四月馬鹿・三衣
●四月一日、ファミレスにて●
三「もうちょい修行が必要やなぁ」
千「予想以上に駄目だったね」
三「俺には恋愛小説の壁は高いようやな」
千「三ちゃん、執着心ってものはないの?」
三「人間、高望みはあかんよ」
千「もっと欲望に忠実にならなきゃ。
欲しいものを手に取る勇気。これよ」
三「眺めとっても変わらんってか?昔から言うてるなぁ」
千「自分の人生を俯瞰視点で見てるのよ。三ちゃんは」
三「そんなことあらへん。
人並みに楽しんで、人並みに悩んどる」
千「それと同時に楽しんでる自分、悩んでる自分を端から見てるのよ」
三「そないなもんかなぁ……」
千「そうじゃなければ!
この話の主人公がここで告白を諦めたりなんかしないわよ」
三「人生、そうそううまくいくもんやあらへんよ?」
千「ダメ。これだから三ちゃんは」
三「そら、大衆小説やっちゅうのも分かるけども」
千「じゃあ、ちゃんとヒロインとつき合わせてあげたっていいじゃない!」
三「単純すぎんねん。無理やり付き合うたところですぐ別れてまうやないか」
千「あたしはハッピーエンドが見たいの。心に潤いを与えたいの!」
三「その為に多少の無理が発生してもか?」
千「ある程度なら、フィクションとして受け入れられるもの」
三「ま、確かに事件がないと物語は進まんからな」
千「でしょう?だから、多少の肉付けはいいのよ。
妙にリアリティのある小説なんてあたしは嫌よ。
誰か他人の日記を見てる気分になるもの」
三「フィクションは、フィクションらしく、っちゅうことか」
千「そう。でも、度を過ぎても引くのが困りものね」
三「そこらへんの線引きは人それぞれやな。
全員に共通するライン引きはあらへん」
千「だからって、限度があるでしょ?」
三「ほな質問や。例を出していくから、ドコまでやったら許せるか教えて。
もちろん、千づっちゃんの個人的見解で構わへん」
千「うん、分かった」
三「せやな。まずは……。幼馴染がおる」
千「日常的ね。もちろんアリ」
三「仲のええ友人が突然引っ越す」
千「普通じゃない?」
三「で、数年後に偶然再会する」
千「現実としてはそろそろ怪しいけど、作品としてはまだOKよ」
三「やっぱそのへんか。次。ある日から突然同棲が始まる」
千「ここからは大衆小説として見ていいのよね?じゃあアリ」
三「……親の再婚で可愛い妹ができる」
千「現実に無いと分かっているからこそ萌えるわね。アリ」
三「天文学的数値やと思うけどな。
あかん、千づっちゃんの基準はよぉ分からん」
千「恋人に急に癌が発覚したりすると引くわよ」
三「ま、しっかりした理由付けがあれば納得もできるけどな。
しっかし、千づっちゃんはいつまでも千づっちゃんやなぁ」
千「何それ」
三「気にせんといて。で、話は変わるんやけどな。今日は何の日や?」
千「エイプリルフールでしょ?」
三「せやな。そこでささやかながら嘘をついてみようと思う」
千「宣言してからって意味あるの?それ」
三「ホンマのことも混ぜるから、どれが嘘か当ててみ」
千「あ、なるほどね。いいわよ。受けて立とうじゃない」
三「こないだつに俺に彼女ができたんやけど……」
千「はい、嘘」
三「久しぶりの彼女やからな。俺も浮かれて昨日はデート行ったんよ」
千「あ、続けるの?ちなみにそれも嘘ね。
三ちゃんがデートで浮かれる姿が想像できない」
三「そしたら駅前でユウ君に会うてなぁ」
千「人の彼氏まで出してくるとはいい度胸ね。
あいにくユウは昨日は仕事よ。嘘ね」
三「何してんのって聞いたらプレゼント探してるって言うから、
俺の彼女も含めて三人で百貨店行って買い物した」
千「逆にこうも嘘だと清々しいわね。で?」
三「黙っといてくれって言われてたんやけど、まぁええか。
昨日は有給使ったんやて。俺から聞いたって言わんとってや。
んで、千づっちゃんの指輪のサイズが分からんって言うてたから、
11号やって言うといた」
千「合ってる……。なんで知ってるの?」
三「千づっちゃんへの愛ゆえに、やな」
千「はい嘘」
三「いきなり渡してびっくりさせるって言うてたけど。
なんか悔しいから、こうしてネタばらしをした次第。
さ、どこが嘘でしょう?」
千「逆に指輪のサイズ以外どこが本当なのか聞きたいんだけど」
三「何や、回答権放棄かいな。
んじゃ……答え合わせや」
千「あ、ちょっと待って。ユウから電話が。
んふふ、残念だったわね。嘘つき三ちゃん。
その話が全部嘘だって言う言質を先にとらせてもらうわね」
三「うわ、なんちゅうタイミング!」
千「ふふん、運が無かったわね。
ちょっと待っててね。もしもし?」
○ ○ ○
千「あ、あの、三ちゃん?」
三「おお、お帰り。ユウ君なんて?」
千「ユウが、渡したいものがあるって……え?
……え?ほんとに?」
三「おお、さっそく今日か。行動早いな彼」
千「でも、今日、記念日でも何でもないのに……」
三「せやからサプライズなんやろ?千づっちゃん。クイズや。
"相手を想う気持ちと、それを伝えるタイミングは"
ほい、続きどうぞ」
千「"お前が決めていいんだぜ"だっけ。ラーメンズよね」
三「うむ。記念日とかやあらへん。
ユウ君が千づっちゃんに渡したいから渡すんやろ。
ネタばらし、半分成功ってとこやな」
千「変に前情報があって逆に緊張しちゃうじゃない!!」
三「ご希望通り、きゅんきゅんするやろ?」
千「これは反則よ……三ちゃんのバカぁ」
三「ま、嘘やけどな」
千「……へ?」
三「千づっちゃんの言う通り。
俺には彼女なんかおらんし昨日はユウくんに会ってない。
もちろん、百貨店にも行ってへんよ」
千「あー……っと、その……でも、え?」
三「ユウ君とはあらかじめネタ合わせしといた。台本はもちろん俺や。
電話のタイミングは俺からのワンコールで合図した。
エンターテイナー・三衣と呼んでくれぃ」
千「三ちゃん……」
三「もちろん、平手を喰らう覚悟はできとる。
自由は常に責任と供にあるからな」
千「ふふ、そう。潔いわね……。
右頬をぶたれたらちゃんと左頬も差し出してくれるのよね?」
三「や、俺は聖人君子やないから片方だけでよろしく!」
嘘。いい言葉です。
事実とは異なる言葉。人をだますための言葉。
そこに悪意や善意が入るかどうかはまた別の話。
文を書く。物語をつくる。これはもう、堂々と嘘をつく作業に他なりません。そこに罪悪感はありましょうか。いや、ないはずです。フィクションなのだから、と誰もが思うでしょう。
人生、おしなべてフィクションです。
想像して、創造する。人生は作るものですから。




