やはり暴力〜ドアマット令嬢は最強女剣士の幽霊に取り憑かれ、全てを暴力で解決する〜
一体私が何の罪を犯したというのだろう。
母を亡くしてからというもの、後妻を迎えた父は、私に冷淡になった。
継母は前妻の子である私を疎み、何かにつけて辛くあたった。
納屋に閉じ込められ、屋根裏部屋に住まわされ、伯爵令嬢でありながら使用人の如く働かされる。
その上、些細な失敗をすれば鞭で手ひどく打たれるのだ。
食事は粗末なものしか与えられず、時には食事抜きのこともある。
腹違いの妹が豪奢なドレスに身を包み、豊かな食事を与えられているのを見ると、酷く惨めな気分になった。
「アイリーン、何をぐずぐずしている! さっさと掃除を済ませないか!」
空腹でふらふらとしながらも、父の執務室を掃除していると、父に怒鳴りつけられ、蹴り飛ばされた。
革のブーツで踏みつけられると、背中に激痛が走る。浮いた肋骨にブーツの鋲がゴリゴリとあたって、酷く痛い。
——私って、何のために生きてるんだろう……。
もはや、死んだほうがマシなのではないか。そんな卑屈な思いにさえ、とらわれてしまう。
そんな日々を過ごしていた時のこと。
「墓場の掃除……?」
私は、突然父から命じられた言葉に、戸惑う。
「そうだ。一族の墓場が墓荒らしに荒らされたのだ。お前が掃除をしてこい」
墓荒らしに荒らされたということは、白骨化した遺体なども土から掘り起こされているということだ。そんな場に赴いて遺体を埋め直し、掃除をしなければならないなどとは、恐ろしくてたまらない。
「そ、そんな。なんで私がそのようなことを……」
「うるさい! 口答えをするな! お前は大人しく汚れ仕事でもやっておればいいのだ」
父に頬を張られ、その勢いで地面に倒れ伏す。
そのまま倒れているところをお腹を蹴り飛ばされて、痛みに小さく丸まる。
「わかったらさっさと言ってこい!」
これ以上暴力を振るわれたくなくて、私は仕方なく立ち上がり、墓場へと向かう準備をした。
下女室で掃除道具をまとめると、道具を抱えて辻馬車に乗る。王都郊外にある墓場へ辿り着くと、一族の墓がある場所へ向かった。
確かにその場所は荒らされていた。
白骨が散乱し、価値の低い埋葬品が打ち捨てられて大地に転がっている。高価なものは盗まれてしまったのだろう。
私は、嫌悪感を押し殺しながらも白骨を集めて土葬用の棺の中に入れ直し、土を被せて埋葬し直す。
無心になって作業をしていると、あたりはいつの間にか暗くなってきていた。
夕闇の中で目を凝らしながら仕上げに墓石を磨いていると、不意に両肩が酷く重くなる。
「な、なに……?」
何かが背筋を這い上がっていくような感触がして、私は怯えた。
『そう怯えないでよ。あたしは悪い幽霊じゃないんだからさ』
不意に、頭の中に豪快な女性の声が鳴り響いた。
「ひゃ!?」
悲鳴をあげて尻餅をつく。磨いていた墓石から、ゆらゆらと黒い影が立ち上っていた。
『あはは、いい反応するねぇ! あたしはあんたの先祖だよ! 先の大戦の時に活躍した女騎士さ』
「ご、ご先祖様……?」
黒い影の言葉に、慌てて平伏する。怖いけれど、ご先祖様ならば敬わなければならない。虐げられて卑屈になった心は、頭を下げることを躊躇わせない。
『そんな風にかしこまる必要はないさ。元を辿れば家族みたいなもんじゃないか、あたしたちは。それより、墓をきれいにしてくれてありがとうよ。あんたのおかげで、またいい気分で過ごせそうだ』
「い、いえ……」
ひたすらゲンナリしながら作業をしていたけれど、感謝されるのは悪い気はしない。
幽霊とはいえ、気の良さそうな気配に、私は警戒心を解いた。
『ところで、どうして伯爵令嬢が墓掃除なんかさせられているんだい? あたしが戦功をあげてから、リードガルド家は伯爵に陞爵されたはずだけど』
この女性が、子爵家だったリードガルド家を伯爵にまで押し上げた功労者だったのか。大物の存在に、ますます恐縮してしまう。
「え、えっと。私は母が亡くなってから、父と継母に虐げられていて……。今回、墓荒らしが出たから片付けをするようにと言いつけられて……」
『なんだいそれは! 自分の子供を虐げるなんて、リードガルド家の風上にも置けないね! あたしが性根を叩き直してやる』
ご先祖様は息巻く。もし本当に私を虐げている両親をなんとかしてくれたら嬉しいけれど、実際は幽霊なのだ。もしかしたら追い詰められた私が見ている幻かもしれない。
期待なんて、できるはずもない。
そうやって私が落ち込んでいると——。
『さぁ、あんたの体を貸しな。これからは何をされても、あたしがとっちめてやる!』
ご先祖様はそう言うと、私の体に向かってタックルをしてきた。驚きつつも、凄まじい速度に避けられない。
ふわりと、暖かい感触がして、体の中に何かが入ったのを感じる。ご先祖様に取り憑かれたのだろうか。
『ふぅ、入れた。あんた、随分と細っこい体だねぇ。これじゃあ力も出ないだろう』
「食事を抜かれているので……」
『子供の食事を抜くなんて、とんでもない連中だね。とっちめてやらなきゃ……。全く、腕が鳴るよ』
ご先祖様は、私の体を使ってテキパキと墓掃除の道具を片付けると、辻馬車に飛び乗った。
「ご先祖様は、どうして私を助けてくれるんですか?」
辻馬車の中、周りに声が聞こえないように気をつけながら話しかける。
『ご先祖様じゃなくてシャロンとお呼び。あたしは自分の子孫が酷い扱いを受けているのに我慢がならないだけさ。それに、あんたみたいな細っこい子供を虐げるなんて、貴族の風上にも置けないからね』
シャロン様は、そんな風に答えると、私の体で腕組みをした。
『まあ見てな。今にあんたの両親はあんたの言いなりになるよ。あたしが取り憑いたなら百人力さ』
そんな風に言うけれど、私はあまり期待はしていなかった。そんなに上手くことが運ぶはずがない。
幽霊に取り憑かれたくらいで、私の人生が変わるとは思えなかった。
けれど……。
「おい、アイリーン! 今が何時だと思っている! 墓掃除ごときにどれだけ時間をかけるつもりだ。鈍臭いやつめ!」
家に帰ると、父が怒り狂いながら私に向かってきた。すでにあたりは暗闇に包まれ、夜の冷たい空気が屋敷を覆っている。
夜には私は残飯の片付けをさせられることになっているので、それに遅れたことに怒っているのだろう。
「父親のくせに随分な言い草だねェ」
謝罪をしようとした私の口は、勝手に動いてそんなセリフを吐き出していた。
「な、何を言っている!?」
「ふざけんじゃねーよ、って言ってんだよ! このクソジジイ!」
シャロン様は容赦なく父に罵言をぶつける。それに対して、私が初めて反抗してきたと思ったのか、父は唖然としたまま動かない。
「さて、クソ子孫は躾なおしてやんなきゃいけないね」
「何を言う、アイリーン。気でも狂ったか!」
我を取り戻した父は、私に向かって手を振り上げた。いつもの如く、殴りつけようというのだろう。
けれど、その腕はからぶった。
墓場の掃除道具を手に持った私の体は、上体を低くすると、バネのように伸び上がって掃除道具で父の頬を激しく打った。
打たれた父はたたらを踏む。バランスを崩した隙をつくように、私の体はさらに追撃をしていった。
容赦なく父の全身を打ち据える。
「こ、この!」
我を取り戻した父が、私に向かって反撃をしようとするが、それは一切あたらない。
そうして私の体は、懐から一本のペンを取り出すと、攻撃によって床にひっくり返った父の目に、躊躇なくペンを突き刺した。
「ぐ、グアアァァァ!」
「両目をやられたくなかったら、二度とアイリーンをいじめるんじゃないよ。わかったね?」
シャロン様は、ドスの聞いた声で言う。
父は訳のわからない状況に、ひたすらのたうち回るばかりだ。
そこへ、騒ぎを聞きつけた継母がやってきた。
「な、何? どうなっているの? マーク! マーク! 血だらけになって、一体どうしたというの!」
継母は混乱したまま、使用人たちを呼んだ。
「あたしに逆らう奴は容赦しない。これ以上アイリーンを傷つける奴がいたら、あたしが殺す。大戦を生き延びた女騎士を舐めるんじゃないよ」
シャロン様は、静かな声でそう宣言した。
状況をわかっていない継母は、異様な雰囲気を放つ私に対して尻込みする。
「何……何なの……。誰かこの子を取り押さえて!」
継母の放った叫びに、使用人たちが一斉につかみかかってくる。
シャロン様はそれを華麗に交わしていくと、片っ端から床に放り投げて伸してしまった。
目まぐるしく動く視界に、私は目を回しそうになってしまうが、シャロン様は全く平気らしい。
「何なの……何なのあなた……。アイリーン、一体どうしてしまったの!?」
継母はヒステリックな金切り声をあげる。それに対して、シャロン様は静かに答えた。
「あたしはシャロン、シャロン・リードガルド。このリードガルド家の開祖にして、先の大戦を戦い抜いた女騎士の幽霊さ。あたしの子孫アイリーンを傷つける奴は、許さない。わかったな?」
「ゆ、幽霊ですって!?」
青くなった継母は、そのままフラフラと壁にもたれかかってしまう。それを無視して、シャロン様は邸の客間へと入っていった。
『今日はここで寝よう、アイリーン。屋根裏部屋なんかに行く必要はない。あんたを虐める奴は、もういない。あたしがいなくならせる』
その言葉と、座った柔らかなベッドの感触に、涙が溢れる。
「本当に? 本当にここで寝ていいの?」
『ああ、あたしが見張っといてやる。寝込みに襲ってくる輩がいたらさっきみたいにとっちめてやるさ』
「ありがとう……本当に、シャロン様」
柔らかなベッドの上に、横たわる。ふかふかの布団をかけると、墓掃除で疲れ果てた体が眠りへと吸い込まれた。
翌日目が覚めて、食堂へ行くと、父と継母が食事を摂っていた。
使用人の噂によると、父は魔法医を呼んで目を治してもらったらしく、失明までは行かなかったようだ。
「あ、アイリーン……。しょ、食事の用意ができている。お前の分も用意させてあるから食べるといい」
ビクビクとした様子の父から言われて、私は呆然と立ち尽くした。食事がまともに与えられるだなんて、本当にこれは現実だろうか?
だけど、昨日シャロン様に目を抉られた父は恐怖で萎縮しきっており、本当に食事は用意されていた。
残飯以外のものにありつくのは、久しぶりだ。
ふかふかの白パンに、温かなスープ。焼いたソーセージにオムレツ。食堂の席には、そんなものが用意されていた。
『アイリーン。たんとお食べ。あんたはガリガリに痩せ細っているんだから。取り戻さないとダメだよ』
「はい、シャロン様」
シャロン様に進められて、食事に手をつける。その温かさに、また涙が溢れてしまいそうだった。
その日を境に、リードガルド家における私の扱いは随分と変わった。
父も継母も私に対しては怯えた様子で、以前のように暴力を振るってくることも、下働きを強制してくることもない。
食事はきちんと用意され、清潔な客間を使わしてもらっている。
そして——。
「アイリーン、そろそろお前も社交界に出るか?」
「え? 私が社交界に?」
父から、今まで許されなかったデビュタントの話が降ってきた。
対外的には病弱だと言って、社交界に出してはもらえなかったのだが、よほど目を抉られたのが堪えたらしい。父は私を普通の令嬢としてきちんと扱うつもりのようだ。
それから、デビュタントの準備は進んで行った。ドレスは業者を呼んでオーダーメイドで作ることになり、付添人もきちんとつけてもらえることになった。
付添人の子爵夫人はとてもいい人で、私がデビュタントで恥をかかないように今まで与えられていなかった礼儀作法の教育なども与えてくれている。
そして、ガリガリに痩せ細った体が健康的になり、礼儀作法などもなんとかこなせるようになった頃。私は王宮の舞踏会に参加することになった。
辻馬車ではなく家の家紋付き馬車を使わせてもらえることになり、私はふかふかの座面にお尻を置きながら、王宮へと向かった。
生まれて初めて足を踏み入れる王宮は、豪華絢爛で、ありとあらゆるところに繊細な彫刻が施されており、忙しなく目を動かしてしまう。
「アイリーンさん、あまりそうキョロキョロするものではありませんよ」
「は、はい!」
子爵夫人に注意されて、慌てて前を向く。その横で、私から憑依を解いて宙に浮かんでいるシャロン様がくすくすと笑う。
和やかな雰囲気で、王宮の控室に向かった。
名前を呼ばれたら、舞踏会の広間に入ることになる。高鳴る胸を押さえながら、その時を待つ。
「アイリーン・リードガルド伯爵令嬢!」
「は、はい」
呼ばれて、広間へと入っていく。大勢の瞳が私の方を向いて、ヒソヒソとした噂話が聞こえてきた。
「まぁ、お美しい方……、でも今までお見かけしたことがありませんわね」
「リードガルド家の長女でしょう? 今まで病弱で外に出られなかったとのことですけれど……」
慣れないドレス姿で、何とか背筋を伸ばして歩く。
そうして参加した舞踏会で、何人かの貴族男性からダンスを申し込まれて踊った。「美しいお嬢さん」などと言われて、照れながらも浮かれてしまう。
夢のような時間を過ごしている中、不意に右側からどよめきが生じた。
「王太子殿下!」
悲鳴のような声が聞こえる。
使用人の一人が、ナイフを取り出して王太子殿下に向けて突き出していく様子が、ゆっくりと歪んだ視界に映る。
その瞬間——。
「待て!」
シャロン様が私の体を乗っ取り、殿下のお腹に吸い込まれていきそうだったナイフを絡め手で落とし、下手人を捉えて固め技をかけた。
「捕らえたぞ! 近衛はどこだ! 早くこいつを縛り上げろ!」
シャロン様が怒鳴ると、近衛兵たちが慌てた様子で駆けつけてくる。
「ご、ご令嬢!? まさか、これほどの武技の心得がある令嬢がいるとは。偶々あなたが近くにいてくれたおかげで、私は救われた。命の恩人だ。褒美は何でも遣わそう」
王太子殿下は、下手人を近衛に渡してドレスを整えている私に対して、そんな言葉を言ってきた。
「い、いえ。捕らえたのは私ではなく……。いえ、私なのですが……」
これは自分の功績ではないと知っている私は、しどろもどろになって答える。
「いいや、あなたのおかげだ。ご令嬢、名前を伺っても?」
「リードガルド伯爵家の、アイリーン・リードガルドと申します」
「アイリーン嬢、またあなたに会いたい。連絡してもいいだろうか?」
「は、はい」
王太子暗殺未遂騒動を経て、私は王太子と繋がりができてしまった。シャロン様のおかげで、人生が目まぐるしく変わっていく。
それでも、私は暗殺未遂事件を防いだのは自分の実績ではないので、騙しているようで心苦しかった。
事件の後始末が終わり、王太子殿下からお茶に誘われた時、私は全てを白状する覚悟を固めた。
「あの、殿下。お話ししたいことがあるのです」
「なんだい、アイリーン嬢?」
「実は、暗殺者を捕らえたのは私ではなく……」
信じてもらえないかもしれないけれど、私は全てを白状する。
「やはり、そうだったか」
けれど、王太子殿下の反応は私が予想していたものとは違った。
「え?」
「実は、私も剣聖レオンハルトの霊に取り憑かれているのだ。君に取り憑いている女騎士シャロンの戦友のな」
「な……そ、そうなんですか!?」
言われた言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
その間に王太子殿下から黒い影が立ち上り、ゆっくりと壮年男性の形を取った。
『レオンハルト!? レオンハルトじゃないか!』
『シャロン、生きてたのか! いや、死んでたのか!』
『霊になっても再会できるとはなぁ』
私たちに憑いている霊同士が、再会を喜び合う。
「アイリーン嬢、同じ秘密を共有できるもの同士、あなたに婚約を申し込みたい」
「え!?」
驚くような話が連発して、私はついていけないでいる。
呆然としている私に、シャロン様が『いいじゃないか! 話を受けたら』と促してきた。
王太子殿下と、私が婚約……?
確かに、殿下は穏やかで優しい方だ。秘密を共有できるのも、ありがたくはある。けれど、いきなりそんな話を言われても、戸惑ってしまう。
「あ、あの……。考えさせてください」
咄嗟に、そんな言葉が口を突いて出た。
「いいよ。……逃がさないけどね」
王太子殿下は、ニヤリと笑った。
それから、殿下と私の会合が定期的に行われるようになった。
殿下と私の、でもあり、シャロン様とレオンハルト様の、でもある。
『それでな? アイリーンは父親と継母に手ひどく虐げられていたのだ! それを私が取り憑いてこう、グサっと』
『ほう! それはなかなか素晴らしい。それにしても、アイリーン嬢は可哀想に』
「そうだな。リードガルド家にそんな闇があったとは……」
王太子殿下とレオンハルト様は、私がこれまで受けてきた仕打ちを聞いて、同情してくれた。
「また何かあったら私に言うといい。必ず助けよう」
「あ、ありがとうございます、殿下」
私は徐々に殿下に惹かれていってもいた。殿下はお優しくて、何くれとなく私のことに気を配ってくれる。
唯一困ったことは——。
「レオンハルト、いざ勝負だ!」
「負けんぞ、シャロン!」
私たちに取り憑いた幽霊たちが、憑依をして手合わせをしたがることだった。私たちは度々王宮の訓練場を貸切り、シャロン様たちへの恩返しのため、体を貸して手合わせをしている。
ちょっとばかり血の気の多い私たちの会合は、その後も続いていくのだった。
お読みいただきありがとうございます!
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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。




