69話・魔力暴走未遂事件
王宮での暮らしは意外と快適だ。与えられた客室だけで何不自由なく生活出来る。
たまに王様が仕事を抜け出して来るけど、オルニスさんがすぐに回収していくし、ヒメロス王子は訪問前に必ず知らせてくれるから、あまりストレスは感じない。
王宮内の図書館も、僕が行く時間帯だけ付近の人払いをしてくれるので気兼ねなく利用出来る。早速何冊か本を借りたから、暇があれば読書も出来る。
食事は部屋に運んでもらえる。出入りするのは担当の侍女さん数人だけ。
話し相手は間者さんがいるし、週二回マイラ達が王宮に来る。それに表の議事堂にはオルニスさん達が、隣接する司法部に行けば学者貴族さんやバリさんにも会える。だから特に寂しさは感じない。
なんかこう、ひきこもり生活を後押しされている気がする。いいのかな、こんな自堕落な生活で。
昼食後、司法部の研究棟へ向かう。
昼前にアーニャさんの部下の人が来て「午後から来てください」と呼び出されたからだ。
王宮の建物と隣接しているとはいえ、研究棟へは広大な庭園を横切る通路を歩いていかねばならない。一旦庭園に出て馬車で移動した方が早いけど、運動を兼ねて徒歩にした。
王宮の食事、美味しい上に量が多くてね……つまり、ちょっと体型が気になってきたというか。間者さんに腹肉をつままれるので早急に何とかしないと。
部屋を出て約二十分、僕と間者さんは司法部の研究棟に到着した。
相変わらず、建物の外観はボロボロだ。以前来た時より外壁のひびが増えている。また何か爆発したのだろうか。
「ヤモリ! 遅かったではないか!」
研究棟に入ると、ロビーのど真ん中で学者貴族さんが仁王立ちしていた。どうやら僕が来るのを待っていてくれたらしい。
「ごめんごめん、歩いて来たんだ」
「ほぉ。次から迎えの馬車を寄越そうか?」
「要らないって。同じ敷地内に住んでるんだから」
さっきもお昼ごはんをたくさん食べちゃったし、たまには歩かないと腹肉がやばい。
「あれ、今日はバリさんいないの?」
「ああ。義母上が茶会に連れ回している。彼奴は女受けが良いから丁度いい」
貴族のお茶会とか夜会とか、よく付き合えるなぁ。僕には絶対無理だ。平気で参加出来るなんて、バリさんすごい。
当主のアリストスさんが貴族付き合い全くやらないから、未だに先代侯爵夫人のマリエラさんが頑張ってるんだよな。
「僕が呼ばれたって事は、もしかして『引き合う力』の実験やるの?」
「いや、今日は別件だ。ヤモリは居てくれるだけで良いと長官は言っていたぞ」
異世界研究は関係ないのか。それなのに僕を同席させるなんて、ますます意味が分からない。
雑談しながら一緒に廊下を進む。時折職員の人と擦れ違うけど、みんな自分の研究対象にしか興味がないので、部外者でもジロジロ見られる事はない。
こんなだから侵入者が最上階まで入ってこれたんじゃないのかなあ。王宮と違って警備はゆるい。
最上階の執務室に入ると、中ではアーニャさんが部下の人と書類を見ながら何か話していた。
「長官、ヤモリを連れてきたぞ!」
「御苦労さん。よく来てくれたね、ヤモリ」
学者貴族さんが声を掛けると、アーニャさんは顔を上げた。なんだか忙しそう。
「済まないね。もうすぐクワドラッド州に出向くから、その準備に追われててねェ」
書類の束をザーッと端に寄せ、テーブルの上を空けるアーニャさん。メインの執務机は書類と魔導具らしき物が積み上がっていて、応接セットのテーブルまで侵食されていた。
司法長官のアーニャさんは、辺境伯のおじさんがユスタフ帝国に攻め込む際に国境の壁を魔法で破壊する役目がある。準備が出来次第、出発しなくてはならない。
そんな忙しい時に、なんで僕を呼び付けたのか。
「急ぎで対応しなきゃならない事が出来てねェ。それに、アンタが同席してくれた方が助かる」
「はぁ」
どういう事だろう。これから僕の知ってる人が来るのかな?
僕と間者さんは、邪魔にならないよう部屋の端に移動した。アーニャさんと学者貴族さん、部下の人達は、テーブルの上にあった書類を適当な箱に放り込んで片付けている。
執務机の上にあった魔導具はテーブルへと移された。大きさや形はバラバラで、見た目からは何に使うものか全く分からない。
粗方片付いた頃、執務室の扉がノックされた。
アーニャさんが返事をすると扉が開かれ、騎士さんが二人現れた。その後ろには見慣れたオレンジ色の髪の少女、マイラの姿があった。
「あれ、マイラ?」
「アケオ……」
声を掛けると、マイラは驚いたように顔を上げた。周りが知らない大人達ばかりだから、少し緊張しているみたいだ。
今は平日の昼過ぎだから、まだ貴族学院で勉強している時間のはずなのに、何故こんな所に?
「ようこそ司法部へ。アンタがマイラだね?」
「……マイラ・セシリア・エーデルハイトです」
「アタシは司法長官のアーニャ・ゲラ・ブラゴノード。よろしくね」
入り口付近で固まっているマイラに歩み寄り、アーニャさんが話し掛けた。普段は気丈なマイラだが、今日は何故か大人しい。まるで何かに怯えているような感じだ。
「授業中に魔力が暴走し掛けたんだって? 怖かっただろう。もう大丈夫。アタシが何とかしてあげよう」
魔力が暴走し掛けた?
それでマイラは司法部に連れて来られたのか。特に怪我はしてないみたいだけど、学院で何があったんだろう。
「とりあえず、そこにお座り」
ソファーに座るよう促すが、マイラはなかなか動けずにいた。初めての場所に臆するような性格ではないんだけど。
ここで、アーニャさんが僕に目配せをした。そうか、この為に僕が呼ばれたんだった。
「マイラ、僕が隣にいるから」
マイラの手を取り、一緒にソファーへ移動する。余程不安なのか、座ってからも僕の手をぎゅっと握り締めて離さない。
アーニャさんと学者貴族さんが向かいのソファーに腰掛けた。目の前のテーブルには幾つかの魔導具が並べられている。
「アタシもね、アンタくらいの頃、魔力が制御出来なくなった事があるんだよ」
「え、そうなのですか」
「仕方ないから、荒れ地で魔力が尽きるまで何日も魔法を使いまくって何とか耐えたんだよ。そのせいで魔力の最大値が上がり過ぎちまってねェ、今じゃコレが仕事さ」
「小生も幼い頃は多少苦労したぞ。森を半分焼いてしまった事もある」
学者貴族さんも、自らの体験談を語った。
「ほうらね。古参貴族の中でも魔力の多い奴はみんなそれを乗り越えてきたのさ。だから大丈夫」
硬い表情のマイラに、アーニャさんが笑いながら優しく声を掛ける。すると、マイラは大粒の涙をぼろぼろとこぼした。マイラの手は震えていた。
「さ、さっき、授業で魔法使ったら、止まらなくなってしまって」
「うんうん、怖かったねェ」
「……もう少しで、お友達に怪我をさせてしまう所だったの」
どうやら、魔法学の授業中に危険な状態になったみたいだ。一旦収まったものの、このままでは危ないと判断されて、学院側が司法部に対処を任せたのだろう。
「最近になって、また急に魔力が増えてきたみたいで。あんな風に暴走しそうになったの初めてで……。あたし、おじいさまやお母さまより魔力少ないのに、制御出来ないなんて情けなくて」
「アンタの母親も爺さんも、最初から何でも出来た訳じゃあない。まあ、身内とはいえ、アレは規格外だよ。自分と比べるのはやめときな」
サウロ王国一の魔法の使い手に規格外呼ばわりされるなんて、辺境伯のおじさんとエニアさんって一体。
「今は色々な魔導具があるから、すぐ普通の生活に戻れるからね。……まだ、誰かに怪我をさせた訳じゃないんだろ? だったら、そんな顔しないで堂々としてな」
「は、はい」
マイラは頬の涙を拭った。さっきまで弱音を吐いていたが、ひと通り気持ちを吐き出してスッキリしたみたいだ。
以前から魔力の制御で悩んでいたし、今回初めて学院内で暴走し掛けた事で、自信を失っていた。
アーニャさんは他人の魔力も自在に扱える。きっと、マイラの悩みを解決してくれるだろう。
アーニャさんの通常時の一人称を「私」→「アタシ」に変更、より実力派年配女性らしくしました。
それに伴い、過去の登場回の一人称も変更しました。
変え忘れ箇所を見つけた方は、こっそり教えてくださると助かります!




