83話・ノルトン到着
ラトス誘拐3日目
途中、何度か魔獣の襲撃に遭いつつも、予定通り夕方にはノルトンに到着する事が出来た。駐屯兵団が巡回して先に魔獣を退治していてくれたおかげだ。
通り掛かった小さな町や村には、以前の大発生時に築かれた立派な柵があった。住民は、その柵の中ならば安心して生活出来ている。物資の輸送は駐屯兵団が行う為、特に不便は無さそうに見える。魔獣の脅威が身近に有り過ぎて、慣れているんだろう。
第一師団の小隊に前後左右を守られたまま、僕達を乗せた高速馬車は速度を緩め、ノルトンの門を潜った。
広場にたくさん天幕が張られている。これは、先行した第四師団の物だ。約二千名の兵士がノルトンに留まっている。駐屯兵団も二千名。つまり、この街には現在四千名の兵士がいるという事だ。
尤も、駐屯兵団も第四師団も、先日から再び増えた魔獣から領民を守る為、半数以上が領内を巡回している。
馬車はそのまま大通りを抜け、ノルトンの中心部へと向かう。中心部には、クワドラッド辺境伯の屋敷がある。クロスさんにより、既に到着を知らせる使いを出してある。
数ヶ月振りに訪れたノルトンの辺境伯邸。屋敷の前には緑が生い茂り、季節の花々が咲き乱れていた美しい庭園があった。
……あったはずなんだけど。
先行していたアークエルド卿の馬が、門を入ってすぐの所で止まった。足元の石畳が黒く焼け焦げていたからだ。目線を上げれば、折れた木々、抉れた地面、燻る茂み。辺境伯邸の美しい庭園は焦土と化していた。
一応、石畳は壊れていないので進む事は出来る。気を取り直して前進すると、馬車の窓から庭師さんや使用人さん達が忙しなく動き回っている様子が見えた。
折れた木を取り除いたり、地面を平らに均したり。庭の手入れというより、土木作業に近い。石畳も新しいものに変えなくてはならないだろう。なにしろ広大な庭園の半分程がぐちゃぐちゃになってしまっている。元に戻るまでどれ程の時間が掛かるやら。
荒れ果てた庭園を通り抜け、屋敷の前の広場に到着する。出迎えは、メイド長さんと他のメイドさん達だ。玄関の前にずらりと並び、降りる僕達を待ってくれている。
「お久し振りでございます、オルニス様」
「ああ、何年か振りに本宅に帰ったよ。今回はシェーラ王女も一緒だ。話は聞いているね?」
「はい、お部屋の用意は出来ております」
王女を前にしても動じない。流石メイド長さん。
御者さんが馬車の上から荷物を降ろすと、待機していたメイドさんが受け取り、それぞれの部屋へと運んでいく。
「馬車の移動でお疲れでしょう。どうぞ中へ」
メイド長さんの案内で、僕達は屋敷内へ入った。中は壊れてなくてホッとした。
「エニアは何処かな」
「グナトゥス様と共に領地の巡回に出ております。連絡係を行かせましたので、すぐ戻られると思いますよ」
連絡係というのは、辺境伯のおじさんの隠密だろう。姿は見た事ないけど、間者さんの仲間だ。
通されたのは来客用の応接室。ソファーに腰掛けると、すぐにワゴンで冷たいお茶とお菓子が運ばれてきた。馬車に乗っている間、揺れで飲み食い出来なかったので物凄く有り難い。オルニスさんとシェーラ王女も喉を潤した。
クロスさんは僕のソファーの後ろでピシッと立っている。もうノルトンに着いたんだから、楽にしたらいいのに。
少し遅れてアークエルド卿がやってきた。厩舎に馬を預けてきたのだろう。
「いやあ、表は大変な有り様ですなあ」
「屋敷が壊れてないだけマシでしょう」
素っ気なくオルニスさんが答える。アークエルド卿は何度も頷きながら、応接室の窓から見える庭園の景色に目をやった。
「うむ。軍務長官は怒っておいでだろうが、理性は残っておるようだ。そこは安心した」
いいのか。まあ、エニアさんが後先考えず暴れたら、辺境伯邸どころかノルトンが壊滅してしまう。自分ちの庭だけで済ませたのは、確かに理性の賜物だ。
「魔獣退治で一時離脱した兵士達もみな無事合流出来たと連絡があった。後は今後の打ち合わせをしたいのだが──」
「義父もエニアも巡回に出ているそうです。じき戻るでしょう」
テーブルを囲み、ひと息ついていると、表が騒がしくなった。物凄いスピードで馬が屋敷に向かって駆けてくる。庭園の修復作業をしていた庭師さん達が慌てて道を開けた。
建物にぶつかりそうなくらい近くまで来て馬は止まり、乗っていた人物が飛び降りた。鮮やかなオレンジ色の長い髪。エニアさんだ。
エニアさんは、玄関に回る時間が惜しいのか、そのまま応接室の窓の方に駆け寄る。すぐにオルニスさんが内側から窓を開け放った。
「オルニス!!」
「エニア」
地面を蹴り、窓枠を軽々と乗り越え、エニアさんはオルニスさんの胸の中に飛び込んだ。
「ねえ、報せは本当なの? ラトス君が攫われたなんて信じられないわ!」
「君の留守中にこんな事になって済まない。ラトスが誘拐されたのは事実だ。だから私達はノルトンまで来たんだ」
オルニスさんの言葉に、エニアさんの瞳が揺らいだ。泣きそう。しかし、涙はこぼさなかった。
「帝国め、絶ッッッ対に滅ぼしてやるわ」
「エニアは助けに行けないからね」
ラトスを誘拐した犯人からは、騎士・兵士を連れてくるなと条件を出されている。王国軍最高司令官であるエニアさんは最も行ってはいけない立場だ。
オルニスさんが諭すと、怒りで燃えるように舞い上がっていたオレンジ色の髪がふにゃりと沈んだ。そして、拗ねたように唇を尖らせる。
「……ラトス君を取り戻したら、ソッコーで全兵士を突入させるもん」
「でも、ラトスの代わりにヤモリ君が人質になってしまうんだよ。ヤモリ君の安全も考えないと」
そこで初めてエニアさんが僕の存在に気付いた。パッとオルニスさんから離れ、僕に駆け寄ると、ガシッと手を握った。
「ヤモリ君の事忘れてた訳じゃないからね! もちろん何とかして助けるつもりだから!!!」
さっきまで完全に忘れてたよね。まあ、我が子の一大事なんだから仕方ない。
そして、エニアさんの視線が隣のソファーに腰掛けているシェーラ王女を捉えた。
「あっ、シェーラ様まで居るじゃないの!」
「お邪魔しております、エニア長官」
「ラトスを救う為、自ら帝都行きを志願して下さったんだ。殿下は幼く、そしてか弱く見える。あちらの目を欺くには丁度良いだろう」
「ラトス様救出のお役に立てれば、と。足を引っ張らないよう努力いたします」
立ち上がり、頭を下げて挨拶するシェーラ王女に、エニアさんは体を震わせて感激している。僕から離れ、今度はシェーラ王女の手を握り締める。
「シェーラ様、よろしくお願いします!」
「は、はい。が、頑張ります」
大好きなラトスの母親に頼られ、赤面するシェーラ王女。道中ずっと無表情だったから、ようやく見れた違う表情に安堵した。
「それで、今後の方針を決めたいんだが、お義父さんは一緒じゃなかったのかい?」
「知らせを聞いて、あたしだけ先に戻ったの。暗くなる前には帰って来るわ。夕食後に打ち合わせしましょ」
一旦解散して、それぞれに用意された部屋で休息を取る事となった。
僕の部屋は、屋敷の最上階にある屋根裏部屋だ。留守にしている間に家具が幾つか増やされていたが、他の客室よりは地味なので落ち着く。
初めてラトスと会ったのはこの部屋だった。
最初は毛嫌いされてて、会話もままならなかった。睨まれたり、舌打ちされたり。でも、最近は仲良くなって、年下の友達とか、弟みたいに思ってたんだ。
なんだか涙が出てきた。
太陽が沈みかけた頃、辺境伯のおじさんが屋敷に帰ってきた。アーニャ長官も外出から戻り、全員が顔を合わせたのは夕食時だった。
シェーラ王女がいるからか、家族用ではなく来客用の食堂での食事となった。辺境伯のおじさんを始め、エニアさんとオルニスさん、アークエルド卿とアーニャさんと第四師団のブラゴノード卿、そしてシェーラ王女と僕がテーブルを囲む。
僕の席はエニアさんの隣にしてもらった。エニアさんの食べ方は豪快だから、僕のテーブルマナーが多少おかしくても目立たずに済むからだ。
クロスさんは、いつの間にか姿を消していた。自分の部隊に戻ったのかもしれない。
辺境伯のおじさんが、グラスを片手に乾杯の音頭を取った。全員の顔を見渡し、いつになく真面目な顔で挨拶をする。
「よう来てくれた。まずは英気を養わんと話にならん。どんどん食べて体力を付けてくれ」
その言葉通り、精がつきそうな肉料理ばかりが運ばれてきた。給仕のメイドさんがそれぞれの皿に取り分けてくれるんだけど、とにかく量が多い。
周りを見れば、シェーラ王女とオルニスさん以外はかなりの大食漢だった。皿に盛られた塊肉のステーキを流し込むかのように喰らい尽くしていく。アーニャさんは肉より魚料理を好んで食べているが、やはり量は多い。
戦う人はたくさん食べないと体が持たないのかな。僕は何にも出来ないから、ごく普通の量で事足りる。しかし、油断していると次から次に新しい料理を差し出されてしまう。
わんこ蕎麦ならぬ、わんこステーキ。
そんな感じで、食事中は会話らしい会話もせず、ただひたすらに食べて腹を満たすだけで終わった。
閲覧ありがとうございます。
次の更新は、11月16日(土)の予定です。
ラトス救出作戦の会議が始まります。




