75話・王女の恋と波乱の幕開け
マイラ達が辺境伯邸に戻った後。
僕は何故か王宮の図書室で、シェーラ王女と二人きりになってしまった。
サロンから自室までの間には図書室がある。通り掛かったついでに本を借りようと思い、立ち寄ってみた。あてもなくウロウロしていたら、普段は鍵が掛かっている扉が開けっ放しになっているのに気が付いた。
王宮の図書室には、本棚が立ち並ぶメインの広間と幾つかの小部屋がある。禁書庫なのか重要書類の保管庫なのかは分からないが、小部屋は普段厳重に施錠されていて、入る事は出来ない。
そんな小部屋の鍵が開いている。滅多に見られない場所に興味が湧いて、つい中へと入ってしまった。
そうしたら、なんとそこには先客がいた。
シェーラ王女だ。
これまで何度か顔を合わせているが、友好的な会話が出来た試しがない。というか、睨まれた記憶しかない。顔は可愛いが、苦手な部類の人間だ。
「し、失礼しました。すぐ出て……アッ!」
慌てて出ようと後退りした瞬間、開いたままだった扉にぶつかった。そして、扉は反動でガチャリと閉まってしまった。
すぐにドアノブを回して開けようと試みたが、内側からは開けられない仕組みのようで、僕の焦りはピークに達した。
「……ごめんなさい。閉じ込められたっぽいです」
何回かドアノブと格闘した後、僕はシェーラ王女に頭を下げて謝罪した。毛嫌いされている自覚はあるので、今回の件で更に蛇蝎の如く嫌われただろう。
そう思っていたのだが。
「大丈夫よ。すぐに護衛が異変に気付いて開けてくれるから、気に病む事はないわ」
「ほんっとーにすいません! ……えっ」
罵倒されるか、冷ややかに睨まれるか。そのどちらかしかないと思い込んでいたのだが、シェーラ王女は寛大な態度で僕を許した。無表情だし、淡々とした返事ではあったが、僕を責めるどころか気遣いまでしてくれている。
あれ? 思ってた反応と違うぞ。
「あなたも本を借りに来たのね。ちょうどいいわ。手が届かなくて困っていたのよ」
「へ? あ、はい。どれですか」
「この上の、……そう、それ」
指し示された本は、本棚の一番上の段にあった。背伸びしてその本を取って渡すと、シェーラ王女はふっと微笑んだ。そして、嬉しそうに本を抱きかかえる。
そんなに読みたい本だったのか、と表紙を見ると、そこには『兵法書』の文字が。
「え、その本を読むんですか」
「読まない本を取らせたりしないわ」
思わず尋ねてしまうくらい、可憐な少女と兵法書のギャップは大きい。というか、よく見たら、この小部屋の中には兵法書を始め、戦術書や軍記などの軍事関連の本しかない。
「さて。まだ誰も扉を開けに来ないわね」
「ほんとすみません……」
「鍵はここにあるから、予備の鍵を軍務部まで取りに行ってるんだわ。長くても十数分よ」
小部屋の鍵を手に、シェーラ王女が溜め息を吐いた。閉じ込められたのは僕のせいだ。体を縮こまらせて謝るが、シェーラ王女は気にしていないようだった。小部屋の端にある小さな椅子に座り、早速本を読み始めている。
肩口の長さで切り揃えられた金色の髪が、さらりと頬に掛かっている。可愛らしい少女が優雅にページを捲る様は、まるで絵画のようだ。
でも、読んでるのは兵法書なんだよなあ。
僕の失態には怒っていないみたいだけど、下手に話し掛けて読書の邪魔をしたら機嫌を損ねてしまいそうだ。仕方ないので、僕も本を物色する事にした。
王国軍の創設記や、歴代の軍務長官や師団長のリスト、過去の戦争の記録などの本が並んでいる。シェーラ王女が読んでいる兵法書の別の巻を読んでみるが、軍隊運用やら何やらが小難しく書かれていて、僕にはよく分からなかった。
取り敢えず、歴代の軍務長官リストを手に取る。エニアさんは現役なので、まだリストに加えられていなかった。先代長官である辺境伯のおじさんが一番最後のページに綴じられている。
もしかして、軍務長官って世襲制?
「違うわ。グナトゥス様もエニア様も、実力で王国軍の長となったのよ」
疑問に思っていたら、横からシェーラ王女が教えてくれた。声に出してなかったのに、何故僕がそれを知りたがっていると分かったんだ?
「貴方、考えている事が顔に出ているもの」
ふ、と笑われた。
蔑むような笑みではなく、呆れたような。何だか、今までの印象と違う。
「そ、そう、ですか」
「でも、将来ラトス様が軍務長官にならないとは限らないでしょう?」
そう言って、シェーラ王女は再び兵法書に目線を戻した。
そうか。
彼女は、いつかラトスの助けになるように、自主的に軍事関連の書物を読んで学んでいるという事か。それも、わざと人払いをして他人に悟られないように。今回、僕がうっかりこの小部屋に入らなければ、きっと誰にも知られる事はなかっただろう。
それに、さっきの外交の講義でもそうだ。シェーラ王女は事前にかなり勉強していた。ラトスに異常に執着しているだけのお姫様だと思っていたけれど、シェーラ王女はかなりの努力家だ。
「そういえば、ラトスも兵器の話には食い付いていたし、やっぱり軍事に興味があるのかな」
「! そうなの……」
マイラ達と出会ってすぐの頃、元の世界にしかないものを知りたがる二人に絵を描いてあげた時の事を思い出した。
マイラは現代のファッション、ラトスは兵器の絵を好んでいた。もっとも、その時に描いてあげた絵は何故か学者貴族さんの手に渡っているんだけど。
「……ラトス様、やはりエニア様の跡を継ごうとされておられるのね」
嬉しそうに微笑むシェーラ王女。
ラトスの話になると、がらりと印象が変わる。本当に好きなんだな。ちょっと二人の仲を応援したくなってきた。
ラトスは姉のマイラ以外には塩対応だけど、姉弟で結婚出来る訳でもないし、年頃になったら周りにも目が向くだろう。その時には、幼い頃から慕ってくれている少女の魅力に気付くといいんだけど。
コンコン、と小さくノックされた後、小部屋の扉の鍵がかちゃりと開いた。シェーラ王女の護衛の騎士が、鍵を借りて開けにきてくれたのだ。
「殿下、お待たせして申し訳ありません」
「いいえ。手間を取らせました」
椅子から降り、シェーラ王女は騎士に歩み寄った。兵法書は大事そうに胸元に抱え込まれている。
「先に失礼するわね。ヤモリさん」
「あ、はい」
先程の笑顔は消え、また無表情に戻っているけれど、これまでとは違う。
初めて名前を呼ばれたぞ。
シェーラ王女から、ようやく個人として認識された気がする。
騎士達を引き連れて図書室を出て行くシェーラ王女を見送った後、どっと冷や汗が出てきた。閉じ込められていた時間は僅か十数分だったのに、何時間にも感じた。窓を見れば、まだ夕暮れ時だ。
王国史の本を数冊借りて、自分の部屋へと戻る。
もうすぐ夕食の時間だ。王宮内では、普段より多くの侍女達が行き交っている。
ふと、表の議事堂が騒がしくなった。窓辺に寄って外を見下ろすと、庭園を突っ切って走る騎士の姿が見えた。酷く慌てた様子だ。
そして、その騎士は王宮の入り口に辿り着くと、大声で叫んだ。
「至急、殿下達にお知らせを! エーデルハイト辺境伯家の馬車が、貴族街のお屋敷に戻られる途中で襲われました!!」
え。
エーデルハイト辺境伯家の馬車って、マイラ達が乗ってるんじゃない?
襲われたって、どういう事?
いつも閲覧ありがとうございます。
これにて第5章は終了となります。
マイラ達の安否と事件の顛末は第6章に続きます。
次回は閑話です。_φ(´∀`*)




