おみおくり
【人物】
●ガイオス……シローの所属するフィルファリア王国第三騎士団の団長。ウィルに「くまのおじさん」と慕われている。
●フェリックス……フィルファリア王国の宰相でリリィの兄であり、ガイオスの幼馴染。
●リリィ……フェリックスの妹。長年の想いが実を結び、晴れてガイオスと婚約することになった。
シローが任務へ出発する日の朝。
ウィルはシローを見送るため、家族や付き添いの使用人たちと門まで出向いていた。
「おはようございます、シロー殿」
シローが見送りに来たフェリックス宰相と握手を交わす。
その後ろにはガイオスとリリィの姿があった。
「宰相自ら、申し訳ありません」
「いえいえ」
頭を下げるシローにフェリックスが笑みを返す。
「私が留守の間、妻と子供たちのことを宜しくお願い致します」
「任せてください」
快く引き受けてフェリックスがシローに一歩近付く。
「渡りの時期を目前にシロー殿を欠くのは我々としても辛いところですが……この任務を任せられるのはシロー殿しかいません。どうか……」
「心得ています」
今度はフェリックスが申し訳なさそうに頭を下げ、シローが笑みを返した。
顔を上げたフェリックスが懐から取り出した書状をシローに託す。
「命令書です。相手の案内役に見せれば伝わるでしょう」
「了解です」
「……見間違いであればよかったんですけどね」
「ははっ……」
嘆息するフェリックスにシローは苦笑いを浮かべた。
魔獣の討伐を他国に依頼する以上、見間違いであるということはないだろう。
フェリックスも十分わかっているはずだ。
「それでは、ご武運を……」
フェリックスはそう告げるとシローから距離を取り、セシリアへ目配せをした。
ここからは僅かばかり家族の時間だ。
「さぁ、あなた達もお父様をお見送りして」
セシリアに促されて子供たちがシローの下へ駆け寄った。
「行ってらっしゃいませ、お父様」
「お父様、早く帰ってきてくださいね!」
交互に見送りをするセレナとニーナを抱き締めて、シローが笑顔を返す。
「とーさまー、いってらっしゃーい!」
ウィルも短い手を精一杯伸ばしてシローに抱き着いた。
それを受け止めて、シローがウィルの頭を撫でる。
「ウィル、お母さんたちのこと、頼んだぞ?」
「はーい♪」
何を頼まれているのか分からないだろうが、ウィルは快く返事をした。
「あのねあのね、とーさま!」
「ん? なんだ、ウィル?」
シローから離れて主張し始めたウィルに全員が注目する。
ウィルはそんな視線を気にも止めないで、悩むような仕草を取った。
「うぃる、いっしょーけんめいかんがえたんだけど……」
「「「…………?」」」
何を一生懸命考えることがあるのか。
ウィルの言葉を不思議そうに待っていると、ウィルは真剣な面持ちで続けた。
「とーさまのごほーびがふるーつさらだっていうのは、ちょっとぉ……」
「…………は?」
あまりにも唐突なセリフにシローの目が点になる。
「いやいや、ウィルも好きだろう? フルーツ」
「ふるーつは、よい」
ウィルもフルーツには納得しているようで、どうやらサラダが引っかかっているらしい。
ウィルにとって、サラダはご褒美になり得ないのだ。
しきりに「さらだはー、さらだはー」と繰り返すウィルにシローが苦笑いを浮かべる。
「あと、すてーきもちょっとぉ……」
「え? ステーキもダメ?」
聞き返すシローにウィルはコクコク頷いた。
「うぃるははんばーぐがいいなー」
「いや、それはウィルの食べたいものじゃないか……」
「そんなこと、ないもん」
いや、あるだろう。
あまりに分かりやすい自己主張に家族を始め、その場にいたみんなが表情を綻ばせた。
「わかったわかった」
見上げてくるウィルの頭をシローがポンポンと撫でる。
「じゃあ、みんなでご褒美を考えてくれ。父さん、楽しみに帰ってくるから」
「はーい♪」
自分の主張が通ったことでウィルも満足したような笑みを浮かべた。
シローはその表情をひとしきり堪能すると視線をセシリアへ向けた。
「セシリアさん、子供たちのことを……」
「心得ております。シロー様、どうかご無事で……」
シローが軽くセシリアを抱き寄せる。
普段は人前での愛情表現を不得手にしているセシリアだが、この時ばかりはシローに身を任せた。
最愛の主人が長く家を離れるのだ。無理もない。
それをリリィがどこか羨ましそうに眺めて。
セシリアから離れたシローが魔刀の柄に手を乗せる。
「一片」
シローの呼びかけに応えて、魔刀から風の一片が姿を現した。
シローたちを遠巻きに見守っていた人々が大きな風狼の出現にどよめきを起こす。
「子らよ……」
周囲の反応を気にした風もなく、一片が小さく呼びかける。
するとウィルたちの体から緑光が溢れ、風狼の子供たちが姿を現した。
「よいか、いい子にしてるのだぞ?」
一片の言葉に幻獣の子らがそれぞれ視線で応える。
それに満足した一片が小さく頷いて、今度はウィルの方へ視線を向けた。
「ウィルよ、母上や姉上たちの言うことをよく聞いてな」
「あい」
「約束だぞ」
「やくそくー」
コクコク頷くウィルに目を細めた一片はそのまま踵を返して門の外へ向き直った。
その背にシローが飛び乗る。
父の姿の勇ましさに人の子も幻獣の子も目を輝かせた。
「じゃあ、行ってくる」
「すぐ戻る。安心して待っておれ」
「「「いってらっしゃーい!」」」
子どもたちに見送られ、一人と一匹が門の外へと駆け出していく。
「はやーい!」
あっという間に遠ざかっていく父の背中にウィルが目をぱちくりさせる。
「本当に……もうあんな小さく……」
「これなら、きっとすぐに帰ってくるわね!」
セレナとニーナも思い思いに呟いて。
その背後で見送るセシリアだけが少し心配そうな顔をしていた。
「さぁ、あなたたち。屋敷へ帰りましょう」
シローの姿が見えなくなるまで見送ると、気を取り直したセシリアが子供たちの背中に呼びかけた。
「お客様をお待たせしてますからね」
「「「はーい」」」
子供たちが元気に返事してセシリアの下へ駆け寄る。
「では、フェリックス様。ガイオス様にリリィ様も」
「ふぇりっくすおにーさん、くまのおじさん、りりぃおねーさん、またねー」
フェリックスに小さく会釈するセシリアの横でウィルがぶんぶんと手を振った。
フェリックスたちが笑顔で手を振り返し、帰路につくウィルたちを見送る。
「なぁ……リック」
「なんだい、ガイオス」
トルキス家の背を見つめながら呟くガイオスに、同じものを見つめたままフェリックスが応える。
「本当にシロー殿を一人で行かせて良かったのか?」
「…………」
ガイオスはシローと共に王と謁見し、今回の任務のあらましを聞いていた。
シローの向かった先は隣国フラベルジュと更にその先にあるシュゲール共棲国の国境沿いの森である。
その地域は魔獣が強く両国とも精鋭を配置しているという話だ。
先日起きた魔獣騒動の説明を同盟国であるフラベルジュにしたところ、その近隣で大型の魔獣が目撃されていた。
フィルファリアでも目撃されたキマイラ種である。
本来は人里離れた場所で稀に発見される種が立て続けに発見されたことで同一の組織の関与も疑われ、フラベルジュがシュゲールと合同で調査に乗り出した。
その報告が正式にフィルファリア王国に届けられたのだ。
キマイラ種で間違いない、と。
そして、その近辺に人が立ち入った痕跡もあったという事も。
「確かに、シロー殿は首謀者と接触している。戦力的にも問題ないだろうが……しかし」
ガイオスは納得していないようだ。
確かに危険な任務である。
フェリックスとしてもシローの友人たちが王都に訪れている間に協力を取り付けたかったのだが、シローが単独で行動することを申し出て思惑が外れていた。
「シロー殿が単独で動けば幻獣様のお力で任務の日程を半分くらいに縮める事が可能だと申し出てね……そうすれば飛竜の渡りに間に合うだろうと」
「シロー殿の強さは認めるが……」
「そうですね……私も安全な手段を取れるのならそうしたいところですが」
「そもそも、なぜフィルファリアに話が来たんだ? シュゲールの獣人たちが合同で動いているのだろう?」
尚も食い下がるガイオスにフェリックスは小さく嘆息した。
「ガイオス。納得いかないのは分かりますが少しは考えてくださいよ……」
「何をだ?」
憮然とするガイオスの目を見てフェリックスが答える。
「この時期、飛竜の渡りで頭を悩ませているのはフィルファリアだけではないんです。フラベルジュもシュゲールも。そんな中で迅速に討伐できる手段があるなら要請したいでしょう?」
「だが、フラベルジュはともかく……シュゲールにまで義理立てする必要があるのか? この大変な時期に……シュゲールは同盟国じゃないんだぞ?」
「ありますよ。特にアルベルト国王と私……それからシロー殿にも。ひいてはフィルファリア王国のために」
「…………?」
フェリックスの言っている意味がわからず、ガイオスが首を傾げてリリィに視線を向ける。
彼女も分かっていないようで首を横に振った。
「ガイオス。同盟国でないシュゲール共棲国には何がありますか?」
「なに、って……」
ガイオスがフェリックスの質問に眉根を寄せる。
ガイオスも貴族としてそこそこの知識量を誇る。
同盟国ではないとはいえ、近場の国の内情をある程度は理解していた。
(シュゲール共棲国……?)
シュゲール共棲国は獣人や亜人、人間など多くの種族で構成された自然豊かな国である。
国土の多くを森に囲まれており、屈強な魔獣に対抗する騎士団は血の気が多いらしい。
野蛮だと揶揄されることもあるが、その気質は陽気で悪い噂はあまり聞かない。
年がら年中魔獣を狩っているためか、特産品は革なんかだったりしたはずだ。
他にはシュゲール共棲国王家の守護精霊が樹属性だったり、国内に大樹海が広がっていたり、それに属した最難関ダンジョンがあったり――
「あっ……そうか。世界樹か……」
シュゲール共棲国は国内にある世界樹の迷宮を冒険者ギルドと協力して管理しているのだ。
「そうです。さんざん後回しになっていましたが、我々はもともとシュゲール共棲国とは同盟を組もうと動いていました。それにちょっとした個人の思い入れが複数加わって優先順位が繰り上がったんです」
「みんな大好きだな、ウィル様……」
「えぇ。私もファンですよ」
兄の言葉にリリィが思わず笑みを浮かべる。
「ウィル様は本当に多大な貢献をしてくださいました。それに応えるためにも陰ながらその夢の後押しができればと思っているのですが……」
所詮は子供の夢だというのに。
大人たちはみんなして、その道を切り開こうとしていた。
不思議とそうさせる何かがあるのだ、ウィルには。
自分もそれを望んでいると自覚したガイオスが自嘲気味に笑う。
「で? 上手く行くんだろうな、それ……」
「勝算はありますよ」
「じゃあ、任せる」
「ええ、任せてください」
フェリックスも笑みを浮かべて小さくなっていくウィルの小さな背中を見送った。
ガイオスもリリィも、また。その背中を眩しそうに見つめる。
「それにしても、アレだな……」
「「…………?」」
フェリックスとリリィがぼやくように呟くガイオスを見上げる。
また憮然とした表情を浮かべるガイオスにフェリックスたちは疑問符を浮かべた。
「リックとリリィがおにーさんおねーさんで、リックと同い年の俺はなんでおじさんなんだ?」
眉根を寄せて愚痴るガイオスにフェリックスとリリィは思わず吹き出した。
【お知らせ】
遅くなりましたが、「ウィル様は今日も魔法で遊んでいます。1」めでたく重版となりました。
重版分は七月上旬とのことでしたので、そろそろ再入荷されてるやもしれません(汗)
店頭で見かけられましたら、ウィルを保護していただけると嬉しいです♪




