74話・王子達の本音
「初めて父上が『異世界に行きたい』と言った時は、何を馬鹿な事を、と思った」
ヒメロス王子、なんか怒ってる?
言葉使いはいつも通りだが、声色が冷たい。怖くてヒメロス王子の顔を直視出来ない。いや、普段も直視出来てないけど、今は特に。
「いつまでも過去に囚われている父上を蔑んだ事もあった。あまりにも荒唐無稽な話だから」
「……ええと」
やっぱり、よその女の子の為に父親が遠くに行くなんて嫌だよな。しかも、美久ちゃんはヒメロス王子が物心つく前に亡くなっているし。
それに、異世界人がこちらの世界に現れる確率は低い。サウロ王国で確認されているのは、この百年でたったの四人。名前まで記録に残っているのは、僕と美久ちゃんだけだ。異世界に行くというのは、奇跡でも起きない限り無理な話だと僕も思う。
「しかし、過去の話を聞いていくうちに、父上を応援したくなった。相手が既に亡くなっているにも関わらず、約束を守ろうと尽力する姿をずっと見てきたから」
先程までの、刺すような雰囲気が霧散した。今のヒメロス王子は、いつもの穏やかな空気を纏っている。
「だから、父上が憂いなく異世界に行けるように、私達兄妹は政務を分担して学ぶ事にした」
ヒメロス王子は学院卒業後、王の補佐に就いて実地で内政を学んでいる。アドミラ王女とシェーラ王女は、外交の講義を受け始めた。シェーラ王女は父親の為というより、ラトス目当ての不純な動機ではあるが。
それは、王様が居なくなってもサウロ王国を守るという、王子達の決意の現れだ。
王様、応援されているんだ。王子達もそれに備えて具体的に動き出している。
それなのに、否定ばっかしてしまったぞ僕は。
「応援はしているが、無謀な真似を許した訳じゃない。アケオ君が父上をギッタギタに言い負かしたと聞いて、ちょっと胸がすいたよ」
「うふふ、私もお兄さまと同じ気持ちですわ」
いいのかよ。
正論ぶつけて王様を凹ませた件は、ヒメロス王子とアドミラ王女に褒められた。やっぱり、まだ少し怒っているな。出来れば行ってほしくないのだろう。
「もしかして、僕を王宮に住まわせたのもその為だったりするんですか」
「ああ。父上が会いたがっていたというのもあるが、研究を進めたり、異世界に行く為の知識を教えてもらおうと考えていた。でも、それだけではないよ。私自身も君に興味があったからね」
女の子だったら恋に落ちそうな程の眩しい笑顔を向けられて、僕は反射的に顔を逸らした。だから、人誑しのスキルを僕に使ってどうする。
ヒメロス王子は、僕というより僕が教える異世界の物語に興味があるだけだろう。
「今回の出兵で、ユスタフ帝国とのいざこざが解決出来れば、異世界研究を安全に進める事が出来る。すぐには無理かもしれないが、いつか父上の願いが叶うと信じているよ」
実験の邪魔や、捕まえた刺客の暗殺、会談の盗聴など、ユスタフ帝国からは何度も異世界研究を邪魔されている。そういった妨害が無くなれば、研究は捗るだろう。
ヒメロス王子とアドミラ王女が退室した後、間者さんがヨレヨレになって戻ってきた。
「生きた心地がしなかったっす……」
ぐったりとソファーに倒れ込む間者さん。どうやら、天井裏に潜んでいた時に、王族の隠密達に囲まれていたらしい。相当精神的なダメージを受けている。
以前も、アールカイト侯爵家の隠密に牽制されたりしていたな。
間者さんは現在一人で僕の護衛をしてくれている。エーデルハイト家の間者は多数いるらしいけど、今は単独で任務に従事している。
そして、王族の行く先々には必ず隠密が居る。さっきまで、僕の部屋にも何人か警備の為に張り付いていたらしい。勿論、表の廊下に騎士さん達もいるけど、それとは別で。
表にある議事堂の場合は各貴族家の手の者が出入りする為、ここまで監視される事はなかったんだとか。第一文政官のオルニスさんの使いをしていたから、それなりに信頼もあったのだと思う。
今居る場所は王族の居住区域なので、隠密達の警戒レベルは常に高い。ヒメロス王子達がこの部屋に居る間、大勢の手練れに囲まれ、ずっと気不味い思いをしていたらしい。
「もう、普通に部屋に居たらいいんじゃない?」
最近は姿を見せている方が多い。普通の護衛として、常時一緒に居る方が楽なんじゃないかと思って提案してみたけれど、間者さんは首を横に振った。
「なんか、王族と同じ空間にいるのツラくて。体が勝手に天井裏とか隠し通路に行ってしまうんすよ……」
「そんなの、僕だって逃げたくなるよ!」
「ヤモリさんに会いに来てるんだから、ヤモリさんは逃げたらダメでしょ」
「うう……ズルい……」
思い返してみれば、これまでも間者さんは王族の前では極力姿を消している。
王族の眩しさに耐えるか、隠密からの無言のプレッシャーに耐えるか。非常に悩ましい問題だ。
翌日。今日はマイラ達が王宮に来る日だ。貴族学院が終わる時間を見計らって、いつものサロンへと向かう。
魔力暴走未遂事件以来、初めての講義となる。
見た限りでは、マイラの様子は特に変わりない。風の魔導具の影響で髪が浮き上がってしまう為、髪を後ろで結んでいる他は普段通りだ。
時折、アドミラ王女と目配せして笑い合ったりしている。良かった、もう気に病んでいないみたいだ。
ふと、横並びのテーブルを見ると、ラトスがマイラに視線を向けていた。マイラ自身は立ち直ったけど、ラトスは姉の事が心配で仕方がないようだ。
そんなラトスを凝視しているのが、シェーラ王女だ。ラトスの隣に座り、至近距離からのガン見。ラトスは前にいる講師かマイラの方ばかり見ていて気が付いていないが、シェーラ王女はずっとラトスしか見ていない。
「さて、これは分かりますかな? シェーラ様」
講師の先生がシェーラ王女を名指しして質問を投げ掛けた。ちゃんと講義を聞いていれば分かる内容だ。恐らく、余所見の注意をする為にわざと質問したのだろう。
しかし、シェーラ王女は完璧に答えてみせた。
一度も先生に視線を向ける事無く。
正解している以上、先生はシェーラ王女を叱る事が出来ず、釈然としないまま講義は再開された。
すごいなシェーラ王女。
ラトスと一緒にいる時間はラトスだけを見ていられるように、事前に自主勉強でもしているのだろう。愛が重い。
あと、それだけ見られているにも関わらず、全く反応しないラトスもすごい。無関係なはずの僕が何故かヒヤヒヤしてしまう。
講義が終わり、休憩タイムとなった。
お茶とお菓子を楽しみながら話すのは、やはりマイラの魔導具の事についてだ。
「へぇ。これを身に付けていると、自動で魔力を消費してくれるのか。便利な道具があるんだね」
ヒメロス王子がマイラの手を取り、風の魔導具である腕輪をしげしげと眺めた。離れた席からそれを見て、ラトスがややピリピリしている。流石に自国の王子に物申すほど命知らずではないが、不愉快そうな様子を隠す事はしない。
「休みの間に仕立て屋さんに来て貰って、手持ちの服の裾全てに小さな錘を縫い付けて貰いましたの。そうでなければ上に舞い上がってしまって……」
「はは、それは目のやり場に困ってしまうね」
普段より若干丁寧な口調でマイラが答え、ヒメロス王子が軽口を挟む。僕が言ったらセクハラになるけど、見目麗しい王子様だと何の問題にもならないようだ。
「王族の人は魔力で困る事はないんですか」
「私達は貴族学院に入る前に直接司法長官から手解きを受けているんだ。特に困った経験はないな」
「私も、自分の魔力だけは上手く扱えますの。ただ、他の方の魔力は勝手が違うので、先生方のように干渉する事は出来ませんけど」
「なるほど。そうなんですね」
司法長官直々に教えて貰えるとは、流石は王族。
アドミラ王女は、先日マイラを助けられなかった事をまだ悔やんでいるみたいだ。ちらりとマイラの方を見て、申し訳なさそうにしている。
それにしても、そんな幼少時から魔力操作を習っている人でも、他人の魔力に干渉する事は難しいのか。
以前、辺境伯邸の庭でマイラの魔力が暴走し掛けた時にラトスが少しだけ干渉してたよな。オルニスさんやエニアさんが褒めてたのは、そういう事だったんだ。魔法学の成績は学年主席だって言ってたし、ラトスって何気にすごいのでは。
「ラトス様、こちらも食べてみて下さいな」
「夕食が入らなくなりますので結構です」
見直す僕の背後では、いつものようにシェーラ王女に素っ気無い返事しかしないラトスがいた。そんな扱いでも一向にメゲないシェーラ王女はマゾか何かだろうか。
あと1話で5章も終わりです。




