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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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79話・王都出発

ラトス誘拐2日目

 翌朝、僕は小さなトランクを持って階下に降りた。夜明け前にも関わらず、王宮内はたくさんの侍女さんや使用人さんが忙しなく動き回っている。


 これから、ラトスを助ける為にユスタフ帝国に向けて出発するのだ。そのメンツには、シェーラ王女も含まれている。侍女さん達は、昨晩から出発直前の現在に至るまで、ずっと荷物の支度に追われていた。


 目的が人質奪還の為の殴り込みであろうと、王族が他国を訪れる事には変わりない。動いやすい衣服の他、ドレスや装飾品も持たせようと、シェーラ王女付きの侍女が躍起になっているのだとか。


 気持ちは分からなくもないけど、多分帝国領には持っていけないと思うなぁ。


 居住区から出て中庭を通り、表の議事堂に行くと、ホールにオルニスさんがいた。護衛の小隊の騎士さんと打ち合わせをしている。


 僕に気付いたオルニスさんが軽く手を挙げた。



「おはようヤモリ君。よく眠れたかな」


「おはようございます。うーん……まあ、いつも通りですね」


「何よりだ」



 普段の装飾の多い服ではなく、動き易そうな軽装に着替えている。それでも、内面から滲み出る気品があるので誰が見ても貴族と分かるだろう。


 遅れて、シェーラ王女がやってきた。


 元々ドレス以外の地味な服を所持していなかったらしく、シェーラ王女は貴族学院の制服を着ていた。スカート丈はあまり長くないから、動きが妨げられない所が良い。



「オルニス様、おはようございます」



 側まで来て挨拶するシェーラ王女。


 一方、オルニスさんは頭も下げず、笑みも見せない。やっぱり、王女が同行する事に反対なんだろうか。



「殿下。一応断っておきますが、私はラトス救出を第一に動きます。殿下をお守りするのは二の次になりますが、よろしいですか」



 おっと。重臣の一人でありながら、主君の娘を優先的に守らない宣言。しかし、これは遊びじゃない。これで怯んだり怒ったりするようなら連れて行けない。


 周りにいた侍女さんや騎士さん達がざわついた。普段のオルニスさんは常に穏やかな笑みと柔らかな物言いをするが、今の言葉は冷たく厳しい。


 しかし、シェーラ王女はオルニスさんの言葉に怯みもせず、素直に頷いてみせた。



「もちろんです。足手まといに感じましたら、例え帝国領内でも捨て置いてくださって結構。私もラトス様の救出が第一の目的ですから」


「……分かりました。試すような発言をして申し訳ありません。共にラトスを迎えに参りましょう」



 先程までの冷たい態度は芝居だったのか。オルニスさんがいつもの笑顔に戻った事で、周囲の人々は安堵した。脇で見ていただけの僕もホッとした。


 玄関ホールから出ると、建物前の広場には既に護衛の小隊がずらりと並んでいた。五十名の兵士が馬に乗った状態で待機し、そのうち五名程が女性兵士だった。



「我等の役目は、シェーラ殿下とオルニス殿、異世界人のヤモリ殿を迅速かつ安全に国境までお送りする事である! 全員、気を緩めず全力で任務に当たれ!」


「「「はっ!!」」」



 第一師団長のアークエルド卿の言葉に応える兵士達。王国軍の中でも選り抜きの兵士が集められており、国内での護衛としては過剰戦力だ。



「王都からノルトンまでは高速馬車で移動し、護衛の小隊は馬で並走します。休憩は最小限しか取りませんので、覚悟して下され」


「分かりました。よろしくお願い致します」



 仰々しい出発式もなく、僕達三人は用意された馬車に乗り込んだ。既に昨夜のうちに先遣隊が出ており、予定の休憩ポイントに物資を運んであるそうだ。なので、必要最低限の荷物だけで済む。


 いざ出発となった時、「待て!」と声が掛かった。慌てた様子の王様が、広場を横切って馬車に駆け寄ってきた。


 何故か疲れた顔をしている。



「今朝に限って何故誰も余を起こさんのだ。危うく娘の見送りもせずに終わるところだったぞ」


「私が侍従に頼んだのです。直前になって引き止められても困りますので」


「シェーラ……」



 下手をすれば無事に帰って来られないかもしれないというのに、この件に関しては、シェーラ王女は頑なだ。王様も、こればかりは仕方ないと諦めているようでもあった。



「そう言うな。必ず無事に戻ってくるのだぞ」


「もちろん、ラトス様と一緒に必ず戻ります」


「ヤモリもだ。帰ってきたら、思う存分異世界の話を聞かせてもらうからな!」


「わ、分かりました」



 そう言って、王様は小さな箱を差し出してきた。受け取ると、五センチ位の正方形の小さな塊で、ずっしりと重い。青銅色の金属製のキューブだ。何これ。



「司法長官に渡してくれ。見せれば分かる」



 王様が離れると、馬車はすぐに動き出した。先導する馬に乗っているのはアークエルド卿だ。


 まだ夜が明けて間もない時間の為、街中の人通りは疎らだ。道行く人も、この馬車に王女が乗っているとは思うまい。高速馬車は飾り気がないし、五十の騎馬が隊列を組んで進んでいる。傍目には、小隊が近場に演習にでも出掛けるようにしか見えないだろう。


 王都の門から出て街道に入ると、騎馬と馬車の速度が上がった。整備されているとはいえ、元の世界のアスファルト道路とは違う。時折小石を跳ねて車体が揺れる。速度優先なので、乗り心地はあまり良くない。


 先程受け取ったキューブを落としそうになり、慌てて握り直した。そういえば、コレなんだろう。



「それ、落としたら爆発するわよ」


「え、そうなの!?」


「冗談です」



 本気でびっくりしたんだけど。シェーラ王女が言うと全然冗談に聞こえない。



「オルニスさん、持っててくれますか?」


「君が陛下から託された物だろう」


「うっ、……はい」



 怖いからオルニスさんに押し付けようとしたけど、即断られてしまった。諦めて、上着の内ポケットに入れておく。大事な預かり物だ。失くさないようにしなければ。


 シェーラ王女とオルニスさんは向かいの席に座り、側面の手すりを掴んで振動に耐えている。それに倣って、僕も手すりを掴んだ。座席にはクッションが多めに敷いてあるが、それでもお尻が痛い。これも、早くクワドラッド州に行く為だ。


 荷物は馬車の屋根の上に括り付けてあるので、僕の隣の席は空いている。以前ノルトンから王都まで馬車で移動した時は、間者さんが座っていたが、今は居ない。


 昨夜の緊急会議の後、部屋に戻った時から、間者さんは姿を消していた。僕専属の護衛になっていると言っても、彼は辺境伯の部下であり、エーデルハイト家の家臣だ。ラトス誘拐はお家の一大事だ。他人の僕に付いている事が出来なくなったのだろう。


 何の挨拶も無しに居なくなるなんて、ちょっと薄情なんじゃないかと思わないでもない。寂しいけど仕方ない。間者さんには間者さんの仕事があるんだ。


 最悪、僕は帰って来れないかもしれないので、やっぱりお別れの挨拶くらいはしたかった。


 そういえば、朝早かったからか、ヒメロス王子やアドミラ王女も居なかった。マイラは心労でまだ寝ているだろうけど、あの二人まで居ないのは意外だった。王様も疲れた様子だったし、会議の後なにからあったのかな。


 出発時にマイラが居たら、多分また泣かれてしまう。女の子が泣いてる姿は見たくないから、見送りに来てなくて助かった。


 南のクワドラッド州を目指し、僕達を乗せた馬車は街道を走り続けた。


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