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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第6章 ひきこもり、帝国へ行く

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78話・女の罠

ラトス誘拐1日目

 シェーラ王女の乱入により、会議は一時騒然となった。だが、なんとか国境までの護送担当と帝国領に入ってからのメンバーが決められた。


 国境までは、王国軍第一師団から小隊が護衛に付く。王女が同行するという事で、世話係兼護衛として女性兵士も数名組み込まれた。


 帝国領に入ってからは、オルニスさんとシェーラ王女、王族の隠密から精鋭五人、それと僕。途中アーニャさんと合流したら、帝国行きメンバーに加わってもらうつもり。


 本当はもっとたくさん護衛を付けたいけど、大所帯になると魔獣に見つかりやすいし、どうしても統制が取れにくくなるんだとか。


 シェーラ王女には、魔力を温存し、出来るだけ戦闘行為は避けるようにと王様から言い含めてある。最悪一人になっても、魔法さえ使えれば国境まで戻れるからだ。不満そうではあったが、シェーラ王女は一応それに同意した。


 人質交換の期日がある。出発は明朝に決まった。


 



 会議終了後、ヒメロス王子に誘われ、アドミラ王女の部屋までやってきた。マイラの様子を見る為だ。


 部屋にお邪魔すると、すぐにマイラに抱きつかれた。まだ泣いていたようで、目の周りが赤くなっている。



「マイラ。明日ラトスを助けに行く事になった。しばらく掛かると思うけど」


「アケオ……」


「僕だけじゃないよ。オルニスさんとシェーラ王女も行くんだ」


「えっ!?」



 これにはアドミラ王女も驚きの声を上げた。しかし、すぐに納得したように何度も頷いている。



「……まあ、シェーラはラトス君がお気に入りでしたものね。流石にそうまでするとは思いませんでしたけど」


「父上や長官達も止めたんだが、一向に聞き入れなくてね。あの子があそこまで我を通す姿は初めて見たから、私も驚いたよ」



 ヒメロス王子は困惑していた。普段からラトスに執着していたシェーラ王女を近くで見ていたので、アドミラ王女と同じく理解は出来た。しかし、大人しい妹が帝国に行くとまでは思いもよらなかったようだ。


 ちなみに、当のシェーラ王女は旅仕度の為、さっさと自室に戻っている。僕も荷造りとかした方がいいんだろうけど、着替えをトランクに詰めるくらいしかやる事がない。



「アケオ、絶対ラトスを助けて。あの子はあたしの身代わりで連れ去られたの」


「身代わり?」


「本当に狙われてたのは、あたしだったの」



 そう言って、マイラは襲撃当時の事を振り返った。





 ***



 王宮での外交の講義を終え、マイラとラトスは迎えの馬車に乗り込んだ。エーデルハイト家の馬車である。御者以外に四人の騎士が護衛に付いている。護衛はそれぞれ馬に乗り、馬車の前後で周囲を警戒していた。


 とはいえ、場所は王都の中心部。治安は良い。王宮から辺境伯邸は馬車で十五分程の距離だ。慣れた路を通り、馬車は辺境伯邸を目指して進んだ。


 いつもと違ったのは、貴族の屋敷が連なる貴族街に入ってからだった。各屋敷の敷地が広く、門から建物までが遠い。しかも、マイラ達は通常の帰宅時間より遅い時間帯に通っている。普段より人通りが少なかった。


 突然馬車が止まり、護衛の騎士達がざわついた。前方の路を何者かが塞いでいて、退かそうとしても動かせないようだった。



「どうした。何か問題でも?」


「いえ、ちょっと」



 窓を開け、近くの騎士にラトスが声を掛けた。しかし、騎士からは歯切れの悪い言葉しか返ってこない。どうやら、路を塞いでいる人物に誰も手出しが出来ないらしい。



「……日が暮れてしまいます」


「まあいいじゃないの。後は帰るだけなんだから。でも、どうしたのかしらね」



 マイラは扉を開けて、身を乗り出して前方を見た。馬車の十メートル程先に、誰かが倒れている。早く助け起こせばいいものを、騎士達は困り顔で狼狽えるばかり。


 目を凝らしてみると、倒れているのは二十代前半位の女性で、ボロ切れのような布の下は何も身に着けていないようだった。少しでも動かしたら裸体が晒されてしまう。周囲にはエーデルハイト家の者以外居ないが、騎士が抱き起すには具合が悪い。


 マイラはすぐに馬車の中にあった毛布を掴んで外に出た。そして、それを倒れている女性に掛けてやる。間近で見ると、顔には殴られたような痕があり、身体にも乱暴されたような形跡があった。女性は意識がなく、ぐったりとしている。



「すぐに巡回の兵士に通報して! それと、邸にも連絡を! この人を治療しなくちゃ」


「ねえさま、離れて下さい。後は他の者が対応します」


「駄目よ、男の人が触れては」



 ラトスの目には、単に殴られて気を失った女性に見えたようだが、マイラは違った。女としての尊厳を踏み荒らされたのだと見ただけで察した。怒りが腹からこみ上げるが、とにかく女性を安全な場所に移動させるのが先だ。


 護衛の騎士四人のうち、一人は貴族街の警備兵の詰め所に、もう一人は近くにある辺境伯邸に先行した。護衛が半数になった瞬間、倒れていた女性がのそりと身体を起こした。



「気がついたのね、大丈夫?」



 マイラが声を掛けるが、女性は応えない。ボサボサの長い髪の隙間から見える口元は弧を描き、毛布はずり落ちて胸が露わになった。



「きゃああ! みんな見ちゃ駄目だからね!」



 慌てて毛布を拾い上げ、女性の身体を隠そうと慌てるマイラ。咄嗟に目を覆う騎士達と御者。


 その隙をついて、女性がマイラの細い手首を掴んで抱き寄せた。



「育ちの良いお嬢さん。助けるついでに、一緒に来て貰ってもいいかしら」


「えっ」



 女性の言葉に、マイラは耳を疑った。傷付き倒れていたはずの女性が、何故か自分を抱きしめるようにして拘束している。ボロ切れの下から短刀を取り出し、それをマイラの首に突き付けた。ここで初めて、マイラはこれが罠だと気付いた。


 姉の一大事に、ラトスが馬車から飛び降りた。騎士達もにじり寄るが、マイラが人質に取られていて身動きが取れない。



「ねえさまから離れろ!」



 ラトスの語気が荒くなる。しかし、何も出来ずにいた。女の短刀は錆びており、赤黒く染まっている。こびりついた血を落とさずに使い続けているのだ。こんなものでマイラが刺されでもしたら、傷跡が残ってしまう。


 騎士達も同じ理由で動きを封じられた。とは言っても、相手は非力な女一人。こちらは訓練された騎士二人。じきに他の二人の騎士も応援を連れて戻ってくる。時間を稼げば、マイラを無事奪還する事も可能だと踏んでいた。



「優しいお嬢さん。毛布の御礼に、良いトコに連れてってあげようか」


「……貴女、誰かに襲われたんじゃないの?」


「アタシが? ふふ、逆よ。アタシが襲ったの」


「え、どういう……」



 正面から抱きつかれている為、マイラからは女の顔は見えない。しかし、騎士達やラトスからはその禍々しい笑顔がはっきりと見えた。



「人払いしただけよ。邪魔されたくなかったし」


「それって」



 馬車が立ち往生して五分。平民の入れない貴族街。元より人通りの少ない時間帯とはいえ、一人も通り掛からないなんて有り得ない。


 この女は邪魔な人間を排除し、その上で馬車の進路に身を投げ出し、待ち構えていたのだ。


 女はマイラを抱えたまま数歩下がった。このまま連れ去るつもりなのだろう。拘束する腕の力が弛む事はなく、より一層マイラの身体を締め付けた。



「──待て。ボクが代わりに人質になる。だから、ねえさまを離せ」


「ええ? イヤよ、アタシこの子が気に入ったんだもん。辺境伯んとこの子供ならどっちでも良いって言われてるけどさ」



 この発言から、これがエーデルハイト家を狙ったものであり、他に命令を下した者がいる事が判明した。そこから察するに、辺境伯に恨みを持つ者の犯行だと推測する。



「ならば尚更、ボクを人質にした方がいい。ボクはエーデルハイト家の跡継ぎだ。脅すにしろ、交渉するにしろ、ボクを利用した方が効果がある」


「ば、バカ! そんな事言っちゃ……」



 女は数秒考え込んだ。悩んだ末に、ラトスの提案を飲んだ。ラトス自ら歩み寄り、マイラと入れ替わりで女の腕の中に収まった。



「威勢の良い坊っちゃんね。まぁ、キライじゃないわ」



 マイラはすぐに騎士達に保護されたが、これでは先程までと何も変わらない。むしろ状況は悪化したと言ってもいい。



「そろそろ人が集まってきそうだから、アタシもう行くね。コレは依頼主からの伝言」



 そう前置きをして、女は条件を読み上げた。




 十日以内に異世界人を連れて帝都まで来い。


 兵士や騎士は連れて来るな。


 守らなければ、人質の命は保証しない。




 それだけ言い残し、女はラトスを抱えて飛び上がった。肩に掛かっていた毛布が落ち、マイラ達の視界を塞いだ。その一瞬の後、女は姿を消した。



「ラトス、ラトス!」



 マイラが声を上げるが、返事はない。


 その後、応援の兵士や屋敷の騎士達が駆け付けたが、現場には呆然と立ち尽くすマイラや騎士達しか居なかった。


 すぐに兵士に状況を説明し、王都の封鎖と各所への連絡をし、マイラは馬車で王宮へと戻った。


 そこから先は知っての通りである。

 


 ***





「あたしが油断したからいけないの。ラトスが連れ去られたのは、あたしのせいなのよ」



 そう言いながら、マイラは大粒の涙を零した。ラトスが人質交換を言い出さなければ、マイラが連れ去られていたに違いない。



「マイラは何も悪い事なんかしてないだろ。そんな風に自分を責めちゃダメだよ」


「でも、だって」



 一向に泣き止む気配がない。こんな時、当たり障りない事しか言えない自分が嫌になる。


 困り果てていたら、アドミラ王女がマイラの顔を両手で挟んで自分の方に向けた。



「貴族の女性が何者かに連れ去られた場合、例え無事に帰ってこれたとしても、良くない噂が付き纏うものなのよ。それが事実かどうかは関係なく」


「……」


「ラトス君は、マイラの将来に傷が付かないように未然に防いでくれたのよ。だから、しっかりしなくちゃ」



 その言葉に、マイラの涙が止まった。


 ラトスは身を呈して、姉の貴族女性としての矜持を守ってくれたのだと理解した。



「ラトス……」



 夕方の襲撃以来ずっと張り詰めていた気持ちが落ち着いたのか、マイラは落ち着きを取り戻すと同時にそのまま寝入ってしまった。



「今日は(わたくし)の部屋で寝かせるわね」


「お願いします」


「ラトス君は勿論助けてほしいのだけど、貴方にも無事に帰ってきていただきたいの。マイラの為にも」


「……なんとか頑張ります」



 アドミラ王女の部屋から出て、ヒメロス王子と王宮内を歩く。しばらくの沈黙の後、王子が口を開いた。



「──済まない。アケオ君が狙われたのも、ラトス君が連れ去られたのも私のせいだ。君を王宮に呼び寄せ、守るつもりが仇となった」


「いえ。悪いのは帝国だし」


「恐らく、父上が思いの外異世界人に執着しているのも、君が狙われた理由の一つだと思う。サウロ王国の弱みを握ろうとしているのだろうか」



 ヒメロス王子は顎に手を当て、難しい顔をしている。今回の件で責任を感じているみたいだ。考え過ぎだと思うけど。


 王宮に来る前からエーデルハイト家にはお世話になっていた。僕を手に入れる手段としてラトスが連れ去られたのなら、責任はむしろ僕にある。



「僕が向こうに捕まる事で、この国に迷惑掛けちゃったら困るかな。ラトスを無事に助けた後は、変な要求されても無視してくれればいいので」


「そんな事出来るわけないだろう! 何を言ってるんだ君は」



 何故か怒られた。


 この後、僕の部屋に着くまでの間、歩きながら小言を言われてしまった。


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