66話・駆け引きの授業
マイラ達が王宮で勉強するようになった。
貴族学院での授業が終わってから、まず馬車で王宮へ移動。王宮の一室で、外務部から招いた外交のプロから様々な講義を受ける。これが週二回。
帰りは辺境伯邸の馬車が王宮に迎えに来て、夕食の時間までに帰宅する。送迎付きなので、負担は大きくないだろう。
当初はアドミラ王女とマイラの二人だけの予定だったが、シェーラ王女とラトスも参加する事となった。
重臣達は、若い世代が国の為に熱心に学ぼうとする姿に感激しているらしい。マイラの動機は国の為だが、ラトスとシェーラ王女は違う。まあ、切っ掛けはともかく、勉強する気になったのは良い事だ。
「それでね、今日は実際にハイデルベルトに行った経験のある方が講師だったの。友好国だけど、遠過ぎて滅多に行き来が出来ないんですって」
「一年の半分は雪でうまるから、いきたくてもいけないらしいよ」
夕食の最中に、今日学んだ事を教えてくれるマイラとラトス。二人とも、学院とは違う分野の勉強が面白いみたい。講師もその都度変わるから、毎回新鮮な気持ちで講義が受けられるとか。
ちなみに、ハイデルベルトは大陸の北端にある小国だ。詳しく聞いたら、馬車で片道一ヶ月は掛かるんだって。外交担当は大変だな。
「アケオも一緒に講義受けたらいいのに」
「え。いや、いいよ僕は」
「なんでよ。面白いお話がたくさん聞けるわよ」
「うーん……」
外交って、知らない場所で知らない人と友好的に話さなきゃならないお仕事だよね。講義も、いずれは会話術とか駆け引きとかの勉強に発展するよね。
それ、絶対僕に向いてない。顔見知りと話しても挙動不審になるんだぞ僕は。
マイラ達は新しい事にチャレンジして偉いな。僕も何か出来ればいいんだけど。
今のところ、学者貴族さんの異世界研究の手伝いと、ヒメロス王子に物語を書き出す作業位しかしていない。
それなのに、いつまでも辺境伯邸でお世話になってていいのだろうか。
数日後。そんな僕の気持ちを見透かしたように、王宮への移住の話が持ちかけられた。
わざわざヒメロス王子が伝えにやってきた。本当は王様が直接言いに来たかったらしいけど、オルニスさんによって執務室に軟禁され、山のような書類を片付けさせられているんだとか。
「オルニス文政官は優秀でね。彼が取り仕切るようになってから、各部の書類が滞る事がなくなった」
「すごいんですね、オルニスさん」
「冗談抜きで、彼が居ないと内政が滞る位だよ」
以前は、備品の管理簿や各部の所属人員の管理、経費の請求もザル勘定というか、割と適当だったらしい。
オルニスさんが就任してからは、書類の書式を統一したり、不透明な支出を明らかにしたり、不届き者を摘発したり、とにかく改革の嵐だったという。それで罷免された人も少なくないとか。
その甲斐あってスムーズに事務作業が進むようになったんだって。
まあ、魔獣騒ぎの後始末で結局忙しいんだけど。
「それで、父上の代わりに私がお願いに来たんだよ。アケオ君さえ良ければ、王宮に来てほしい」
「……はぁ」
王宮に移り住む、かぁ。ただの一般人なのにいいのかな。正直、全く気乗りしない。
でも、辺境伯邸に居候しっ放しで何の役にも立ててないし、畏れ多くも王子様に何度も足を運んでもらうのも申し訳ない。
それに、先日の司法部での件もある。
あの時は、単に実験の妨害目的で襲われたけど、次は命を狙われるかもしれない。無関係のマイラやラトスが巻き込まれでもしたら困る。
王宮ならば警備の騎士や王族の隠密が居るから、もし襲われても対処出来るはずだ。
黙り込んだ僕を見て、ヒメロス王子が顔を覗き込んできた。いきなり美形の顔面が目の前に現れ、僕はソファーから転げ落ちそうになった。
「……急な話で迷惑だったかな?」
「あ、いや、違います! 悩んでただけで!」
「無理もない。慣れた辺境伯邸から王宮へ移るなど、精神的な負担も大きいからね」
「まあ、はい」
「周りが知らない者ばかりでは、君も安まらないだろう。誰か信頼のおける者を連れて来ても構わない」
信頼のおける人物といえば、頼れるのは間者さんしかいない。元々こっそり付いて来てもらう気だったけど、これなら堂々と連れていけるかな。
「それに、現在マイラ嬢とラトス君も週二回王宮に講義を受けに来ている。今より顔を合わせる機会は減るだろうが、定期的に会う事は出来るだろう」
王宮勤めのオルニスさんやエニアさんと違い、これまでマイラ達は自由に王宮へ出入りする事が出来なかったが、今は違う。
どうしよう、断る理由が無くなってきた。逃げ場をどんどん崩されているような気分だ。
「返事は後日聞きにくるよ。それまで、エーデルハイト家の者達とよく相談するといい」
そう言い残し、ヒメロス王子は帰っていった。即答を求められなくて助かった。
応接室から自分の部屋に戻ると、間者さんがカウチソファーに寝転がっていた。毎度の事だけど、僕より寛いでるなあ。
「ヤモリさん、王宮行くんすか」
やっぱり、さっきの話を聞いてたな。ヒメロス王子の隠密が潜んでて近寄り難かっただろうに。
「うん。みんなと相談してからだけどね」
「まじかー」
あちゃー、といった感じで苦笑いを浮かべ、間者さんは体を起こして向き直った。
「……それで、間者さんにも付いて来てほしいんだけど、……駄目かな」
彼は辺境伯のおじさんの部下で、マイラ達の護衛として王都へ来た。今は僕専属の護衛として側に居て貰っている。
でも、それは僕が辺境伯邸に居たからだ。
王宮に移るとなれば、エーデルハイト家から離れてしまう。僕の為だけに、彼をそこまで連れ出していいのかどうか。
「なーに言ってんすか。ヤモリさん一人で行かせるわけないっしょ!」
断られる覚悟をしていたけど、間者さんはいつもと変わらぬ明るい口調で受け入れてくれた。
「てか、前に約束したじゃないすか」
「あ、うん。そうなんだけど、ホントに王宮へ行く話が出て僕もびっくりしたし、あれから間者さんの気が変わったかもしれないし、と思って……」
「自分なんかに気ィ使わんでもいいのに。ヤモリさんてホント人が良過ぎるっすねー」
間者さんはケラケラ笑っている。
この底抜けの明るさに、これまでどれほど助けられてきた事だろう。僕が信頼する、心強い味方だ。
でも、本当に王宮に連れて行けるかどうかは、僕や間者さんの一存では決められない。オルニスさんやエニアさんに許可を貰わなければ。
「もちろん構わないわよ。ヤモリ君の為に、存分に働きなさい!」
「事前に陛下とヒメロス殿下から打診があったからね。ヤモリ君の希望は叶えるつもりだよ」
呆気ないほどアッサリと許可が下りた。
エニアさんにバンバン肩を叩かれ、間者さんの顔が苦悶に歪んでいる。あれは相当痛そうだ。
「実は、謁見後すぐに陛下から『異世界人ともっと話がしたいから住処を王宮へ移せ』と、しつこく言われていたんだよ」
「え、そんな前からですか」
知らなかった。王様とは謁見後に少し話しただけで、今まで全く交流なかったからなぁ。
「以前君がアリストス君に監禁された際に、陛下に命令書を書いて貰っただろう?アレを見せて『無理強いは駄目です』と断っていたんだけどね」
僕がアールカイト侯爵家に監禁されてしまった時、オルニスさんが王様の命令書をアリストスさんに突き付けてくれたから自由の身になったんだ。
『異世界人に精神的苦痛を与えない事』
『本人の希望を優先し保護する先を決める事』
あの命令書には、このように書いてあった。なんと、自分の書いた命令書のせいで、王様本人が行動を制限されていたとは。
当時は、かなりふわっとした表現だなーと思ってたけど、どんな場合にも使えるように、文面を考えて作成したのかも。
まさか、あの時からこうなる事を予測して書かせたのかな。オルニスさん凄い。
「しかし、ヒメロス殿下が周りを固めてきていてね。ヤモリ君が断り辛い状況を作っている。こちらとしても、これ以上理由もなく引き止めるのは難しい」
やっぱり。
マイラ達が王宮に出入りするようになったり、間者さんを連れて行く許可をくれたりと、最近妙に抵抗感が削がれてるなーと思ってたんだ。
「だが、ヤモリ君が嫌なら行く必要はないよ」
「そうよ、断ってもいいんだからね!」
二人からそう言われ、僕は嬉しかった。
赤の他人である僕を養うだけではなく、色んな事から守ろうとしてくれている。それだけで十分だ。
「いえ、行きます。王宮」
僕は、自分の意志で王宮への移住を決めた。
ついに王宮への移住が決まりました。
次回、お引越し編は木曜夜更新予定です。




