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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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87話・初めての帝国領侵入

ラトス誘拐4日目

「これより鉄扉を破壊する!!」



 辺境伯のおじさんの号令を受け、エニアさんが前に進み出た。真剣な表情で、右腕をブンブン振り回している。準備運動?


 そして鉄扉の前に立ち、何度か深呼吸をする。大きく息を吸い込み、腰を低く落として拳を構えた。


 えっ、と思った次の瞬間。



「せーのッッッ!!!」



 掛け声と共に繰り出された右の拳が当たった瞬間、分厚い鉄扉が砕けて吹き飛んだ。扉の縁の、蝶番にくっ付いていた僅かな部分だけを残して。


 鉄扉の破片が帝国側にバラバラと落ちる。


 ええ〜……。


 まさかのパンチ(強)。


 魔法で身体強化してるんだろうけど、細身の女性が素手で鉄扉をぶっ壊すとは予想外だった。


 すぐに隠密さん達が扉から侵入して先行する。



「行ってくるよ、エニア」


「……オルニス、ラトス君を頼むわね」



 心配そうにこちらを見上げるエニアさんに声を掛けてから、オルニスさんは馬を進めた。アーニャさんの馬と荷物持ちの馬がその後ろに付いていく。



「必ず無事に戻るんじゃぞ!」


「殿下、お気を付けて」


「無理はするなよ!」



 後ろから辺境伯のおじさんとアークエルド卿、ブラゴノード卿の激励が飛んでくる。振り返ると、兵士さん達やエニアさん、団長さん達が心配そうにこちらを見ていた。一度だけ小さく頭を下げ、僕は前を向いた。


 馬に乗った状態で石壁の扉を潜る。


 ついに、僕達はユスタフ帝国の領内に足を踏み入れた。


 見渡す限り、建物などは一切見当たらない。サウロ王国側と同じような草原が広がり、真っ直ぐ街道が伸びている。少し先には森が見えた。


 国境付近には打ち捨てられた拠点跡地があり、残された天幕や木材等が風雨にさらされてボロボロになっている。


 ぱっと見、周りに魔獣の姿はない。


 石壁の裏側を見れば、所々に凹凸があり、上によじ登れるようになっていた。壁の厚みは一メートルも無いくらい。


 以前、巡回の駐屯兵団が石壁の上から弓を射掛けられたとか聞いた事がある。今日は帝国の兵士の姿は何処にもない。良かった、いきなり戦う事にならなくて。



「では、街道を南下するよ。途中、何ヶ所か集落があるようだ。取り敢えずそこを目指すとしよう」


「わかった。じゃ、進むとしようかねェ」



 オルニスさんとアーニャさんはそれぞれ手綱を操り、並んで馬を走らせた。取っ手を持ち、足を鐙の上で踏ん張ってはいるけれど、高速馬車より振動が凄い。馬の動きがダイレクトに伝わってくる。



「ヤモリ君、手を離さないようにね」


「はっ、はいぃ」



 離したら絶対振り落とされてしまう。僕は必死に両手に力を込めた。


 隣を見れば、アーニャさんの前に乗っているシェーラ王女が必死に持ち手を握って振動に耐えていた。十一歳の少女が頑張っているんだ。年上の僕が弱音を吐く訳にはいかない。



「オルニス様、斜め前方の森に魔獣が多数潜んでおります。ご注意を」



 突然、僕達の馬に並走するようにして隠密の一人が声を掛けてきた。馬と同じ速度で走って息も切れてないってなんなの。


 ていうか、魔獣!?


 右手には大きな森があり、そのすぐ近くを街道が通っている。手前で迂回した方が安全かも。



「相手をしている時間はない。このまま森の脇を走り抜ける」


「了解しました」



 そう言い残し、隠密さんは消えた。姿が見えないだけで、周囲に十人程居るはずだ。


 馬の蹄の音に刺激されたからか、件の森から魔獣がぞろぞろと姿を現した。狐、狼、熊、猿。大小様々な種が混ざっているが、白の魔獣は見当たらない。それでも、ざっと三百匹以上いる。



「お、オルニスさん!」


「まだ距離がある。怖がらなくていい」



 怯える僕を冷静に宥めるオルニスさん。魔獣を一瞥した後は、馬を速く走らせる事だけに集中している。


 ギャア、という鳴き声を皮切りに、魔獣が一斉に駆け出した。こちらに向かってくるかと思いきや、魔獣の群れは何故か僕達を無視し、国境の方へと突進していった。


 身構えていた分、肩透かしを喰らった感じだ。


 後ろを振り返ると、魔獣の群れが石壁のすぐ側まで到達していた。先程エニアさんが壊した扉の所だけ空いている。そこを通ってサウロ王国側に抜けるつもりだろうか。


 しかし、魔獣達は思いも寄らぬ行動に出た。


 先に石壁に辿り着いた魔獣の上に別の魔獣が乗り、更に別の魔獣が乗り……。それを何度か繰り返し、なんと上から石壁を乗り越え、向こう側へと飛び降りていった。下に残った魔獣は、後から壊れた扉跡を抜けていく。まさか、そんな方法で石壁を越えていくとは思わなかった。


 しかし、石壁の向こうには二千名を超える兵士が待ち構えている。辺境伯のおじさんやエニアさん、師団長達と団長さんもいる。すぐにサウロ王国領に侵入してきた魔獣を片付けてくれるだろう。



「私達は先を急ごう」


「同感だね。こっちに来なくて助かったよ」



 オルニスさんとアーニャさんは振り返りもせず、真っ直ぐ前を向いて馬を走らせている。既に森の脇を通り過ぎ、石壁も遥か後方に遠ざかった。


 確かに、あれだけの数の魔獣に足止めされずに済んだ事はラッキーだ。もし、こちらに襲い掛かってきていたら、流石に隠密さん達だけでは捌ききれない。アーニャさんやシェーラ王女に魔力を使わせてしまう所だった。


 それにしても、さっきの魔獣の動き。


 種が違えば群れないと聞いていたけど、一斉に同じ方向へ走り、協力して石壁を乗り越えた。明らかに統制された動きだった。


 怖くなって、もう一度後ろを振り返る。


 森の上空に、大きな鳥が弧を描いて飛んでいるのが見えた。あれも魔獣なんだろうか。空から襲われたらひとたまりもないな。


 とにかく、最初の危機は去った。



「馬で三、四時間程先の街道沿いに大きな街があるらしい。取り敢えず、そこを目指すとしよう」


「あいよ。その頃にゃ日も落ちる。運が良けりゃ、ひと眠り出来るかもしれないねェ」



 オルニスさんとアーニャさんの会話を聞きながら、僕は体を震わせた。この先、安心して休む事が出来るのだろうか。


 辺りに通行人の姿はない。そこら中に魔獣がうろついているのだから当然と言えば当然だ。街道から少し離れた場所に小さな集落があるが、遠目から見ても誰も住んでいないと分かるような廃墟だった。


 住んでいた人達は、二十年前の戦争時に別の土地に移ったのかもしれない。中には、サウロ王国に亡命した人も居ただろう。


 廃墟と化した集落は、街道から見える範囲に幾つもあった。地図にも記載されないような、五、六軒の家が集まった小さな村だ。人が住めそうな状態の建物は皆無。壁が崩れ、屋根が落ち、柱が朽ちて折れているような建物ばかり。雨風も凌げないような酷い有様だ。


 そういった場所は、大抵魔獣の寝ぐらになっていた。僕達を見つけると、執拗に追い掛けてくる。足の遅い魔獣は振り切れるが、狼の魔獣は足が速い。馬のすぐ後ろまで迫ってくる。


 やばい、追い付かれる!


 ところが、後方約十メートル以内に近付いた魔獣が次々に体勢を崩し、地面に倒れていった。


 先行して街道脇に隠れていた隠密さんが、魔獣の足を狙って転ばせてくれたらしい。その隙にオルニスさんとアーニャさんは馬の速度を上げ、距離を開けた。



「こりゃあ走り続けるしかないねェ」


「当初の予定通り、大きな街までは止まらずに行こう。それまで休憩出来ないけど、二人とも大丈夫かな?」



 あと三時間以上は馬で走り続けるという事だ。魔獣との衝突を避けるには、それが一番手っ取り早い方法だというのは分かる。しかし、その間一度も馬から降りられないというのは正直キツい。



「私は平気です」


「ぼ、僕も大丈夫です」



 シェーラ王女が先に快諾した為、年上の僕が駄々をこねる訳にはいかない。


 馬を走らせているのはオルニスさんで、僕はただ後ろに乗せてもらっているだけ。しかし、取手から手を離せば落馬してしまう。つまり、一瞬たりとも気が抜けないのだ。


 そんな感じで、一度も馬から降りないまま、僕達は目的の街に辿り着いた。


次回の更新は11月26日(火)の予定です。

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