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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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85話・ラトス救出作戦会議 2

ラトス誘拐3日目

 アーニャさんが懐から取り出したのは、何処かで見たような金属製のキューブだった。



司法部(ウチ)で造った『魔力貯蔵魔導具』さ。魔力操作に長けていなくても、魔力を貯め込んだり引き出して使う事が出来る。それ以外の使い方もあるがね」


「ほう、それは凄い! ならば、出先での魔力切れの心配はなさそうじゃな」



 いわば魔力タンクか。これさえあれば、魔力の残量を気にせずに魔法が使い放題だ。しかも、手のひらサイズで持ち歩きしやすそう。


 辺境伯のおじさんから帝国攻め要員に指名された時点で準備していたんだな。



「もちろん、この中の魔力が無くなったらおしまいだよ。尤も、コレには陛下や殿下達の魔力を込めてもらったから、滅多な事じゃあ使い切れはしないけどねェ」



 キューブを指で弄びながら、アーニャさんはそう付け足した。あくまで予備燃料みたいなものか。


 そういえば、僕も似たようなキューブを持ってるぞ。



「あのー……コレなんですが、同じ物ですかね?」



 僕は上着のポケットから、一辺五センチの正方形のキューブを取り出した。目の前のテーブルに置いた瞬間、全員の視線が集まる。



「王都を出発する直前に、王様が持たせてくれたんです。アーニャさんに渡すように言われてて……」



 昨晩の魔獣騒ぎですっかり忘れていた。危ない危ない。



「おや、それも同じ魔導具だよ。陛下達が追加で魔力を籠めてくだすったんだねェ」



 見比べてみると、アーニャさんのキューブの方が一回り大きい。貯蔵できる魔力量に差があるんだろうな。



「アーニャ長官の魔導具には、私も数日前に魔力を入れました。お父様とお兄様、お姉様と一緒に」



 シェーラ王女がそう教えてくれた。王族四人分の魔力って結構すごいのでは。


 キューブを手に取り、じっと見つめるアーニャさん。



「ヤモリが持っていた魔導具には……うん、陛下とヒメロス殿下、アドミラ殿下の魔力が入っている。それとマイラ嬢の魔力も。あと、これは……」


「えっ、そうなんですか」


「誘拐事件が起きた後、一晩かけて魔力を籠めたみたいだねェ。多分、ウチの副長官が気を利かせて予備の魔導具を出したんだ」



 事件後にって、ラトス救出作戦会議の後?


 寝ずに魔力を籠めてくれたって事?


 だから、翌朝の出発時に王様が疲れた顔をしていたのか。ヒメロス王子とアドミラ王女、それにマイラは疲労で寝落ちていたのかも。


 見送りに来なかった理由はこれか。



「陛下達は王都から出られないから、せめて何か力になりたかったんだろうねェ」



 ラトスを助ける為。


 少しでも役に立つように。


 そう言いながら、アーニャさんは僕が持っていた方のキューブを優しく撫でた。



「じゃあ、それはアーニャさんが使って下さい。僕は渡すように王様から頼まれただけなので」


「そうだねェ……取り敢えず預かっておくよ」



 取り敢えず?


 使わないかもしれないって意味かな。まあ、これで一つ肩の荷が下りた。どう使うかはアーニャさん次第だ。


 キューブは二つともアーニャさんの懐に仕舞われた。



「では、帝国領への侵入方法、及び移動経路の確認をするとしよう」



 辺境伯のおじさんが地図を指し棒で叩く。



「まず、国境の石壁にある門を一つ抉じ開ける。場所は街道の側が良いじゃろう。鉄扉を破壊するのはエニアじゃ」


「任せといて!」


「ただし、今回は石壁を崩してはならん。破壊は扉だけに留めるのじゃ」


「ええ……それは難しいかも」



 鉄扉を壊せるかどうかの心配じゃ無いんだ。


 最初の意気込みは何処へやら、エニアさんは困り顔でテーブルに突っ伏した。



「駐屯兵団七割は分担して各集落の防衛と領内の巡回。ラキオスは残りを率いてエニアの指揮下に入れ」


「はっ」



 団長さんが頭を下げて応える。


 昨夜放たれた魔獣が残っている可能性もある。まずはクワドラッド州の領民を守らねばならない。それは駐屯兵団の役目だ。



「門を破壊した事はすぐ帝国側(あちら)に悟られよう。何か動きがあるやもしれん。第四師団は石壁沿いに兵を展開して備えよ」


「うむ、分かった」



 ブラゴノード卿が鷹揚に頷く。


 第四師団二千名が魔獣の放出に備える。薄く広く警戒網を張れば、何処から魔獣が出てきても対応出来るだろう。



「臨機応変に動ける部隊も必要じゃ。アークエルド卿は騎馬隊を率い、動きのあった場所に急行、加勢せよ」


「承知した」



 アークエルド卿は小さく頭を下げて了承した。


 救援部隊のようなものだ。第四師団の後ろに控え、劣勢に陥った箇所に加勢して、包囲網を突破されないようにする。



「エニアが鉄扉を破壊したら、帝都行きの者達は馬で帝国領に侵入してもらう。ラトスの無事が確認出来るまで、こちらから兵は出せん。極力戦闘を避け、いち早く帝都を目指すのじゃ」


「分かりました」


「街道を避けて迂回した方が安全なんじゃが、今回は時間がない。真っ直ぐ南下するしかなかろう」


「ま、何とかなるだろうよ」



 アーニャさんは肩を竦めて笑みを見せた。


 オルニスさんと僕、アーニャさんとシェーラ王女が同じ馬に乗る。食糧や水などの物資は予備の馬に積んで連れて行く事になった。隠密さん達は経路を先行して索敵してくれるらしい。



「殿下は自分の身を守る事を優先して下され。殿下の身に何かあれば、陛下に顔向けが出来ん」


「……ええ、努力いたします」



 やや不服そうだが、シェーラ王女も同意した。


 条件を満たし、且つ戦える人材は限られている。何より、ラトス救出への意欲もある。しかし、彼女は未成年の王族だ。本来ならば、王都から出る事すら許されない立場だ。


 本人たっての希望とはいえ、もしシェーラ王女が傷付くような事があればマズい。他の貴族からエーデルハイト家が非難されてしまう。



「帝国側の要求を飲むのは癪だが、ラトスを救い出すまでの辛抱じゃ」



 本当は、自分で助けに行きたいのだろう。辺境伯のおじさんは眉間に皺を寄せている。



「決行は明日。第四師団はこれから出立して物資輸送、国境近くに拠点の設置をさせよ。他の者はこれから数時間仮眠を取り、夜明け前にノルトンを発つ。馬で駆ければ昼過ぎには国境に着く」


「「「はっ」」」


「では解散。ゆっくり身体を休めるように」



 会議はこれで終了となった。


 ノルトンは外周を高い塀で囲まれた要塞都市だ。この中にいる限り、魔獣の襲撃を恐れる必要はない。警戒を解いて眠れるのは今夜が最後だ。



「ヤモリ、ちょっと」



 並んで応接室を出る時に、アーニャさんから声を掛けられた。



「帝都に行く話、カルカロスは知ってるのかい?」


「教えてないです。ていうか、今言われるまで完全に忘れてました」


「おや、まあ」



 驚かれてしまった。


 ラトス誘拐から王都出発まで時間が無かったので、挨拶もしていなかった。学者貴族さんには結構お世話になっ……いや、僕がお世話をしただけか……それなのに、何も言わずに出て来てしまった。薄情だったかな。



「あっ、でも、アリストスさんは事情を知ってるし、そっちから伝わるかと」


「……成る程。まあ急な話だったからねェ。もしカルカロスが聞いたら、アンタを閉じ込めてでも帝都に行かせまいとすると思ってね」


「まさか」



 いや、有り得るな。


 学者貴族さんは、あまり他人に興味がない。ラトスより僕を優先するのは目に見えている。なんたって僕は、異世界研究の生きた資料だからな。もし別れの挨拶なんかしに行ったら、そのまま監禁されたかもしれない。危ない所だった。



「なぁに、無事に戻りゃあ済む話さ。じゃあ、今夜はゆっくり寝るんだよ、ヤモリ」


「はい、おやすみなさい」



 僕達はそれぞれ部屋に戻る事になった。

 

 屋根裏部屋へ向かう途中、今度は辺境伯のおじさんに呼び止められた。



「ヤモリよ。何か武器を持ってゆけ」



 そう言いながら、辺境伯は上着を開いて見せた。内側には大小様々な形状の短剣が何本も仕込まれている。暗器か。


 どれか借りようかと思ったけど、断った。どんなに切れ味の良い短剣を所持していても、何の訓練も受けていない僕には使いこなせない。


 それに、ラトスと入れ替わりで人質になった時に武器を所持していたら要らぬ警戒をされそうだ。



「ラトスを取り返したら、必ずお前さんも助ける。見捨てる事はせん」


「……はいっ、ありがとうございます」



 辺境伯のおじさんの言葉に、僕は笑顔で応えた。


 ラトスの事が心配で堪らないだろうに、こんな時まで僕を気遣ってくれている。感謝しかない。


 ひとり屋根裏部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。長時間の移動と会議で疲れていたからか、僕はそのまま気を失うように眠りについた。




 寝ている間に、誰かに頭を撫でられたような気がした。


閲覧ありがとうございます。


次の更新は11月21日(木)の予定です。

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