81話・魔獣の謎と新たな護衛 *挿し絵あり
ラトス誘拐2日目
境界の街ナディールでの休憩を終えた僕達は、再びノルトンに向けて出発した。
王領シルクラッテ州を抜け、既にクワドラッド州に入っている。しかし、ノルトンはまだ遠い。他の州より広大な領地な上、ノルトンは南寄りに位置しているからだ。
現在の時刻は昼過ぎ。流石に夜間の移動は危ないので、日が暮れるまでに次の休憩ポイントまで行き、そこで一泊する予定だという。
半日乗っていたおかげで高速馬車の揺れにも慣れ、少し余裕も出てきた。しかし、この状況とこのメンツで盛り上がる話題などない。
こういう時、場を和ます間者さんがいてくれたらなあ。ちょっと寂しい。
「あの、よろしいですか」
馬車が走り出してからしばらくして、向かいに座るシェーラ王女が口を開いた。
「先程師団長から報告があった件なのですけど、気になる点があるのですが」
「どうされました、殿下」
さっき、休憩ポイントでアークエルド卿がラトスの行方を報告してくれた件か。
オルニスさんに促され、シェーラ王女は続けた。
「空を飛ぶ魔獣は、ラトス様を乗せて帝国領へ向かっているのですよね?」
「そうですね、そう報告を受けております」
王都の端にある森から、何人か背中に乗せて飛び去る魔獣が目撃されている。そして、兵士が馬で後を追い、大河を飛び越えていったと証言している。
それがどうしたんだろう。
「疑問なのですが……魔獣とは、人の意のままに操る事が出来るものなのでしょうか」
「あっ……」
そういえばそうだ!
魔獣を乗り物のように扱うなんて可能なのか?
オルニスさんも、ラトスが攫われた事ばかりに気を取られ、それには思い至らなかったようだ。
「それは……普通は不可能かと思われます」
「もしかして帝国は、魔獣を操る術を持っているのでしょうか」
「そうかも知れません」
実際に人を乗せて飛ぶ魔獣が存在している以上、その可能性は高い。もし帝国が魔獣を操れるとしたら物凄い脅威だ。
なんか前にも同じような話をした気がする。
確か、ヒメロス王子と赤ちゃんの泣き声と魔獣の出現の話をした時だ。あの時、僕は魔獣が操られているかもしれないという話をした。憶測に過ぎないと思っていたのに。なんだか、急に怖くなってきた。
いや、制御出来ない魔獣だと、背中に乗ってる人を途中で振り落とす可能性もある。逆に、きちんと言う事を聞いてくれる魔獣の方が安心かも。
そんな話をしていたら、突然周りが騒がしくなった。
高速馬車に並走している兵士の馬の隊列が乱れている。窓からは見えないが、魔獣が数匹、前方の街道を塞いでいたようだ。
先頭を走る兵士数名が馬に乗ったまま剣を抜き、魔獣退治に取り掛かる。僕達の乗った馬車は、一旦街道から外れて魔獣を回避。少し進んだ先で街道に戻り、そのまま走り続けた。
「……兵士さん達、大丈夫かな」
「選り抜きの兵士達だ。すぐに倒して追い付いてくるだろう」
僕達の乗る馬車が足止めされないように守るのが兵士さん達の役目だ。実力もあるのは分かっているつもりだけど、それでも心配だ。
クワドラッド州に入ってすぐ魔獣に遭遇するとは思わなかった。しかも街道にいるなんて。まさか、僕達の進路を邪魔しているのか?
その後も数回魔獣に遭遇したが、その都度兵士さんが数名離脱して対応し、馬車を先に行かせてくれた。おかげで、当初の予定から遅れる事なく宿泊地の街に到着する事が出来た。
馬車を降り、手配してあった宿屋へ向かう。
ちなみに、他の小隊の兵士さん達は宿屋前の広場に天幕を張り、周辺の警備をしつつ交替で休むそうだ。食事などは近場の店から出前を頼むという。
この街はナディール程大きくないが、街道沿いにあるので人が多い。シェーラ王女の格好は目立つ為、長めのコートを着て隠している。王都ならまだしも、田舎街で貴族学院の制服は珍しい。要らぬ注目を集めて、もし王女が来ている事がバレたら騒ぎになってしまう。
宿屋で割り当てられた部屋へと入る。シェーラ王女は護衛兼世話係の女性兵士と、僕はオルニスさん、アークエルド卿と同室となった。
オルニスさんはともかく、師団長と一緒の部屋ってどうなんだ。高位貴族だし、軍のお偉いさんだし、なんか怖いんだけど。
「いやあ、この歳になると天幕で寝るのは堪えるのでな。ヤモリ殿、爺と同室では窮屈だろうが、辛抱されよ」
「は、はい!」
僕が無事に帝都まで行かなくてはラトスが解放されない。だから、師団長自ら護衛役を買って出てくれたんだろう。
アークエルド卿は、部屋に入るなり腰の剣と鎧を外して体を弛めた。実際疲れていたのだろう。五十代後半位の年齢で、一日中馬に乗るのは大変だと思う。
ベッド脇のミニテーブルに置かれた鎧に目がいった。珍しい、真っ白な革鎧だ。普段の金属鎧ではない。
「その鎧、魔獣の革製ですね」
「如何にも。この前の大規模遠征で仕留めた白の魔獣の革だ。先日出来上がったばかりでな」
「立派な仕立てですね。お似合いですよ」
オルニスさんが褒めると、アークエルド卿は嬉しそうにテーブルの上の鎧を撫でた。
「軽くて丈夫なのが良いですな。式典には金属鎧でなければ格好がつかんが、性能はこちらの方がかなり良い」
そんなに違うものなのか。僕にはよく分からないが、とにかく軽くて丈夫らしい。長時間身に着けるものなら軽い方がいいよね。
二人の会話を聞きながら、疲れた体を休めようとベッドへ向かう。三人部屋なのでベッドも三つ。当然のように壁際にあるベッドを選んだら止められた。
「ヤモリ君は真ん中を使うように。そこが一番守りやすいから」
「左様。壁際は安全に思えるだろうが、剣や槍が突き抜けてくるかもしれんからな!」
宿屋でそこまで警戒しないといけないの!?
僕の身に何かあって人質交換出来なくなるとマズいから、オルニスさんもアークエルド卿も真剣だ。
仕方なく真ん中のベッドに腰掛け、革靴を脱ぐ。馬車の中で、揺れに負けないようにずっと足を踏ん張っていたから地味に筋肉痛だ。
オルニスさんは平気そうだし、一日中馬に跨っていたアークエルド卿もピンピンしている。普段の鍛え方の差が出てしまった。
「そういえば、途中で離脱した兵士さん達は?」
「そろそろ街に着く頃だろう。出たのはどれも黒と灰の魔獣だけだったから、心配せんでも大丈夫だ」
一番強い白の魔獣は居なかったんだ。ちょっと安心した。
しばらく寛いでいたら、不意に部屋の扉がノックされた。即座に傍に置いてあった剣を掴むアークエルド卿。
頼むから宿屋で刃傷沙汰を起こさないでくれ〜!
オルニスさんが目配せすると、アークエルド卿は警戒を解いた。どうやら知ってる相手らしい。
「どうぞ。鍵は開いているよ」
「失礼します」
入室を許可すると扉が開き、一人の青年が姿を現した。黒髪の短髪に褐色の肌、防具は小手や胸当てのみ。背中に双剣を背負っている。外見はあまり正規兵っぽくはない。
彼は一歩進み出て、キビキビと頭を下げた。
「軍務長官直属部隊、隊長のクロスです。軍務長官の命により、異世界人の護衛に参りました」
そう言うと、クロスさんは茫然としている僕には目もくれず、オルニスさんとアークエルド卿に一礼した。
え、僕の護衛をしに来てくれたって事?
「クロス君、エニアの様子はどうかな」
「は。本日昼頃到着した早馬から知らせを聞き、一時は荒れておりました。幸い辺境伯邸の庭園以外は壊滅しておりません。現在は落ち着いております」
えええ、庭園は壊滅したんだ。
目に入れても痛くない位に溺愛していた息子のラトスが攫われ、安否も不明なんて言われたら暴れたくもなるか。エニアさん、相当ショックだったろうな。
「それと、昨夜から領内で魔獣の目撃情報が増えております。恐らく帝国領から新たに放たれたかと。駐屯兵団と第四師団の一部は現在対応に追われております」
「……そうか。報告ありがとう。では、ヤモリ君の護衛を頼むよ」
「は、了解しました」
クロスさんは僕のベッドの脇に立ち、身動ぎひとつしない。まさか、ずっとこのまま待機するつもりじゃないだろうな。
「あの、部屋にいる時くらい楽な姿勢で……」
「……」
そう声を掛けたが無視された。あくまでエニアさんの命令だからここに来たんであって、僕の指示に従う気はないようだ。
オルニスさん達は、クロスさんが側で控えていても何とも思わないみたい。二人とも高位貴族だから、こういうの慣れてるのかな。僕は気になってしょうがないけど。
それにしても、わざわざ追加で護衛を寄越すほど今のクワドラッド州は危険なんだろうか。




