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王からの褒美

 シローが旅立って数日経ったある日、トルキス家は少しバタバタしていた。

 というものの、それは前もって予定されていたもので、ただ珍しいことに対する段取りというだけのことだ。


「できましたよ、ウィル様」

「おおー……」


 着付けられたウィルが鏡の前で自分の姿を確認する。

 服装がいつもより豪華だ。


「ふくがいつもとちがう」


 そのまんまの感想だった。


「着心地はいかがですか? 苦しかったりしませんか?」

「とてもいーです」


 服装の最終チェックをするレンにウィルが笑顔で答える。

 ウィルがレンに手を引かれてリビングに戻り、しばらくするとセシリアや姉たちがいつもと違うドレスに身を包んで姿を現した。


「ふわぁ……みんな、とってもきれい♪」


 年端も行かない弟のお世辞にセレナがはにかむように微笑んだ。


「ありがとう、ウィル。ウィルもかっこいいわよ?」

「えへー♪」


 照れたように顔を隠すウィル。

 その横でニーナは少し不満そうだった。


「動きにくい……」


 活発なニーナにはドレスが少々窮屈なようだ。

 そんな次女の様子にセシリアが苦笑いを浮かべる。


「お願いだから、スカート持ち上げて走らないでね。ニーナ」

「わかっています、お母様」


 頷くニーナのポニーテールがぴょんと揺れる。

 傍から見ればニーナの姿もとても愛らしいものなのだが。

 ニーナは少しジッとしているのが苦手だ。

 一家の様子を微笑ましく見守っていたトマソンがセシリアの前に進み出た。


「セシリア様、馬車の準備はできております」

「ありがとう、トマソン。それでは参りましょうか」


 セシリアに率いられ、ウィルたちが赴くのはフィルファリア城。

 今日は国王と謁見する日である。




「「ふわぁー……」」


 城門を潜り、城の前で馬車を降りたウィルとニーナは巨大な城を見上げてポカンと口を開けた。


「おーきー」

「大きいわね……」


 見たままの感想をもらして固まる二人に見守っていたセシリアやセレナ、付き添いであるトマソンとエリスが思わず笑みを浮かべる。

 山を背に建つフィルファリア城の歴史は古く、荘厳で見る者を圧倒する。

 しかし、その美しさは威圧するものだけでは決してなく、見る者を優しく包み込むような温かさも併せ持っていた。

 そんな不思議な魅力を持つ王城を我が子と共に見上げていたセシリアはふと気になって隣で同じように見上げていたセレナに向き直った。


「セレナ、緊張してる?」

「えっ……?」


 母の急な問いかけにセレナは視線をセシリアに向け、それから自分の手に視線を落とした。


「ここに来るまでは少し……でも、お城を見上げていたら不思議と落ち着きました」

「そう……」


 セレナの答えにセシリアも安堵したように目を細めた。

 それはたまたま偶然ではない。


「フィルファリア城は地竜様のお膝元。その加護を一番感じやすい場所なのよ」

「うぃるのおうちといっしょー?」


 セシリアの説明にウィルが首を傾げる。

 セシリアはその顔を見返して頷いた。


「ええ、そうよ」

「私も……なんとなく分かるわ」

「私も……」


 セレナやニーナも理解を示したのは恐らく幻獣と契約した身であるからだろう。

 ウィル程ではないにしろ、感じる部分があるのだ。


「さぁ、王様が待っているわ。行きましょう」


 セシリアに促されて子供たちは並んで城の中へと歩き始めた。


「ようこそ、フィルファリア城へ。お待ちしておりました」


 入ってすぐのエントランスでウィルたちを出迎えたのは中年の執事であった。


「きましたー♪」


 笑顔でニコニコ答えるウィルの姿に執事の顔が綻ぶ。

 しかし、横にいたトマソンが咳払いをするとすぐに表情を引き締めた。


「控室へご案内致します。どうぞこちらへ……」


 執事の先導で一行が城内を歩く。

 ウィルがいる為、あまり早くもないスピードで。

 こんな小さな謁見者など初めてであろうが、歩調を合わせてくるところはなかなかの執事であった。


「かいだん、しんどいー」

「ウィル、頑張るのよ!」

「がんばるー」


 ニーナに励まされ、ウィルが懸命に階段を登る。

 すれ違う者たちがウィルたちを見るなり、頬を綻ばせた。

 ウィルのような幼子が城を歩いて驚かれないところを見ると、今日の謁見は皆の知るところなのだろう。


「ついたー!」

「「「おおー」」」


 階段を登りきったところでウィルがガッツポーズをすると何故か周りから拍手が巻き起こった。

 その様子にセシリアが思わず苦笑する。


「さぁ、ウィル。もう少しよ」

「はーい。またねー」


 セシリアが拍手に手を振って応えるウィルを促して、一行はようやく応接室へ辿り着いた。

 執事がセシリアたちに座って待つよう伝え、自らは部屋を出ていく。

 セシリアはソファに腰掛けると小さく息を吐いた。

 今回はウィルがいる為、トマソンとエリスも謁見に同席する許可を得ていた。

 だが二人が付き添うとはいえ、やはりウィルのような幼子が謁見するのは心配でしかない。

 子供たちが不安にならないよう、顔に出すようなことはしないが。

 だが、それでトマソンたちの目まで誤魔化せることはない。


「大丈夫でございます、セシリア様」


 セシリアを気遣ったトマソンから声がかかる。


「爺がついております」

「そうね……」


 セシリアが表情を和らげた。

 オルフェスに長く付き従っていたトマソンは何度も謁見した経験がある。

 そんな彼が付き添ってくれるのだ。問題ない。

 それを見ていたウィルがトマソンの横に並び立った。


「だいじょーぶ、かーさま。うぃるがついてる!」

「そ、そうね……」


 ウィルは知らない。

 一番の心配の種が自分であることを。

 それが分かっているからか、セレナとニーナ、エリスも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しばらくすると応接室の扉が開いて先程の執事が姿を現した。


「皆様、準備が整いました」

「……行きましょう」


 どうせここまで来たのなら引く選択肢はない。

 セシリアに促されて一行は謁見の間へと足を運んだ。

 謁見の間は豪奢な扉の先にある。

 扉の前で待たされることしばし、両開きの扉が重々しく開かれた。

 中に広がる空間が徐々にその姿を現す。

 広い部屋の奥の高い位置に王座があり、その下に貴族たちが並んでいた。


「…………」


 ウィルがその一糸乱れぬ光景に魅入っているとセシリアが前を歩き出した。


「さぁ……」


 エリスに小声で促された子供たちが一列になり、貴族たちの間を通る。

 その一番前まで出ると誘導されるまま横一列に並んだ。


「面を上げよ」


 王座に腰掛けたアルベルト国王が声を発し、居並ぶセシリアたちとそれぞれ目を合わせていく。

 それが終わるとセシリアはドレスのスカートを広げ、うやうやしく一礼した。


「アルベルト国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく。国王陛下の召喚によりシロー・トルキスが妻、セシリア・フィナ・トルキス、参上致しました」


 堂々とした作法にアルベルト国王が目を細め、一つ頷いた。


「久しいな、セシリアよ。息災であったか?」

「はい、国王陛下もお変わりないようで」

「うむ。して、そちらがシロー殿とセシリアの子供たちだな?」


 アルベルト国王がセレナに視線を向けるとセレナは一歩前に進み出た。


「お初にお目にかかります、国王陛下。シロー・トルキスとセシリア・フィナ・トルキスの長女、セレナ・トルキスと申します。この度はお招き頂きまして誠にありがとうございます」


 母を真似て優雅に一礼してみせるセレナに貴族たちの唸る声が聞こえる。

 アルベルトも少し驚きを見せ、口元に笑みを浮かべた。


「その年で、大したものだ」

「ありがとうございます」


 アルベルトに褒められたセレナが今度は小さく一礼し、一歩下がる。

 本来であれば平民の身分であるセレナが貴族の、それも大人たちに目通しが叶うのは十歳を過ぎた頃だ。

 今の年頃でこれほど堂に入った礼儀作法は教えられたとしてもなかなか取れるものではない。

 国王に対する作法だけで国王も貴族たちもセレナの優等ぶりが推し量れた。

 満足そうに頷いたアルベルトが今度は視線をニーナに移す。


「は、はい! お初お目にかかります! 次女のニーナと申します!」


 少し緊張したニーナのはきはきした様子にアルベルトがまた頷く。

 姉と比べれば、当然作法などはまだまだだが、十分に好感が持てる。

 その元気な姿にアルベルトも目を細めた。


「して、最後が……」


 アルベルトが待ちに待ったウィルへと視線を向ける。


「ささ、ウィル様……」


 隣にいたトマソンが小声でウィルを促すとウィルはこくんと頷いた。

 人の身ではおいそれと扱う事のできない精霊魔法を操る幼児。

 その口からどのような言葉が飛び出すのかとアルベルトを始め、貴族たちが固唾を呑んて見守った。

 ウィルが一歩進み出てアルベルトを見上げる。


「こんにちは!」

「「「ブフォッ!」」」


 素で挨拶し始めたウィルに貴族たちが思わず吹き出した。


「うぃるはうぃるべる・とるきすです。さんさいです。よろしくおねがいします」


 子供らしくペコリとお辞儀するウィル。

 その姿にアルベルトは顔を背けて肩を震わせた。


「あの、陛下……?」

「な、なんでもない……ぷっ」


 傍に控えたフェリックス宰相が声をかけるがアルベルトは笑いそうになるのを堪えるので精一杯だった。

 普通だ。三歳児に謁見の作法などできるはずもない。

 そんな事は当たり前なのに身構えた大人たちの滑稽さとウィルの純真な姿にアルベルトはあてられてしまった。

 謁見の間だというのにこの時ばかりは威厳もへったくれもなかった。

 それでも。


「うぃるはおーさまにあえて、とってもうれしーです」


 懸命に謁見できた喜びを伝えようとするウィルにアルベルトは参ってしまった。

 と、同時に納得した。

 きっと精霊たちもそんなウィルの姿に参ってしまったのではないかと。


「そうか、そうか」


 ついには声を出して笑い始めるアルベルト。

 その前で恥ずかしそうにしているセシリアの姿もアルベルトの笑みに拍車をかけた。


「私もウィルベルに会えてとっても嬉しいぞ」

「ほんと? よかったー♪」


 ウィルがアルベルトの言葉に安堵の息をつく。

 その姿がまた微笑ましくて、王だけではなく貴族たちも頬を緩ませた。


「ウィルベル、近うよれ」


 王座から立ち上がり手招きするアルベルトにウィルが首を傾げてトマソンを見上げる。

 トマソンが頷いてみせるとウィルは王座へ続く階段を登り始めた。

 傍に来たウィルをアルベルトが抱き上げる。


「陛下、お召し物が……」

「よいよい」


 アルベルトが服の汚れを気にするフェリックスの注意を一蹴し、ウィルと視線を合わせた。


「ウィルベル、色々と噂を聞いておるぞ?」

「うわさー?」

「大活躍だそうじゃないか」

「それほどでも〜」


 照れたように身をくねらせるウィル。

 その姿に満足したのか、アルベルトは笑みを浮かべてウィルを地面におろした。


「実はな、ウィルベル。今日お前たちをこの場に呼んだのは褒美を取らせたかったからでな」

「……ごほうびくれるのー?」

「そうだ」


 アルベルトが視線をウィルの高さに合わせる。

 ウィルは王座の前に控えるセシリアたちを見下ろし、それからアルベルトに向き直った。


「かーさまとねーさまたちもー?」

「ああ、そうだ。家族全員に、だ」

「だったらもらうー♪」


 ウィルが嬉しそうな笑みを浮かべる。


(だったら、か……)


 ウィルの頭を撫でながら、アルベルトは素直に感心した。

 恐らく控えている貴族たちも同様だろう。

 ウィルは子供ながらに『自分だけならいらない』『家族みんなだったらいる』と言っているのだ。

 そんなところは爵位も欲さず力を尽くすシローや身分を気にせず愛する者のもとへ嫁いだセシリアにそっくりだ。


(まったく、王の叙勲をなんだと思っているのか……)


 そうは思っても心地よい笑みが収まらないアルベルトだった。


「わかった。では、ウィルベルよ。母たちと共に並ぶがよい」

「はーい♪」


 ウィルが元気に返事をして元の場所へ戻っていく。

 並び直したウィルを確認したセシリアがもう一度頭を下げた。


「申し訳ございません、陛下」

「何を言う。年端も行かぬ幼子を呼び寄せたのは私だ。面を上げよ、セシリア」

「はい……」


 アルベルトに促されてセシリアが顔を上げる。

 その顔を見返してアルベルトも笑みを深めた。


「よい子に恵まれたな、セシリア」

「勿体のうございます」


 我が子を褒められたセシリアの表情が優しげに綻ぶ。

 アルベルトは一つ頷くと貴族たちにもよく聞こえるように告げた。


「此度の働き、誠に大儀であった。お主らがいなければ、カルディの謀反で苦しむ民はもっと多かったであろう。その働きに免じて褒美を取らす」


 居並ぶセシリアたちや控える貴族たちが背筋を伸ばす。

 一拍おいて、アルベルトは続けた。


「シロー・トルキス、並びにセシリア・フィナ・トルキスとその子供たちよ。フィルファリア国王アルベルトより『ハヤマ』の名を与える」

「…………はっ?」


 言っている意味が分からず、セシリアが硬直する。

 この時、セシリアの頭の中には爵位の授与や過大な金銭の授与を断ろうという意識が働いていた。

 シローのことを必要以上に王家に縛らせないためだ。

 だが、アルベルトから告げられたのは全く別のことだった。

 セシリアの反応を見たアルベルトがしてやったりと口の端を歪める。


「セシリアよ。そなたは今日よりセシリア・ハヤマ・フィナ・トルキスと名乗るがよい」

「えっ……? あっ……」


 驚きに目を瞬かせたセシリアがアルベルトを見上げ、それから子供たちの方へ視線を向けた。

 子供たちもよく分かっていないのか、セシリアの方を見ている。


「現在、ミドルネームを名乗れるのは他国においても由緒ある血筋の者か王に下賜された者しかありません。今回、ご家族に名を下賜されることはシロー様にとってもお子たちにとっても一廉の人物であるとの証明になります」


 フェリックスの説明に段々と意味を理解し始めたセシリアの頬が朱に染まっていく。

 『ハヤマ』は言うまでもなくシローの旧姓である。

 身分の違いからセシリアが名乗れなかったもう一つの姓だ。

 嬉しくないはずがない。

 顔に出すまいと堪えるセシリアの頬がプルプルと震える。


「なぁ、セシリア。名乗ってはくれぬか?」

「……ズルいですわ、アルベルトお義兄様」


 困り顔で伺うアルベルトの目の前で、セシリアはぷくりと頰を膨らませて。

 唇を尖らせた子供のような顔でアルベルトを昔の呼び名で責めた。


「そんな顔、するな。後は奥の間でゆっくり話をするとしよう」


 苦笑したアルベルトが合図を送るとフェリックスが一歩進み出て謁見の終了を宣言した。


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