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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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82話・深夜の襲撃

ラトス誘拐2日目→3日目

 軍務長官直属部隊のクロスさんが新たに護衛として加わった。


 それはいいんだけど、ずっと無言で僕の側に居るから正直どうしたらいいか分からない。全然寛げないんだけど。


 宿屋の食堂に移動する時も、トイレやお風呂に入る時もぴったり付いてくる。部屋に戻ると、僕のベッド脇に直立不動の姿勢で待機するし。守ってもらっておいてこんな事思うのも悪いんだけど、ちょっと怖い。


 クロスさんは最初の報告以来ずっと無言だ。ていうか、何度か声掛けたけど無視されている。


 ああ、やっぱり護衛は間者さんみたいな親しみやすい性格の人が良い。間者さんは明るくて話しやすくて、一緒に居ても全然苦にならなかったもんな。


 しかし、クロスさんが居て良かったと思える機会はすぐにやってきた。深夜、人々が寝静まった頃に魔獣の群れが街を襲ったのだ。


 真っ先に異変に気付いたのは、宿屋前の広場で寝ずに警備をしていた小隊の兵士さん達だった。すぐに合図の笛を鳴らし、天幕で休んでいた仲間を起こして対応に当たる。


 隣のベッドで寝ていたアークエルド卿は笛の音を聞いてむくりと起き上がった。すぐ窓辺に行き、外の様子を確認している。反対側のベッドのオルニスさんも、既に起きて身支度を整え、部屋のランプを灯した。


 クロスさんは最初から眠っていない。外の騒ぎが聞こえているにも関わらず、僕のベッド脇に控えたままだ。



「ヤモリ君、ここを動かないように」


「は、はいぃ」



 言われなくても怖くて動けない。何も出来ないし、ベッドの上で毛布にくるまって大人しくしていよう。



「ワシは殿下の部屋に参る。オルニス殿はここを頼む」



 そう言い残し、アークエルド卿はシェーラ王女の部屋へと向かった。女性兵士がついているとはいえ、魔獣が間近に迫っているのだ。シェーラ王女も今頃別室で怖がっているに違いない。


 宿屋の周辺には約五十人の王国軍の兵士さん達がいる。彼等は魔獣の相手に慣れている。今も、松明片手に魔獣と戦っている。何匹いるか分からないけど、すぐに退治出来るだろう。


 建物内、しかも二階の部屋にいる僕達には危険はないはず。


 そう思っていたが、予想は外れた。




 ガシャン!




 窓ガラスが割れ、室内に破片が散らばった。何者かが外から石か何かを投げて割ったんだ。


 これまで直立不動だったクロスさんが素早く僕の前に出た。オルニスさんも、破られた窓を注視して警戒している。


 ぬっ、と現れたのは白い毛に覆われた手。割れた隙間から手を差し込み、無理やり押し開く。そして、しっかりと窓枠を掴んだのが見えた。


 よじ登ってくるつもりだ!


 それを見てクロスさんが動いた。腰の剣を抜き、白い手目掛けて斬り掛かる。だが、一瞬遅かった。白い手の持ち主は恐るべき腕の力で素早く身体を引き上げ、部屋の中央に降り立った。



「ひっ!」



 それは大きな猿に見えた。腕が長く、全身が真っ白な毛で覆われている。頭に小さな角のような突起があった。


 最も強いと言われる『白の魔獣』だ。


 室内への侵入を許してしまった以上、ここで倒すしかない。クロスさんは再び剣を構え、勢いよく振り下ろした。猿は紙一重で避け続け、隙を突いて距離を詰めてくる。その度に、クロスさんが打ち込んで後退させる。


 一進一退。多分、室内では思い切り戦えないんだ。ベッドやテーブルなどの家具が邪魔で、クロスさんの実力が発揮出来ていない。僕の存在も邪魔なのかもしれない。ベッドから降りて物陰に隠れてはいるけど、猿の動きがトリッキー過ぎて、いつこっちに来るか分からない。


 再度クロスさんが勢いをつけ、剣で首を狙う。白い猿は飛び上がって切っ先を躱し、天井の梁にしがみついた。身のこなしが軽い。これでは幾ら攻撃しても躱されてしまう。


 ところが、急に白い猿の動きが止まった。


 オルニスさんが隠し持っていた長い針を投げ、それが腹に命中したからだ。白い猿は体を震わせ、天井から床にボトリと落ちた。手足が痺れているのか、逃げたくとも逃げられない様子だ。



「クロス君、とどめを刺してくれるかな。私の針は致命傷にならない」


「は」



 指示通り始末しようと剣を構えるクロスさん。しかし直前で思い留まり、白い猿を抱えて窓から飛び降りた。そして広場に猿を放り投げ、そこで心臓をひと突きに刺し貫いた。


 地面に血飛沫が散る。


 なるほど、宿屋を血で汚さないように気を使ってくれたんだな。


 窓から外を見れば、兵士さん達が着々と魔獣を退治していた。僕達の部屋を襲った猿以外は黒や灰の魔獣ばかりで、難なく討伐出来ている。


 街の人々も騒ぎを聞いて起きていたが、魔獣騒ぎに慣れているのか誰も建物の外には出なかった。お陰で人的被害はほとんどなかった。


 白い猿を仕留めた後、剣に着いた血を拭き取ってから、クロスさんが部屋に戻ってきた。なんと、二階の窓まで跳躍して。すごい、忍者みたい。


 その際に、ある異変に気付いた。



「窓の外枠に血が付けられておりました。これであの猿をこの部屋に呼び寄せたのではないかと」


「そうか。やはり偶然ではなかったね」



 あの猿は、この部屋を狙って差し向けられたって事?  


 あまりにもアッサリ倒していたけど、白の魔獣は恐ろしい存在だと聞いている。もし、オルニスさんやクロスさんが居なかったらどうなっていたか。



「お、オルニスさん、強いんですね……」


「いや。私なんかエニアの足元にも及ばないよ。魔獣相手では精々動きを止めるくらいだ」



 長い針を数十本ジャラジャラと捌きながら、オルニスさんが謙遜した。何処から出したか細長い革製の筒にそれを仕舞い、服の下に隠す。


 あの針なんなの。もしかして毒針?



「クロスさんも、ありがとうございました」


「……」



 相変わらず僕の言葉には応えない。いいんだ、守ってくれたし実際助かったんだから。


 街に侵入した魔獣は全て倒したと兵士さんが報告にきた。オルニスさんはそれを労い、念のため警備に当たる人数を増やすよう指示した。


 その後は特に異常もなく、無事朝を迎えた。


 あんな事があったから怖くて眠れないと思ったけど、毛布にくるまっていたらいつのまにか寝落ちていた。


 翌朝目を開けたら、寝る前と全く同じ位置にクロスさんが立っていた。心臓に悪い。


 着替えて外に出ると、既に街の住民や兵士さん達が後片付けをしていた。侵入の際に壊された塀や、魔獣が暴れた際に傷付けられた家屋の壁。怪我人は居なかったが、修復には少し時間と人手が要りそうだ。


 そして、広場の中央に集められた魔獣の死骸。


 僕達の部屋に入ってきた白い猿以外に、黒と灰の猿や犬のような魔獣の死骸もあった。全部で二十匹くらい。


 それにしても、あの白い猿の魔獣、どこかで見た事ある気がするな。



「前にお義父さんが手土産に持ってきた毛皮と同じ奴かな」



 オルニスさんがボソッと呟いた。同じ事を考えていたみたい。そうそれ、辺境伯のおじさんが持ってきた毛皮! 確か、白狒々(しろひひ)とかいうやつだ。




 街の代表がわざわざ挨拶に来た。



「王国軍の小隊が居合わせている時で、不幸中の幸いでした。おかげで助かりました」



 御礼を言いながら、アークエルド卿に頭を下げる。その光景を離れた場所から眺めながら、少し複雑な気持ちになった。


 今回の襲撃は明らかに僕達を狙っている。つまり、この街の人々はたまたま宿泊地に選ばれたが為に巻き込まれたということだ。


 アークエルド卿もそれを分かっているのか、すぐに代表の頭を上げさせた。そして魔獣の素材を全て寄付すると宣言した。白の魔獣は数が少ない上には討伐も難しいので素材はかなり高価だ。迷惑料代わりといったところか。


 代表は恐縮しまくっていたが、街の修復費用として受け取ってくれた。


 支度が済んだら出発だ。


 万が一に備え、駐屯兵団が来るまでの間、兵士数名を街に残す。


 馬車を護衛する兵士さんの数が少し減ったが、今日の夕方にはノルトンに着く予定だ。移動中に襲われたとしても昨日のように対処すれば済む。


 高速馬車には向かいの席にシェーラ王女とオルニスさん、僕、そして隣にクロスさんが乗っている。


 かなり揺れているのにクロスさんは手すりも持たず、微動だにしていない。


 体幹?


 体幹を鍛えると平気になるの?



「殿下、昨夜は眠れましたか」


「アークエルド卿が来て下さったので、ゆっくり休ませていただきました」


「それは何より」



 さっきも、広場に積み上げられた魔獣の死骸を見ても一切怖がる素振りを見せなかった。シェーラ王女、メンタルが強い。


 帝国領に入ったら魔獣の襲撃が頻繁に起こる可能性がある。この程度で弱音を吐いたら置いていかれると思い、強がっているのかもしれない。


 アークエルド卿は王女の部屋で寝ずの番をして一夜を明かし、現在は馬に跨って馬車の前を走っている。眠れたのは、実質二、三時間くらいじゃないか?


 老体に無理をさせているのが心苦しい。



 その後、何度か魔獣に遭遇しつつも僕達を乗せた高速馬車はノルトンに向けて走り続けた。

クロスさんは46話で名前だけ先に登場しておりました。まさか本登場までこんなに時間が掛かるとは思いませんでした。


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