうんうん頷いた。
「何か分かったか、ウィルや?」
ウィルの仕草に頬を緩ませるオルフェスにウィルがくるりと向き直る。
その顔は真剣そのものだ。
「くろ!」
はっきり断言するウィルに皆がきょとんとしてから思わず笑みを溢した。
オルフェスもウィルの子供らしい答えに笑みを深める。
ウィルがどれだけ魔法の扱いに長けようとも、ウィルはまだまだ子供なのだ。
大人の欲する答えをいつでも出せるわけではない。
「まぁ、分からずともしょうがない。また一から励むとしよう」
オルフェスとて研究者だ。
出ない答えを子供にばかり頼っていてもしょうがない。
ウィルに見せたのは目先が変えられるかも、という淡い期待だ。
落胆するほどのものではないのである。
「では自由時間にしようかのぅ。子供たちよ、好きなところを見回っておいで」
「「「はーい!」」」
オルフェスが促すと、やっと自由に動き回れる機会を得た子供たちが元気よく返事をし、メイドたちを伴ってその場を後にした。
研究所内は実に広く、魔法の実践場もある。
あらかた見学し終えた子供たちは普段あまりお目にかかれない火属性系統の魔法に興味を示していた。
ウィルがいる為、威力の高い魔法は予め使用を控えていたが、それでも子供たちを夢中にさせるには十分だった。
「火の取り扱いには十分注意してくださいね」
焚き木に火を灯す実演はセレナとバークが行った。
小さな火種を生み出す魔法は学舎の初等部でも実習されるものだ。
「ジーン、どう? あなたの属性よ?」
「ピー!」
ニーナの掌の上で小鳥の雛が嬉しそうに声を上げた。
ニーナと契約した火の幻獣、クルージーンである。
クルージーンがまだ飛べぬ翼を振りながら忙しなく動き回る。
ニーナが焚き木のそばにクルージーンを差し出すとクルージーンは小さな火種を吐き出して見事に火を灯してみせた。
「よくできたわ! ジーン!」
「ぴぃ!」
見守っていた者たちから拍手が起こり、ニーナがどこか誇らしげな雛を労うように優しく撫でる。
そうこうしてると何かを抱えたシエラが戻ってきた。
「さあ、今度は周りを暗くして、これを使ってみましょう」
そう言って彼女が取り出したのは木の枝ほどの棒状のものだった。
先の方には何かを包み込むように紙が巻かれている。
「キョウ国で一般的に楽しまれているハナビというものです。胴の部分に火薬が巻きつけてあるので注意してくださいね。それじゃあ先端に火を灯して」
ラティの手に握られたハナビの先端にバークが火をつけると、その先端から火の花が咲いた。
意図的に暗くされた実践場に咲く火の花を見たウィルたちは思わず感嘆の声を漏らした。
クルージーンも興奮してニーナの肩に駆け上がる。
「ふふっ。幻獣様にも気に入っていただけたみたいで……」
シエラがニーナにハナビを手渡しながらクルージーンを覗き込んだ。
「この色合いを魔法で再現するのは難しく、キョウ国ではこのように使い捨ての道具に火をつけて楽しんでいるのだそうです。祭りの時などは、大きなモノを空に打ち上げたりもするんですよ」
シエラから手渡された細長いハナビをウィルがしげしげと眺める。
その様子にセレナがにっこり微笑んでウィルの手を取った。
「この先に火薬が詰まってるんだって。ウィルは危ないからお姉ちゃんと一緒にね」
「はーい」
セレナの誘導に従ってウィルがハナビを構えると、その先にメイドのアイカが火を灯してくれた。
ウィルの持つハナビからシャワーのような光が地面に降り注ぐ。
「はわー」
「キレイね、ウィル」
「とってもきれー♪」
「振り回さないで、ジッとしててくださいね」
アイカが離れた後もウィルはセレナとハナビを眺め続けた。
流れる光を動かず。
その様子に何か引っかかるものを覚えたウィルは先刻の遺跡を思い出していた。
「うーん?」
「どうしたの、ウィル?」
不思議そうに唸るウィルに気付いたセレナが顔を上げる。
と、同時に燃え尽きたハナビから光が消えた。
「きえちゃった……」
「ふふっ、そうね」
見たまま呟くウィルに気を取り直したセレナが立ち上がる。
そのタイミングで研究所の所員がウィルたちの下を訪れた。
「セレナ、みんなを呼んできて。お夕飯の仕度ができたそうよ」
「はい」
セシリアの呼びかけに応えたセレナが視線をウィルに向ける。
「ちょっと待っててね、ウィル」
「あい」
ウィルがこくんと頷いて、セレナがはしゃぎ回るニーナたちの方へ向かう。
その背を見送ったウィルは消えてしまったハナビへ視線を落とした。
ウィルたちが夕食を済ませる頃には研究者たちも仕事を終え、ウィルたちは再び応接室を間借りしていた。
オルフェスは研究所内にある自室へと引き上げて、ウィルたちも食後に一息ついたところだった。
「おといれにいきます」
そう言って立ち上がるウィルを見て、レンが追従する。
「お供致します、ウィル様」
「ん……」
ウィルは頷くとレンと一緒に部屋を出た。
用を済ませ、ウィルがレンの前を歩き出す。
「ウィル様、そっちは帰り道ではありませんよ?」
もと来た道と反対方向に歩き出そうとしたウィルをレンが慌てて呼び止める。
ウィルはちらりとレンの方を振り向くと、また前に歩き出した。
「どちらへ行かれるつもりですか? ウィル様」
ヒョイ、っと難なく抱き上げられ、ウィルの逃避行は終了した。
「むぅ……」
「ウィル様」
頬を膨らませるウィルの顔を見てレンが小さくため息をつく。
「せめてどこへ行かれたいのか仰ってください」
「くろのおへや、いきたいの」
「黒の……」
それが古代遺跡の事を言っているのだと、レンはすぐに察した。
本来、遺跡には許可なく立ち入ることができない。
だが、一度は王家から許された身である。
一度も二度も大差はないはずだ。なにより――
「なにか気付かれたのですか?」
だとすれば、王家が断る理由はない。
だが、ウィルは自信があるわけではないらしい。
「んー……わかんない」
ウィルが困ったような顔でレンを見返す。
おそらく、ウィルにとっては気になることがある程度の些細なことなのだ。
だから、もう一度見てみたい、と。
それを上手く説明するのは幼いウィルにはまだ難しい。
「分かりました」
レンは一つ頷くと、ウィルを抱え直した。
子供には思った通り行動して失敗することも重要である。
「私もご一緒します。但し、本来は許可を得て足を踏み入れる場所です。せめてエリスさんに相談してからに致しましょう」
「ほんと!?」
レンに反対されると思っていたのか、ウィルが驚いたようにパッと顔を上げた。
「ええ。ウィル様はまだ大人の機嫌を伺うような振る舞いをしなくても良いのです。それがいけない事ならば、ちゃんとレンが止めて差し上げますので」
「わかった! じゃー、れんが『いいよ』ってゆーときだけきくね!」
結局なんにも分かってないウィルの発言にレンは苦笑すると「それでは困ります」とだけ呟いて応接室の方へ歩き始めた。




