研究所へ
●人物
アイカ……トルキス家のメイド。門番のジョンの娘で真面目な娘。
ターニャ……シローの友人であるヤームの妻。怒ると怖い。現在は一家でトルキス家の客人として招かれている。
バーク……ヤームとターニャの息子。割と常識的。
ラティ……ヤームとターニャの娘でバークの妹。
精霊魔法研究所は霊峰レクス山の頂上付近にあり、フィルファリア城内から特別な荷車に乗って行くことができる。
アルベルトに許可を得たウィルたちは、その翌日、早速精霊魔法研究所へ赴くことになった。
泊まりになるということでレン、エリス、アイカの使用人たちの他に、ターニャやトッド家の子供たちも一緒だ。
「これでいくの〜?」
「そうじゃよ」
好奇心に駆られて目を輝かせるウィルに案内役を買って出たオルフェスが笑顔で頷く。
嬉しそうに荷車の周りをクルクルと回って確認し始めたウィルの姿に警備の騎士や御者たちが思わず頬を緩めた。
その荷車が往くであろう坂道を見上げたニーナがセシリアの顔を見上げる。
「お山の上? なんでそんな所にあるんですか?」
いくら国の秘密とはいえ、子供心に不便だと思ったのかもしれない。
実際、行き来の便が良いとは言えない。
だが、それにはいくつか理由があった。
「この山は地竜様の加護があって害のある魔獣が近寄らないの。その上、澄んだ魔力に満たされているから幻獣が姿を見せることもあるのよ」
「「へー……」」
セシリアの説明にセレナとニーナが揃って感心する。
その横でオルフェスが顎髭を撫でながら自信有りげな笑みを浮かべた。
「建物や景色を見ればもっと驚くぞ」
精霊魔法研究所へ至る道はフィルファリア城の裏の山手を通っていく。
城のテラスから見える街の風景とは違い、大自然を一望することができるのだ。
「かーさま! かーさま!」
「どうしたの、ウィル?」
セシリアが騒ぎ立てる我が子に視線を向けるとウィルは興奮した様子でブンブン腕を振った。
「みてみて! もーもーさんがいるの!」
「もーもーさん……」
復唱したセシリアはそれがなんであるか、すぐに分かった。
ウィルの指差す先――荷車には牛の魔獣が繋がれていて騒ぐウィルを平和そうに眺めている。
オルクルと呼ばれる牛の魔獣で太い脚が特徴だ。
力が強く、温厚であり、野生のものであっても人に懐きやすい。
その上、走行能力も高く、昔から移動手段として重宝されていた。
「もーもー」
子供らしく声だけの鳴き真似を繰り返すウィルにオルクルが「モー」と小さく鳴いて応える。
傍目から見ていると挨拶のやり取りをしているように見えなくもない。
「ね?」
振り返ったウィルが同意を求めるが、何が「ね?」なのかセシリアたちには分からなかった。
だが、見ただけで魔法を真似してしまうウィルである。
「もしや……」
一抹の不安がよぎり、オルフェスはおそるおそる尋ねた。
「ウィルや……」
「なーに? おじーさま」
「もしかして、ウィルはオルクルの言葉が分かるのか?」
オルフェスの質問にキョトンとしたウィルだったが、はにかんだような笑顔を浮かべた。
「わかんない」
「……じゃよなー」
さすがのウィルも魔獣と会話できる、なんてことはなかったようだ。
当たり前のことだが、思わず安堵のため息をついてしまうオルフェスだった。
ウィルがきゃっきゃっと喜びながらオルクルを撫で回る。
オルクルは撫でるに身を任せていたが、ウィルの体の下に頭を入れてウィルの体を首の力で持ち上げた。
「おおー」
ウィルが感嘆の声を上げてオルクルの頭にしがみつく。
ウィルはそのままオルクルの背によじ登った。
「あ、危ないわよ。ウィル」
落ち着かない様子で制止するセシリア。
しかし、ウィルはお構いなしでオルクルの背に跨った。
「よーし、しゅっぱーつ!」
モ。
勇んで道の先を指差すウィルにオルクルはまだだよ、と言いたげな顔で小さく鳴いた。
セシリアたちを乗せた二台の牛車が縦に並んで山道を登っていく。
「ほら、機嫌直して。ウィル」
セシリアが声をかけると頬を膨らませたウィルが涙目でセシリアを見上げた。
「長い道のりよ。オルクルの背中に乗ってたら疲れてしまうわ」
「むぅ……」
オルクルの背に跨ったまま行きたいと駄々をこねたウィルはレンに怒られてオルクルから引き剥がされた。拗ねているのだ。
「疲れたら研究所で遊べないわよ?」
セレナにも諭されてウィルが口を尖らせる。
分かったけど分かりたくない顔だ。
この顔をすれば一先ず安心である。
とりあえず落ち着きをみせたウィルにセシリアも安堵のため息をついた。
「まぁ、待っておれ、ウィルよ。もう少し進めば凄いものが見れるぞ」
向かいに座ったオルフェスが顎髭を撫でながら笑みを浮かべた。
牛車とはいえ、オルクルの引くそれは山道であろうと馬車と変わらぬ速度を誇る。
山道用に仕立てられた特殊な作りの牛車に揺られること、しばし――
「「「うわぁ……」」」
子供たちが牛車の窓から見える光景に目を輝かせ、感嘆の声を上げた。
山道は視界を遮るような高い木もなく、下界が一望できる。
遥か遠くまで見渡せる美しい景色は子供たちをあっさりと魅了してしまった。
「どうじゃ。凄かろう」
自慢げなオルフェスの様子を見ていたセシリアがくすりと笑う。
「この先にある休憩所で一度降りればもっと広く見渡せるわ」
山道には渓谷があり、その手前に休憩所が設けられている。
渓谷を渡った先が研究所だ。
休憩所は渓谷に橋をかけた時の名残りだが、今も使用されている。
「すごくきれい……」
休憩所に降り立ったセレナはその展望に圧倒されてポツリと呟いた。
そこからはフィルファリアの広大な草原地帯、流れる川の煌めきや森の輪郭まで見渡せる。
最高の眺めであった。
「こういう時は『君の方がキレイだよ』って言うのよ、お兄ちゃん」
「何言ってんの!?」
冗談のやり取りをするバークとラティの兄妹にセレナがくすりと笑う。
その横でウィルとニーナは落下防止用の柵にしがみついていた。
「下は森になってるのねー」
「とーさま、みえるー?」
「お父様はもっとずっと遠くよ?」
「えー……」
ニーナがウィルの疑問に答えるとウィルはとても残念そうな顔をした。
「みなさん、そろそろ行きますよ?」
「「「はーい」」」
メイドのアイカに呼ばれて子供たちが牛車に乗り込む。
渓谷に架けられた橋を渡り始めると今度はまるで空を飛んでるような景色になった。
「もーもーさん、こわくないかな?」
「何度も通ってるから大丈夫よ、きっと」
ウィルの子供らしい質問にセシリアが笑みを浮かべる。
牛車は難なく橋を通過してまた山を登り始めた。
「ついたー?」
「到着ね!」
牛車が停止すると早った子供たちが立ち上がる。
「御者さんが扉を開けるまで待ちなさい」
「はやく、はやく!」
諌めるセシリアに扉の前で身構えたウィルが待ちきれないと言わんばかりに前のめる。
そして御者が扉を開けると同時に飛び出した。
「うわぁ……」
「おっきい……」
いち早く牛車を降りたウィルとニーナが目の前に現れた建造物を見上げてポカンとする。
円柱形の白い建築物は街でよく見る建物とはまるで違っていた。
塔に近い形であるが高くもなく、横に広い。
外壁は神殿のように豪華だった。
「どうじゃ、研究所の姿は?」
子どもたちの反応に気を良くしたオルフェスが前に出て、子供たちの方へ向き直る。
口を開けたままのウィルを見たオルフェスは一層笑みを深めた。
「ようこそ、未来を担う子供たちよ。ここが精霊魔法研究所じゃ」




