70話・マイラの選択肢
貴族学院の授業中に魔力が暴走し掛けた事で、マイラは急遽司法部に連れて来られた。かなり凹んでいたが、司法長官のアーニャさんに慰められ、ちょっとだけ気持ちが前向きになったようだ。
アーニャさんはテーブルの上の魔導具をひとつ手に取った。
「成長期だから、まだまだ魔力の上限は増えるだろう。体の成長と魔力の均衡が崩れると危険だから、それを補う魔導具を身に付ければいい。──例えば、コレは余剰魔力を貯めておく事が出来る」
「まあ。そんな便利なものがあるんですね」
アーニャさんが差し出した魔導具は、二十センチ四方の錆色の金属製キューブだ。持ち歩くには少々大き過ぎる。
マイラはキューブを両手で受け取るが、重いせいかすぐにテーブルに戻した。僕も持ってみたけど、めちゃくちゃ重い。
多分十キロ位あるぞ。
盗聴阻害用の魔導具にも使われている『魔力を蓄積する金属』の塊なのだろう。
「これではとても持ち歩けないわ……」
「おや、重過ぎたかねェ。これより小さいヤツだとアンタの魔力量から計算するとすぐに溢れちまうし……じゃあ、こっちはどうだい。装備中、自動で弱い魔法を発動し続けて魔力を消費する魔導具さ」
次に出されたのは、腕輪タイプの魔導具。試しにマイラが装着してみると、マイラを中心に微弱な風が起きた。明るいオレンジの髪がふわりと宙に舞った。扇風機の弱程度の強さの風なので、特に害はなさそうだ。
「なんだか涼しいわ。それに、腕輪もそこまで重くないし、これならずっと身に付けていられそう!」
そう言って、マイラは笑顔で立ち上がった。
しかし、風はマイラを中心に発生している。裾の軽いスカートなら簡単に巻き上がってしまうのだ。普段着のドレスと違い、学院の制服は無駄な装飾がない為、スカートの裾がふわりと浮き上がってしまった。
「きゃあっ」
「お嬢、座った方がいいっすよ」
いつの間にか間者さんがマイラのスカートを押さえていた。僕は間近で見ていたのに動揺して全く動けなかった。手を離すと更に捲れ上がるらしい。これは危ない。
「あらやだ。ありがとう」
マイラは間者さんにお礼を言って座り直した。
「うーん、年頃のお嬢さんには向かないかもしれないねェ。じゃあ次。コレも微弱な魔法を発動し続ける魔導具なんだけど」
今度はマイラの周りに小さな火球が出現した。火球は付かず離れずの距離に浮いていて、マイラが歩くと付いてくる。魔法の炎なので、術者の指示がなければ周りを燃やす事はない。ちょっと周りが明るくなるくらいだ。
他の魔導具もひと通り試したが、最初のキューブ以外はどれも微弱な魔法を発動し続けるタイプのものだった。
さっきの風や炎程度の弱い魔法ならマイラは魔導具無しでも難なく使える。ただ、常時発動し続けるというのは出来ない。魔法にはイメージする力が必要だからだ。四六時中魔法の事だけを考えていたら、勉強も会話も不可能になる。
これらの魔導具は、術者の代わりに魔法発動に必要なイメージを固定してくれる。消費魔力は少ないが、二十四時間ずっと身に付けていればかなり違うはずだ。
どれにしようかと迷うマイラ。
「気に入った物があれば、昼夜問わず身に付けておきな。体内の魔力量が減れば、そのぶん制御しやすくなる」
「ありがとうございます、アーニャ長官!」
解決策が見つかって、マイラは笑顔を見せた。この部屋に来た当初は沈んでいたけど、今は本来の明るさを取り戻している。
「でもね、魔導具で抑えていくより、いっそ訓練して伸ばした方がいいかもしれないよ」
「え? でも、ちゃんと魔法学の授業を受けていても駄目だったのに」
魔法学とは、魔力持ちの古参貴族の子供だけが受ける、魔力の制御を身に付ける為の授業だ。
「エーデルハイト家は代々魔力量が多いから、アンタの素質はかなり高いはずだ。つまり、並みの魔力持ちと同じやり方じゃ到底扱えないってコトさ」
「そ、そんな…!」
「アンタが望むなら、アタシが直接鍛えてあげる。ま、その前にアンタの爺さんの手伝いを終わらせなきゃならないけどねェ」
司法長官直々に魔力制御の手解きを受ける? これって何気にすごい事なんじゃないか?
「さっきも言ったけど、アンタの素質はピカイチだ。将来は是非司法部に入ってほしいねェ」
アーニャさんの提案に、マイラは戸惑いを隠せないようだった。今日のところは取り敢えず魔導具を借りる事にして、訓練云々の話は保留となった。
どの道、もうすぐアーニャさんはクワドラッド州に行ってしまう。全てが終わり、無事に帰ってきてから返答したらいい。
マイラは貴族学院には戻らず、直接辺境伯邸に帰るという。研究棟から王宮に行き、そこから馬車に乗るそうなので、僕も一緒に行く事にした。
長い連絡通路を並んで歩いていると、マイラは大きく息を吐き出した。
「は〜、緊張したわ……」
「マイラでも緊張するんだね」
「あたしを何だと思ってるのよ!」
横目でジロリと睨まれた。いつも明るくて快活で、マイラには怖いものなんか無いと思ってた。
「……アケオが居てくれて良かったわ。鬼の司法長官だけじゃなく、変態学者も同じ部屋にいるなんて、あたし一人じゃ耐えられなかったもの」
「あの二人、そんなに怖くなくない?」
「……アケオって、意外と図太いわね」
そうかなあ。何故か後ろにいた間者さんが声を押し殺して笑っている。
確かに、初めて会った時は怖かったけど、アーニャさんも学者貴族さんも話せば悪い人じゃない。でも、話す機会がない人達が見た目や噂だけで判断してしまうのは仕方ない。
「魔力なんて要らないって思ってたんだけど、長官から手解きを受けたら、ちゃんと扱えるようになれるのよね」
マイラは、借りたばかりの腕輪を撫でた。
微風を起こす魔導具を選んだので、今はまだ身に付けていない。簡単にスカートが舞い上がらないように、帰宅後に手持ちの服に手を加えるらしい。
「折角の魔力、伸ばせるなら伸ばしてみたらいいんじゃないかな」
「でも、外交の講義も受けてるのよ。これ以上課外授業を増やして、やっていけるかどうか」
そうだった。元の世界でいえば、学習塾を掛け持ちするようなものだ。流石に詰め込み過ぎだろう。
それに、アーニャさんから「将来は司法部へ」と誘われている。外交に興味を持ち、外務部へ入る事を意識し始めたばかりだ。アドミラ王女との約束もある。
「魔力制御の訓練はまだ先の話だろ? じっくり考えればいいよ。それに、どちらか一つに決めなきゃならない訳じゃないと思うし」
「え?」
「外交の出来る魔法使いって、護衛要らずでカッコよくない? マイラなら出来そうな気がするよ」
僕の発言を聞いて、マイラが急に立ち止まった。通路のど真ん中で棒立ちになって、何か考え込んでいるようだ。
もしかして、気を悪くした?
「……ちょっと考えてみるわ」
暫く立ち尽くした後、マイラはそう呟いて歩き出した。顔から笑顔が消えてる。やっぱり怒らせたかも?
王宮に着くと、オルニスさんとエニアさんが待っていた。学院と司法部から知らせが行ったんだろう。マイラの姿を見つけて、遠くから駆け寄ってきた。
「マイラちゃん!」
「マイラ!」
「お父さま、お母さま」
「大丈夫だったかい? 心配したよ」
「アーニャ長官から、魔力制御用に腕輪をお借りしたの。これを身に付けていれば暴走はしないって」
二人とも珍しく焦った様子だ。マイラから魔導具の腕輪を見せられ、オルニスさんは安堵したように小さく息を吐いた。
「そうか……私達からも長官に礼を言っておこう。怪我はないね?」
「大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「マイラちゃんが無事ならそれでいいわ。迎えの馬車がもう外で待ってるわ。今日は帰って早く休むのよ!」
エニアさんがマイラをぎゅーっと抱き締めている。周りには王宮警備の騎士さん達がいるから、マイラは恥ずかしそうだった。
オルニスさんが僕に歩み寄る。
「ヤモリ君もありがとう。私もエニアも会議中で知らせを受けるのが遅れてしまって、マイラに付き添う事が出来なかった。君が居てくれて助かったよ」
隣に居るだけしか出来なかったけど、役に立てたなら良かった。
マイラを見送ってからエニアさん達と別れ、僕と間者さんは居住区の自室へ帰ってきた。侍女さんがお茶を淹れてくれたので、そのまま休憩する。
「マイラの……ていうか、エーデルハイト家って、他の古参貴族より魔力量が多いの?」
「そーみたいっすね。他の貴族は血が薄まるのを嫌って親族婚ばっか繰り返すんで、魔力が減ってんのはそのせいかもしんないす」
近親婚は駄目だろう。
こっちの世界、遺伝子の概念は無さそうだし、単純に血の濃さだけを重視してそうで怖い。
「その点、エーデルハイト家は古参貴族や新興貴族、果ては平民や他国民でも関係なく結婚相手を選んでるらしーんすよ。確か、辺境伯の奥さんも平民出身だったかと」
「え、そうなんだ!」
辺境伯のおじさんの奥さんという事は、エニアさんの母親で、マイラとラトスの祖母だよな。ノルトンの屋敷では見掛けなかったけど。間者さんに確認したら、数年前に病で亡くなったんだって。知らなかった。
混血の方が強くなるって、漫画で見た事あるぞ。どういう理屈か分からないけど、それならラトスもかなりの魔力持ちになりそう。
その日の夜、王様がふらりと僕の部屋に来た。
外務部か、司法部か、または全く別の道か。
マイラは何を選ぶのでしょう。
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