89話・人が消えた街 2
ラトス誘拐6日目
無人の街、ガルデア。
ほんの数日前まで普通に生活していたはずなのに、誰も居ない。忽然と姿を消した住民の行方は分からないままだ。家財道具などの一切が残されており、荒らされた形跡もない。
謎は深まるばかりだが、先を急がなくてはならない。住民の行方を探している余裕はない。
しっかりとした塀と堀に守られた街での宿泊は、魔獣の襲撃もなく安全だった。何事もなく朝を迎えられた僕達は、宿屋の一階にある食堂に集まった。
シェーラ王女もよく眠れたようで顔色がいい。
厨房に残されていた傷んでいない食材を拝借し、アーニャさんがスープを作ってくれていた。数種類の根菜とベーコンが煮込まれていて、温かくて美味しい。それと、薄切りにした固パンにチーズを挟んだもので朝食となる。
食べながら、本日の行程を決める。とは言っても、真っ直ぐ街道を南下するしか道はない。
ユスタフ帝国の詳細な地図を広げ、まず現在地を確認する。
「昨日は昼過ぎに出発したから、まだここまでしか進めていない」
オルニスさんが指さしたのは、地図で見ると国境から然程離れていない街。そして、すっと街道沿いに指を滑らせる。
「今日は日中ずっと移動出来るから、日暮れまでには『キュクロ』まで行けると思う」
「ふむ、まあそこらへんが妥当だねェ」
国境と帝都の丁度真ん中あたりにある大きな街、キュクロ。位置からして、このガルデアより栄えているはずだ。
朝食を終え、早速出発の支度をする。
幸いなことに、宿屋の中庭には井戸があった。持参した食糧と水はそんなに減っていないが、今後どうなるか分からないので、きちんと補給していく。
オルニスさんは宿屋を出る際、カウンターに金貨を数枚置いていった。宿泊費や食材費、厩舎の利用代金として。勝手に使わせてもらった迷惑料も含めているのだろう。例え無人でも、きちんと対価は支払う。こういう所に人柄が出る。
建物から出ると、既に隠密さん達が馬を引いて準備していてくれた。飼い葉と水をしっかり摂って、馬達も調子が良さそうだ。昨日と荷物持ちと人が乗る馬が入れ替わっている。これも馬の負担を軽くする為だ。
「南門周辺、魔獣はおりません」
「分かった。では行こうか」
昨日入ってきた北門ではなく、反対側の南門から出る。
隠密さんの先導で街のメインストリートを馬で進む。もう夜が明けたというのに、どの家からも炊事の煙は上がっていない。もしかしたら、夜のうちに住民が戻っているかもしれないという予想は外れた。
不気味なほどに静かな無人の街を後にして、街道へと出る。早朝の冷えた空気が肌を刺す。
ガルデアの周辺には集落跡地が点在していた。全て廃墟と化している。やはり、頑丈な塀のない場所は魔獣の被害に遭っているようだ。
徐々に馬の速度を上げ、南を目指す。途中、何度か魔獣に出くわしたが、全て振り切った。
たまに足の速い魔獣に追われると、オルニスさんが長針を投げて対処していた。謙遜してたけど、オルニスさんも十分強い。
街と街を繋ぐ道を走っているにも関わらず、僕達は未だに誰とも遭遇していない。魔獣が多いとはいえ、護衛を付けた荷馬車くらいは走っているかと思ったが、それもなし。
「みんな大都市に避難してるのかねェ?」
「それにしては不自然かと」
そう、不自然過ぎる。
ガルデア以降、立ち寄る予定のない街の側を通り掛かったが、やはり街には住民の気配はなかった。荒らされたり、避難していった形跡もない。
隠密さん達に軽く探索してもらったけど、ガルデアと同じで、住民だけが姿を消している状態だった。
まだ、帝国で人を見掛けていない。
何だか嫌な予感がする。
太陽が真上に来た頃、休憩を取る事にした。街道から少し離れた場所に小川があり、そこで馬を降りて休む。周辺は隠密さん達が警戒してくれているので、安心していられる。
持参した携帯食と水でおなかを満たす。ボソボソした食感の、甘くないカロリーメイトみたいな携帯食が口の中の水分をかなり奪う。美味しくはないけど、シェーラ王女が文句も言わず食べているのだ。庶民の僕は黙って我慢するしかない。
「そういえば、隠密さん達って食事はどうしてるんですか? 荷物用の馬に乗せてるのは僕達の分だけなんでしょ?」
「彼等は個人で携帯している。必要があれば現地で補給するだろう」
そういうものなのか。
てっきり何人かは一緒に休憩するかと思っていた。何か報告がある時以外、隠密さん達は常に姿を消している。軽装だし、水や食料を持ってるようには見えなかったけど。
「気に掛かるのかい?」
「え、そりゃまあ心配ですよ」
「はは。ヤモリ君に心配されるようではね」
何故か笑われてしまった。
「だって、隠密さん達ずっと走ってるんでしょ? 僕だったら馬と同じ速度で走り続けるとか無理だし、大丈夫なのかなって」
昨日移動した距離は七、八十キロくらいだろうか。しかも走るだけじゃない。移動中は先行して周囲を警戒し、街に着いても探索や馬の世話をしたり、夜も休まず警護に付いている。
ちょっと働かせ過ぎなんじゃないかな。
「……私、生まれた時から隠密が付いてましたから、特に考えた事もありませんでしたわ」
「アタシもだよ」
シェーラ王女とアーニャさんは、そういった存在が身近にあり過ぎて、疑問も抱いていないみたいだ。王族と高位貴族の生まれだもんな。周りに超人的な隠密ばかりだったのもあるだろう。
僕は庶民だし、隠密的な存在で関わった事があるのは間者さんだけだ。だから、どうしても彼等を同じ目線で見てしまう。気配を消したり素早く移動出来たりはするけど、僕達と同じ人間なんだって。
「……そんな風に考える人が他にもいるとはね」
オルニスさんは目を細めて笑っている。何故か機嫌が良さそうだ。
「さて。馬もたっぷり水を飲んだようだし、そろそろ出発しようか」
再び馬に乗って街道を南下する。
先行した隠密さんが倒したと思われる魔獣の死骸が、街道の左右に点々と転がっている。それ以外、何も変わった事は無かった。
やはり、人は居ない。
馬車も通らない。
国内に魔獣が大量発生したら、軍が討伐に出ていそうなものだけど、兵士も見掛けない。
お陰で予想より順調に進めてはいるけど、ただただ不気味で仕方がない。
日が暮れる前に、今日の目的地であるキュクロに到着した。
しかし、この街にも住民が居なかった。ガルデアと同じように、数日前まで人が生活をしていた痕跡があった。内部に入り、軽く探索してみたが、やはり誰もいない。
街の大通りにある一番立派な宿屋に入り、今日はここに泊まる事にした。宿屋の主人は居ないので、勝手に部屋を使わせてもらうのだ。
まさか二日連続で、ちゃんとした布団で眠れるとは思わなかった。今日は野宿を覚悟していたから、ちょっとラッキーだ。
「流石に妙だな」
大きな街の住民がいない。それも二箇所連続で。帝国領に入って1日半経つが、未だに人を見ていない。
「この街の規模なら二千人は住民がいるはずだ。地方のガルデアだけならともかく、中心部に近いキュクロが何故……」
僕達が確認していないだけで、街道から外れた街も無人かもしれない。
得体の知れない恐怖を感じる。
シェーラ王女も、口には出さないが怯えているようだ。
「万が一という事もある。今日は大部屋で一緒に休むとしよう。よろしいですか、殿下」
「え、ええ。構いません」
オルニスさんの提案に、明らかにホッとした様子で返答するシェーラ王女。やっぱり怖かったんだな。
宿屋の二階にある団体用の客室を選んで入る。ベッドが四つ、真ん中にはテーブルがある。
「んじゃ、ちょっと机を借りるよ。今日の分の連絡をするからねェ」
そう言って、アーニャさんはカバンから小さな紙切れを何枚か取り出し、テーブルの上に並べた。それぞれに何か書いてある。
「アーニャさん、この紙何ですか」
「これはアンタもよく知ってる『引き合う力』を応用した連絡手段だよ。まあ見てな」
並べた紙の中から目当ての一枚を選び、それ以外の紙は再びカバンにしまった。選ばれた紙には『旅程順調、異常無し』と書いてある。
「これと対となる紙は、国境手前に敷かれた陣にある。元は一枚の紙を半分に切って対にしたのさ」
説明しながら、アーニャさんは紙切れの『異常なし』の部分に線を引いて消し、『キュクロ住民0』と書き込んだ。
そして、テーブルの上から手を翳す。
まさか、この場でやるの?
以前、アールカイト家で行った『引き合う力の実験』ではかなりの魔力を消費していたけど……
不安そうな僕を見て、アーニャさんが笑った。
「大丈夫さ。同じ世界なら大して魔力は使わないからねェ」
翳した手から光が放たれる。そして、一瞬で光が消え、テーブルの上の紙切れも消えていた。
予想より随分アッサリと終わった事に驚く。
「昨晩も同じように向こうに報告してある。まぁ、街の住民がいなくなってるなんて言われても困るだろうがねェ」
そうだったのか。昨日は別の部屋を使ったから知らなかった。いや、オルニスさんは知ってるか。
「さあ、休めるうちに休んでおこう。この建物内は安全が確認されているが、出来るだけ離れずに。単独行動は避けてほしい」
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次回更新は11月30日(土)の予定です。




